第191話◆閑話:これまでの僕とこれからの僕
「ひえええええー、これでやっと半分かー。昨夜ギフトがある時にやっておけばよかったかなぁ。いや、あのギフトは使わない方がいい気がするなぁ」
伐採用の斧で木を切り倒して空を見上げる。
空気は冷たいが、天気がいいので気持ちがいい。昨夜少しだけ降った雪はほとんどが溶けて、日陰に僅かに残っているだけだ。
僕にかかっている獣化の呪いが、昨夜満月を見た事がきっかけで解けた。朝になったら、獣人の姿に戻っていたけれど、それでも僕はちゃんと僕だった。
僕には、生き物を殺すと獣に近づく呪いがかかっていた。この呪いは、僕がこちらの世界に来てから、たくさん殺したり傷つけたりした魔物のどれかに、かけられたのだろうと教えてもらった。
僕は塾の帰り道、突然足元に空いた穴に落ちてこちらの世界に来た。少し混乱したけれど、自分がいる場所が今までいた世界と違う世界だとすぐに理解した。
その時に"転移無双"というギフトや、ゲームやラノベに出てくるような便利なスキルを手に入れている事に気付いた。
自分が勇者である事にも同時に気付いた。ああ、僕は選ばれた存在なんだなって思った。
突然知らない世界に来て驚いて戸惑ったし、元の世界に帰る事ができるのか不安になったけれど、それと同時にワクワクとした気持ちもあった。
後から考えると、この時のこの感覚は普通じゃなかったように思った。
そのギフトとスキルのおかげか、いきなり正体不明の生物に襲われても、今まで何かと戦う事なんて全くなかった僕が、全く意識をしなくもそれを倒す事ができた。そして、得体の知れない高揚感で、満たされた気分になった。
その後はたくさん魔物を倒した。倒せばスキルやレベルが上がるし、地元の人にも感謝される。嬉しくて、僕はたくさんたくさん魔物を倒した。
実はその頃の事はよく覚えていない。ただひたすら高揚感があったのを覚えている。スーパーハイテンションっていうやつかもしれない。
そして気付けば、追われる身になって迷い込んだ先の森でレイヴンさんに負けて、肉食恐竜が闊歩する森を彷徨う事になっていた。
その森でグランさんに助けられて、目覚めた時は獣の姿になっていた。
あの時グランさん達に助けられなかったら、僕はあの森で死んでいたか、生き残っても獣以下のナニカになってただろう。
不思議な事にギフトが消えた後、戦う事、いや他者の命を奪う事が怖く感じるようになった。どうして僕は平気で生きているものを殺せたのだろう?
呪いの進行が怖いからじゃない。ただ単に自分の手で命を奪うという行為に抵抗を感じた。それは元いた世界では当然の感覚だったはずだ。
元の世界に戻る事もできず、この世界の事もほとんど知らず、どうしていいかわからず絶望しかない状況で、グランさんが手を差し伸べてくれた。
僕のいた日本を知っている人。久しぶりに聞く日本語は懐かしく、出会ったばかりのグランさんに、すがる事しか考えられなかった。
頼っていいと言ってくれたグランさんには、感謝しかない。
グランさん達と旅をするようになって、以前は戦いになると必ずあった謎の高揚を感じる事はなくなった。でも、上手くいった時や自分のできることが増えた時の達成感はたくさんあった。
それは以前あった高揚感とは全く違うもので、少しずつこの世界に馴染んできている気がして嬉しい反面、元の世界の自分とかけ離れていく寂しさを感じるものだった。
だけどそれは、僕はこの世界で生きる事に決めたから、その寂しさは心の中にそっとしまっておいた。
それでも、気付かないうちに小さな命を奪って、呪いが進行しているかもしれないという恐怖がずっとつきまとっていた。
ふとした瞬間に呪いの進行を感じる度に、僕が僕でなくなる時が、グランさん達ともこの世界ともお別れの時だと思っていた。
その時が来たらそっと消えたいと思っても、それは怖くて、それが少しでも先になって欲しい。でもいつかその日が来るのなら、せめてそれまでは人間として生きたいと思いながら、グランさん達から色々なことを教えてもらった。
できることが増えるのは楽しくて、楽しければ楽しいほど、いつか自分がなくなるという恐怖は大きくなった。
今思えば、この恐怖こそが僕に対する罰だったのかもしれない。
