第178話◆ナマモノの管理ミス
朝食の準備があるので、夜間の見張りの順番は俺が最後の事が多い。
今回もいつも通り最後だ。俺の前だったドリーと入れ替わって、まだ朝食を作るには早すぎるので、装備品のチェックや昨日手に入れた素材の整理だ。
あ、しまった、テントの中に昨日獲ったエビを入れた篭を置きっぱだ。昨日の夕飯で使うの忘れちゃったんだよね。まぁいいや、みんなが起きたタイミングで回収しよう。
このダンジョンは水棲生物が多いようなので、水耐性を上げておいた方が良さそうだなぁ。というか海水が至るところに流れているので、手入れを怠ると装備が傷みそうだ。
防水効果を付与して、水場でも活動できるようにしているが、靴の中とか濡れると最悪だからな。長時間湿ってじっとりした靴を履きっぱなしなんて色々と怖いので、靴下には乾燥効果を付与してある。この歳で水虫とか絶対に嫌だ。もちろん歳をとっても水虫は嫌だ。
ラズールに貰ったシーサーペントの鱗を半分ずつ、左右の靴に貼り付けておこうかな。
少し贅沢な使い方だけれど、一番濡れやすいのは靴だし、水の流れの速い場所での活動も楽になりそうだ。
装備の手入れも終わって、水耐性を上げる装飾品も用意して、まだもう少し時間がある。
ダンジョンのセーフティーエリアは基本的に安全なので、他のパーティーがいなければ暇なのだ。
セーフティーエリアにおいて最も危険なのは、同じ冒険者である。いくら規律があり罰則があると言っても、くだらない悪さをする奴は必ずいる。冒険者間のトラブルなんて日常茶飯事だ。
ダンジョン内は何かトラブルが起こったとしても、目撃者が少なくトラブルの原因が有耶無耶になりやすい。しかも、ダンジョンの性質上、証拠が残り難い。
ダンジョンは放置された物を分解して取り込んでしまうだけではなく、人為的に変化させた地形も元通りになる。傷ついた壁や砕けた岩などが、時間と共に元あった形に戻るのだ。ダンジョンが予め決められている自分の形を、維持しようしているような現象だ。
ダンジョン内では命のないものが時間と共に分解されてしまうのは、人間の死体も同様で、ダンジョン内に放置する事で殺人の証拠を消す事ができる。ダンジョンから帰ってこない冒険者がいても、迷っているか魔物にやられたと思われるのが常で、ダンジョン内で起こったトラブルによる殺人は非常にばれ難い。
ダンジョンは稼ぎ易い上にそんな環境の為、素行の悪い冒険者はダンジョンを好む。
セーフティーエリアで就寝中に、そういう者に襲われたり、寝ている間に物を盗まれたりする事は少なくない。
その為、自分達以外の冒険者がセーフティーエリアにいる時は、魔物より冒険者を警戒して夜の見張りをする事になる。
まぁ、そういうくだらない事をするのは中級以下の冒険者がほとんどなので、ランクが上がってからはそういう奴らに絡まれる事は少なくなった。ドリー達と一緒にいる時はまずそういう事はない。さすがゴリラが集まったAランクパーティー。
そんなわけで、セーフティーエリアは貸し切り状態の為、わりと暇なのだ。暇だと眠くなるので困る。
仕方ない、暇だから朝ご飯を少し豪華にしてみようかな。
米をメインにした朝食は、やっぱ味噌を手に入れてからだな。米に焼き鮭に味噌汁。……納豆は難しそうだなぁ。
今日の朝食はパンにするか、パエリアも捨てがたいが昨日獲ったエビの入った篭がテントの中だから、取りに行くと寝ている人を起こしそうだしな。
それにここんとこ魚介類が続いていたし、そろそろ肉系の方がいいかもな。
よし! 肉にしよう肉!!
収納からトマトを四つほど取り出してさっと茹でて、魔石で出した氷水の中にドボン。後はペリッと皮を手で剥がして、ヘタもスポンと抜けるのでヘタを取って、トマトの水煮の完成。
今世のトマトは、前世のトマトに比べて小ぶりで縦長だ。そして生だと甘みがほとんどなく、かなり酸っぱい。しかし、加熱すると甘みが増す為、料理に向いている。
ちなみ、生のトマトはアベルの嫌いな野菜の上位十に入る。まぁ、今世のトマトは生だとかなり酸っぱいので、アベルが嫌うのもわからなくもない。
大きめのフライパンに、大きくそして分厚く切ったベーコンを、底が見えないようにびっちりと敷き詰める。ベーコンから脂が出るので油は引かない。その上に薄切りにしたタマネギとキノコを載せ、更にその上に先ほど水煮にしたトマトを潰してドーン!!
