第189話◆月の綺麗な夜だから

 ジュストが伐採を引き受けてくれたので、俺は獣舎作りに専念していたが、あまり進展のないまま夕方が近づいて来たので、夕飯の準備に家に戻った。


 今日の夕飯は、ヌィーという植物の実をたっぷり食べさせたスライムのゼリーを使った料理にしようと思う。

 ヌィーというイバラのような植物は、生命力が非常に強くどこにでも生えており、その実は鳥が好んで食べる事もあって至るところに勝手に生えて来る系の植物である。

 ヌィーの実は小さな赤い実なのだが、これが服に付くと鮮やかな赤い染みになって中々取れない困ったさんだ。

 このヌィーの実と水の魔石で作った水を、ひたすらスライムに食べさせると、真っ赤なスライムになる。このスライムのゼリーは食材を赤く染める着色料として使う事ができる。というかそれしか用途がない。ちなみに、乾燥させて臼で挽いて粉にしても着色料として使える。

 このヌィーを与えて育てたスライムは、ユーラティアではヌィーがそこら中に自生していて入手しやすく、スライムの育成方法に難しい条件もないので、一般家庭でもよく育てられている。

 余談だがこのヌィースライム、育成している水槽から脱走すると、移動した後に真っ赤な色が残ってしまうので、掃除的な意味で大惨事になってしまう。もちろん、落ちにくい。そしてその跡は真っ赤なので、ヌィースライムの脱走現場はとてもサスペンスな状態になっている事が多い。


 オーバロのダンジョンのアベルが倒した魔物の中に、白身の魚が混ざっていたので、綺麗に鱗と皮、骨を取って身だけにして、布でくるんでしっかりと水分を拭き取った後、すり鉢でゴリゴリと小さく潰す。

 そのすり潰した白身の魚の身に、砂糖とイッヒ酒と少量の塩とヌィースライムのゼリーを少し加えて、水分が完全に飛ぶまで焦がさないようにフライパンで炒った。

 水分が完全になくなる頃には白身魚の身は、ピンクに色づいたパラパラの粉のようになるので、それで完成。甘くてピンクのアレ――サクラデンブだ。

 前世で子供の頃、これがめちゃくちゃ好きで、台所で隠れてこっそり食べてよくお袋に怒られていた。

 少し味見をしてみると、ふんわり甘くて懐かしい味がした。


 おっと米を炊き忘れるところだった。前世でもたまーにやったよな、炊飯器のスイッチの入れ忘れ。おかずを準備して炊飯器の蓋を開けたら、水の張ったままの米がこんにちはした時の絶望感。

 そうだ! 炊飯器を作ろう!!

 土産を渡しに行くついでに、火の調整はタルバに相談してみよう。


 今日の米は昆布っぽい海藻を一緒に入れて、いつもより気持ち水を少なめでお米を炊く。

 米を炊きながらオーバロで買った米酢に砂糖と塩を入れて混ぜておいて、米が炊けたら米と混ぜ合わせる予定だ。


 米だけではなく、他の具材の準備もしなければならない。

 卵をよく溶いて、フライパンにうすーーーく広げて焼く。四角いフライパンなんてないから、丸いでっかいフライパンだ。

 ペラペラで薄い卵焼きを何枚も作って、それを重ねて千切りに。それをやっている隣では、細長い豆をほんのり醤油味で煮ている。キノコは、ちょうどいいのがないので諦めた。

 そしてキュウリ!! キュウリもアベルが苦手な野菜の一つだが知った事ではない。これは斜めに薄く切っておく。

 それから、湯がいて収納の中に突っ込んでいたジャッパ。コイツはくそでかいので、身だけにして食べやすい大きさに切ってしまう。

 さらにシオマネキ。茹でた後、殻から身をほぐして器に除けておく。

 オーバロの手前の漁村で貰った茹でヒカリイカもいっとくか!? これは、舌触りをよくする為に嘴と目玉と軟骨を取ってしまう。

 同じ村で買った海苔はほそーく千切りに。

 えーと、ラトに貰った食材の中に山椒の葉っぱもあったよな。山椒の葉っぱはとても香りが良いので、最後に飾る用だ。


 これだけ具があればいいかな!? っていうか具の量多すぎた!? まぁ、いっか!!

 米が炊けたら酢と合わせて混ぜた後、扇子で扇いで酢飯を冷ます。

 冷めたら酢飯を皿に盛って、その上に具を散らすように飾り付け、最後に山椒の葉っぱをチョコンと載せた。

 今日の夕飯はちらし寿司だよおおおおおおおおお!!!

 海鮮ちらしはさすがに生食に慣れていない人にはハイレベルかと思って、今回は生もの無しのちらし寿司だ。


 汁物はワカメのみそ汁を用意した。アベル達は味噌初チャレンジだけど、大丈夫かな。

 せっかくオーバロで徳利とおちょこが買えたので、湯煎でササ酒を熱燗にしておかないとな。寿司ならやっぱササ酒だよなぁ!?

 三姉妹とジュストには、乾燥させた昆布っぽい海藻をすり潰して粉にしたものに、リュネ干しの果肉を少しだけ入れた、リュネ昆布茶を用意しておこう。



 夕飯の支度中に、ジュストが伐採作業を切り上げて戻って来たが、泥だらけだったので先に風呂へ入るように促した。

 その直後に三姉妹達も泥だらけで戻って来た。森へ散歩に行ったって言っていたけれど何をやってたんだ!?

