第174話◆釣りに行こう

「では、俺達はちょっと出かけてくる」

「グラン、変な騒ぎ起こさないでよ? それと、そのトウキビ炒る用の鍋は、商業ギルドに登録しておくんだよ」

「お、おう」


 朝食の後、宿屋の人達にポップコーンの作り方を教えて、部屋に戻ってくると、みんな出かける準備をしていた。

 ドリーは奴隷商と麻薬の件でもうすこし事後処理があるとか、アベルとリヴィダスは商談があるとかで出かけるようだし、ジュストは昨日、冒険者ギルドの依頼をがんばったので、昇級試験を受ける事ができるようになったらしく、昇級試験を受けに行くようだ。

 そして、この言われようである。昨夜ちょっとやらかしたからって扱いが酷い。


「グランだけ残して行くのは心配だけど、ジュストも昇級試験なら仕方ないわね」

「試験が終わったら、すぐ戻って来ますね」

 何だよ、リヴィダスどころかジュストまで、俺が一人で留守番出来ない子みたいな言い方だな。

「俺も商業ギルド行って、その後はギルドの依頼を受けるか買い物してくるよ」

 みんな出かけるみたいだし、俺だって俺の用事済ませてくるもんねー。





 というわけで、商業ギルドへ行って、いつでもポップコーン君の登録を済ませて、しばらくオーバロの町で買い物をしていたのだが、それもほぼ終わって暇になってしまった。

 まだお昼だし海にでも行ってみようかな。そうだ釣りだ! 釣りに行こう!!


 海が近いので釣り竿も普通に雑貨屋で売っていた。

 錨のマークの看板がぶら下がったおしゃれなお店で、ミルクティー色の髪の毛の綺麗なお姉さんが、釣り初心者の俺にも使いやすい釣り竿を選んでくれて、おすすめの釣り場も教えてくれた。

 餌は海岸の石が多い場所で砂を掘り返したらいると言われて、掘り返してみたけど……うわああああああああああああ……キモッ!!

 気持ち悪い虫を捕まえて、ポーション用の空き瓶に入れておいた。瓶は後で洗えばいいよね。

 この気持ち悪い虫、小さい足がいっぱい生えた少し大きめのミミズみたいな生き物で、無駄に鋭い牙が生えており、その牙で噛みついてきて困る。前世でも釣り餌によく使われていたアイツに似ているが、アイツより痛そうな牙が見えるので、手袋をしていてよかった。

 よぉし、大物釣っちゃうぞおおおーーー!!

 雑貨屋のお姉さんおすすめの釣り場、砂浜の端の岩場を陣取って釣りを始めた。

 のんびりとおにぎりを囓りながらの釣りは楽しいなああああ!!









 ……と最初のうちは、ただ釣り糸を垂れて待っているいだけの作業を楽しんでいたのだが、全然釣れない。

 つつかれている感覚はあるのに餌だけ取られる。どうして!? 釣りには器用貧乏のギフトの恩恵ないのかよ!?

 くそう、キモイ虫ちゃん全部使い切ったぞ。そして、魚ゼロ匹。くやちーーーー!!


 キモイ虫補充して再チャレンジするか? いや、魚の影は見えるが餌ばかり採られて全然かからない。どうして? 前世で釣りをした時はもうちょっと釣れた気がするけど!?

 もしかして、異世界の魚は賢いのか!? 俺に釣りスキルがないから、スキルが足りなくて釣れないのか!?

 よかろう、ならば電撃攻撃だ!!

「くらえーーーーー!!!」


 バチバチバチバチバチバチ!!!


 プカァ……。

 よっし! 大成功!!

 海面に手を触れて、電撃グローブで少し強めの電撃を流すと、プカプカと浮いてきた。最初からこうすればよかったんだよ。

 海面に浮いた魚を雑貨屋で買ってきた網で掬って、同じく雑貨屋で買ってきた木製の籠の中に放り込んでいく。

 おお、籠に入れるとちゃんと釣ったっぽいぞ!!


 ヒュッ!!


「うおっ!?」

 海の方から黒い物が飛んできたので思わず手で受け止めた。

「は?」

 ウニ!? これウニだよね? 何でウニが飛んできたんだ!? というか手袋を付けていなかったら痛かったな。

 ヒュッ!!

「うわっ!!」

 また、海の方からウニが飛んできた。ので反対側の手で受け止めた。

 ウニは生きているので収納にしまえないのが地味に不便だ。仕方ないので籠の中の魚を収納に投げ込んで、ウニを籠に入れているとまたウニが飛んできた。

 どうやら海の中からウニが飛んできている。よくわからないけれどウニうめぇ。ウニご飯にしようかな!?

 何て思っていると、次々とウニが飛んでくるので、ありがたくキャッチしていた。

 異世界は海からウニが飛んでくるのか、あまり海に来る事がないから知らなかったな。

 ……って、そんなわけあるか!!!!!


