第184話◆チリパーハからの船

 チリパーハからの船の到着予定日の翌日、アベルと一緒に朝から港に行くと、まだ船は到着していなかったが、こちらに向かって来ている船が見えた。まだ港から距離があり、豆粒のようなのでどこの船かはわからない。

 船を見に行くだけなので一人で行けるって言っても、俺がうっかり変な船に乗ったら困るとか言ってアベルがついてくるし、ドリーとリヴィダスも何かそれに納得してるし、お前ら俺をなんだと思っているのだ。



「あの近づいて来ている船、なんだか速くない?」

「ん?」

 アベルに言われて近づいて来ている船を意識して見る。確かについ先ほどまでは、波の合間に船らしきものが近づいて来ているのがギリギリ見える程度だったが、今ははっきりと船の形が見える。

 今世では船旅はほとんどした事がなく、海よりも内陸部での活動が多いので、あまり船舶については詳しくないが、随分と速度が出ているような気がする。

 追い風が強いといった感じはないのに不思議だ。俺が知らないだけで、造船技術が進んでいる国があるのだろうか。

 そんな事を考えているうちに、船はどんどん近づいて来て、その船体に刻まれている紋章がはっきり目視できるようになった。

 プなんとかって国の船に比べると随分シンプルで、大きさも小さめだ。


「あの独特の紋章はチリパーハで間違いないね」

 アベルの言うように船首に見える紋章は、ユーラーティアやシランドルの貴族の家紋とは、かなり方向性が違うデザインだった。しかしそれは俺にとってはなんとなく懐かしさがあった。

「ロクモンセン」

 無意識に呟いていた。

 真ん中に四角い穴が描かれた円が六つ並んだデザイン。周囲に複雑な装飾が施されているので、俺の知っているロクモンセンよりもかなり派手だが、四角穴の空いた丸い硬貨を連想させるその独特のデザインが、それを思い出させた。

「うん? 何か言った?」

「ああ、いや何でもない。変わった紋章だなぁって」

 ユーラティアやシランドルの国の紋や貴族の家紋は、強い動物や美しい植物のデザインの物が多いので、チリパーハの船が掲げている紋章は俺達からしたら少し珍しい。


「あれ?」

 紋章も少し変わっているのだが、それより何だか違和感がある。

「どうしたの?」

「船の周りの波が何だか不自然だなって」

 船の前方のあたりから水が切れて波が起こっているように見える。いや、船の前に何か大きな影が見えるな。あれがあの船の速度の秘密なのだろうか。

「あー、船の前に何かいるね」

「え? ってお前何やってんだ、降りてこい」

 アベルの声が上からしたのでそちらを見ると、隣にいたはずがいつの間にか空中に浮いて、近づいて来ているチリパーハの船を見ている。上から喋るもんだから、周りの人もびっくりしてるじゃないか。

「あー見て見て、でっかい亀が船を引っ張ってるよ」

 ここからじゃ見えねーつーの!! あ、波の隙間からなんか鱗っぽいの見えたな。

「亀が船を引っ張ってるからあの速度なのか」

「っぽいね、大人しそうだけどAランク超えの魔物だと思うよ」

 ストンと音がしてアベルが地面に降りてきた。

「もうすぐ船着き場に入ってきそうだし、荷下ろし見に行こうぜ」

 アベルと共に、チリパーハからの船が入ろうとしている船着き場を、近くで見る事の出来る場所へと向かった。

 交易船というわりには少し小さめだし、船の形も独特だ。そして船を引いているという亀も近くで見てみたい。

 ついでにチリパーハの人がどんな人種なのかも気になる。


 船を亀が引いている為なのか、チリパーハの船が入ろうとしている船着き場は、他と比べて広めだった。

 船着き場周辺には関係者しか入れないので、船着き場のよく見える場所で、船が到着する様子を見物していた。

 真っ黒だったプなんとか国の大型船とは対照的に、白を基調とした船体に赤い装飾の入った美しい中型船である。交易船としては小ぶりだが、マジックバッグや収納スキルがあるこの世界では、不思議な事ではない。

 海には大型の魔物が棲息している為、長い船旅には大型の船の方が好まれるが、Aランク超えの魔物が牽引しているのなら、魔物に対する心配も少ないのだろう。


「お、亀が水から顔を出してる。愛嬌のある顔で可愛いな」

「俺は時々グランの可愛いの基準がよくわからないよ」

 何でだよ!? 亀さん可愛いだろ!?

