第169話◆イカの身投げ

「イカだーーー!!」


 外から聞こえる村人達の騒ぐ声で目が覚めた。

 イカ? クラーケンでも出たのか!?

 大型のクラーケンが沿岸部に現れる事は滅多にない。滅多にないだけで全くないわけではない。

 もし大型のクラーケンが出たのなら、村人だけで対処は厳しいし、付近の海に居座るなら漁業の邪魔になるだろう。

 偶然滞在していたのも何かの縁だ。大型のクラーケンが出現したのなら、俺達が対応するのがいいだろう。

 まぁ、海の中の巨大生物なんて、アベルが主力でがんばる事になるのだが。雷が弱点の水棲の魔物が相手なら、先日の雷魔法強化の杖もあるし、アベルが喜喜として特大雷を落としてくれそうだ。


「なんだか騒がしいけど何ぃ?」

「イカとか聞こえたがクラーケンか?」

「近くにでっかいクラーケンでも出たのかしら?」

「村の人達が海の方へ向かってますね」

 外が騒がしいのでアベル達も起きて来た。窓の外を見ると村人達が海岸の方へと足速に向かっているのが見えた。

「んー? クラーケン? でっかいの出たのなら雷落とすよ? グランのくれた杖を全力で使ってみたいし」

 やめろ、漁場の近くでアベルの全力雷とか、クラーケンどころか付近の魚介類が全滅するから、全力は絶対にやめろ。

「どうやらクラーケンじゃないみたいだなぁ」

 窓の外から海岸の方を見てあることに気付いて、そちらを指差した。


「うわ、海が光ってる。何あれ、魔物?」

 海の表面がキラキラと不自然に発光している。

 アベルが海を見て警戒を強めるが、おそらくあれは魔物の類ではないだろう。魔物だとしても、強力な魔物ではないと思う。

「あー、村の人がイカって言っているのが聞こえたし、あまり規模は大きくないけどあれはヒカリイカの身投げね」

 ああ、こちらではヒカリイカって言うのか。

 リヴィダスはどうやらこの現象を知っているようで、落ち着いた様子でキラキラと光る海を眺めている。

「ヒカリイカとは確か、手のひら程度の小型のイカだったか?」

「ええそうよ。風のない新月前後にヒカリイカの群れが海岸に近づいて来て、そのまま浜に打ち上げられて死んじゃうから、身投げって言われているのよ。春先から初夏にかけて見られる現象だから、この時期は珍しいわねぇ。季節外れだから規模は小さいみたいだけど」

 ふとジュストの方を見ると目が合った。

「ジュストはヒカリイカを知っているのか?」

「はい、お婆ちゃんの家がホタ……ヒカリイカで有名なところでした」

 そうかー、ジュストのお婆ちゃんちは、ホタルイカで有名なところかー。蜃気楼でも有名なところかな?

 リヴィダスは小規模だと言っていたが、夜の海がキラキラと光っているのは幻想的で美しい。


「おーい、旅の兄ちゃんらも起きちょるなら、海岸まで行ってみぃ」

 窓からキラキラと光る海を見ていると、外を通りかかった村人に声を掛けられた。

「ヒカリイカが来とって、掬って湯がいて食べちょるけん、兄ちゃんらも食べにきいや」

 お、もしかしてその場でヒカリイカを食べるのか!?

