第177話◆ダンジョンDE晩ごはん
「ダンジョン内には、ダンジョンを管理する領主や冒険者ギルドが設置したセーフティーエリアがあるんだ。セーフティーエリアには強力な結界が張ってあるのでAランクくらいの魔物でも入って来る事はないから、安心して休憩できるんだ」
ダンジョンのセーフティーエリアに到着して野営の準備をしている俺の近くで、アベルがジュストにセーフティーエリアについて説明している。
「それ以上のランクの魔物だとどうなるんですか?」
「結界が壊れちゃって、セーフティーエリアがなくなっちゃうよ。そうなると危ないし、過失が自分にある場合はめちゃくちゃ怒られるし、弁償の金額もやばいし、もちろん懲罰も罰金もやばいから、セーフティーエリアに連れてくるならAランクまでにしておくんだよ」
うむ、アベルの言う通り、セーフティーエリアは安全と言っても人工的な結界の為、それを超える強さの魔物の前では無力だ。
不可抗力なら仕方ないが、人為的に魔物を連れてきて結界を壊した場合は責任を取らなければならない。まぁ、そんな魔物が現れてセーフティーエリアに逃げ込む事になって、結界を壊されたらその時点で生き残るのは難しいと思うけど。
「Aランク以下でも連れて来るな。いや、たとえCランクやDランクでも連れて来るな。いいか、魔物は連れ回すな。これはギルドでも習ったな? その場で処理するんだ。処理できない魔物には手を出すな、どうしても処理できなくて逃げなければならない時もある。その時は仕方ない、速やかに逃げろ。その時は幻影魔法や隠密スキルなどを使って早めに振り切れ。もし逃げてる進路上に他の冒険者がいるなら、巻き込まないように警告をして一緒に逃げろ。最優先すべきは、自分の命だ。他人を巻き込んではならないが、警告をしても残る者は自己責任だ」
「は、はい! 気をつけます!!」
ドリーが鬼気迫る表情でジュストに話している。命は一つしかないから、手に負えない魔物には近づいてはならない、どうしようもない時は速やかに逃げなければならない、その時他人を巻き込んではならない。
そう心していても、不慮の事故はよく起こる。ダンジョンでは何が起こるかわからないのだ。ジュストには逃げる為のスキルも教えておかないといけないな。
後、アベルの真似をしない事と、アベルに巻き込まれないようにする事も教えておかないと。
「ところでグランご飯まだ?」
さきほど採ったワカメを水洗いしていたらアベルが覗きに来た。
「米がもうちょっとかかるかな」
「うわ、この黄色いのって、昨日グランが持って帰って来てた黒いイガイガの中身だよね? またいつものよくわからない食材だ」
セーフティーエリアにテーブルを出してその上に食材を並べていたら、アベルがウニに興味を示した。よくわからないって失礼だな。ウニは前世では高級食材だったんだぞ。
昨夜、宿の厨房を借りてウニを捌いた後、塩水につけていたウニの身を、部屋に持って帰って水分を取っていた。その現場をアベル達も見ていたから、この黄色い身があの黒いイガイガだというのはすでに知っている。
昨日捌いたウニは、塩水にしばらくつけた後、水分をよく取ってから軽く塩を振って、ポーション用の瓶に詰めておいた。そのまま食べても、ごはんに載せるだけでもいいのだが、今日はちょっとだけ手間をかける予定だ。
「アベル、炭火コンロに火を入れておいてくれないか」
テーブルに横付けするように設置している、焼き網が上に載せてある野営用の炭火コンロを指差した。
「うん、こっちは何を作るの?」
「そっちはクラーケンを網の上で焼こうと思っている」
砂糖醤油とイッヒ酒で甘辛く味付けをしたクラーケンを、炭火で焼く予定だ。
アベルと話している間に、ワカメも洗い終わった。これは小さく刻んでスープ。余ったのは収納に突っ込んでおいて、また後日使えばいい。
おっと、米もそろそろ炊き上がるし、クラーケンも焼かないといけないな。ジュストにも少し手伝ってもらうか。
「ジュスト、暇だったら米を三角に握ってくれないか?」
「三角に握るくらいならできますよー」
そう言ってジュストがローブの袖を捲る。肘から先は人間の腕に戻っているので、最近では時々料理を手伝ってくれる。
「塩と水はそこに出してある、熱いから気をつけてな」
