第181話◆わかりやすい罠にご用心
十五階層目の景色があまりに幻想的で、思わず目を奪われたが、この階層から感じる魔物の気配は、これまでの階層の魔物より強力で、緩みかけた気をすぐに引き締めた。
おそらく壁や天井になっている海の中にも魔物がおり、そこからの攻撃にも注意が必要だ。
魔物の強さはDランク程度かもしれないが、壁と天井が全て海という環境を含めると、この階層だけならCランク以上だと思われる。
海中に魔物の気配はするが、襲ってくるような気配はなく、不気味さを感じる。
広い通路を道なりに進むと程なくして、目の前が天井から流れ落ちる激しい水流で遮られていた。
天井から落ちてきている海水は不思議な事に、床に吸い込まれて消えている。さすがダンジョン、なんでもありな不思議空間。
そしてその水流の向こうには、空間が続いているのが感じ取れる。
「なるほど、この海水の滝を越えられない者は、ダンジョンの最後まで行けないと言う事かな? 案外良心的だね」
アベルの言う通りである。この滝のような水流の奥からは、今までの階層より強い魔物の気配を多く感じる。つまり、この滝を越える程度の実力がないと、奥には進むなと言う事なのだろう。なんと親切なダンジョンなんだ。
十四階層の最終地点には、地上に帰る為の一方通行の転移魔法陣が設置されていたので、ここが越えられなければ引き返せばよい。
ちなみに、ダンジョン内にはキリのいい階層に帰還用の転移魔法陣が、ダンジョンを管理する領主や冒険者ギルドによって設置されている。帰りたい時はこの魔法陣を使えば地上に出る事ができる。魔法陣を起動するには魔力が必要で、自分の魔力か魔石を使って発動させる。
なお、どちらも持ち合わせていない者の為に、冒険者ギルドのギルドカードを使えば、転移魔法陣の予備魔力で発動できるようになっている。使用記録は冒険者ギルドのカードに残り、予備魔力使用料を支払うと消える。これが少々高くて支払いを渋ったり、ばっくれたりしようとする者もいるが、ギルドカードを冒険者ギルドで提示した時点で、報酬や預金口座から引かれる。
まぁ、冒険者なら魔力が全くない者は珍しいし、転移魔法陣のある階層まで行けば、だいたい魔石の一つや二つ拾っているので、ダンジョンの魔物が倒せず採取もできないくらい、ダンジョンのランクと自分のランク差がない限り、ギルドカードを使って脱出する事にはならない。
たまーーに、欲に目がくらんだ冒険者ではない者がダンジョンに入り込み、命からがら転移魔法陣に辿り着いても発動できなくて詰むという事はあるが、完全な自業自得なので仕方ない。
そんなわけで目の前には、ゴーゴーと音を立てて天井から海水が滝のように落ちて来ている。これをどうやって越えるかって?
身体強化を使って、気合いと根性で走り抜ければいいんじゃないかな?
横を見ればドリーもその構えである。濡れるけど仕方ないよね。
「海水で濡れるのはイヤよねぇ」
「だよねー、こんなの走って突破しようなんて考えるの、ドリーくらいだよね」
スマン、俺も走って突破しようとしてた。
「この滝はこの先に進む為のテストみたいだし、ジュストがこの滝をどうにかしたらいいんじゃないかしら?」
「そうだね。ジュストできるかい?」
「はい、やってみます」
アベルに促されたジュストがやる気満々で前に出た。
「ツイスター!!」
ジュストが竜巻を発生させて海水の滝に投げ込むと滝がパックリと二つに割れて、滝の向こうが見えた。しかし、その割れてできた空間には、割れ目を維持する為にジュストの発生させた竜巻が居座っていてそこを通る事はできない。そして、水の中に竜巻を投げ込んだので、水しぶきがすごい。
ジュストは竜巻を維持しつつ、次の魔法を使うようだ。
「吹雪け! ブリザード!!」
おお、氷魔法かー。いいなぁ、俺もエターナルでフォースな氷魔法を使いたい人生だった。
ジュストが氷魔法を使うと二つに割れた滝が凍り、トンネル状になった。こうして見ると、水量が多く厚みのある滝なので、この中を駆け抜けるのは、なかなかしんどそうだったな。
