第200話◆妖精の不思議な地図

 妖精とは常に自分の感情に正直な存在である。その価値観は人間とは全く違う。人間の身近に存在し、日々の生活の中で妖精の痕跡を感じる事は多い。

 しかし、必ずしも人間にとって害のない存在ではない。むしろ害の方が多いかもしれない。良くも悪くも彼らは自らの感情を抑える事なく行動するのだ。

 人間の靴を修理するのが好きな妖精もいれば、台所の皿を洗うのが好きな妖精もいる。生き物に悪戯をするのが楽しい妖精もいるし、帽子を生き物の血で赤く染めたいなんていう物騒な妖精もいる。ずっと悲しんでいる妖精もいればずっと怒っている妖精もいる。

 全ては妖精がそうしたいから、そうしているのだ。


 トンボ羽の妖精――ピクシー。妖精らしい妖精というか、人間の生活圏内で一番多く見られる妖精だ。

 陽気で楽しい事が大好き。その楽しい事と言うのは、彼らにとって楽しい事だ。

 善悪なんて価値観はない。楽しいかそうでないか。愉快か不愉快か。彼らは自分のやりたい事に忠実なのだ。

 出会ってからあまり酷い目に遭う事もなかったので、すっかり油断していたが、トンボ羽君はいたずら妖精として名高いピクシーなのだ。



 そんなトンボ羽君が持ち出して来た地図から出現した扉に吸い込まれた先は、ジメジメとした岩壁の洞窟の内部のような場所だった。おそらくあの地図が入り口になっている、ダンジョンの類だろう。

 所々洞窟の岩肌から魔石が飛び出しているのが見える。宝の地図と言うだけあって、なかなか美味そうなダンジョンのようだ。


 キョロキョロと周囲の様子を窺っていると、どこからともなくトンボ羽君の声が聞こえてきた。

『出口がかくれんぼしているから、出口を探してねー』

 かくれんぼって俺達が探す方かよ!!

『僕が鬼だから、時々鬼を出すね。がんばって鬼を倒しながら、出口を探してねー』

 それはかくれんぼではなく鬼ごっこだろおおおお!!! そこ妖精基準かよおおおおおお!!! ていうか鬼は倒すものなの!?

『片靴屋のくれた地図だから、きっと宝物もかくれんぼしてるよー。多分魔物もいるからがんばって探してねー、それじゃあスタートーーー!!』

 って、説明それだけかよ!?

 とりあえず、鬼を躱しながら出口探して脱出すればいいんだよな?? ついでに、隠してある宝物は見つけたら持って帰っていいんだよな?

 なんだ、出口がかくれんぼしている以外、普通のダンジョン探索と同じじゃないか。


「何だか楽しそうじゃねーか」

 ハシバミ色のヒョロ男君が首をポキポキと鳴らしている。

「妖精のダンジョンみたいだから、油断はできないな。冒険者のグランだよろしく頼む」

「ヒーラーのジュストです。よろしくお願いします」

「大と……レジャーハンターのハックだ、よろしく」

 トレジャーハンターか。ダンジョン内の探索にトレジャーハンターがいるのは心強いな。


 トレジャーハンターとは、冒険者の中でも古い遺跡やダンジョンの宝箱を探す事を専門とする者の事を指す。罠の察知や解除、隠密行動に特化した者が多く、ダンジョン探索のプロである。自分で大トレジャーハンターって言うからには、かなりの熟練者なのだろう。


「妖精の地図から出て来た扉に吸われて、どこかのダンジョンに転移させられたのかな?」

 いきなり地図から扉が出てくるなんて初体験だ。どこかのダンジョン内部のようなので、扉に吸い込まれて転移させられたのだと思われる。

「おそらく先ほどの地図がダンジョンだな。俺も見るのは初めてだが、人ならざる者が作る魔道具には、魔道具そのものがダンジョンになっていて、使うとダンジョンが形成されて、そのダンジョンに引き込まれる物があるらしい。脱出するか魔道具自体の魔力が切れると外に放り出されるらしいが、俺も噂で聞いた事があるだけだから詳しくはわからないな」

 へー、さすがトレジャーハンター! 珍しい品に詳しいな。というか、そんなおっそろしい魔道具があるのか。まぁ、妖精が持ってきた物だしな……何が起こってもおかしくない。

 というか、妖精君が鬼を出すって言っていたけれど、どういう事だ?

