第182話◆海底の主

 ダンジョンにはその階層のボスにあたる魔物がいる時があり、エリアボスと呼ばれている。

 そして、ダンジョンの最後の階層には必ずエリアボスがおり、それはダンジョンボスと呼ばれ、その名の通りそのダンジョン内で最強クラスの強さである。


 ダンジョンボスもまたダンジョンが生み出す魔物である。倒しても時間が経てば新たなダンジョンボスが、ダンジョンにより生み出される。

 倒してもしばらくすると補充されるダンジョンボスは、毎回同じ種が現れるダンジョンもあれば、異なる種の魔物が現れるダンジョンもある。

 オーバロのダンジョンは毎回同じ種のボスが出現すると、オーバロの冒険者ギルドで見た資料にはあった。

 しかし、真珠貝で罠を張っているなんて書いてなかったぞおおおおおおお!!!


 ダンジョンボスは時折レア種が出現する事もあるので、もしかしてそのレア種かもしれない。

 いや、あんな場所のあからさまな真珠なんて普通採らないから、今まで気付かれなかったのか!?

 ともかく、手を出さなければ攻撃してこないタイプのボスを、どうやら攻撃してしまったらしい。


「オーバロオステウス、名前と大きさからしてダンジョンボスみたいだね。属性水氷闇、弱点雷。特に変なスキルやギフトは持ってないけど津波系の魔法を使いそうだから、海の中に流されないようにね。B+くらいかな、外皮は硬そうだけど内側はそうでもなさそう」

 アベルが究理眼で巨大魚の正体と弱点を見破り、パーティーのメンバーに伝える。

 雷弱点という事は、巨大魚が水から顔出したタイミングでアベルに雷ドーンしてもらうのが楽そうだなぁ。アベルもそのつもりで、杖に魔力を込めているようだ。


「水が近い場所は危険だ、水から離れろ!」

 ドリーの指示に従い、壁から離れようとするとするとドリーに引きとめられた。

「タンクがいないから、グランと俺は前衛だよなあ」

 えー、俺も前線なの!? やだよ、水際で魚と戦いたくないよ!!

 それに俺よりリヴィダスの方が、防御系の魔法が充実していて、タンク向きだと思うぞ!?

 チラッとリヴィダスを見ると目を細めて睨まれた。

「か弱い私は後衛よ」

 その手に持っている夜明けの星のどこがか弱いのか……あ、めっちゃ目が据わってる。

「じゃあ、時間稼ぎよろしくー」

 アベルが杖を手にニコニコしている。

 絶対アレ、全力で雷魔法使うつもりで魔力貯めまくるつもりだよなぁ!? 間違いなくオーバーキルだよなぁ!?

「援護がんばります!! 気を付けてください!!」

 はー、ジュストだけはマジで癒やし。先輩としてがんばっちゃうもんねー!


 海の壁から少し離れた場所に陣取って、巨大魚オーバロオステウスと睨みあう。

 そのオーバロオステウスの周りには、それにそっくりな細長い流線形の小型の魚が、いつの間にか無数に出現して泳いでいる。サイズは一メートル弱とあまり大きくないが、これは数が多いな。

 そして、その魚の数と形からしてちょっと嫌な予感がするんだよね。


 なんて事を思っていたら、オーバロオステウスの周りを泳いでいたミニオーバロオステウスが、一斉にこちらを向いた。

 そんな大量の目で、一斉にこっちを見つめられると、照れるぅ!! ……ってそうじゃなくて、君ら絶対アレだよね!? アレだよ! アレアレッ!!


 バシュッ!!


「ふおっ!」

 一匹目のミニオーバロオステウス君がこちらに向かって海水の壁から飛び出して来たので、ミスリルのロングソードでそれを切り捨てた。

 やっぱり、魚雷じゃないですかーーー!!! めっちゃいっぱいいるんですけど!?!? それ纏めて発射したりしないよね!?!?

 え? ダメ? やっぱ纏めて発射する? あ、発射する為にめっちゃ溜めている体勢だよね?


「くるぞおおおおおお!!」

「うおおおおおおおおおおっ!!」

 ぎょらああああああああああああああああい!!!


