第175話◆想い出は海の色
「アリサって子はこの町の子なんだよな? どの辺に住んでいるか聞いてるか?」
海外との交易の窓口であるオーバロの町は大きい。その町で名前だけを頼りに人捜しは厳しい。アリサという名前も茶色い髪も平民にはよくある名前と髪色である。何かもう少し手がかりが欲しいな。
「家は海の近くの店だと言ってた。何の店かは聞いてないな」
また、大雑把な……。海の近くと言ったらオーバロの町全体が海に近いし、貿易の窓口の町なので店なんて山ほどある。
まぁ、子供の言う海の近くなら本当に海に近いのだろう。
「あ、あの岩場でいつも釣りをしている子で、グランの釣り竿と似たようなのを持ってたぞ。この錨のマーク、このマークがアリサの釣り竿に付いてた」
「この釣り竿か? あー、店の看板のマークも同じだったから、きっとその店で買った物かもしれないな。とりあえずその店に行ってみるか」
「うん。最後に会った時から少し時間が空いたから、アリサは大人になってるかもしれないな。人間は俺達より成長が早いんだろ?」
オアンネスは半魚人と言っても、妖精や精霊に近い種族で、人間よりも遙かに長寿だ。その寿命に比例して成長速度も遅いと聞いた事がある。
「そりゃお前らに比べたらな」
「次の脱皮でやっと大人になるんだ。そうしたら姿が変わるから、その前に会いに来たんだ」
オアンネスって脱皮で成長するのか。
オアンネスは海底に暮らす種族で、人間との交流はあまりない為、その生態はあまり知られていない。
時折ラズールとアリサちゃんのように偶然出会って、個人単位で交流を持つことがある程度だ。
手がかりは俺の釣り竿に付いている錨のマークだけなので、とりあえず釣り竿を購入した雑貨屋に向かった。
そういえば、雑貨屋のお姉さん茶髪だったな。これは案外早く見つかるかも。
「アリサだ!」
釣り竿を買った雑貨屋の近くまで行くと、ちょうどお店のお姉さんが店の前で箒を持って掃除をしていた。
その姿を見てラズールが声をあげて、彼女の方に走っていった。
海の近くの店、錨のマークの釣り竿、お勧めの釣り場、茶髪の女の子、条件は彼女にほぼ当てはまっている。
ラズールが店の前を掃除している茶髪のお姉さんの方に駆けていくと、お姉さんはラズールに気付いてニコリと微笑んだ。
「あら、いらっしゃい。うちでお買い物?」
「アリサ! 俺だよ! ラズールだよ!! アリサに会いに来たんだ! これアリサに借りたハンカチ、返しに来たんだ!」
突然ラズールに話しかけられて不思議そうな顔をしていたお姉さんだが、ラズールのハンカチを見てハッとしたような表情になった。
そして――
「ラズール君だっけ? アリサは私じゃなくて、私のお婆ちゃんよ」
「え?」
あー……。
「そのハンカチ、そっくりなのを私もお婆ちゃんに作ってもらったのを持っているわ」
「え? アリサじゃないの? アリサにそっくりなのに」
「ごめんね、私はフレッサよ」
「じゃあ、アリサは?」
「お婆ちゃんは……アリサは去年亡くなったのよ」
「え……?」
長寿の種族と人間の時間の感覚の差は、残酷なほど大きい。彼らにとっては一瞬でも、人間には一生を終えるには十分な時間であっても不思議ではない。
「もうお客さんも来ない時間なので、お店を閉めてちょっとお茶でもしましょうか」
少し寂しそうで、困ったような表情でフレッサさんが微笑んだ。
フレッサさんにお店の奥へ招かれて、応接間で出されたお茶を啜っている。
ちょっと待っててね、と言ってフレッサさんは部屋から出て行ったので、俺とラズールの間には何とも言えない空気が流れている。
ラズールは気持ちの整理ができないのか、心ここに在らずと言った感じでアリサさんに貰ったハンカチを見つめている。そんなラズールに、俺は掛ける言葉がないので、とりあえずお茶を啜るしかない。
「お待たせ。これね、お婆ちゃんの遺品なんだけど、ラズール君の知っている物あるかしら?」
戻って来たフレッサさんの手には可愛らしい装飾の箱があり、それをラズールの前で開けた。
「あ、この首飾り、俺がアリサに作ってあげたやつだ」
ラズールが箱の中の、キラキラした石と磨かれたサンゴが交互に連なっている古びた首飾りを指差した。
「この真珠、アリサと一緒に海に潜った時に見つけたやつ。俺の水魔法で一緒に深いところまで潜ったんだ。こっちの巻き貝はこの辺りの海にいないやつで、俺がアリサにあげたやつ。これはサメの刃、凄くよく切れるんだ。あー、これはシーサーペントの鱗かな、黒くなってるって事は役に立ったんだ……っ」
ラズールが箱の中身を一つずつ思い出すように語っていく。その声がだんだんと震えて聞き取り辛くなる。
「これはね、お婆ちゃんが生前ずっと大事にしていた物なの。子供の頃の大切な思い出だって。お婆ちゃんが亡くなる直前に、自分の死後に海の色をした髪の毛の人が会いに来たら、この真珠を渡して、ありがとうって伝えてくれって言ってたから残してたの」
フレッサさんがラズールの手のひらの上に、ラズールとアリサさんが一緒に海に潜った時に見つけたという真珠を置いた。
