第195話◆物流に強いお嬢様

「こちらは取って洗浄されただけの状態ですので、このままではまだ使えませんから、お預かりさせていただければ、加工させていただきますけど、いかが致しましょう?」

 あ、そっか。コーヒーだから乾燥させて焙煎もしないといけないんだっけ?

 そのあたりは、よくわからないのでお願いしよう。せっかくのレアコーヒーだ、素人が弄って無駄にするより、プロに任せた方がいいだろう。

 調合にも使えるようなので、調合で試してみる分を残して、リリーさんにコ・ピアを渡した。


「それではお預かりさせていただきますね。加工が終わりましたらコーヒーを淹れさせていただいて、残りはお返しいたしますね。ところで、これを手に入れられたということは、一緒にアレもありませんでしたか?」

 リリーさんが声のトーンを落として言った。

「ああ……アレってやっぱアレの事かな? アレは世に出したらいけないと思って、俺専用のマジックバッグの奥深くにしまい込んでいるよ」

「ええ、その方がよろしいかと」

 リリーさんはやっぱあっちのヤバイ実の方を知っていたか。やっぱアレは世に出さない方がいいよな。


「そっちの話が終わったら、俺もリリーさんに話があるんだ。あ、グラン、その豆?しまってね? それと、他にも何か隠してるみたいだけど大丈夫? また何か変な事してない?」

「だ、大丈夫だよ!」

 相変わらず失礼な奴だな! 俺が何をしたって言うんだ!! 変な事にならない為に隠してるんだ!!

「ふーん……その話は、家に帰ってから聞かせてほしいな? そうそう、俺もリリーさんに話があるんだ。っと、その前にコーヒーのおかわりと、何か甘いデザート的なものがあったら欲しいな」

 何かものすごく疑惑の目で見られたけれど、俺もコーヒーのおかわりとデザートが欲しいな。

「俺もコーヒーのおかわりと、何か甘いものをおまかせでお願いしたい。ジュストも好きなもの頼んでいいぞ。森の木を切り倒してくれてるお駄賃だ、ジュストの分は俺が出すから好きなものを頼むんだ!」

 ジュストは家の事を色々と手伝ってくれているからな。

 尻尾をゆらゆらさせながら、メニューを見ているジュストはマジ癒やし。

「え? 本当ですか!? じゃあこのパフェがいいです!!」

「かしこまりました、ではご用意いたしますので少々お待ちください」




 注文後しばらくカウンターから離れていたリリーさんが戻って来て、まずジュストの前にフルーツいっぱいのパフェを置いた。

「お待たせいたしました」

「うわああああ……フルーツパフェだぁ……」

 ジュストの目がキラキラしている。うんうん、うちに来てからずっと伐採作業をやってくれていたからな、俺からのお礼だ。

 ちょうど今の季節が旬の柑橘類やリンゴ、そしててっぺんにちょこんとイチゴが乗っている。イチゴの季節はもう少し先なので、この時期のイチゴは入手し辛いはずなのだが、さすがリリーさんだ。

 アイスも乗っていて、赤いソースはベリー系のソースかなぁ、前世のフルーツパフェを思い出す見た目だ。


 そして、アベルの前には薄く伸ばしたイッヒの果肉で何かを包んだ、前世の記憶にあるダイフクというやつを思い出すものが、皿に載って出て来た。

 中から黒っぽいものと、赤いものが少し透けている。これはもしや……。

 アベルと同じように俺の前にも、大福のようなものが載った皿が出て来たのだが、俺の方はうっすらと緑色の中身が透けている。

 この緑色はまさか……っ!?


「抹茶大福!?」

「ご存じでしたか、中は抹茶の氷菓子になってます」

「氷菓子!? グランのは緑だけど野菜じゃないの? マッチャ?」

 氷菓子と聞いて、アイスが大好きなアベルが反応してしまった。

「ええ、お茶の葉を発酵しないように先に蒸してから、乾燥させた後に挽いて粉状にしたものです」

「へー、緑のお茶なんて珍しい。俺のはなんだろう、周りはイッヒだよね? 中身はイチゴとこの黒いのは?」

 皿に添えられていた小さなナイフで、アベルが自分の大福を二つに割ると、中からイチゴと少し赤味のある黒い層……餡子が見えた。

 アベルのはイチゴ大福か!!