滝を割る為に出していた竜巻をジュストが消したので、凍った滝の中央を通れるようになった。ジュストはアベルに鍛えられて、着々と魔法の腕を上げているようだ。
「うん、上出来だよ。滝を二つに分けて表面だけ凍らせたんだね。海水がずっと供給されてるなら全部凍らせるより、流れを変える方が楽だからね。でも分かれ目の強度がちょっと不安だね、急いで奥に行こう」
「はい!」
アベルに褒められたジュストがパタパタと尻尾を振っている。大型犬の子供っぽくてかわいいな、おい。
ジュストが作った氷のトンネルを全員がくぐり終えると、滝を分けて固定していた氷が砕けて元の海水の滝に戻った。
「グランさ、帰ったらジュスト用に魔力抑止の魔道具を作って欲しいな」
「なんで魔力抑止?」
「制限した状態で魔法を使う方が、魔力が伸びやすいからだよ」
なんというマゾ向け装備。
「ジュストはそれでいいのか?」
「はい! 魔法の事ならアベルさんの指導に従うのが間違いないかなと思ってます」
アベルは随分と信用されてるな!? 確かに魔法の事ならアベルが詳しいが、アベル基準だと常識から外れてしまわないか不安すぎる。
「先に魔力伸ばしちゃった方が、自分に合った装備も探しやすいし、杖作った後に魔力が大きく伸びてたら杖を壊しちゃう事もあるからね」
経験者が言うと説得力あるな。
アベルがそう言うという事は、ジュストはこの先更に魔力が伸びる可能性があるのか。末恐ろしいな。
とりあえず、帰ったらジュスト用の装備を作るかな。
それにジュストは素手で戦うなら、杖よりグローブ系で魔法強化系の装備作る方がいいかもなぁ。こっちは、ジュストの魔力がどこまで伸びるか見てからになるからまだ先だな。
十五階層は最初に入場者を制限する滝が設けられていただけに、その奥は今までの階層より魔物が多い上に、予想通り壁や天井から魔物が飛び出して来て油断のできないエリアだった。
敵のほとんどがDランクで俺達からすると難なく倒せる相手であるが、ほぼ奇襲状態なのでDランクのダンジョンにしては難易度が高い。
時々、俺達以外の冒険者の姿も見かけるが、ぱっと見でダンジョン慣れしたCランク以上のパーティーばかりである。
休憩の為に立ち寄ったセーフティエリアで、Cランクのパーティーと一緒になったので、このダンジョンについて聞いてみると、やはり十五階層だけ飛び抜けて難易度が高いそうだ。
難易度は高いが深海系の魔物が多く、地上では手に入り難い海の底の素材が手に入る為、儲けはいいという。
ただし、エリアボス――最深部なのでダンジョンのボスにあたる魔物が、非常にやっかいだそうだ。
地形的な条件を含めてB+ランク程度の魔物という事だが、こちらから攻撃しなければ襲ってこないタイプらしく、力量の足らない冒険者はボスに触らないようにしているらしい。オーバロの冒険者ギルドで見た資料では、ゴツゴツした皮膚を持つ深海魚のような魔物だったのを覚えている。
ランクだけ聞くとDランクのダンジョンにしては、かなり強い部類のボスになる。
俺達が話を聞いたパーティーもボスには触らず、雑魚の討伐と採取をメインとしているようだった。
「ボスどうする? やっちゃう?」
「ボスは徘徊型らしいから、遭遇したらでいいんじゃないかしら?」
「だな。このダンジョンの地形から察するに、おそらく海中にいるのだろう。グラン、気配は拾えるか?」
「いやー、水中は難しいな」
十五階層を奥の方へ向かって進んでいるが、今のところボスらしき魔物の気配はない。
ドリーの言う通り海中にいるのだろう。だとしたら、気配察知のスキルで見つけるのは難しそう。しかも水中の相手となると、こちらから攻撃するチャンスも限られてくるので面倒臭い。
水中からひたすら魔法を使われるとこちらが完全に不利になるので、面倒臭そうな相手なら無視でいいと思うんだよね。
アベルが鼻歌交じりに、ニーズヘッグの杖をブンブンしているから、目視するなり雷が飛び出しそうだけど。