「はい!」
返事をして、ジュストは耐熱効果の防御魔法で手を保護して、おにぎりを作り始めた。何それ、便利。うらやましい。
「へー、ジュストは米料理ができるの?」
「料理っていうのかな? 三角形にするだけですし、グランさんに教えてもらいました」
「ふぅん」
ジュストの回避スキルが日々上がっている気がする。
おにぎりと言えば、前世の記憶にある赤い蓋の容器に入った、あのうま味調味料を少しだけ混ぜると、塩と米が更に馴染むんだよなぁ。しかしあれは、作れる気がしないな。
「ダンジョンの中に物を置いておくと、吸収されちゃうんですよね?」
「うん、そうだな」
「今使ってるテーブルとかは大丈夫なんですか?」
ジュストがおにぎりを握りながらコテンと首を傾げた。
「ああ、セーフティーエリアは結界が張られてるって言っただろ? その結界があるからセーフティーエリア内ではほとんど吸収されない。と言っても、ダンジョンの外よりは物の劣化が速いから、使わない物はあまり放置しない方がいいな。ダンジョン内でも劣化や吸収されにくいように加工された物も売られてるよ。このテーブルもそういうやつだな」
ダンジョン内では命のない物はダンジョンに吸収されてしまうが、魔力に対する抵抗の高い物はそのスピードが遅い。
セーフティーエリアの内部ではその現象の進行速度は遅いが、全く無いわけではない。非常に緩やかに物が劣化していく。もちろんそれを防ぐ為の魔道具も売られているが、それ自身もダンジョン内では劣化する。
当然だが、セーフティーエリアを維持する為の魔道具も劣化が速いので、ダンジョンの管理者がその修理を担当している。ダンジョンに入る際に徴収される入場料は、そういったダンジョン内の設備の維持にも使われている。
このダンジョン内で物が分解されていく現象は、俺の分解スキルと少し似ているというか、超低速で分解しているような感じだ。
「お、いい匂いだな?」
「ホント、お腹すいちゃったわ」
話しているうちに網の上のクラーケンが焼けて、香ばしい醤油の香りが漂い始めた。
クラーケンを焼いている横では、ジュストが握ってくれたおにぎりに、醤油を塗って焼いている。
今夜はクラーケン焼きと焼きおにぎりだ!!
焼きおにぎりは焼けたら小皿に倒して載せ、その上におにぎりより少し大きいくらいの四角に切った焼き海苔をピラリ。更にその上にウニ!!
ウニ載せ焼きおにぎりだ!!
香ばしい醤油味の焼きおにぎりとウニ、そしてパリパリの海苔!! このまま食べてもいいし、海藻で取った出汁をかけても美味しい。
そして、砂糖醤油ベースで甘辛く味付けした、焼きクラーケン。食べやすい大きさに切って焼いたから、手や口の周りはそんなに汚れないはずだ。
ワカメスープはシンプルな醤油ベースのお吸い物だ。味の濃い物ばかりだから、口直しにちょうどいい。
食事の準備をしているうちに、リヴィダスが酒を持ち出して来ている。
おいいいいいい!? セーフティーエリアだからと言っても、ダンジョン内だからほどほどにしろ!!
「うわぁ、すごくいい匂い。他の冒険者いなくてよかったね。いたらものすごくジロジロ見られるとこだったよ」
「こんなの、匂いだけで我慢しろと言われたら辛すぎますね」
「でしょ? でも、それが優越感あってまたいいんだよね」
セーフティーエリアには俺達だけなので、周囲を気にすることなく食事ができる。
冒険者の野営中の食事はわりと悲惨なので、手の込んだ食事を出していい匂いをさせすぎると、他の冒険者にじっとりとした目で見られて、とても食べにくい。
「これは昨日のウニ? これがコメって穀物ね。ショウユの香りがいいわね」
「ああ、そうだ」
リヴィダスはウニを知っているようで、焼きおにぎりの上にちょこんと載っている塩ウニに、全く抵抗がないようだ。
「あら、とても香ばしくて美味しいわ。うん、これはササ酒がよくあいそうね」
と、さっそくササ酒を飲み始めている。
「こっちはクラーケンか。塩焼きにして食べる事はあるが、塩だけだと生臭いんだよな。これは香ばしい匂いの方が強くて、あまり海産物の匂いが気にならなくなるな」
ドリーはもちゃもちゃとクラーケンを食べながら、エールを飲んでいる。
セーフティーエリアだけど、ダンジョン内だからほどほどにしとけよ!?
