第180話◆晴れ時々鮫


 ジャパ天を美味しく頂いた翌日、ダンジョンを順調に奥へと進み、十四階層目まで来ていた。このダンジョンは十五階層目で最後だ、つまり次の階層がこのダンジョンの最深部になる。

 このまま今日中に最終層から帰還用の転移魔法陣で帰還予定だ。

 その十四階層目で俺のテンションがめちゃくちゃ上がっていた。


「うおおおおおお……このダンジョン宝の山じゃないかっ!! ジュストも掘るぞ!! 採取道具は俺のを貸してやる!!」

「は、はい!!」

「帰ったら、今日の儲けで採取用の道具を買おうな」

「はい! 買っておきます!!」

「あー、こうなったらもうグランはしばらく止まらないね」

「まぁ、俺達も掘るか。確かにこれはDランクのダンジョンにしては旨い」

「そうね、地形は最悪だけど、おかげで人が少なくて快適といえば快適ね」


 最終階層の一歩手前のこの階層は見渡す限りのエメラルドグリーンの海で、その海の上を入り口から出口に向かって、真っ白い石橋のような通路が延びている。

 天井は快晴の青い空で、それと海とが繋がっているかのように錯覚するほど、障害物が少なく見通しがよい。気温も初夏くらいでとても気持ちがいいので、すごくリゾート気分になる。

 ダンジョンには時々こういった、空の見えるエリアがある。思わずダンジョンの外にいるように錯覚しそうになるが、これもまたダンジョンという、空間魔法でできた世界の中である。


 海上を横切る通路を通って、海中から飛び出して来る魔物を倒しながら進めば、出口に辿り着くという階層だ。飛び出して来る魔物もDランクの魔物が中心で、俺達にとって脅威となるものはいない。

 通路をそのまま進めば次の階層へ行ける簡単な階層なのだが、入り口付近の通路から外れた場所に、海からボコボコと飛び出している岩があり、その岩からは濁った青色のガラス質の石が点々と顔を出している。

 この濁った青色のガラス質の石が魔石である。青という事は水属性で、濁っているので質はあまりよくない。

 しかし、その濁っている魔石の中に、僅かだが透明度の高い物があり、非常に濃い青や鮮やかな水色の物も確認できる。それらは品質の良い水と氷の魔石で、価値も高い物だ。そんなんお持ち帰りするに決まっているだろう。


 ただし、海に面しているので波が激しく打ち付けており足場も悪く、海中から魔物が襲ってくる事もあり、採掘をするにはあまり好条件の場所ではない。

 まぁ、そのおかげで周囲に採取作業をしている冒険者の姿はなく、海沿いの岩場に張り付いている魔石は採り放題である。

 手前の階層に、量が少なく質も低いが、安全で足場の良い場所に魔石が含まれている岩場も何カ所かあったので、採取目的の冒険者はほとんどそちらに行っているのだろう。

 また、俺達のいる岩場周辺は水が非常に澄んでおり、水深も海底が見える程度の為、海中の魚介類や海草類も採取しやすく天国のような場所である。



「魔石は周りの岩石と全く別物だからな、くっついているように見えるが、慣れればポロッと外せるようになるぞ」

 品質の高そうな魔石が岩から顔を出しているの見つけたので、魔石と岩の間に採取用のナイフを差し込んで魔石に沿ってナイフを這わし、岩と魔石の間に隙間を作りテコの原理で少し力を加えると、ポロッと魔石が外れた。

 魔石の周りには少し汚れで岩の破片が付着しているが、これらは持ち帰って綺麗にすればいい。慣れるまでは力加減を間違えて、魔石にヒビが入ったり割れたりもするが、やっているうちに綺麗に採取できるようになるはずだ。