「昔ね、私がまだ赤ちゃんの頃に、この辺り一帯が大きな津波に襲われた事があるの。その時ね、うちの辺りは海沿いだから津波が直撃して、周囲の建物はほとんど流されて、たくさんの人が亡くなったそうよ。でもね、私はお婆ちゃんと一緒にこの家にいて無事だったの。その時お婆ちゃんが持っていたのが、この黒いお守りだったんだって。元は綺麗な青色だったけど、津波の後真っ黒になってて、きっとこの鱗が守ってくれたんだって、お婆ちゃんが言ってたの。これをくれた海の妖精さんが、私達の命の恩人だって」
「うん、シーサーペントの鱗には強い水耐性効果があるから、アリサが海で溺れても大丈夫なように水避けの付与をしてた。嵐の日に海に落ちても大丈夫なくらいのやつ。アリサはいつも岩場で釣りをしてたから」
「うん、あの岩場はお婆ちゃんのお気に入りの場所で、亡くなる直前まであそこで釣りをしてたの。釣りの大好きな元気なお婆ちゃんだったわ」
「そっか、アリサはずっと釣りが……海が好きだったんだ。約束守れなくてごめんな」
ラズールが手のひらの上の真珠を指で撫でた。目からはパタパタと涙が落ちている。
「ラズール君がお婆ちゃんの言ってた海の妖精さんだよね」
「うん」
「お婆ちゃんがね、もし海の色をした髪の毛の男の人が訪ねて来たら、約束を守ってくれてありがとうって伝えてくれって」
「う……うわああああああああああ……ごめん、アリサごめん、人間の時間がこんなに短いなんて……もうちょっと早く来てたら……」
ついにラズールが泣き崩れてしまった。
「謝らないで。お婆ちゃんはあまり多くは話してくれなかったけど、それでも時々懐かしそうに、海には妖精さんがいるって話してくれてたの。妖精さんと自分の時間は違うから、もしかしたら死後に会いにくるかもしれないって思ってたから、こうして私に伝言を頼んでたの。ラズール君が謝っちゃうと、お婆ちゃんが悲しんじゃう」
「うん……わかった」
この後ラズールとフレッサさんは、アリサさんの思い出話に花を咲かせ、フレッサさんの案内でアリサさんの墓参りに行った。
アリサさんのお墓は海がよく見える小高い丘の上にあった。アリサさんは本当に海の好きな人だったんだな。
墓参りも済んで、日はかなり西に傾いている。ラズールもそろそろ海に戻るようだし、俺も宿に帰らないといけない。
「フレッサ、今日はありがとう。この真珠だけ貰っていくよ」
ラズールが懐かしそうに真珠を指でつまんで目を細める。
「あの箱の中身は、お婆ちゃんの大事な思い出だからね、大切に残しておくわ」
「うん、全部お守りだからよかったら使ってくれ。それとこれ、シーサーペントの鱗、黒くなってたから新しいの」
真っ青でキラキラした手のひらサイズの綺麗な鱗を、ラズールがフレッサに渡した。
「ありがとう。ラズール君、これね、お婆ちゃんが生前に刺繍したハンカチなの。持っていって」
フレッサさんがラズールに手渡したのは、ラズールが持っていた古いハンカチと同じ、イルカの刺繍がされたハンカチだった。
「ありがとう大事にする」
「お婆ちゃん、イルカのハンカチいっぱい作ってたから、ボロボロになったらまた新しいのあげるからね、いつでも遊びに来てね。私も作れるから私も作ってあげるわ」
「うん、今度こそいっぱい会いに来る」
名残惜しそうに話す二人を、少し離れた場所から見ているが、何だか甘酸っぱいな。俺、もしかしてお邪魔虫というやつでは。
フレッサに別れを告げ、ラズールと共に砂浜の端の岩場まで戻って来て、ラズールの変装を解いた。
「人間の時間は短いんだな」
「ああ、そうだな」
「脱皮が終わったらまた来るよ、その時はグランにも会いたいし、フレッサにも会いに行こう。今度はもっといっぱい会いに行くんだ」
「まぁ、俺はずっと西の方に住んでるから、この町にはいつくるかわかんないけどな。縁があったらまた会えるだろ」
俺が住んでいるピエモンとオーバロは離れすぎている。気軽に来る事のできる距離でもないし、連絡手段があるわけではないので、おそらくラズールとはもう会うことはないだろう。
「そっか。あ、この服とアクセサリー貰っていい? くれるならお礼もするし!」
あー、約束通りフレッサに会いに行くつもりか。まぁ、オアンネスの姿だと会いに行くのは難しいだろうしなぁ。
まぁ、アクセサリーはたいしたものじゃないし、服も平民の安物の服だしな。海産物と交換なら悪くないか。
脱皮して身長が伸びても、俺より背が高くならなければ大丈夫だろう。ならないよな!?
「ああ、持ってていいよ」
「やった! じゃあちょっと待っててくれ」
そう言ってラズールはドボンと海に潜っていった。
しばらくして戻って来たラズールに山のようにウニとサザエ、そしてシーサーペントの鱗を渡された。
ええ、この辺そんなにウニやサザエがいるの? いや、オアンネスの水中での移動速度を考えると、かなり遠くから獲って来たのかもしれない。
シーサーペントの鱗は素直にありがたいな。何か装備品の強化に使おうかな。
「おう、ありがとう。じゃあ俺はそろそろ戻るよ。また縁があったらな」
「おう、またな」
次があるかわからないが、またこの辺りに来る事があるなら、この浜辺にも来てみよう。
貰ったウニを篭に詰めて宿へと向かう。
そーだよ、ウニもサザエも生きていて収納に入らないから、最初に貰ったウニとサザエの入った篭を、ずっと手に持ってたよ!!
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