「身投げって言うくらいだから、放っておいてもヒカリイカは海岸に打ち上げて死んじゃうからね。その場で掬って食べてるみたいね」

「よし、行こう。イカ食べに行こう」

 食べられるなら食べに行こう。

「行きます行きます。ヒカリイカ美味しいですよね」

「美味しいなら俺も行こうかなぁ」

「ヒカリイカか、酒のつまみにちょうどいいな」

「お酒を持っていきましょ」

 酒飲み二人は荷物の中から酒を取りだし始めた。







 簡単に装備を付けて浜まで行くと、何カ所も焚き火が焚かれ大きな鍋が掛けられており、村の男性達がザルを持って海に入ってヒカリイカを掬っている。

 冬の夜の海なんてめっちゃ冷たそうなのに、漁業の民強い。

 海から掬って来たヒカリイカは、焚き火のところで大鍋で茹でられて配られている。

 遠くからみると海が発光しているように見えた光景は、近くで見ると小さな光が大量に集まっているのがわかる。そのひとつひとつが発光しているヒカリイカである。

 小さな無数の光が海面で揺れる様は、まるで夜空が海に溶けて出しているようで、思わず見入ってしまう。


 浜の近くまで来たヒカリイカは、潮の満ち引きの関係で、朝までに全て浜に打ち上げられて死んでしまうらしい。ヒカリイカは鮮度が落ちると生臭くて食べにくくなる為、水揚げ後はすぐに茹でてしまわないといけない。

 その為、ヒカリイカが夜の海岸に集まって来た日は、こうして浜に出てヒカリイカを掬い上げてその場で食べてしまうそうだ。

 浜に打ち上げられて死んだヒカリイカは悪臭の元にもなり、海から魔物も寄ってくる原因となるので、そうならない為にひたすら掬って茹でるそうだ。


 焚き火の近くに行くと、茹でたヒカリイカを貰えた。茹でると少し縮むので、俺の手のひらより小さく一口サイズだ。

 ヒカリイカの目玉と嘴を取り除いて、一緒に渡された酸味と塩味そしてほんのり甘みのあるソースをつけて食べる。前世の記憶にある酢味噌に近い感じだが、海藻から作られたソースらしい。

 獲れたてのヒカリイカはふっくらプリプリで、イカその物の塩味と酢味噌のようなソースがとてもよく合う。

 たまたま立ち寄った日に、ヒカリイカの身投げに遭遇するなんて運がいい。


「あーこれ、一口でいけちゃうし食感もいいし、塩味もほどよいから延々いけちゃいそう」

 アベルがパクパクとヒカリイカを口の中に放り込んでいる。

「酒を持ってきて正解だったな」

「ね、お酒とイカと交互に延々いけちゃうわ」

 酒飲み二人は焚き火の傍を陣取って、村の人達と一緒に酒盛りを始めている。

 ジュストは俺の横でもくもくとヒカリイカを食べている。お婆ちゃんの家がホタルイカで有名と言っていたから、日本の事を思い出してホームシックにかかっているのかもしれないな。小さな声で何かブツブツ言っているのが聞こえて来た。


「ホタルイカのパスタ、竜宮そーめん、ホタルイカのグラタン、炊き込みご飯、唐揚げ、テンプラ、佃煮、サラダ」


 わりと、元気そうで安心した。

 うん、後で教えてくれたらがんばって作ってみるから、村の人にお願いしてヒカリイカ分けて貰うね。


 ヒカリイカの身投げは深夜まで続き、食べてばかりでは申し訳ないので、俺もヒカリイカ掬いに参加した。

 冬の夜の海めっちゃ冷たっ!! 漁師さん達は普通に海の中入っているけど、どうなってんの!?

 てか、アベルさん、何その光で出来た網は? 即席で新しい魔法作った? 優雅に地上から底引き網をしているけれど、それめっちゃ楽そうでズルい。

 熊は酒飲んでばっかりじゃなくて、ヒカリイカ掬い参加しろ。あ、ジュストは冷たい海入って風邪を引いたらいけないから、待ってていいよ。

 ちょ、リヴィダスさん酒飲んで絡むのやめてください。え? 耐水強化するから潜ってイカ以外も獲って来い? 無理です! 無茶です!! ご免こうむりです!!!


 寒い中イカ掬いがんばったので、ヒカリイカを分けて貰えた。

 これも、米や調味料が見つかったら美味しく料理しましょうねー。




 そして翌日、お世話になった漁村から出発して、昼過ぎには長旅の目的オーバロに到着した。

 やー、ここまでホントに長かった。一月程度の道のりだったが、色々ありすぎてすごく時間がかかった気分になっている。


 シランドルの東の果て港町オーバロ、やっとここまで来たよ!!!

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