「おいいい、そろそろ姿現せよ。ウニは美味いからいいけど、何なんだよ」

 ただ静かに波が打ち寄せているだけの海に向かって話しかけた。

「ちっ! 気付いていたのか! 俺のウニストライクを全て受け止めるなんて、お前やるな!」

 そんな技だったのか。ただウニを投げているだけだと思っていた。


 甲高い声と共に波の隙間から青い髪の毛が見えた。髪の毛からヒレのようなものがぴょこっと突き出しているのは耳だろう。

「何か俺に用か?」

「いきなり海に雷なんか流すから仕返しだ!!」

 甲高い声の主が波の間から顔を見せた。

 人間に近い顔をしているが輪郭に沿って魚のような鱗に肌が覆われており、耳は魚のヒレ状になっている。体はゴツゴツした鱗に覆われており、背中には魚のそれに似た背びれがある。

「オアンネスの子供か!」

「う、うるさいぞ! オアンネスの中では若いけど俺達は人間より長生きだからな! お前よりずっと年上なんだぞ!」

 姿を見せた半魚人ことオアンネスは、まだ小さく幼さの残る顔立ちだった。人間で言うと、ジュストと変わらないくらいの年に見える顔立ちだ。

「まぁ、電撃は悪かった。あと、ウニはありがたく頂く、ありがとう」

 うっかり電撃攻撃したのにウニをくれるなんていい奴だなぁ。よし、これ以上絡まれる前に帰るか!!

「待て!」

 やばい、引き留められた!!

「何だ?」

「ウニはやるから、ちょっと付き合え」

 えー……。

「今ならこの貝も付けるぞ!!」

「む、サザエか、仕方ないな。で、付き合えって何だ?」

 オアンネスの少年が手にしているものに、つい釣られてしまった。さすが海の民、釣りスキルが高い。


 オアンネスとは海に住む半魚人だ。人間に近い体型をした二足歩行の種族だが、体の表面はほとんど魚のような鱗に覆われている。頭部だけは比較的人間に近く、人間に化ける事ができる者もいるらしい。

 ちなみに、同じ半魚人でも上半身が人間下半身が魚の姿の種族は、男性がマーマン、女性はマーメイドと呼ばれており、俗に言う人魚である。


「人を探して欲しいんだ。人間の女だ、俺と同じくらいの人間の子供だ」

 何だ見た目が子供っぽい自覚はあるのか、可愛いな。

「名前はわかるか?」

「アリサって名前だったと思う。茶色い髪の毛の子なんだ。これを返したいんだ」

 そう言ってオアンネスの少年は俺の近くまで泳いできて、一枚のハンカチを取り出した。

 少し色あせてほつれているが、ハンカチにはイルカが跳ねているような刺繍がしてある。

「これは?」

「前にこの近くでクラーケンにやられて怪我をして休んでる時に、アリサが手当してくれたんだ。その時借りたハンカチを返して、お礼がしたい」


 オアンネスの少年の話によると、クラーケンにやられた怪我を手当してもらった後も、しばらくこの海岸でアリサちゃんと交流があったらしい。しかし、事情があってしばらく遠くの海に行く事になった為、また会いに来ると言って住み処の海底へと帰った。そして、ようやく時間ができたので、アリサちゃんに会いに来たと言う。

 アリサと出会ったこの海岸付近で、数日前から彼女を探しているが、出会えないまま、そろそろ住み処に帰らないといけないらしい。

 イイハナシダナー。

 どうせ暇だし、ちょっとくらいなら付き合ってやるか。


「せっかくだから一緒に探しに行くか。名前だけだと見つけるのは難しいからな。顔は覚えてるんだろ?」

「覚えてるけど、俺は人間と姿が違うから、人間の町に入ると魔物と間違えられる」

 確かにオアンネスは体の大半が鱗に覆われている為、魔物に間違われやすい姿をしている。

 海の中なら人間に見つかって攻撃されてももすぐに逃げる事ができるだろうが、半魚人の彼らは地上での行動は苦手である為、地上で人間の大人に追われると逃げるのは厳しいだろう。

「まぁ、俺に任せろ」

 また役に立ちそうだよ、変装スキルさん!!





「よし出来た! これで人間の子供に見えるだろ?」

「うおー! すげーな、お前!」

 オアンネスの少年――ラズールの前に鏡を出すと、鏡に映った自分の姿を見て驚いている。


 先ほどまでどう見ても半魚人だったが、今はすっかり旅行者風の少年である。

 いつぞに作った肌が白く見える首飾りを、少し弄って顔の周りの鱗を人間の肌に見えるようにした。

 頭にはキャスケットを被せて、耳はその中に隠した。体の鱗まで隠すの難しいので、少し大きいが俺の服を着せて、背びれはモコモコした毛皮のマントで隠した。手は同じく鱗を人の肌に見えるように幻影効果を付与した腕輪を付けた。靴は、足が大きな水かき状の為どうしようもないので、アンクレットに幻影魔法を付与してごまかした。


 町からは見えにくい岩場の陰でラズールの着替えを終わらせた後、アリサという子を探しに二人で町の方へと向かった。

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