そんなことより、この階層に出てくる魔物は深海魚系が多くて、普段手に入らない素材が手に入って嬉しい。
岩石から魔石が飛び出している時もあるのでそれも美味しいし、地上では見かけない薬草も多くて、Dランクのダンジョンだがいい稼ぎになりそうだ。
何が美味しいって、壁が海だからそこから身体強化をかけて海水に手を突っ込めて、海底に転がっている物を拾えるんだよね。さすがに海の奥までは入らないけど、手の届く範囲だけでも、普段採取できない海底の素材を採れるのは嬉しい。
手の届かないところに高そうな物がある時は、アベルに空間魔法で引き寄せてもらっている。ただこのダンジョンの海は、魔力抵抗が高いらしく、あまり遠くの物は引き寄せられないとアベルが眉を寄せていた。残念。
天井や壁から飛び出してくる魔物を倒しつつ、珍しい素材や高そうな素材を回収しつつ進んでいると、ドーム状の広い部屋に出た。
普通のダンジョンならボス部屋と言った雰囲気なのだが、部屋には何もおらずその先には地上に戻る転移魔法陣の装置が見える。
「終点か。ボスには遭遇しなかったな」
「ざんねーん」
「水中は気配を拾い難いからなー。もしかしたら海の奥の方にいるのかもしれないしな」
ボスの素材はどんなか気にはなるが、いないものは仕方ない。
「あ、グランさんあれ見てください! すっごく高そう!」
ジュストが弾んだ声で壁の中の海を指差した。
「あら、すごいわね。でっかい真珠みたいだけど魔石でしょうね」
ジュストが指差した先には、白……少し離れた水の中なのでわかり難いが、おそらくやや金色かかった白い珠が、口を開いた大きな二枚貝の中にあった。その大きさ、人の拳ほど。
口を開いたままの真珠貝なんてめちゃくちゃ怪しい。海中を泳いでアレを取りに行くと、あの貝にパクッとされるやつに違いない。
あの真珠のような魔石は、あの貝の魔物の魔石なのだろうか? 自らの魔石を釣り餌にするなど、地上から手の届かない海の中だからと言って、舐め腐った態度である。
「アベル、あそこ届く?」
「いけると思う、任せて」
アベルがパチンと指を鳴らすと、拳サイズの真珠のような魔石がアベルの手の上に移動した。さすがチート様。
魔石を抜かれた貝の魔物がパタンと口を閉じた。油断しているからだ。ざまぁない。
「アベル、ついでに魔石の入ってた貝の殻もほしい。何かに使えそう」
「もー、グランそうやって何でもかんでも持って帰るんだから……え? 動かないよ」
ブツブツ言いながら、アベルが真珠の入っていた貝を引き寄せようと指パッチンをしたが、貝は全く動いてなかった。
ええ? 真珠は動いたのに貝は動かない? 何で?
「ふぉっ!?」
「何かいます!!」
「構えろ! 来るぞ!!」
貝が動かない事に疑問を持った直後に、ブワリと何か大きな魔物の気配を感じて、ドリーとジュストがすぐに構えた。
リヴィダスが素早く身体強化の魔法を全員にかけ、アベルが杖に魔力を込めた。
俺も収納からミスリル製のロングソードを取り出して構えた。
Dランクのダンジョンなので、このパーティーならボスの強さは問題ないと思うが、周囲が全て海という相手にとって有利な地形だ、油断はできない。
ブワリと海底の砂が巻き上がって、岩のような皮膚の黒い魚が海底から顔を出した。その頭の上には、先ほどの魔石が入っていた貝がくっついていた。
「でけぇ……」
海の底が更に広範囲でボコリと盛り上がり、黒くゴツゴツとした石のような皮膚をした、巨大な魚が姿を現した。
その大きさは七メートルほどだろうか。細長い流線形の体の三割程が頭部で、頭がデカイので口もデカイ。
デカイ口の中には、数は少ないが大きく鋭い牙が見えて、絶対に噛まれたくない。
どう見てもボス。間違いなくボス。滲み出るボスの風格。
オーバロの冒険者ギルドで見た資料にあった絵に似ているが、思ったよりデカイ。
どうやら、魔石入りの貝はボスの頭についているアクセサリーだったようだ。
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