第193話◆閑話:とある喫茶店の定休日

 ここはとある喫茶店。そして今日はその喫茶店の定休日。その店内では共通の趣味を持つ女性達の、プライベートな集まりが催されていた。


「ええ、今回は色々と公式様からのご褒美が多すぎて、どこから入っていいのやらわかりませんが、ひとまずバカンスから帰還されたようですわ」


「約ひと月でしたか。随分長かったようですが……いえ、あの距離の移動を一ヶ月は短いですね」


「あちらの国は会員が少ない為、ほとんど情報はありませんが、うちの事業の関係者が目撃しておりましたね」


「さすがシランドルに太いパイプを持ってらっしゃる……。あ、本日は場所のご提供ありがとうございます」


「いえいえ、ではご報告いたします。南の方に寄り道をされた後、東の方へ向かわれたようですね。うちのキャラバン隊が街道の休憩場で一緒になったようです。何やら獣人の子供をお連れになっていて、観察していたら飼育員様に牽制されたようですね。どれだけぶしつけに見ていたのか……そこはしっかりと叱っておきました」


「そのケモショ……失礼しました、ショタ様でしたら、帰国された際にオルタ・ポルタの検問所でご一緒されてるのを確認しました」


「つまり、隣国からお持ち帰りをされたということですか……」


「しかもオルタ・ポルタでは、ターゲット様のちぃ兄様がお出迎えされまして、飼育員様に決闘を申し込まれました」


「なんですって!? その話詳しくお願いします」


「ちぃ兄様は悪い方ではないのですが、ターゲット様が絡むと少し残念なお方になられるのが、本当に残念ですわね」


「とりあえず飼育員様は、安定のスルースキルで回避いたしまして、大事には至りませんでした。あと、ターゲット様の心底嫌そうな表情を拝見する事が出来ました」


「ちょっとそれは見てみたかったですね」


「ところで、ちぃ兄様はただストーカー目的だけで、辺境まで行かれていたわけではないのでしょう?」


「ええ、ちぃ兄様のお母君のご実家が、ソートレル子爵領から街道を北へ行った先なので、おそらくそちらの調査のついでかと思われますわ。ターゲット様のご実家では何やら大掃除をしていたようですわ」


「ええと、それは東の国から持ち込まれた草ですかね。それでしたら、北部で密輸と製造の疑いで大規模な摘発がありましたねぇ。捕まったのは末端貴族のようですが、それを資金源にしていた上の貴族はかなり苦しくなりそうですねぇ」


「あー、アレですか。ちょうどうちのキャラバンがターゲット様達を東の国でお見かけした直後くらいに、あちらの国で大捕物があって、その草の関係者がごっそり捕まって、生産ラインも壊滅したとかなんとか。おかげでしばらく検問が厳しいと連絡が来ておりますね」


「戻られてから黒熊様も王都にずっといらっしゃるようですし、近いうちに大きな捕り物がありそうですねぇ」


「そうですわね。あの草の件に関連していた貴族は、あの方とちぃ兄様のお母君のご実家の派閥ばかりですしね。今回、身内の膿を出し切るおつもりのようでしたが、あの方とちぃ兄様のお母君のご実家までは難しいでしょうねぇ。それでもかなり力は削がれると思いますが」


「しかしそれでは、あの方のお立場も危うくなるのでは?」


「いえそれでしたら、わたくしの実家が後ろ盾になっておりますので問題ございませんわ。それよりあちらのお母君は、ターゲット様があのお方の為にお持ちになったあの品に、目を付けておいでですね」


「あぁ、アレですか……。アレは私も先日、奥方様のお買い物の際にちらりと拝見いたしました。アレはすごいですねぇ……まさかあれは……」


「ええ、おそらく飼育員様の作品ではないかと。あの方のお母君もそれを嗅ぎつけたようでして、あちらの子飼いが飼育員様の周りを、嗅ぎ回っておりますわ。その上、飼育員様の留守中にあのお方が、飼育員様のお屋敷を餌にして釣りをしたようですし、まったく……確かに効率はいいのかもしれませんが、迷惑な話ですわ」


「ああ、それでですね。最近ピエモンで怪しい輩を見かける事も多かったので、見かけたらそれとなく邪魔をするようにしておりました。今朝もこちらに来る前に、ピエモンの付近で妙な行き倒れを拾いまして、冒険者ギルドに投げ込んでおきました」


「それは、よい仕事をされましたね。ピエモンには、飼育員様の懇意にされている商店がありますからね。あそこの娘さんはロマンス小説や冒険譚がお好きなようで、時々うちでお買い上げされて行かれますよ」


「何ですって? それは会報がご本人様の手に渡る危険があるのでは?」


「大丈夫です。禁書の類は販売しておりませんのでご安心くださいませ」


「ならばよろしいでしょう。それから、ピエモン周辺の方々にはお手数をおかけしますが、しばらく警戒の程よろしくお願いいたします」


「お任せください。ターゲット様達の平穏な生活が害されるのは望みませんし、そう言った輩の排除はお任せください」


「大変心強いお言葉ですわ。この先またこのような事がありましたら、お願いいたしますわ。ピエモンの商業ギルドには、うちの子飼いを増やしましたので何かありましたら、そちらからいつもの合い言葉で」


「はい、わかりました」


「ところで、百合の魔女さん? 貴方には色々拝聴したい事がございますの」


「へ? ひゃい」


「この店に、飼育員様とターゲット様が来られることがあるとか?」


「え、えぇえぇ。たまーに、ときどーき来られますね。ま、まぁ、これは偶然の不可抗力ですので、ルール違反はしておりませんわ」


「ええ、わかっておりますわ。わかっておりますので……ねぇ?」


「しかしお客様のプライバシーに関わる事については、お話しするわけにはいきませんので、それ以外の事でどうか」


「ええ、まぁそれは仕方ないですわね。ではせめて、お二人のご様子を詳しく」


「お二人のご様子ですか……そうですねぇ、ご一緒に来られてカウンターで並んで……うっ……ダメ、尊い、死ぬ」


「ちょっと、リリーさん!?」


「あー、いつのも発作ですねー。こうなるとしばらく帰って来ないですねぇ」


「仕方ないですね、次の議題にいきますか」


「次の議題はやはりあれですか、噂のショタ様と黒熊様ですか……」


「黒熊様はあのお方のせいで、今は相当忙しいみたいですわ。先日お見かけした時は、目の下にクマを作ってげっそりされてましたわ」


「熊だけに」


「クマ……」


「…………」


「噂のショタ様に関してはまだ情報がほとんどありませんね」


「そうですわね、それはこれから情報収集していきましょう」


「うーん、しばらく百合の魔女様は戻って来なさそうだし、お目覚めになるまで皆様のレポートの読み合いしましょうか」


「そうしましょう! そうしましょう!」


 ここは、とある魔女の経営する趣味の喫茶店。

 そこで催される女子会は、推しの情報を共有し、推しを見守る会。

 推しの平穏な暮らしを願い、推し活という名の暗躍をする会。


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