 俺の使っている採取道具は、鉱石の採取向けにあれこれ改良に改良を重ねた自作の物なので、初心者のジュストでも労せず魔石を岩から外す事ができるだろう。


 魔石は魔物の体内にもある為、魔物から採取するのが手っ取り早くて効率もいいのだが、低ランクの魔物から採れる魔石は質が低くサイズも小さい。

 鉱石から採取する場合、道具さえあれば誰でも、品質の高い魔石を選んで手に入れる事ができる。

 目に見える場所に魔石があるのだから、お手軽な魔石の採掘場所は人気があり採取目的の冒険者達で混んでいる事が多い。そういう場所は冒険者同士のトラブルも多いので、俺はあまり好きではない。

 この洞窟も水属性の魔石が多く採れるようで、ここまで来る途中でも魔石の採取に勤しむ冒険者を多数見かけた。

 俺的には多少周囲の条件が悪くても、競合相手がいない場所でのんびり採取をするのが好きだ。


 今はパーティーを組んでいるので、アベルが周囲の魔物を排除して、他のメンバーは安全に魔石の採取をしている。 

 海に面している場所なので、濡れながらの作業になるのは仕方がない。というかアベル、感電するから近くで絶対雷魔法を使うなよ!?!?

 ちらりとアベルを見るとさすがに雷魔法は使っていないようで、風魔法で海中の魔物を巻き上げて、空中で氷の矢を使ってとどめを刺している。

 巻き上げられてとどめを刺された魔物が、ゴロゴロと通路の上に転がっているので、時々採取の手を止めて回収しておかないと、通行の邪魔になってしまう。

 自分で回収してくれよ!! え? どうせ解体する時に俺に渡すから、俺が回収しろって? まぁ、そうだよな!?


「あっ! ごめん!」

 採取しているとアベルの声が聞こえて、何かが飛んでくる気配がしたので振り返ると、アベルが風魔法で巻き上げたらしき小型のサメの魔物が、回転しながらこちらに吹き飛ばされて来ていた。

「うおっ!?」

 ミスリルの剣を取り出して飛んできたサメをスッパリと二枚下ろしに。危ない危ない。

 てか、採取場の近くにサメなんているのか。どうりで品質の良い魔石が目に見える場所にあるにも関わらず、採取している人がいないわけだ。

 採取に夢中になっていると、水中からガブッといかれそうだ。こわいこわい。


 時々、アベルの竜巻から抜け出た魔物が飛んで来る事もあったが、十四階層ではとても平和な採取タイムを過ごした。

 四人で同じ場所で魔石の採取は効率が悪いので、俺が途中から海に入って海産物を集めていた。ついでに塩も作っておいた。

 あ、ソジャ豆が手に入ったら豆腐が作りたいから海水も持って帰ろう。

 豆腐あれば、油揚げも作れるし、油揚げがあれば稲荷ず……あ、米酢がない!! 米酢も見つかるといいなぁ。

 豆腐を作ったらおからもできるから、おから料理もやりたいな。ヒジキとおからを一緒に炒めると美味しいんだよね。ってそこにヒジキっぽい海藻が生えてるじゃん、持って帰ろう。




「魔石いっぱい採れましたー! 最初の方のがちょっとヒビが入っちゃってますけど」

「うんうん、最初は仕方ないな。ヒビが入っていても買い取ってもらえるし、自分で付与の練習に使ってもいい」

「グラン、俺の採取したやつを預かっておいてくれ。これはマジックバッグの場所を取る」

 ジュストは丁寧に魔石だけを採ったようだ。一方ドリーは、ゴロンとマジックバッグから、岩に張り付いたままの魔石をいくつも出してきた。持ち帰る手段があるなら、大雑把に採って帰ってから岩と魔石に分ければ、現地でたくさん採れるからな。むしろ、ドリーに細かい作業をやらせるのはこわいので、帰ったらお駄賃と引き換えに俺が岩と魔石を分けてやろう。あ、その作業はジュストに任せてもいいかもしれないな。

「グランー、私のもお願いー」

 あの……、リヴィダスさん? 魔石ほとんどヒビ入ってませんか!? そうだよね、そういえばリヴィダスさん、ちょっと不器用だったよね!?