塩と胡椒を振って、その上にカリクスで買ったチーズをたっぷり載せて、パセリとバジルを小さく刻んだものをパラパラとばら撒いて、火に掛けて蓋をして放置。
その間にスープを作っておく。スープはタマネギとわかめのスープでいいかな。こちらにもベーコンを入れよう。
スープが出来上がる頃にフライパンの蓋を開けると、チーズが溶けて下の具を覆っているので、その上に卵を五つ、黄身を崩さないように割ってポトポトと落とす。卵に軽く塩を振りもう一度蓋をして、卵が目玉焼き状態になるまで放置。
卵に火が通るまでの間、収納から取り出したバターロールを、炭火の焜炉の上で軽く炙りながら、お茶も用意しておく。
朝食ももう出来上がる、みんなもそろそろ起きて来る時間だ。
「おはよー、いい匂いで目が覚めちゃったわ」
最初に起きて来たのはリヴィダス。宿では全員同室だが、さすがに野営の時のテントはリヴィダスだけ別だ。
「おっ! 美味そうな匂いがするな? チーズか? いいな」
「おはようございますー、パンのいい匂いがするー」
ドリーとジュストも起きて来た。最後はアベル。アベルは寝起きがあまりよくないので、大体いつも最後に起きて来る。
「おはよー、グランがテントに置いてた篭は何が入ってるの? 朝方カサカサいってたけど、変なもの入れてないよね?」
「エッ!? 昨日獲ったエビだけど? 昨夜使おうと思って忘れてたんだよな」
篭の中には水の魔石を入れて、濡れた布を被せておいたし、篭には保冷の付与がしてあるので、生ものもしばらく保つはずだ。生きているから収納に入らないんだよおお。
「一応見てきたら?」
「う、うん。リヴィダス、そのフライパンの中身、五等分して皿に分けてくれ。俺はちょっと篭を見てくるから先に食べててくれ」
「わかったわ」
急いでテントに向かおうと、アベルとすれ違った時、アベルのローブのフードにエビが一匹張り付いていることに気付いた。
思わず身体強化を発動して、さっとそのエビを掴んで、ポケットにしまった。ポケットの中でめちゃくちゃエビにパンチされたり、ハサミで挟まれたりしていて、素手なので地味に痛い。
「ん? 何かやった?」
アベルがこちらに振り返る。
「うん、ゴミが付いてたから取っただけ。じゃあテントに行ってくる」
「ふぅん、ありがと」
急いでテントに戻ると、篭の蓋の留め具がエビによって切られて、少しだけ蓋が開いていた。そしてエビは脱走していた。
急いで全部回収して多分全部篭に戻したと思う!! 捕まえる途中でエビにめちゃくちゃパンチされた。エビの癖に生意気な!!
篭の蓋は、上に重しを置いてしっかり閉めて、後で直そう。くそぉ、手間掛けやがって、お前ら絶対今日の夕飯にしてやるからな!!
俺達が昨夜泊まったのは、ダンジョンの五階層目に設けられているセーフティーエリアだ。
このダンジョンは十五階層まであり、それぞれの階層は広くなくその気になれば一日で最深部まで到達する事もできる、小規模なダンジョンだ。
普通に回れば、二日あれば最深部まで行けるらしいが、俺達はかなりのんびり回って、二泊三日予定だ。
今日の目標は十階層目にあるセーフティーエリアだ。
昨日アベル達は、俺とジュストが浅い階層で採取に没頭している間に、十階層目まで下見に行ってきたらしい。
どうやら、このダンジョンは奥に行くにつれ水場が増え、足場が少なくなっていくようだ。
出現する魔物は今のところ強いものでCランク程度だが、水棲の魔物がほとんどで、それらのテリトリーである水場での戦闘になる為、体感する敵の強さはギルドが定める敵のランクより一ランク上だと思った方がいい。
……そのはずなのだが。
「なぁ、ドリー、あれほっといていいのか?」
「……まぁ、とくに周りに迷惑は掛けてないし、今のところ俺達にも被害がないからいいかな」
ドン引きしながらドリーに聞くと、ドリーも諦め顔で苦笑いをしている。
その視線の先では、アベルが嬉々としてあのチート級のニーズヘッグの杖を振り回している。
水棲の魔物のほとんどは雷に弱い。
そしてあの杖。アベルが張り切らないわけがない。
明らかにオーバーキルな雷が魔物に向かって降ってきて、轟音がダンジョン内に響き渡っている。
時々通り過ぎる冒険者が、落雷と轟音に驚いているので、物理的な被害はないがなんだか申し訳ない。
「グランー、これ食べれるー?」
そう言ってアベルが指差しているのは、水面にプッカリと浮いて絶命している巨大なウツボのような魔物である。
「毒が無ければ食べられるんじゃないかな?」
ものすごく投げやりな答えである。近寄って鑑定してみると食用可と見えるので食べられるようだ。
食べられるかもしれないが、こんなデカイウツボなんてどうすんだよ!!
唐揚げにするか!? 醤油の残量を気にしなくてよくなったから、全部唐揚げにするか!? 迷ったら唐揚げにしておけば大体いけるよな!?
考えるのが面倒臭くなって、とりあえず巨大ウツボを収納につっこんだら、雷の落ちる轟音が聞こえて来た。
ああ、なんかでっかいタツノオトシゴみたいなのが浮いているのが見えるな。
それはさすがに食いたくないんだけど? いや、タツノオトシゴ系は水竜の亜種なんだっけ? ていうことは美味いのか!?
アベルが空間魔法で巨大タツノオトシゴを引き寄せたので、回収しておいた。うん、無理そうなら解体して売り払って、売り上げ山分けだな。
そんなことを思っていると再び轟音がダンジョンに鳴り響いた。
勘弁してくれ。
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