だから、タンネの村で呪いが軽減された時は嬉しかった。更に昨夜、呪いがいつの間にか書き換わって、ナニカになる心配がなくなってすごく安心した。でもやっぱり、命を奪うと獣の姿になるようなので、人間に戻りたい僕は殺生は避けなければいけない。
僕が傷つけたのに、許してくれただけじゃなくて、知らない間に他の呪いから守られていた。あのサンダータイガーのお母さんには、ちゃんと謝ってお礼をいっぱいしたい。
ナニカになる呪いも、このお母さんだったのかもしれないけれど、その呪いのおかげで蛇の呪いが進まずに済んだ。
蛇の呪い――罪禍の理。
おそらくこちらに来たばかりの頃に倒した、尻尾が蛇の亀の魔物だ。
最初に立ち寄った村の近くにたくさんいた大きな蛇。その蛇を操っていたのがその亀だった。すごく強くて大きな亀で、戦っている最中に何度も尻尾の蛇に噛まれて、追い詰めた後に逃げられ、その後しばらくの間、爬虫類っぽい魔物にやたら襲撃された事を覚えている。
その襲撃は白い虎――サンダータイガーのお母さんと戦う直前くらいまで続いていたと思う。
蛇の呪いはラトさんの言っていた通り、体を蝕む毒系のようだけれど、ギフトがあるうちは発現していなくて、ギフトがなくなった時には獣の呪いに変わっていたので、結果的に僕は蛇の毒で苦しまずに済んだ。
もしあのまま蛇の呪いが発動していたら、僕は毒で命を落とすか、そうでなくても命を削る事になっていただろう。もしかしたら、それ以外にも何かあったかもしれない。
僕の呪いが蛇から獣に書き換えられていたのは、わかっていて書き換えられたのだろうか。
それがもしサンダータイガーのお母さんなら、ナニカになる呪いは怖かったけれど、その事も僕はサンダータイガーのお母さんにちゃんとお礼をしたいなって思う。
「ふふふ、ジュストはあのギフトを、使わない方がいいと思いますかぁ?」
僕の独り言が聞こえたのか、木の上に座って足をブラブラとさせながら、僕の作業を見ていたクルちゃんが反応した。
グランさんの話では、この女の子達三人は女神の末裔で、グランさんちの近くの森に棲む、森の守護者らしい。グランさんはサラッとそう言っていたけれど、この世界の事をあまり知らない僕でもわかる。
女神の末裔達が家に住んでいて留守番を任せる仲って、常識的に考えて絶対におかしい。
「うーん、よくわからないけど、あのギフトに頼って戦ってた頃はすごく気分が良くて、でもその事を今思い返すと、何かおかしかったなって思うんですよ。思い出したらちょっと怖くなって、使わない方がいいかなってなりました」
ギフトを手に入れて、魔物を簡単に倒せる爽快感はとても気持ちよかった。自分には圧倒的な力があるという優越感と、選ばれた人間だという思い込み。今思い出すと、恐ろしいし恥ずかしい。
「あら、お気付きになりまして? あのギフトはバーサーク効果が付いてますわよ」
別の木の上からウルちゃんの声が聞こえた。
バーサークという効果は、元いた世界にあったゲームではよく見かけた効果だ。狂化とも言われ、攻撃力が爆上げされる強スキルだが、何かしらのデメリットがセットの事が多かったのを覚えている。
「ちょっと戦うのが楽しくなって、どんどん戦いたくなっちゃう効果よ? 私はそういう効果大好きだけど、油断するとその効果に自分の方が振り回されるわ」
ヴェルちゃんの言葉にハッとなった。
ああ、僕は自分のギフトの効果に振り回されていたのか。やっぱりこのギフトは、満月の夜でも使わない方がよさそうだ。
僕自身が強くならなければ、強い力は使いこなせない。今の僕はまだこのギフトを使えない。
その為には自力で体を鍛えて、グランさんやドリーさんみたいにならないと。それにたくさん勉強してアベルさんみたいに賢くなって、たくさん場数を踏んでリヴィダスさんみたいに冷静に戦況を見られるようにもなりたい。
それができるようになる頃には、ギフトに頼る必要はなくなっているかもしれないな。
そして、僕を助けてくれた人達に恩を返したい、
そんな事を考えながら、僕は次の木に斧を振った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます