第176話◆はぢめてのだんぢょん

 ジュストは昨日無事に昇級試験に合格して、冒険者ランクがFになった。

 米の入荷の予定日までまだあるので、今日もジュストと冒険者ギルドの依頼をやる予定だ。

 一身上の都合で近くの森へは行けないので、今日はオーバロの近くのダンジョンに行ってみようと思う。


 ダンジョンに棲息している魔物は、低ランクから中ランクくらいであまり強くなく、薬草や鉱石などの資源も採取できるようなので、ジュストのダンジョンデビューには丁度いい。

 浅い階層を日帰りで探索してくる、その予定だったのだが……。


「え? グラン、ダンジョン行くの? 俺も暇だし一緒に行こうかな」

 ええ、近所のダンジョンってDランクで、最深部でもCからBランクって聞いてるから、浅い階層にアベルは過剰戦力だろ。

「む? ダンジョンか? お前らだけで行かせるのは心配だな。俺も行こう」

 ええ? そんな高いランクのダンジョンじゃないし、深い階層まで行かないし、アベルがいるから戦力的にも問題ないし、そんな心配するような事はないのに、ドリーは心配性だなぁ。

「じゃあ、一人で留守番は暇だし、私も一緒に行こうかしら」

 リヴィダスまで来るの? リヴィダスはヒーラーだが、冒険者ランクはAである。Dランク程度のダンジョンにAランク三人のパーティーなんて、最深部まで行くつもりか!?

「お、じゃあ泊まりがけで行けるとこまで行くか?」

 なんて事を熊が言い出した。

「いや、ダンジョンを攻略したいんじゃなくて、ジュストがダンジョンに慣れる為に、ちょっと探索しようと思っただけだからな!?」

「む、ならばそれこそ、ダンジョン内での野営も体験しておいた方がいいだろう」

 確かにそうだな。熊みたいなドリーがいれば、顔面の迫力だけで、柄の悪い連中は絡んで来なくなりそうだしな。

「そうだね、せっかくだからコメの入荷予定の前日まで、ダンジョンでゆっくりしてこようよ」

 それはゆっくりと言うのか!?

「いや、そこはジュスト本人の意見を優先しよう。ジュストはどうしたい? 浅い階層で日帰りで採取するのと、奥の階層まで泊まりがけで行くのどっちがいい?」

「うーん、僕は自分で敵が倒せないので、自分の力で行ける範囲の事をまずは知りたいです」

 うむうむ、なかなか慎重でよい傾向だ。

「じゃあこうしたら? 今日は浅い階層でダンジョンに慣れて、夜はダンジョン内で野営して、明日は中階層、行けそうならもう一泊して更に奥っていうのはどうかしら? 奥の方でしか採れない薬草や鉱石もあるわよね。あら、このダンジョン、海に近いせいか水や氷属性の魔石や鉱石が奥の階層で採れるようね」

 何!?

「ホントだ、水と氷の魔石が採れるみたいだね。あー、なるほど、奥の方の階層は水が多い階層だから、敵のランクは低くても地形的な意味で難易度が高いみたいだね」

 ジュストが冒険者ギルトで貰ってきていた、オーバロ周辺の素材の分布図を見ながら言った。

「氷の魔石だと!? 特殊な地形での立ち回りも体験しておいた方がいいかもしれないな、泊まりがけで奥まで行ってもよさそうだな。どうだいジュスト?」

 氷の魔石に目がくらんだわけではない。冒険者として、ジュストは特殊な地形の立ち回りを知っておかなければならない。

 氷の魔石は水の魔石の上位にあたり、少し割高だし、料理にもよく使うのでいくらでも欲しい。魔石が採れるならジュストの懐も潤うはずだ。

「そうですね、特殊な地形での立ち回りも学んでおきたいです!」

 ジュストはやっぱり素直で勤勉な良い子だな!!


