第190話◆獣の誓い
「えっと、俺どうしたら? 何かやることある? 痛いなら冷やしたらいいのか? いや、それとも何か痛みに効く薬を作ればいいのか!? って、呪いが急速に弱くなってる何!?」
ソファーの上で苦しそうに両手で顔を覆うジュストを、アベルが視ている横で、何か役に立ちそうな物はないかと収納の中を漁って、使えそうな物を片っ端からリビングのテーブルの上に並べていく。
「グランはちょっとじっとしてて? ジュストはおそらく大丈夫だから、変な物は片付けて? そのよくわからない生き物の内臓みたいなの、絶対使わないからしまって?」
あ、はい、ごめんなさい。
アベルが鑑定して大丈夫と言ったのなら、おそらく大丈夫なのだろうが、ジュストが苦しそうなので見ていて辛い。
「あらぁ? 今日は満月ですから、月の光の浄化効果ですねぇ」
「妙な呪いにかかってたみたいだけど、月の光の効果で少し弱まったみたいね」
「呪いが弱くなって元の姿に戻りそうですわ」
「おそらく姿の変化に伴う痛みだろう。変化が終われば落ち着くはずだ」
三姉妹とラトもソファーの周りに集まって、ジュストを覗き込んでいる。
「そうか、よかった。って、元の姿に戻る?」
マジで!?
よく見るとジュストの耳が少し小さくなっており、頭部に黒い髪の毛のようなものが見える。
顔は手で覆っているのでよくわからないが、手の隙間からチラリと肌色が見えた。
ソファーで横になるジュストが、辛そうに顔を覆っているのを、俺達は見ている事しかできなかったが、時間が経つにつれ、犬のようだった頭部が人間の頭の形へと変化していった。
「うぅ……っ」
「ジュスト、まだ痛いか? 水を飲むか?」
耳の先端がちょこっとだけモフっているのと、短い尻尾が残っている以外、すっかり人間の姿になったジュストに声をかけた。
「まだちょっと頭がズキズキします。水が欲しいです」
ジュストが顔を覆っていた手をどけると、見覚えのある顔が露わになった。髪も艶のある人間の黒髪になっている。
グラスを取り出して、テーブルの上に置いていたピッチャーから水を注いで、ジュストに渡した。
「呪いは完全に消えたわけじゃないみたいだけど、人間に戻れてよかったね。月の浄化力の影響かな? ギフトが反転した時に消えたスキルはそのままだけど、ギフトは戻って来てるよ。確認してごらん?」
水を飲み終わって、何とも言えない表情で顔をペタペタと触っているジュストに、アベルが言った。
「ホントだ、呪いは残ってるけどギフトも帰って来てる」
ジュストのギフトってあの強そうな名前のギフトか!? 転移無双だっけ?
でも、呪いが残っているのなら、使いにくそうだなぁ。せっかくほぼ人間に戻れたのだから、ジュストもまた獣に逆戻りはしたくないだろう。
「呪いが弱まってるのは、今日が満月だからよ。月が沈んだら、呪いが戻って来るんじゃないかしら?」
ジュストの呪いがほぼ解けたのかと喜んだのも束の間、ヴェルの非情な言葉が聞こえた。
「この呪いにはかなりの執念を感じますわね。色々な要素が重なって一時的に軽減されてるみたいですけど、完全に解除するのは難しそうですわ」
「満月の光に当たるとその夜だけは、呪いが弱まってギフトが出てくるみたいですよぉ」
つまり満月の夜だけ人間に戻るって事か? 逆狼男みたいだな。
「そうですか、じゃあ朝になったらまた獣人の姿になるんですね」
「呪いをよく見てみろ」
がっくりと肩を落とすジュストにラトが静かに言った。
「罪禍の理・獣の誓――汝、獣にして獣に非ず。獣であって蛇に非ず」
ジュストが自分の呪いを見たようで、その結果を呟いた。あれ? ガンダルヴァの村で見た時は"獣ですら非ず"とかだったよな?