 船着き場に船が横付けし、大きな亀がピョンと水から顔を出している。ウミガメっぽい厳つい顔だが可愛いと思うんだけどなぁ。

 あ、目があった!! 手振ってみよ!! そっぽ向かれた、ちくしょう!!

「あの亀すごいねぇ、水系のギフト持ってるよ。あれなら小さめの船でも魔物も嵐も平気そうだね。あ、人が降りてくるよ」

 アベルが指差した先に、船から下りてくる男性が見えた。

 俺達よりやや小柄でほっそりしている。いや、俺達がデカイだけかもしれない。

 降りてきたのはほっそりした、黒髪にやや黄色味の強い肌の色をした男性だった。


 ユーラティア人はどちらかというと肌は白に近い。シランドル人は地方によって差があるが、オーバロ辺りはユーラティア人とわりと似ている。

 チリパーハの船から下りてきた人の姿を見て、少し懐かしさを感じた。

 少し期待をしていたが、服装はワフクではなかった。すっきりとした動きやすそうなパンツスタイルである。よく見ると上着が前合わせで、なんとなく前世の記憶にある和服っぽさを感じる。

「今降りてきた人が、魔物使いっぽいね。調教スキルを持ってる」

 俺が手を振ったらそっぽを向いてしまった大きな亀さんが、最初に降りてきた男の方に首を伸ばしているのが見えた。

「調教持ちが魔物を使って船を引かせてるのかー」

「みたいだね。あ、荷物も降りてくる。へー、荷物は収納用の魔道具を使ってるみたいだね。交易品を収納系の魔道具で運んでるって、効率はいいけど事故があると損害額すごそうだねぇ。強そうな魔物が船を引いてるから滅多な事はないのかもしれないけど」

 収納の魔道具とおぼしき樽がゴロゴロと転がされながら、次々と船の中から港へと運ばれている。

 収納用の魔道具を使って運送をしているとは思っていたが、それらしき物が思ったよりたくさん見えて驚いた。

 うへー、すごい数だな。中身関係なしに、魔道具だけでものすごい金額になりそう。


 マジックバッグもそうだが、収納用の魔道具は高価で、容量が増すとその価値はどんどん上がる。時間停止の機能が付いていたら更に高い。

 空間魔法も時間魔法も、どちらも実用レベルで扱える者が少ない魔法で、その両方が扱える者となると、一国に二桁いるかどうかである。

 その両方の魔法をホイホイと使っているアベルは実はかなりすごい。

 そして、大容量の収納用の魔道具を作ろうと思うと、その土台となる物の素材も高く、技術的にも素材的にもかなり高価になってしまうのだ。

 たまに、ダンジョンで収納用の魔道具が発見される事もあるが、それらは拾った冒険者自身か、その周りの親しい者が使用する事が多い。冒険者にとって荷物を持てる量は、そのまま稼ぎに直結するからだ。

 ダンジョンで極稀に手に入る収納用の魔道具の中には、極稀に桁外れに高性能な物もある。それらは並の物の何倍もの高額で取り引きされ、そのほとんどは権力者の手に渡る事になり、一般市場に出てくる事はまずない。


 そんな高価で稀少な収納用の魔道具を何個も積んだ船が、海難事故に遭ったらと想像すると、損害金額が恐ろしくてヒュンってなる。

 それに収納用の魔道具は荷物をコンパクトに運べる反面、盗む事も容易な為、犯罪者のターゲットにもされやすい。その対策として、使用者を限定する事もできるが、指定された者以外は使えなくなるという不便さも出てくる。また、使用者限定効果を解除できる技術者がいれば、それも意味がなくなる。

 収納用の魔道具を大量に使っての交易はリスクも大きいがメリットも大きい。

 これだけの数の収納用の魔道具を積んでいるチリパーハの船には、それを行えるだけの安全性があるのだろう。

 あの船の速度と引いている魔物のランクを考えると、並の海賊では手を出すと返り討ちになりそうだ。水の加護があるって言ってたから、津波攻撃くらいやりそうだよなぁ、こわいこわい。


 あのいっぱい降りてきている樽の中に米や醤油があるのかな。他の食材もいっぱいあるかな。

 オーバロの店の店頭に並ぶのが楽しみだなぁ。



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