 最初の一匹に続いて、次々と魚雷のようにオーバロオステウスの取り巻きの魚が、こちらに向かって飛んできた。

 一匹一匹は一メートル足らずと小型だが、数が多い。そして、オーバロオステウス同様に鋭い牙が生えていて、絶対に噛みつかれたくない。

 できれば避けたいのだが、避けると後ろで魔法の準備をしているアベルの方へ飛んでいってしまうので、極力俺達のところで止めなければならない。

 しかし、飛んでくる魚を剣で片っ端から切っていても、数が多すぎてどうして漏れてしまう。

 チラっと横を見ると、ドリーは捌ききれない魚は体で受け止めている。腕や脇腹に、ミニオーバロオステウス君が噛みついてガジガジしているが、鎧と筋肉の上からなので全く効いていないようだ。これでタンクじゃないのだから、筋肉アーマー恐るべし。

 俺は囓られるのは嫌なので、無理そうなのは素直に後ろに流している。パーティーを組んだ時は、後ろのメンバーを信じる事も大切なのだ。

 漏れたのはジュストがバリアで防いで、リヴィダスがモーニングスターで潰している。時々、武器を持っていない左手で握りつぶしているような気もするが、見なかった事にしておこう。


「ドリーさん! 回復します!」

 体で魚を受け止めていたドリーは、さすがにあちこち囓られすぎて、鎖帷子が一部千切れそこから血が滲んでおり、ジュストがすかさず回復魔法を使おうとした。

「ドリーに回復魔法は、ギリギリまで必要ないわよ」

「え? でも血が出てますよ」

 リヴィダスに回復魔法を遮られて、ジュストが不思議な顔をした。

「ふふ、あれはドリーの戦術よ」


 俺も詳しくは知らないが、ドリーは火力に特化したギフト持ちで、そのギフトは負傷中――重傷になるほど身体能力が上がるという、何ともマゾで筋肉質なギフトだとかなんとか。

 しかも、ある一定以上負傷すると、気合いと根性で半端な攻撃は効かなくなるらしい。また、ギフトの恩恵で状態異常の回復スピードが速いなんていう恩恵があるという、どこまでも筋肉と根性なギフトを持っていると聞いた事がある。

 以前、魅了されたドリー相手に、動きの遅い近接に対しては相性のいいはずの遠距離高火力のアベルが、相打ちにまで持ち込まれたのは、この筋肉質なギフトのせいだと思われる。

 アベルが以前、野営中にドリーにスリープをかけたはずなのに、すぐに起きてしまったのもおそらくこのギフトのせいだ。


 そのギフトの為か、ドリーは噛みついている魚を放置したまま、飛んでくる魚を大剣でなぎ払っている。動きの邪魔になるところに噛みついた奴だけ、手で掴んで握りつぶしている。

 それも、そろそろ飽きて来たのか、ドリーが大剣を大きく横に振るうと、その風圧で飛んできていた魚が弾き飛ばされた。

 巻き込まれないように下がっとこ。


 俺が少し後ろに下がると、ドリーが剣を大きく振りかぶった。

 その間にも、飛んできている魚はドリーに噛みついているが、それを気にする事なくドリーが剣を振るうと、先ほどの風圧とは段違いの衝撃波が、オーバロオステウスとその取り巻きのいる壁の中の海へと吸い込まれていった。


 ドゴオオオオオオオオオオオオオンッ!!


 轟音がして壁と天井の海水が揺れた。

 その衝撃波で細かい魚は全て海の奥の方へと吹き飛ばされて行くが、オーバロオステウスだけは仰け反っただけでそれを耐えていた。

「ち、水中で威力が削がれたか。まぁいい、雑魚はこれでいなくなったな。アベルそろそろいけるかー?」

「いけるよー。あの海水なんだか魔力抵抗高いみたいだから、できれば水から顔出してた方がいいけど……あっ、逃げた」

 見るからにとんでも魔力の雷魔法を待機していますって感じで、バチバチと杖から火花を散らしながらアベルが上機嫌に答えると、オーバロオステウスはビクンと反応して、壁から離れ大回りで天井の方へと泳いで行ってしまった。