「グランー、こっちもお願いー」

 アベルが呼ぶのでそちらを見ると、通路が倒した魚の魔物だらけである。しばらく魚料理には困らないかな!? って、サメ系多いなおい!! ここはサメエリアか!?



 十四階層でのんびりとした時間を過ごした後は、遠浅の海エリアの真ん中に架けられた石橋を渡って、最深部の十五階層へ。

 ダンジョンには、各階層の奥の方にはフロアボスと呼ばれる強力な魔物がいる事がある。たまにいない階層もあるが、区切りのいい階層にはだいたいいる。

 このダンジョンも途中フロアでボスらしき魔物はいたが、他の冒険者が近くにいた為、フロアボスはスルーして進んで来た。

 俺達のパーティーは明らかにダンジョンの適正ランクを上回っているし、ボス狩りが目的ではないので、ボスは適正ランクの冒険者達にお任せだ。

 フロアボスを倒さなければ先に進めないダンジョンもあるが、倒さなくても先に進めるダンジョンもある。このダンジョンは倒さなくても先に進めるタイプのダンジョンのようなので、今回はボスは極力スルーだ。


 フロアボスの中には徘徊するタイプのボスも多く、水場が多いこのダンジョンも途中の階層で見かけたフロアボスらしき魔物は、水中を遊泳しているタイプだった。

 この階層はボスっぽい魔物の姿が見えないが、もしかしてアベルがいつのまにか倒したのかな?

 ちょいちょいアベルの風魔法を抜け出したサメがこっちに来た中に、時々でっかいのも混ざっていたけれど、まぁ海だしサメくらいいるか。十四なんていう中途半端な数字だし、ボスのいない階層でもおかしくないな。


 そういえば冒険者になって間もない頃、徘徊型のフロアボスに遭遇してアベルと一緒に逃げ回る事になって、仕方なくダンジョンの隅っこに隔離してドリーに助けを求めた事があったなー。

 いやー、あの時はびっくりしたよね。雑魚纏めて倒していたら、なんか一匹バカでかいのが混ざってんだもん。

 ダンジョンでは何が起こるかわからないし、こういう徘徊型のボス系の魔物もいるから気をつけなければならない。




 平和に十四階層目を抜けて、このダンジョンの最深部――十五階層へ。

「わ、これはすごい。Dランクダンジョンだけど来てよかった」

「ほお、これは珍しいタイプだなぁ」

「ギルドで見た資料に最深部は海底洞窟って書いてあったけど、これは予想外ね」

「すごい、水族……」

「すごいなーーーー! 天井が透けて海が空みたいだ!!」

 ジュストのポロリを遮りつつ、十五階層の景色に思わず感動した。

 アベルの言う通り、来てよかった、これはすごい。


 何がすごいって、海が天井なのだ。いや、天井だけではない。

 幅のある通路を囲む天井と壁が全て海で、その海の中を魚が泳いでいる光景は、まるで前世にあった水族館のようで、ジュストがポロリしそうになったのもわかる。

 確かに海底洞窟とオーバロのギルドで見た資料にはあった。海底洞窟という事は、海底の更に下にある洞窟だと思っていた。

 いや、確かに海底の更に下なのだが、どういう原理か天井も壁も海で、頭上や壁を魚が泳いでいる。もちろん魔物も泳いでいる。

 ところどころ、柱のように天井から海水が落ちて来て、岩でゴツゴツしている床に刺さっている。海水でできた柱といった風で、まさに刺さっているのだ。

 不思議すぎて、十五階層に入るなり、その幻想的な景色に見とれてしまった。

 いろんなダンジョンに行ったが、このタイプのダンジョンは初めてだ。不思議だし、とても綺麗で圧倒的だ。


 この美しい景色をのんびり眺めていたい気がするが、この階層から感じる魔物の気配は、今までの階層に比べて強そうだ。

 気を引きしめて、最終層の一番奥まで行こう。




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