 そんな流れで、日帰りのピクニック気分でダンジョン探索に行くつもりが、二泊三日になってしまった。

 宿屋にはダンジョンに行く為、部屋を空ける事を告げて、騎乗用の魔物は餌をたっぷり預けて預かって貰う事にした。

 ワンダーラプター達は少し残念そうにしていたが、すまない今回はお留守番だ。




 オーバロ町の近くにあるというダンジョンは、町からすぐ南の海岸沿いにぽっかりと空いた洞窟が入り口だった。

 入り口が海に面しているので、近くの海岸から船が出ている。船に乗る時にギルドカードのチェックをして、入場料を支払うようになっていた。


 ユーラティアやシランドルでは、ダンジョンの管理はダンジョンのある地域の領主か冒険者ギルドがしており、ダンジョンに入るには制限があり、入場料がかかるのが一般的だ。

 ダンジョンは入り口が小さく見えても、内部までそうとは限らない。

 詳しくは解明されていないが、ダンジョンは非常に濃度の高い大量の魔力が具現化したものだと言われ、その内部は大規模な空間魔法によって外部とは全く違う空間になっている。

 ダンジョンの内部は、魔物や資源がひたすら湧いてくる。生まれるのではなく、湧いてくる――つまり勝手に発生するのだ。

 理屈はわからないが、内部の魔物もダンジョン同様、高濃度の魔力が具現化したものというのが一般的な説だ。 そして、ダンジョンの奥に行けば行くほど発生する魔物は強くなる。


 無限に湧いてくるので魔物が溢れるのではないかと思うが、そこはほとんどのダンジョンで、内部で生まれた魔物達で独自の生態系が築かれ、食物連鎖によってバランスが保たれている。

 極稀にそのバランスが崩れダンジョンから魔物が溢れ出す事もある。それはスタンピードと呼ばれ、それが起こるとダンジョンの内部及び周囲に甚大な被害を及ぼす。

 そうならないようにダンジョン内の魔物を狩るのは、冒険者やその地を治めている者の仕事である。


 魔物や資源が自然発生するダンジョンは、宝の山である。しかしその反面危険も多い。一攫千金を夢見て、身の程に合わないダンジョンに入り命を落とす者、欲に目がくらんだ者同士のダンジョン内でのトラブルが後を絶たない為、ダンジョンの出入りはその地域の領主と冒険者ギルドによって厳しく管理されている。

 警備の目を掻い潜って勝手に中に入る事も可能だが、バレたら罪に問われるし、罰金もあるのでいい事がない。そもそも、ダンジョンの入場制限はダンジョンに入る者の命を守る為なので、それを破って入っても碌な事にならない。

 入場料はかかるが、ランクの低いダンジョンでも内部での儲けは、滅多な事がない限り黒字になる。

 冒険者ランク的な条件を満たして入場料さえ払えば、誰でもダンジョンに入場する事ができる。

 ただし、ダンジョンは奥の階層ほど敵が強くなるので、入場できるギリギリのランクでダンジョンの奥まで進んで何かあった場合は自己責任になる。

 ダンジョンの内部では、自分の身の丈に合わない行動は命取りである。

 誰だって金より命の方が大切だと思うのだが、儲けに釣られて無謀な行動をする者は後を絶たない。


 オーバロのダンジョンはDランクのダンジョンで、本来ならFランクのジュストは入る事ができないのだが、このダンジョンはパーティーの平均ランクがDを越えているなら入場できるので、ジュストも俺とパーティーを組めばダンジョンに入る事ができる。

 そこに更にAランクのアベルとドリーとリヴィダスが加わってしまったので、Dランクのダンジョンには完全に過剰戦力である。

 入り口でギルドカードを提示した時に、入り口の警備の職員に「何だコイツら」みたいな顔をされてしまった。


 ちなみに、高ランクで非常に強力な魔物の出現が確認されているダンジョンや、最深部が未確認のダンジョンは、入場できる最低ランクが決められており、それ以下のランクはパーティーを組んでいても入る事ができない。

 パーティーによってはポーターと呼ばれる、荷物持ち専門の低ランクの冒険者を安く雇うパーティーもあるが、このポーターも入場制限の対象に含まれている。

 その為Bランクで大容量の収納スキル持ちの俺は、よくドリーのパーティーのポーター役を兼ねて、高ランクのダンジョンを連れ回されていた。アベルの収納魔法もあるが、俺の場合、雑用係もできる為、ドリー達がダンジョンに長期間籠もる時はよく呼ばれていた。


