第183話◆黒い船
ダンジョンから戻った翌日は、冒険者ギルドで朝から解体場を借りて、オーバロオステウスをはじめとしてダンジョンで倒して回収してきた魔物の解体作業をした。アベルが嬉々として雷を落としまくった結果、Dランクのダンジョンにしてはかなりの稼ぎになりそうなのだが、大きめの魔物だらけで解体作業が大変な事になっている。
ついでにオーバロまでの道中で倒して、そのまま収納の中に投げ込んでいた魔物も解体した。
七メートル超えのオーバロオステウスを出した時は、解体場の職員さん達が少しザワザワしていたけれど、マジックバッグと言って誤魔化した。まぁ、普段来ない異国なので、収納スキル持ちなのがバレても面倒臭い輩に絡まれる事はないと思って、少し気分が緩くなっている。
解体していると、職員さんがオーバロオステウスについて教えてくれた。
オーバロオステウスは小さいと三メートルくらいで、大きいと十メートルを超えるらしい。ダンジョンボスだがだいたいは海底の砂の中で寝ていて、冒険者達はその存在に気付かない事が多いそうだ。起きて泳いでいるのを見られたらラッキーだとかなんとか。
頭の上に真珠貝が付いていたって話をしたら、あの貝はオーバロオステウスの体の一部だが、真珠が出来ているのは珍しいとの事。
正確にはあれは貝ではなく捕食器官で、ものぐさなオーバロオステウスが動かずして餌を獲る為の物らしい。へーへーへー。
貝の中に真珠があったのは、何かのきっかけでたまたまそこで魔力が結晶化して、真珠のような魔石が出来ただけなのだろう、とオーバロの冒険者ギルドの職員さんが教えてくれた。まぎらわしいな、おい。
ちなみにあの拳サイズの真珠っぽい魔石は、水と光属性が混ざった魔石だった。二種の属性が混ざった魔石は少し珍しいので、とてもいい値段で売れた。
オーバロオステウスからは、体内からその体のサイズに見合ったでかい魔石が出て来たが、B+相当の魔物だったので質はそこそこと言ったところだった。こちらもギルドに買い取って貰った。
で、オーバロオステウスという魔物、皮膚は硬い石のような質感の鱗だったのだが、骨は軟骨だった為、俺がばらまいた岩や砂を飲み込んだダメージで、ほぼ瀕死だったようだ。そこに、アベルの全力雷が落ちてきたのだから、完全にオーバーキルである。
肉は白っぽい肉で脂もよく乗っており食用可と見えたけれど、それと一緒に"ただし脂は人間には消化できない"って見えた。
俺、知ってるよ。これを食べたら、人としての尊厳が崩壊する危険性あるやつだよね!?
さすがにこれは食べるのはやめておいて、素直にギルドに買い取ってもらった。こんなの需要あるのかなぁって思ったら、好んで食べる獣人がいて高く売れるとかなんとか。
オーバロオステウスの他にも、アベルが張り切ったおかげでウツボっぽい魔物やタツノオトシゴっぽい魔物、サメやら魚やら海系の魔物だらけで、大きい物が多いのでヒィヒィ言いながら解体する事になった。
タツノオトシゴっぽいのは調合の素材、サメは練り物にしようかなぁ……アッ! ヒレは絶対俺が貰う!! ウツボは……えーと、すげーでかいけど、全部唐揚げにして唐揚げ屋さんにでもなるか!? いや、ないな。
とりあえず解体終わった分から全員で山分けだなぁ。
ギルドの解体場を借りたのは午前中だけだったので、昼からは外国からの船が来る港の方へ行ってみる予定だ。
借りている時間ギリギリまで解体作業をしていたが、量が多すぎて全部終わらなかった。だいたい、アベルが悪い。
残ったやつは家に帰ってから解体して、分配分はアベルに届けて貰う事にしよう。多すぎるつーの!!
「あ、グラン! 解体全部終わったの?」
全部終わっていないが、時間になったので解体作業を切り上げて、冒険者ギルドのロビーに戻って来ると、アベルが待っていた。
昼から港に行くと伝えていたので、それに合わせて来たようだ。
「誰かさんが大暴れしたせいで、魔物の数が多すぎて終わるわけがねーよ!!」
「そんなにあったんだ」
不思議そうに首を傾げているが、だいたいお前が倒した魔物だ。
「とりあえず、飯食って港に行ってみるかなー」
「さっきチラっと見てきたけど、まだ船は来てなかったよ」
今日はチリパーハからの船が到着する予定日だが、天候次第で前後すると思われるので、また到着していなくても不思議ではない。
海には大型の魔物がおり、海賊もいる為、船旅は危険が多く、予定通りに事が運ぶ方が珍しい。米や醤油を乗せた船が無事に到着する事を祈るばかりである。
ジュストは、今日もギルドの依頼を受けて薬草採りに行っている。がんばってるなぁ。
ドリーとリヴィダスは宿でのんびりしているようだ。あの二人だけ残してきたら、昼間から酒飲んでいそうな気がするな。
そんなわけで、昼ご飯を食べた後はアベルと二人でオーバロの港へ。
「グランだけで港なんて行かせたら、うっかり変な船に迷い込んで、そのまま出航しちゃいそうだし」
「いや、さすがにそこまでどんくさくないけど……」
アベルは俺をなんだと思ってるんだ!?