 わかる、アベルの持っている杖めっちゃ魔力の靄が出ていて、不穏すぎるもん。


 オーバロオステウスは海底付近から壁沿いを泳いで天井まで上り、俺達の頭上付近で止まりこちらを見下ろしている。

 水中に籠もられてただでさえ手が出し辛いのに、ドーム状の空間の天井へ移動され更に攻撃し辛くなる。

「あれは、俺の斬撃は届かないな」

「あ、つめたっ!」

 ポタポタを天井が水滴が落ちて来て、首筋に当たった。

 天井が海なのにも関わらず、今まで水は落ちてきていなかったのに、突然ポタポタと天井から水が落ちて始め、その水の粒はだんだんと大きくなっている。

「リヴィダス! ジュスト! 水耐性のバリアを張れ!! 上から水が来るぞ!!」

 ドリーが叫び、リヴィダスとジュストがそれぞれ水耐性の結界の張った青い光の膜が頭上に見えた直後、天井から大量の水の塊が降ってきた。

 水の塊というか、天井から津波が降ってきたかのような水の量である。

 二重のバリアに水がぶつかる衝撃で周囲が揺れて、降ってきた水が結界ではじかれて、ザアザアと床へと落ちていく。一部はバリアを抜けてポタポタと俺達の上に降ってきている。

 直撃していたら、水圧で大ダメージを受けたあげく、壁の中の海へと流されていただろう。

 天井から落ちてくる大量の水は、ジュストとリヴィダスのバリアに弾かれて、床へと流れ落ち床に溜まり、俺の膝の辺りまでの水位となっていた。


 天井から落ちてきていた水が止むと、天井にいたオーバロオステウスは再び壁に近い海底に戻ってきていた。

 そのオーバロオステウスが壁から頭を出してカパリと口を開けた。

「雷魔法はまだ撃つなよ!」

「わかってるよ!」


 オーバロオステウスは壁から顔を出しているが、足元は水に浸かっているので、今雷魔法なんか使うと俺達までこんがりしてしまう。

 そして、口を大きく開けたオーバロオステウスは、床に広がる水を吸い込み始めた。

「うわっ!」

 小柄なジュストが、吸い込まれる水の流れに足を取られそうになったので、腕を掴んで支えた。シーサーペントの鱗のおかげで、激しい流れの中でもなんとか踏ん張れる。ラズール君ありがとう!!

 水流に足を取られれば、オーバロオステウスの口の中に一直線だ。

 すぐにリヴィダスが耐水性のバリアを張ったので、俺達の周囲の水流は緩やかになったが、この後、水を吸い込み終わると、再び水中に逃げる予感がしてならない。

 リヴィダスのバリアの外は、水が勢いよく流れているので、攻撃するにも足場が悪すぎる。水棲系の魔物はたいして強くなくても、こちらから攻撃するタイミングが限られるのが面倒臭いので嫌いだ。

 この後また水中に逃げそうだし、水流が収まるまで待つのも面倒臭くなってきたな。


「お前なんかこうだ!」


 待つのが面倒臭くなったので、収納の中にあった丸太と岩を纏めて、水流の中に放り込んだ。そして、最後に奴隷商の屋敷の後始末で回収した大量の砂、これも纏めてドバドバと流してやった。

 フハハハハハハ!! くらえ!! 必殺!! 土石シュトローム!!!

 オーバロオステウスが吸い込む水と共に、俺が放流した岩と丸太と砂が、すごい勢いで奴の口の中に入って行くが、横向きの丸太が口に引っかかったのをきっかけに、その丸太に後から流した丸太や岩がいくつもつっかえ、その上に大量の砂が覆い被さる。


 水流が収まり、足元の水がほぼなくなる頃には、砂と岩と丸太が詰まり口が閉まらなくなったオーバロオステウスが、壁から頭を出した状態で残っていた。

 硬いのは外装だけのようで、吸い込んだ大量の岩や砂でダメージを受けたのか、その表情はまさに死んだ魚のような表情になっている。


「後、よろしくー」

「えー、これもう俺がどうこうしなくても、死にそうじゃん」

 アベルは少し不満そうだが、そこは先生! お願いします!!


 リヴィダスが雷耐性のあるバリアを張った後、耳がおかしくなるような轟音と共に、金色の雷がオーバロオステウスの上に落ちてきて、完全なるオーバーキルで、このダンジョンでの戦いは終わった。




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