 オーバロのダンジョンの入り口近くは洞窟系のダンジョンで、海が近いせいなのか内部には水路のように、至るところに水が流れていた。

 水場が多い為、水棲系の魔物が多く、生えている薬草も苔や藻の類が多い。ダンジョン内を流れている水は海水のようで、海草も多く目に付いた。

「いいか、ジュスト。ダンジョンでは命のないものは、単体で長時間ダンジョンに触れていると、ダンジョンに吸収されてしまう。つまり、死体や物、刈り取った植物を地面に置いておくと、ダンジョンに吸収されてしまうんだ。戦利品は床に放置しないですぐにしまうんだ。生きているものと接触しているものは吸収されないから、装備品は身に着けているなら吸収される事はないから安心しろ」

「は、はい!」

「あと、ダンジョンの壁や床は少々壊しても時間をおけば自然に元に戻るから、持ち帰る手段があるなら使えそうな岩や瓦礫は持って帰ってもいいし、行き止まりの壁は壊していい」

「岩や瓦礫を持ち帰る必要があるのかはともかく、壁を壊すのは緊急時以外やめろ。というか壁はまず壊れないから、壊そうと思うな」

 ジュストに説明していたら、横から熊が口を挟んだ。

 収納持ちにとって、岩や瓦礫は緊急時の武器なんだよ!! 壁は俺も滅多に壊さないが、たまにそういう事もある。

「なるほど、いつものグランさん基準ですね。何となくわかってきました」

 そうそう、俺基準。困った時にやるくらいって言う話だよ。ジュストは察しがいいな。

 まぁ、あまり口を出してはジュストの為にならないだろうし、必要な事だけ教えて後はそっと見守ろう。


 まだ浅い階層のせいもあり、あまり魔物の姿は見えず、遭遇してもこちらが手を出さなければ、攻撃してこないタイプのものがほとんどでとても平和だ。

 ジュストは隠密スキルの他に、姿を消す幻影魔法も習得していたようで、素材の採取をしながら好戦的な魔物が近づいて来たら、姿を消してやり過ごしていた。

 アベルに習ったのかな? 魔法の方も着々と習得しているようだ。俺は魔法が使えないから、少しうらやましい。


 ジュストの方は心配なさそうなので、俺も近くで素材集めを始めた。アベル達も暇だったようで、先の階層をチラ見しに行ってしまった。

 お、水の中にエビがいるぞ!! む? 結構デカイな!? 近づいたら威嚇されてハサミでパンチされた。エビというかシャコみたいなやつだな!? そんなやつは、夕飯のおかずにしてやる!!

 捕まえて昨日買った篭にポイッと放り込んでおいた。少しガサガサ五月蠅いがそのうち大人しくなるだろう。濡れた布でも被せておけば、しばらく生きたまま保管できるはずだ。

 昨日フレッサさんの店で買った、魚を入れる為の篭がここでも大活躍だ。

 お、あっちの少し深いところにあるのはワカメか!? 回収しておこう。ダンジョン内は外より暖かいから、海水も冷たくないな。

 うげっ! クラゲだ!! クラゲはちょっと……。流れて来たクラゲを回避して、地上へ戻った。味噌が手に入ったらワカメのミソ汁だな。そうなると豆腐と油揚げが欲しくなる。

 ワカメご飯もいいし、ワカメのおにぎりもいいな。

 ん? あれはひじきともずくか!? 回収回収、ダンジョンはやっぱり楽しいな。ピエモンは海が遠いから、海産物がたくさん手に入るのは非常に嬉しい。



 すっかり採取に夢中になっているうちに、結構時間が過ぎていたらしく、先の層を見に行っていたアベル達が戻って来た。

 そろそろいい時間なので、採取を切り上げて五階層目のセーフティーエリアまで移動した。

 あまり大きなダンジョンではない為、泊まりがけで来る者は少ないようで、セーフティーエリアは俺達で貸し切り状態だ。

 今朝、急遽泊まりがけに予定を変更したので、食事をあまり用意していない。たまには現地で色々作るのも悪くないな!!

 オーバロで色々食材を買ったし、今日はがんばって作っちゃうぞー!!



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