 ジュストがお風呂に入っていたので、三姉妹達はとりあえず浄化魔法ですっきりしていた。寒い季節だから、後でゆっくりお風呂に入ればいい。


「ただいまああ、こっち、めちゃくちゃさむーい。雲行きも怪しいし、夜は雪になるかもしれないね」

 夕食の準備が終わる頃に、アベルが腕をさすりながら帰って来た。

 この辺りは王都に比べて標高が高い為、王都よりも気温が低い。そして高い山も近く、海が近い平野に位置する王都より、雪は多いと思われる。

 夕方前には家の中に入ったから、外の気温を気にしてなかったなぁ。家の中には、魔石を使った気温調整の魔道具を設置しているので、とても過ごしやすい。

 そんなに寒いのなら、暖かいメニューにすればよかったな。

 アベルに遅れてラトも戻って来て、ジュストもお風呂から戻って来たので、さぁ夕飯の時間だ。




「うわぁ、綺麗だねぇ。下にあるのはコメだよね? 具の色が華やかで見た目だけでも楽しめるね。このピンクなのは何?」

 ちらし寿司の見た目の華やかさは、アベルの目にも適ったようだ。そして、その華やかに見える一因の、サクラデンブに興味を引かれている。

「これは白身魚のすり身に、ヌィースライムで色を付けたものだよ」

「ピンクのお花みたいでかわいいですねぇ」

「卵の黄色い色に野菜の緑色もあって、春のような色ですわね」

「綺麗だから食べるのもったいないわね」

 三姉妹達も気に入ってくれたようだ。

 問題は味だ。酢を使っているので米が酸っぱいのと、具がしょっぱいものと甘みのあるものが混ざっているからな。

 そしてみそ汁は初めてだと、匂いが受け入れて貰えるか不安だ。


「わぁ、ちらし寿司におみそ汁だ! これは昆布茶ですか?」

 ジュストには懐かしいメニューのはずだ。もちろん俺も懐かしい。ホント、オーバロまで行ってよかった。

「ん、これは不思議だな。具の味付けが多彩だが、コメの酸味でまとまっていて、不思議と味のばらつきが気にならないな。そして、ササ酒か。今日は外が寒いので熱い酒はよいな」

 ラトはさっそくちらし寿司をパクパクと食べ始めた。

「ホントだ、コメが少し酸っぱいけどほんのり甘い。このピンクのも甘いね。でもしょっぱい具材と一緒になると、その甘みが口の中でちょうどよくなる感じだ。こっちの茶色いスープ、なんだか色も香りも独特だけど、このしょっぱさがすごくいい。このスープはオーバロで売ってたミソってやつだよね」

 あー、よかった。アベルはみそ汁は平気なようだ。色も匂いも癖があるから、アベルは苦手かと思ったけど、みそ汁の美味さの前にはその程度の事は関係なかったか。

 しまった、小豆……いや、アカネ豆もあるから、何かデザートも作ればよかった。


 ちらし寿司もみそ汁も好評で、おかわり分も作っていたがアベルとラトがペロっと平らげてしまった。

 アベルは何やらしばらく忙しいとかで、王都とうちの往復生活になるようだ。って、前からそうだったよな。

 ドリーもしばらく王都らしいので、ジュストはしばらくうちでのんびりだ。こっちの冒険者ギルドで仕事して、今のうちにランクを上げておいてもよさそうだ。

 せっかくだから、ジュストと一緒に何か作って、五日市で小遣い稼ぎするのもいいなぁ。

 手に職はないよりあった方がいいし、少しずつジュストに簡単な細工も教えていこう。


「あ、やっぱり雪が降り始めたよ」

 夕食を終えてリビングで寛いでいると、アベルが窓の外の雪に気付いた。

「今日は寒いですわねぇ」

「でも積もるほどは降りそうにないわね」

「雪景色も悪くないですけどぉ、寒いのはちょっと嫌ですねぇ」

 すっかり日は暮れてしまっているが、今日は満月なので三姉妹達もまだ元気だ。

「あー、ワンダーラプター達寒くないかな。ちょっと見てくるかなぁ」

 寒そうだったら暖房用の魔道具を置いてこよう。

「あ、僕も行きます」

 ジュストもオストミムスが気になるようだ。


 リビングの窓は大きな掃き出し窓なので、そこから外に出る事ができる。

 外に出ると、チラチラと粉雪が舞っていた。

 東の方は雲が途切れていて、雲の隙間で満月が輝いており、月の光を反射する雪がキラキラと輝いている。


「綺麗ですねぇ……いたっ」

 月を見上げたジュストが、突然額を押さえて俯いた。

「どした? 大丈夫か? 何かぶつかったのか?」

「……いえ、なんか急に目の奥が痛くて。いっ……たぃ……」

 痛みに耐えきれなくなったのか、ジュストがその場でしゃがみ込んだ。

「ジュスト、大丈夫か!? いったん中に入ろう」

 慌ててジュストを抱き上げて家の中に入り、ソファーに横たえた。


 ジュストは手で顔を押さえ、苦しそうに肩で息をしている。

「ねぇ、ジュストの呪いが急速に弱くなってるよ」

 苦しむジュストを見てアベルが言った。



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