 妖精君が外からダンジョンの魔道具を弄っているという事か? よくわからないな、戻ったらゆっくり聞いてみよう。まぁ、教えてもらっても妖精基準の話で、俺には理解できない可能性もありそうだが。


「うーん、今のところあまり強そうな魔物の気配はないな。せいぜいCランク程度か。鬼を出すって言ってたから、突然強い魔物が出てくるかもしれないな」

 Cランクなら、遭遇場所や相性が悪くない限りなんとかなりそうだな。問題はボスだな、Aランクとか出て来たらやばいから、それは勘弁してほしいな。

「Cランクか……俺は少し厳しいかもしれないな。悪いが戦闘は得意じゃない」

 まぁ、トレジャーハンターは戦うより、いかに敵に見つからず宝探しするかだしな。

 ジュストも魔物は殺せないし、アタッカーは俺だけか。上手く立ち回らないと、泥沼の戦いになりそうだな。

「了解。トレジャーハンターって事は、隠密行動や逃げたりするのは得意だよな?」

「ああ、それなら任せとけ。探索系と罠解除系もいける」

「わかった、じゃあやばいと思ったら無理に戦わずに、逃げる体勢に入っていい。俺もやばいと思ったらすぐに引く。いいな、ジュスト、無理はしないですぐ下がれる立ち位置で戦うんだ」

「わかりました!」

「それじゃ行くかー、何かいい物あるといいなぁ」

 軽く打ち合わせをして、宝ダンジョンの奥へと進み始めた。

 妖精のかくれんぼは不安だけれど、宝の地図なんてワクワクするー!!




 と意気込んで出発した数分後。

「ジュスト、採掘用の道具はちゃんと買ったか?」

「はい! オーバロにいたときに買いました!!」

「よっし! 掘るか!!」

 入り口から少し進んだところで、通路の壁に青紫の魔石が密集して生えている場所を発見!!

 そしてその青紫の魔石の隙間に、ほんのりと白い光を放つ魔石も混ざっている。これは光の魔石だ。光の魔石は他の属性の魔石に比べて手に入りにくく、値段も高いのでこれは美味い。さっすが、宝の地図!!

 ジュストと一緒に採掘道具を握りしめ、魔石の回収に取りかかった。


「掘るか! じゃねえええ!! まだ全然進んでねーじゃねーか!!」

「え? 掘らないのか? 魔石がいっぱいあるし光の魔石も混ざってるぞ? 採掘道具ないなら予備があるから貸せるぞ?」

 ハックは掘らないようだが、採掘道具を持っていないのかな?

「いや、俺も持ってるからそこは問題ない。って、そうじゃなくてまだスタートしたばっかりなのに、何いきなり止まってるんだよお!?」

「魔石がいっぱいあるから?」

 これだけ光の魔石があるなら、掘らないという選択肢はないと思うのだが?

「いやいやいやいや、これ全部掘ってると日が暮れるぞ? 見ろ、魔石はこの先もたくさんあるようだぞ」


 確かにハックの言う通り、奥へと続く通路上にも魔石が何ヶ所も顔を出している。これを全部回収するとそれだけですごい金額になりそうだが、時間もすごくかかりそうだ。そんなことを思いながらも、魔石を掘り出す手は止めない。

「んん? 奥の方が品質高そうな感じか? だよな、普通のダンジョンなら奥に行くほど魔力の密度が濃いから、その分魔石の品質も奥の方が高いしな」

 入り口ですでに中品質の魔石がこれだけあるという事は、奥の方は高品質の魔石がザックザクか!?

 ワクワクしてきたぞおおおおおおお!!!