「これは、黒い部分はアカネ豆を甘く煮たものです」

「アカネ豆? そういえばグランがオーバロで買ってた中にもあったよね? へぇ、随分遠方の食材を使ってるんだね。それに、この季節にイチゴがまるごと入ってるのも贅沢だ。あ、この黒い部分はすごく甘いけど、イチゴの酸味でちょうどいいし舌触りもいい」

 アベルは機嫌良さそうに半分に切ったイチゴ大福を口に運んでいる。餡子は甘いからアベルは好きそうだなぁ。

 アカネ豆は俺もオーバロで買ってきたから、時間がある時に何か作ってみよう。


 って、そんなことより俺も抹茶アイスの大福を食べるぞおお!!

 添えられていた小さなナイフで半分に切ると、外側のイッヒの層と内側の抹茶アイスの層が見えた。

 食べやすいサイズに切って口の中にいれると、イッヒの甘みとアイスの甘み、その中にある抹茶の僅かな苦味が口に広がってその組み合わせでなんとも美味しくて懐かしい。

 そして、アイスの冷たさと甘さが残る口でコーヒーを飲むと、その暖かさと苦味で抹茶アイスの後味と混ざり合って、ほどよい余韻を楽しめる。

 あー……、これはこの季節だとコタツに入って食べたくなる。

 そうだ!! 冬が終わる前にコタツを作ろう!! そしてコタツでみんな一緒にダメになろう!!


「あー、甘くて冷たいアイスとコーヒーの組み合わせはやっぱいいいなぁ。抹茶のほろ苦さもすごくいい」

「グランのは緑だけど甘いの?」

「ああ、ちょっとほろ苦さがあるけどアクセントって感じかな?」

「ぬぅ、俺もそれ食べてみたくなったな。リリーさんグランが食べてるやつを俺にも貰えるかな?」

 アベルが俺の抹茶大福をジッと見て少し考えた後、リリーさんに追加で抹茶大福を頼んでいた、

 色が緑なせいで、野菜を連想して警戒していたのだろうが、好奇心には勝てなかったようだ。

「あ、俺もまだあるならイチゴ大福追加でー。ジュストは?」

「う……、イチゴもお抹茶も好きだけど、もうお腹いっぱいになりそうです」

 そうだよなぁ、ジュストのパフェ結構でっかいもんなぁ。

「かしこまりました、すぐお持ちしますね」




「ホントだ、緑なのに甘いし、ちょっと苦味あるけどすごく上品な苦味だね」

 追加で頼んだ大福が出て来て、アベルはそれを優雅な手つきで一口サイズに切って口に運んでいる。てか、アベルは緑のもの警戒しすぎだろう。

「ええ、抹茶の苦味はすごく上品で、甘みの強いものとよく合うんですよ」

「なるほど、さすが詳しいな。食材もユーラティアでは見かけないものが多いし、この時期に店に出せるほどイチゴを確保出来るなんて、さすが物流のプルミリエ家のご令嬢だね」

「あら、お気づきになられてましたか。しかし、今は一介のコーヒー屋の店主ですので、そのようにお願いいたしますわ」

 アベルの言葉に、リリーさんの醸し出す空気が少し変わった。

「うん、俺もリリーさんとは、いい取り引き相手として仲良くしたいからね。お互いプライベートは追及なしでいいよね」

 アベルの笑顔がすごく胡散臭い。なんだろうこの、腹の探り合いみたいな空気は。


 どうやら二人は貴族同士の会話になりそうな感じだし、俺はよくわからないから、横でせっせとパフェを口に運んでいるジュストと一緒に、何だか懐かしさのあるスイーツを楽しもう。

 あ、ジュストはまた口の周りに生クリームがついているな。


 そして、イチゴ大福は美味い。

 丁寧に漉されたこし餡はとても滑らかで、非常に上品な甘さで舌触りもいい。アベルが気に入るのもわかるな。

 やや酸味のあるイチゴがふんわりと甘いこし餡と、口の中で混ざるのがとても良い。

 そしてイッヒの果肉で作られた皮。これがまたもちもちで柔らかい。ほんのりミルク感があるので、イッヒにミルクが混ぜてあるのだろう。

 なるほど、リリーさんは貴族令嬢だから、それだけに貴族のお眼鏡にも適うものが作れるのか。

 あー、イチゴ大福を三姉妹にお土産にしたいなぁ。勝手な思い込みだがきっと三姉妹はイチゴが好きそうだ。


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