第170話◆旅の終点

「うおおおおおおおおお!! 着いたどおおおおおおおおお!!」

 嬉しさのあまり声を上げてしまった。


 首都から遠く離れた東端の地とは思えないほどの、整った町並みの大きな港町だ。

 カラフルな外観の建物が多く、季節は冬だというのになんだか妙に明るい気分になる。

 海の香りに、海鳥の無く声、海の方を見れば海上には大きな船が何隻も見える。


 米探しの旅に出て約一ヶ月、ここまでの道のり、色々あった。色々ありすぎて、ものすごく長い時間旅をしていたような気分だ。

 しかし、ようやく……ようやく!! 米が手に入る日が来たのだ!!

 いや、まだ油断出来ない。まだあると決まった訳ではない。まずは、リヴィダスの知り合いの穀物問屋に確認だ。そして、オーバロの商店を見て回りたい。


「グラン、道の真ん中で止まると通行の邪魔だよ」

「あ、はい」

 ようやく辿り着いた目的地に感動していたら、アベルの冷静なツッコミが飛んできたので、ゆっくりとワンダーラプターを歩かせ始めた。

「そういえば、どうして東の端まで来たんですか? グランさん達の祖国って西ですよね?」

「ああ、米を探しに来たんだ」

「米!! お米があるんですか!?」

 そういえば、ジュストには旅の目的を話していなかった。

「この町で米を原料にした酒を買ったという話を聞いて、米がないかと思って探しに来たんだ」

「お米……お米食べたいなぁ」

「ジュストの故郷はコメのある地域だったの?」

「あ、はい」

 ジュストの呟いた言葉に、アベルが食いついてしまった。がんばれ、ジュスト!!

「じゃあ、米がどこから来てるかわかると、ジュストの故郷の場所もわかるかもしれないね」

 アベルは親切で言っているのかもしれないが、ジュストにはなかなか辛い内容かもしれない。

「そうですねぇ。でも、今の姿だとちょっと帰りづらいですね。ここが旅の終点なら、僕もそろそろこの先の身の振り方を決めないといけませんね」

 ああ、そうか。何となく連れて来てしまったが、ジュストがこの先どうするか、はっきりと決めていなかった。

 ジュストさえよければ、一緒にユーラティアに連れていってもいいかななんて思っていたが、ジュストはどうしたいのだろう。

「ふぅん、ジュスト家に帰りたくないの?」

 おいいい、アベルグサグサいきすぎいい!! そろそろ止めるか。

「帰りたくないわけではないですが、現状では難しそうですし、みなさんにせっかく色々教えてもらえたので、このまま冒険者を続けてみようと思ってます」

 ジュストはそう言っているが、いくらヒーラーでも魔物を殺せないハンデは大きく、継続的にヒーラーとして迎え入れてくれるパーティーが見つからないと、冒険者として生活するのは厳しいかもしれない。

 先日、奴隷商の屋敷でくすねて来た物を全部現金化すれば、しばらくは暮らせそうだが、いずれは自力で稼げるようにならなければならない。

 ピエモンの辺りなら魔物も弱いし、依頼も中級までのが多いし難易度的にはジュストには向いているかな……いや、ピエモンだとパーティーを組むような依頼がないから、ヒーラーをして進むなら、ピエモンはだめだな。

 それに冒険者ではなくても、職人や商人という道もあるし、ジュストにはたくさんの選択肢の中から道を選べるようにしてやりたい。


「ふぅん、じゃあこのまま俺達とユーラティアに来る? 確かドリーの実家って、行き先のない子供の職業訓練してたよね?」

「あ? ああ、それはやってはいるが……まぁ、訓練後にその者に合った進路を選べるようにはなってるな」

 へー、辺境伯ってそんなこともやっているのか、さすが大貴族。

「ドリーんとこで色々勉強するのもいいんじゃない? ジュストまだ文字は苦手なんでしょ? ドリーんとこならいろんな国の文字も習えるよ」

 ドリーの実家って身寄りの無い子供保護して、文字を教えているのか。文字が書けるのと書けないとでは、将来の職の幅が全然違うしな。

 前世は識字率の高い国にいたので自国の文字なんて読み書き出来て当然だったが、今世はそうではない。田舎に行けば行くほど平民の識字率は下がる。俺だって前世の記憶が戻るまでは、文字を覚えようなんて思わなかったしな。

