第186話◆可愛い奴らめ

 チリパーハ産の食材や素材、その他諸々を購入してオーバロへ来た目的は果たされた。

 俺がオーバロを満喫している間、アベルは商談とか言って忙しそうだったが、それもほぼまとまって落ち着いたようだ。ドリーもなんだか忙しそうだったけれど、これはグローボの奴隷商の関係だったのかな?

 あの時の奴隷商の屋敷での戦利品は、ジュストと山分けにしたので、これでジュストはしばらく生活には困らないだろう。先日のダンジョンの稼ぎも結構あったし、ジュスト自身もオーバロに来てから、冒険者ギルドの仕事を頑張って結構稼いでいるようだ。なんだか楽しそうなのでよかった。ランクも無事にEまで上がっていた。

 ジュストは、俺達と一緒にユーラティアに行って、しばらくオルタ辺境伯領で職業訓練を受けながら、冒険者として活動する事にしたらしい。将来的にはヒーラーとしてやっていけるようになりたいと言っていた。

 ドリーと話し合って、自分でその道を選んだそうだ。


 オーバロでの用事も終わったので、そろそろお家に帰る準備だ。お家のベッドが恋しい。

 出発してからかれこれ一ヶ月が過ぎていた。道中やオーバロでキルシェに手紙は出したが、最後の手紙は俺達が帰る頃に届く事になるかもしれない。


 明日朝にはアベルの転位魔法でピューって帰るので、この一ヶ月の間にすっかり仲良くなったワンダーラプター達ともついにお別れの時だ。

 今日中に騎獣屋に引き取ってもらいに行かないといけないので、その前に綺麗に洗ってやって、最後に美味しいお肉をあげよう。

 手放す前に洗ったりする必要はないのだが、この一ヶ月よく頑張ってくれたので、その労いも兼ねて宿屋の騎獣用の広場を借りて綺麗にしてやる。これは俺が勝手にやっている事なので、アベルとドリーのワンダーラプターも俺が洗っている。

 ジュストもオストミムスに愛着が湧いているのか、俺がワンダーラプターを洗っている横で、オストミムスを洗っている。

 賢いワンダーラプター達もその事に薄々勘づいているのか、いつもより元気がない。

「グギャギャー」

「ギャフゥ……」

「ギャギャ……」


 そんな、捨てられた子犬みたいな上目遣いで見られると、手放し辛くなるじゃないか。可愛い奴らめ。

 うむうむ、美味しい肉もあげるからな。くっそ、ホント可愛いなこいつら。こうして世話をしてやっていると、連れて帰りたくなるなぁ。

 ん? 二号どした? なんでこっちをそんなに見てるんだ? 別れるのが寂しいのか? 二号君は可愛いなぁー、よしよし。

「グギャッ!!」

「ンギェッ!」

 あまりに二号君がこちらを見つめるので、可愛くて思わず鼻の頭をなでなでしていると、横から一号が二号に頭突きをした。

 はっ! いかんいかん、俺の騎獣は一号だからな、浮気をすると嫉妬されてしまう。



「グランー、まだワンダーラプター洗ってるの?」

「あんまり構い過ぎると、手放し辛くなるぞ」

 ワシワシとワンダーラプター達を洗っていると、アベルとドリーが様子を見に来た。

「わ、わかってるよ……っ!!」

 実はすでに手放し辛い気持ちになっているけど。


「グエェ?」

 俺達の会話がわかるのか、二号が可愛く首を傾げてアベルの方を見た。離れたくなくて、お強請りポーズか!?

「ん? 君、魅了なんか使うの? その程度の魅了は俺には効かないよ?」

「グエェェ……」

 え? 二号って魅了まで使うの!? アベルに指摘された二号がしょぼーんと俯いた。

 そういえばさっき、二号が俺の事をガン見していたのはそれか!? 油断も隙もねぇ!!


「ギュエッ! ギュエッ!!」

 一号が俺の方を見て何か訴えている。何だ? その直後一号の姿が景色に溶けるように消えた。 

「消えた!? なーんてね、そこだろ?」

 後ろを振り返って、何もない空間を手で軽く小突いた。

「グェェ……」

 俺の手が当たって、一号が残念そうな声を出しながら姿を現した。

 タンネの村で遊んだ時に、すごく大雑把な幻影魔法で木に擬態をしていたが、あれから少し進化したようだ。

「幻影魔法、随分上達したな。すごいぞ!」

「グエッ!」

 褒めてやると一号が嬉しそうに体を揺らす。ホント、こいつら可愛いくて、手放すのが辛い。


「ギャッギャッ!」

 三匹の中で一番大きい三号も何かアピールしている。ん? 少し体がムキッとなったな? 身体強化か?

「ここは宿の敷地だから身体強化使ってあばれるなよ?」

「ググェ……」

 三号が何かやらかしそうだったので、先に釘を刺したら非常に残念そうに鳴いた。

 こいつらもしかして、手放されたくなくて自己アピールをしているのか!?