アベルにめちゃくちゃ失礼な事を言われながら、外国からの船が着く港までやって来たが、チリパーハからの船はまだ到着していないようだった。
「ざんねーーーん。行った事はないけど、チリパーハは大陸から船で一週間以上かかるみたいだしね、予定日より遅れるのは仕方ないね」
「海の向こうかー。米も他の食材も気になるしいつか行ってみたいなぁ。島国って事は文化も、魔物の生態系も独特だろうし楽しそうだな」
港まで来て、大きな船がいくつも並ぶ港をアベルと眺めながら、海の向こうのチリパーハを想像する。
食材の感じからして日本に似た国なのかな? 行くならジュストも一緒に連れて行ってやりたいな。
「今回は無理だけど、次はオーバロまで転移で来られるし、今度は暖かい季節に来てみるのもいいね。さすがに一ヶ月近く旅してると、家のベッドが恋しいな」
その家って実家の事か? 俺の家の事か?
「そうだなぁ、そろそろ帰らないとラトと三姉妹が心配してそう」
「あー、帰ったら鹿にバジリスク料理を自慢しないとなー」
相変わらずアベルはラトによくわからない対抗心を持っているようだ。確かにバジリスク料理は美味かったけど。
「あ、グラン! あれ、プゥストゥイーニアの船じゃない?」
「プゥスなんちゃらって国ってシランドルの南の国だっけ?」
非常に舌を噛みそうな名前の国で、ぶっちゃけ覚られない。
「そうそう、あの黒い船。あの船の帆に描かれているのは、プゥストゥイーニアの国旗だね」
アベルが指差した方向を見ると、マストが三本……いや、船の最後尾にもう一本あるな、全部で四本のマストがある大型の黒い船が泊まっていた。
シランドルの南の国は陸続きであるが、シランドルとの間に高く険しい山脈がある為、船での行き来が主である。
多くの物資と長期間の航行、そして魔物や海賊との戦闘に備えての為か、大型のバリスタを搭載しているのも見える。
「あれも交易船かな?」
「多分そうじゃないかな。プゥストゥイーニアは砂漠が国土の大半を占めていて、一年を通して気温が高く、風も乾燥していて農作物が育ち難いから、外国からの輸入に頼っているんだ。あまりに農作物の自給率が低くて、周辺の農業が盛んな国に攻め入る事もしばしばあって要注意な国だけど」
「不穏な国だな、おい」
「まぁね。でも国力自体はユーラティアやシランドルには及ばないし、シランドルとは山脈で隔てられてるし、ユーラティアとは海で隔てられてるから、うちの方にはあまり関係ないかな。それに、あの国は良質な宝石や魔石の産地だしね、うちもシランドルも食料を輸出する代わりに宝石を輸入してる。もし戦争になっても、食糧の自給率が低いから農作物が輸入できなくなって内乱が起こって自滅しそう。まぁその際、周辺の小さな農業国が侵略される可能性はあるけど、ユーラティアにとっては海の向こうの事だしね」
後半がすごく不穏だな!! 聞かなかった事にしとこ!!
「交易船って事は、そのプなんとかって国の魔石とか宝石も入ってきてるのかな?」
「多分あるんじゃないかな。高価な物は貴族向けだから市場に流れないと思うけど、それ以外の魔石や宝石と魔物の素材はあるんじゃないかな。プゥストゥイーニアはめちゃくちゃ暑いから、ユーラティアやシランドルにはいない魔物も多いし、あの国は未踏破の高ランクダンジョンもあるからね」
「え? 何それ楽しそう」
ユーラティア周辺国しか行った事のない俺が、未知の国には惹かれるのは仕方ない。
「一応、大陸共通言語も通じるけど、あっちの言葉しか通じない人も多いと思うから、行くなら言葉勉強しようね」
アッ!!
「う、うん」
ヤダー、語学の勉強ヤダー!!
しかし、やっぱ外国に行きたいのなら、ある程度勉強しないとなぁ。ダンジョンやプなんとかって国の固有の魔物も気になるし、少しがんばって勉強してみようかな。
この後アベルと一緒に市場や輸入品店を回って、プなんとか国の魔物の素材を買い漁って宿に戻った。
シランドルに来て色々買って散財している気もするが、普段手に入らない物ばかりだから仕方ない。
そして翌日、ついにチリパーハからの船が到着した。
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