 識字率は国の豊かさ、強さにも関わる。なるほど、軍事貴族が子供の職業訓練に力を入れるのも納得できるな。

「ふむ、ジュストはどうしたい?」

「できれば、ユーラティアへ行きたいです。学べる機会があるなら、それもお願いしたいです」

 ドリーのとこなら隣の領だし、会いに行こうと思えば行ける距離だな。それに、ジュストを一人残して国に帰るのは少し心配だ。

 ドリーに預けたら筋肉ダルマにされないかだけは心配だが、安全面を考えるとシランドルに残すより良さそうだ。

「ふむ、まぁこの話は宿でゆっくりしよう」

「は、はい!」




 宿屋を決めてワンダーラプター達を預けて、早速リヴィダスの知り合いの穀物問屋を訪ねた。

 ドリーとジュストは何やらこの先の身の振り方で話をするらしく、宿に残っているので、リヴィダスとアベルの三人だ。


「おぉ、リヴィダスちゃん久しぶりだね。なんだい、冒険者のお仲間と一緒なのかい?」

 リヴィダスの知り合いという穀物問屋はかなりの老舗のようで、立派な外観の店構えで、店内に入ると、恰幅のいいおかみさんが、明るく出迎えてくれた。店内には、小分けにされたいろいろな穀物が棚に並べられている。

 あ!! あれは米だああああああああああ!!!

 見つけた!! ついにみつけた!! 棚の上に、瓶に入った白い粒々の穀物が見えた。長さも長すぎない楕円形だ。

「こんにちは、お久しぶりです。仲間の子がねコ……」

「コメ!! そこにあるのはコメですよね!? コメ買います!!」

 思わず興奮してリヴィダスが話しているのを遮ってしまった。

「グラン必死すぎー、コメは逃げないよ」

「グラン、そんなにコメって穀物が欲しかったの?」

「ああ、めちゃくちゃ欲しかった!」

「あら、お兄さんコメを買いに来たのかい? あいにく今あるのは去年の残りのこれだけなんだよ」

 ナナナナナナナンダッテーーーー!!!

 あー、言われてみたら前世と同じなら、米の収穫は秋だ。どこかから輸入しているのなら、この時期だとまだ今年の米は、入って来ていなくてもおかしくない。

 しょぼーん。

「と言っても、来週くらいには船が来るはずだから、その時に今年の米が入ってくる予定だよ」

「待つ! 待ちます!! コメが入ってくるって事は、ササ酒とかショウユとかも入ってきますか!?」

 来週か! 早くお家には帰りたいけれど、米を買わずして帰る訳にはいかない!!

「ああ、チリパーハの国の物なら同じ船でくるから、来週一緒に入ってくるはずだよ。うちではコメしか取り扱ってないけど、ササ酒なら酒屋に行けばあるよ。ショウユはあっちのスパイス屋で売ってるはずだよ」

 なるほど、米の産地はチリパーハって言う国なのか。冒険者ギルドに寄って調べておこう。

「ありがとうございます! じゃあ来週また来ます!!」

「そうかい、じゃあコメが入ったら泊まってる宿に知らせを出そうか?」

「お願いします!!」

 やったーーー!! 来週まで待つことになるが、これで念願の米が手に入る!!

 うへへへへ……米が手に入ったら色々作るんだ。醤油と一緒に味噌もあるかもしれないなぁ、小豆はないのかな。


 とりあえず、店にあった米は売ってもらった。残り僅かだったので全部買ってしまった。

 宿に帰ったら、台所を貸してもらって何か作ろう。海苔が手に入ったからおにぎりでも作ろうかな!?


 この後、酒屋とスパイス屋に立ち寄ってササ酒と醤油を買うことができた。味噌は丁度品切れだったが、米と同じ船で来るそうだ。以前醤油を鑑定した時にチラッと見た、醤油の原料のソジャ豆も入ってくるようだし、どうやら小豆のような豆も入って来るそうだ。

 うおおおおおお……いっきに、欲しかった食材が揃ったぞおおお!!


 宿に戻る前に冒険者ギルドに立ち寄って、チリパーハという国について調べてみたところ、シランドルの更に東――俺達が今いるオーバロからは北東にある島国だった。

 島国ゆえ他国と行き来があまりなく、独特の文化の国らしい。

 話だけ聞くと、俺が前世で住んでいた日本という国を連想させられる。一度行ってみたいが、オーバロから船で十日近くかかるらしく今回は諦めた。次に米を買いに来た時かなぁ。


 また、オーバロからはシランドルの南の国へ行く船も出ている。

 シランドルの南に高い山脈があり、この山脈が南の国との国境になっている。この山脈の北側は先日コウヘイ君を保護した恐竜だらけの森があり、山脈も高く険しい事もあって、陸路で南の国へ行くのは非常に厳しい。その為、南の国へは船で行く事になるそうだ。

 シランドルの南の国には大きな砂漠があり、宝石や鉱石が多く採掘されているそうだ。そっちも一回いってみたいなぁ。


 チリパーハから米を載せた船が来るまでしばらく日はあるが、オーバロの周辺には、小規模なダンジョンや森があり、冒険者の仕事も多そうなので、米を待っている間にその辺りを散策してみるのもよさそうだ。

 海もあるし、海の方でも何か素材や食材探して見るのもいいな。

 あー、めっちゃワクワクしてきたぞ!!




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