「これがあのイガイガだよね? これだけだと結構癖あるけど、コメと一緒なら気にならないね。黒いのはノリだっけ? 焼いてあるの? パリパリしててこっちも香ばしいし、醤油をつけて焼いてあるコメはすごく美味しいね。外はパリッとしてて中はふわっとしてる。これはハマりそう」
アベルはそのままのウニは少し苦手そうだが、焼きおにぎりの方はすっかりお気に入りのようだ。
「ああっ! 僕、焼きおにぎり大好きです! イカ焼きも好きです! ゲソ! ゲソが欲しいです!!」
イカはイカでもクラーケンだけどな!!
「お? ジュストもゲソ派か。じゃあゲソは俺達で分けるか」
イカの足は美味い。吸盤がぷちぷちするのもいい。
「クラーケンって頭?より、足の方が美味しいの? 俺も食べてみる」
アベルがゲソに興味を示してしまった。まぁ、足は十本あるからな!!
「お? 俺も欲しい」
「私も欲しいわ」
結局、イカゲソは全員で仲良く、二本ずつ分ける事になってしまった。
これだけでは微妙に物足りないと思い、昨日ラズールに貰ったサザエをクラーケンの横で丸ごと焼いていた。
昨日貰って、一晩しっかり砂抜きをして、今日は篭に入れたままダンジョンの中を持ち歩いているので、殻の中の無駄な塩水も抜けているはずだ。
網の上で貝殻に入ったまま焼かれているサザエの、蓋がグツグツとなっている部分にササ酒と醤油を少しだけ垂らす。
あー、やっぱり醤油の香りは食欲が加速するうううううう。
「ねぇ、まだ? 貝焼いてるんだよね? すごくいい香りするけどまだダメなの?」
アベルがそわそわしながら、網の上のサザエを覗き込んでいる。
「もう、そろそろいけるかな?」
「お? 貝か」
「これはサザエね。この季節に珍しいわね」
香りに釣られてドリーとリヴィダスもサザエに興味を示した。
「リヴィダスはサザエの身を取り出せる? 取り出せるなら好きなの持っていってくれ」
「もちろんできるわよ」
「僕も自分でできますよー」
サザエの身を取る為の金属製のピックを渡すと、リヴィダスとジュストがグツグツいっているサザエを取って自分の席へ戻って行く。
竹串がないのでピックで勘弁してくれ。
「アベルとドリーは?」
「この巻き貝の中から身を取り出すの? やったことないからお願いしていい?」
「俺も頼む」
アベルは器用だから、教えたらスポンって取り出しそうだけど、ドリーは力任せに引っ張って途中で千切りそうだ。
「うわぁぁぁ……結構すごい見た目だね」
グルグルしたサザエの身が出て来て、アベルの顔が少し引きつった。
「食べにくかったら、一口サイズに切るぞ」
「う、うん、お願い。先端の黒っぽいところも食べられるの?」
「食べられるけど、苦味が強いな。それが好きって人もいるな」
「じゃあ、苦いとこはなしで」
アベルがいらないといった先端の黒い部分、サザエの内臓にあたる部分は俺が美味しく頂こう。
「俺も切ってほしい。苦い部分も少し試してみたいな」
「わかった」
二人とも、サザエの中身に顔を引きつらせているが、興味はあるようだ。アベルは苦いものが苦手だが、ドリーは苦味が強いものをよく食べている気がする。
サザエの身を殻から外して、一口サイズに切った後、飾り付けるように切ったサザエの身を殻の中に戻して、アベルとドリーに渡した。
「へー、殻を器にするのも悪くないね。海の香りというか魚介類系独特の香りは強いけど、醤油の香りであまり気にならないや。歯ごたえもコリコリしてていいね」
アベルは見た目で引く事は多いが、野菜以外ならだいたい何でも食べる。魚介類とか野菜より食べにくそうなものが多いのに、何で野菜だけ。
「白い部分は思ったより甘みが強いな。こっちの黒いのは苦いが、酒があるとちょうどいい」
ドリーはやはり見た目がエグイ系は苦手なようだが、細かく切ってしまうと気にならないらしい。そして身より内臓を気に入っているようだ。
よし、俺も食べるかと思って網の方を見ると、リヴィダスとジュストがすでに二つ目に手をつけていた。
待って!? 俺のも残しておいて!?
最後はワカメスープで〆て、夕食タイムは終わり。後はいつもの野営と同じで、見張りを順番に回して一晩過ごす。
セーフティーエリアは人工的なものなので、絶対に安全とは言い切れないのだ。
まぁ、滅多な事はそうそう起こらないので、ここくらいの難易度のダンジョンなら野宿よりは安全だ。
夕食の片付けをしたら、見張り役以外はテントに入って寝る。俺は朝食の準備があるので、最後が担当だ。
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