「ホントだ、呪いの内容が変わってるね。獣だけど獣じゃない。獣だから蛇ではない? どういう意味?」
アベルもジュストの呪いを詳しく見たのか、不思議そうに首を捻っている。なぞなぞみたいで意味がわからないぞ。
「獣だけど獣じゃないって事よ」
「獣だから蛇でないという事ですわ」
「強力な呪いの上に別の呪いがかけてあるんですぅ。でもその呪いのおかげで、強力な呪いが発動してないのですねぇ。呪いですけどぉ加護みたいなものですねぇ」
んんん? 別の呪いと獣の呪いで上書きしてある? いや、獣の誓いって入っていたな? 蛇?
「要するに獣だけど獣じゃない、だけど獣だから蛇じゃない。蛇になるはずが、獣になってるって事か?」
やばい自分で言って、こんがらがってきた。
「おそらく、最初に蛇の呪いがかかっていたのだろう。どういう呪いかまではわからぬが、蛇ならば体を蝕む毒系だろう。その後、別の者の手で呪いが書き換えられたのであろう。その時の呪いと現在の呪いが違うのなら、その後に再び呪いが書き換えられた事になるな。それがクルの言う、強力な呪いを別の呪いで封じているという事だ」
ラトが三姉妹の言う事を、わかりやすく解説してくれた。
どこかで、ジュストの呪いが変化していたという事だ。心当たりがあるのは、タンネの村の祭りの時だが、あれは浄化しただけで、呪いを書き換えたようには見えなかったしなぁ。
「アベルは気付いてた?」
鑑定マニアのアベルなら、あの時ジュストを鑑定していたはずだ。
「ううん。リヴィダスのとこの村で一度見たけど、その時はサラッとしか見なかったからね、呪いの詳しい内容までは見てなかったよ。でも相変わらず抽象的で、よくわからない呪いだね」
確かにアベルの言う通り、呪いの言葉は抽象的で、詳細についてはさっぱりわからない。
「獣の誓に何か心当たりがあるだろう」
アベルより高い精度の鑑定を持っていそうなラトは、もしかしてジュストの呪いの詳細にある程度気付いているのかもしれない。
「あっ!」
ラトのヒントにジュストが声を上げた。
「奴隷商屋敷時か!?」
「あー、サンダータイガーが現れたって言ってた時? なるほど?」
ジュストが俺達と行動するようになってから、強力な呪いを呪いで上書き出来そうなほどの強力な獣系の魔物に遭遇したのは、あの時しかない。
サンダータイガーママが、ジュストの呪いを書き換えてくれたのか。
「おそらく蛇の呪いも進行性の呪いだろう。その蛇が獣に書き換えられ、蛇の呪いの代わりに獣の呪いが進行するようになっている」
「獣にして獣に非ず、というのは獣の姿をしているが獣ではない。いい意味で取れば獣の姿は仮で、本来は人という事? 獣以下という事なら以前の呪いの文言が、獣ですら非ずだったよね」
アベルよく覚えてるな!! 俺、こんがらがってきちゃったぞーーーー!!
「つまり僕には進行性の蛇の呪いがかかっていて、それが獣以下のナニカになる呪いに書き換えられたんですよね。そして更にそれが書き換えられて、蛇の呪いの代わりに獣の呪いが進行するけれども、獣以下のナニカにはならないという事ですよね?」
「そういう事だな」
ジュストの言葉にラトが頷いて、ジュストの表情が少し明るくなった。
そりゃそうだ、獣以下のナニカになるという不安から解放されたのだからな。
「蛇の呪いも発動条件はおそらく獣の呪いと同じだ。殺せば殺すほど進行する、つまり殺せば獣の姿になる。獣の姿になるが獣になるわけではないという事だろう。蛇の呪いを何とか押さえる事ができれば、より人に近づく事ができるだろう」
やっぱ、そこで進行するのか。それでも少し気は楽になったな。獣の呪いはタンネの村の浄化祭りで軽減されるみたいだし、月の浄化で一時的に人間にも戻れる。そして、満月の日はギフトも戻って来る。
完全にとは言わないが、人に戻れる希望が大きくなった。
「希望が見えてきたな」
「はい!」
明るい返事をしたジュストの、短くなった尻尾がパタパタと揺れた。
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