「む、ワンダーラプターが身体強化か。グランが教えたのか?」

「いや、教えてないけど? 俺達の行動見て覚えたのかな?」

「ふむぅ……。アベルの鑑定でこいつらどう見える?」

 ドリーが険しい顔でアベルに訪ねた。

「種族はワンダーラプターだけど、最初より随分スキルが増えてるね。グランのは魔法系も物理系もバランス良くもってるね。ドリーのは身体強化系中心で、俺のは魔法系が多いよ。乗ってる主に似たのかな? というか、ここまでスキルが増えちゃうと、Bランク近い強さかもしれないね」

「困ったな、これは引き取り拒否される可能性がある。というか、特に教えてないのにここまで育つとは、ワンダーラプターの知能を完全に侮っていたな」

 相変わらずドリーは難しい顔をしているが、ワンダーラプター達はドヤ顔である。さすがうちの子達、ホント可愛いうえに有能!!


「幻影魔法に魅了魔法に身体強化か。新しいオーナーが気に入らないと、逃げ出しそうなスキルだね」

「逃げ出すならいいが、人的被害を出したら処分の対象になるぞ」

 うっ……、それはとても可哀想だし、こうなったのは俺が一緒に遊びすぎたからかもしれない。

 三匹並んで上目遣いで、ジッとこちらを見ていてすごく心が揺れる。

「しかし、これだけ能力の高いワンダーラプターなら、手放すのも勿体ないな」

「グエッ!!」

 ドリーの言葉に三匹が顔を上げて、ピンッと姿勢が良くなる。なんだ、こいつら有能アピールか!?

「うちの領で引き取って、専門の調教師に付けるのもありか?」

「ギョヘッ!?」

 ワンダーラプター達がコソコソと俺の後ろにやって来た。なんか隠れるような仕草をしているが、どう見ても俺よりお前の方がでかいだろ。

 三匹がそれぞれ、後ろから俺の背中にスンスンと頭をこすってきてくすぐったい。


「あー、もう! うちで引き取る! ここまでアピールされたら手放すのは心が痛い!!」

「「「ギョッギョッギョッ!!」」」

 根負けしてそう言うと、ワンダーラプター達が揃って体を揺らした。


「そうなると思ったよ」

 アベルが諦め顔でため息をついた。

「む? グランの家はこいつらを飼える広さがあるのか?」

「ああ、それは問題ないな」

 広さは十分あるし、森側に敷地を広げてもいいと聞いているので、こいつらを放し飼いにするスペースはある。まぁ、森方面に敷地を広げるなら、ラトに相談かなぁ。

「まぁ、この子達優秀だしね。グランの家で飼うなら、この先も移動がある依頼の時に連れて行けるし、悪くないよね。グランの家で世話するなら協力するし、餌代と管理費も出すよ」

「なるほど、そうだな。確かにこちらの意を汲んだ動きをする、賢いワンダーラプターだしな。俺のワンダーラプターも任せていいか? もちろん俺も餌代と管理費は払うぞ」

「おう、こいつら三匹で連携するから纏めて面倒を見る方がいいだろう」

 まぁ、餌はアベルが持ってくる肉で大体解決しそうだけれど、オーバロで散財しまくった分を稼がないといけないので、貰える物は貰うぞ!


「キュ……キュエ~……」

 ワンダーラプターを連れて帰る方向で話がまとまったと思ったら、オストミムスの鳴き声が聞こえてきた。

「あ、ごめんなさい。この子、急に落ち着かなくなって」

 そうだよなぁ、オストミムス君もここでお別れだもんなぁ。ジュストの初めての騎獣で、ジュストがずっと世話をしていたから、短い間だったけれど二人の間に絆が出来ているのだろう。

「キュッキュッ」

 オストミムスは鳴きながら何やら魔力を貯めているようだ。何をやるつもりだ!?


「ウキョーッ!」

 ペカーッ!!


 魔力を貯めていたオストミムスが小さな前足をパタパタさせながら鳴くと、オストミムスの頭がペカーッと光った。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 えっと……、光るの頭なんだ……。

「キュゥ……」

 何とも言えない沈黙に、オストミムス君がしょんもりしてしまった。しょんもりしたオストミムスをジュストがよしよししている。

 なんだこの癒やされる光景は。


 ジュストもオストミムスを手放し辛いのだろうが、ジュストのランクの収入だと騎獣を維持するのは厳しい。ジュスト自身もそれがわかっているので、手放す前に精一杯可愛がっているのだろう。

 手助けしたいのだが、ジュストの自立の妨げになるような手助けはしない方がいいだろう。

「ジュスト、お前はまだ冒険者として駆け出しで騎獣を維持するのは厳しい」

「はい、わかってます」

 ドリーが真面目な顔でジュストに語りかけ、ジュストもそれに納得する。

「だが、冒険者を続けるなら将来的に騎獣が必要な場面は多く出てくる。ジュストはしばらく俺のところで学ぶつもりなら、オストミムスは自立するまで、俺の預かりにしておこう」

 なんだかんで、ドリーは最終的に甘いんだよなぁ。ジュストの顔がパアッと明るくなったが、すぐに真顔になる。

「ここまでずっとお世話になってばかりで、またお世話になってしまうのは申し訳なくて」

「ここまで世話をしたのだから、これはこの先への投資だ。それにわかりやすい目標があった方が頑張れるだろう」

「……はいっ! 少しでも早く自分でこの子を養えるようになります!」

「キュエエ」

 オストミムス君もなんとなく状況を理解したのか、スリスリとジュストに頭をこすりつけている。



 そんなわけで、ワンダーラプターとオストミムスは俺達の元に残る事になった。

 そして、その話を聞いたリヴィダスに、そうなると思ったと苦笑いをされた。



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