「だな。奥の方からかなり魔力を含んでる物質の気配がするぜ」

「お? 物の気配も辿れる口か! さすがトレジャーハンターだな」

 生物の気配を拾うのは俺もできるが、物の気配を探るのはそこまで得意ではない。そこが得意なのは、さすが宝探しを専業とするトレジャーハンターだ。頼りになるな。

「おうよ、だからさっさと奥に行こうぜ。階層は一つじゃないみたいだし、奥はきっとお宝ザックザクだ」

「そうだな、でもせっかくだから、この辺りの光の魔石だけ採ったら奥に行くか」

「結局掘るのかよ。じゃあ俺も少しだけ光のま……ん?」

 マジックバッグから採掘用の道具を取り出したハックの手が止まった。

「どした……ん?」

 せっせと魔石を掘り出していた俺も、指先に僅かな違和感があった。

「あれ? なんか岩肌が動いたような……」

 ジュストが首を傾げる。

 そうだよ、なんか一瞬岩肌がぬるっと動いたような。

「壁じゃねえええ!! 生き物だ!!!」

 ハックが叫んで、すぐさま壁から離れた。俺とジュストも掘っていた魔石を急いで毟り取って壁から離れた。


 しかし、壁が生き物だとは全く気付かなかった。生き物の気配が全くしなかったからだ。

「なるほど、これが妖精レベルのかくれんぼか」

 俺の気配察知スキルで全く気付かないとは、妖精レベルのかくれんぼがハイレベルすぎる。

 壁から離れ、壁全体を見渡すと、うっすらと長いトカゲのような姿が浮かび上がっているのが見えた。

 それでもまだ生き物としての気配が全くしない。

「チッ! 擬態じゃなくて同化かよ! 厄介なかくれんぼだな!」

 ハックが舌打ちをした。なんと!? 擬態ではなく同化か。それなら、生き物として気配を拾えなくてもおかしくない。


 見た目だけそっくりに見せる擬態と違い、同化は対象その物と一体化する為、同化したものの気配はほぼ拾えなくなる。これでさらに隠密系のスキルで、気配を完全に消してしまうとまず見つける事ができない。

 どうやら俺達はダンジョンの壁と同化した、大トカゲの魔物の表面に生えた魔石を毟っていたようだ。


「逃げるぞ!!」

「いや、こいつはデカイだけで大して強くないな。倒して体に張り付いてる魔石全部もらうぞ!!」

 いやー、壁に張り付いている魔石回収する手間が省けたよね。

 収納からミスリルのロングソードを取り出して、壁から浮き上がったトカゲに向かって構えた。

 浮き上がってきたのは全体的に青紫っぽい体をした、体長七メートル程のトカゲ型の魔物で、その体の表面に点々と魔石が張り付いており、その中に光の魔石が混ざってほんのりと光っている。

 大トカゲの姿がはっきり見えるようになると、その気配もはっきりとして強さも何となくわかった。大きな体をしているが、そこまで強くない。おそらくDランクの上からCの下だ。


「先手必勝!!」

 ロングソードを振ってその首をスパーンと刎ねておしまい。やはりあまり強くなかった。


【ミステリーリザード】

レアリティ:A

状態:良

属性:闇/光

かくれんぼが得意な大トカゲ。

食用可。


 鑑定してみると、聞いた事のない名前の魔物だった。まぁ、妖精のダンジョンだしな……気にしたら負けだろう。

 そして、食用可である。まるごとお持ち帰り決定!!


「お兄ちゃん強いんだな」

「うん? 俺? まぁ現役冒険者だしな。それに、今のトカゲは見かけ倒しだっただけかな? ホントは俺よりずっと強い奴も一緒に連れて来たかったけど、声をかけようと思ったら出かけた後だったんだよなぁ」

「へ、へぇ……」

 ホント、こんな意味のわからないダンジョン、アベルかラトを巻き込みたかった。三姉妹も俺より強いと思うけれど、彼女達はどちらかと言うと妖精側の属性な気がするので、火に油を注ぐような事案が発生しそうである。


「とりあえず、獲物は回収して後で分配するな」

 倒したトカゲを収納に放り込んで、奥へ向かう事にするか。

「そのサイズをまるごと収納するのか……」

「おう、高性能のマジックバッグは便利ダナー」

 つい癖で収納してしまったので、白々しいが誤魔化しておこう。


 謎の大トカゲのおかげで、魔石がごっそり手に入って儲けた儲けた。

 壁には魔石がたくさん見えるし、奥にはまだまだ何かありそうだし、妖精の宝の地図すげーな!!



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