第168話◆海のダイヤモンド

「ええ? この漁村で一泊する気?」

「ああ、漁業が盛んな村のようだし、何か美味しい物あるかもしれないだろう?」

「ん? 確かにそれはそうだね。でも魚かー、骨の多い魚は苦手なんだよねぇ」


 タンネの村を出てグローボで一泊、そこから街道沿いを北東へ進むと、街道は北と東に分岐する。そこを東に進めばオーバロだ。

 分岐地点を東にしばらく進むと、街道は海沿いに出た。右手に海を眺めながらの旅路だ。

 今日は天気が良く、日差しは暖かで風も穏やかなので、海を見ながら進むのは楽しい。


 このまま順調に進めば、あと半日ほどでオーバロに到着しそうな辺りで、小さな漁村があり思わず立ち寄ってしまった。

 民家の軒先に干されている海産物の干物に釣られてしまったのだ。

 そして、この村で一泊したいと言ったらアベルに不思議そうな顔をされたが、どうしても新鮮な魚介類が欲しいので、俺のわがままを通して、この村で一泊する事になった。


 だって! だって! 軒先に広げてあるの海苔だよね? あの真っ黒いの? 海苔の天日干しだよね!?

 この辺りって海苔を食べる文化があるのか!! というか海苔って前世だと、加熱前は日本人の一部しか消化できないとか聞いた事があるけれど、今世はどうなんだ!? 食ってみるしかないな!!


 あっちに干してあるのはナマコじゃない!? ナマコだよナマコ!! 海のダイヤモンド!!

 ナマコは今世ではホロトゥと呼ばれており、魔力を持っている魔物の一種になり、正確には前世のナマコとは別物だ。そのホロトゥを乾燥させた物はハイポーションの素材になり、少々高いが大きな町なら買う事ができる。

 また、赤ナマコはルブ・ホロトゥ、青ナマコはカレ・ホロトゥと呼ばれており、これらもポーションの材料だ。

 非常に残念だが、このホロトゥが食材として、生で売られているところは見たことがない。まぁ見た目が少しグロテスクだからね。

 そのホロトゥが干してあると言う事は、この村ではホロトゥが水揚げされていると言うことだ。つまり、生きたホロトゥが手に入るかもしれない。

 出来れば赤いやつが欲しい!! 黒もいいが俺は赤が好きだ!!

 前世と大体同じなら、赤いやつが臭みが少なくて食べやすいはずだ。


 前世では見た目のグロテスクさから、苦手な人も多かった記憶があるが、その見た目に反して非常に歯ごたえがあり、さっぱりとした味であまり癖がない。下処理を失敗しなければ、臭みもほとんどなく食べやすい。刻みネギと紅葉おろしでポン酢を掛けて食べるのが好きだった。

 ナマコは海のダイヤモンドとも呼ばれ、結構いい値段だったし、俺が住んでいた地域では赤いナマコは更に高かった。


 ナマコを生で美味しく食べる為には、生きている状態で手に入れなければならない。しかし、生のままだと収納にはいらないので、ホロトゥを手に入れたら、その場で捌いてから収納に入れなければならない。

 醤油が手に入ったらポン酢を作って食べるんだ。

 というわけで、ナマコ……じゃないホロトゥの干してある家に突撃。




「うえええええええええ……ホントにそれ食べ物なの? 生で食べちゃうの? ちょっと、それこっちに向けないで!! うええええええええ」

「何を言う、めちゃくちゃ美味いんだぞ!! たぶん」

 生きているホロトゥを目にしたアベルの反応が予想通りで、楽しくなって見せびらかしている。その嫌そうな顔、最高。


 ホロトゥを干してある家に突撃したら、ちょうど作業中でまだ生きているのもいたので売ってもらえた。

 赤いやつは三匹しかいなかったが、ホロトゥは俺の知っているナマコの大きい物より、二回りほど大きいので満足だ。

 やはり赤い方はあまり採れないらしく数が少ないとの事なので、少し高めで売ってもらった。

 売ってもらった赤いホロトゥはまだ生きていて、木製のザルに入れて手に持って歩いている為、アベルがものすごく微妙な顔をしている。それを見ているドリーもやや引きつった顔で苦笑いをしている。

「干物の方はこの辺りでは珍味として食べる習慣はあるけど、生は食べたことないわね」

 リヴィダスは平気なようで、ザルに入っているルブ・ホロトゥを興味深そうにしげしげと見ている。シアモワ族の食文化的に生食にはあまり抵抗がないのだろう。

「ナマコですか? お店で切り身を売っているのは見たことはありましたが、生きているの見るのは初めてです」

「ジュストの故郷ではナマコって言うのかー。コリコリして美味いぞお。調味料が手に入ったら食べような」

 さりげなく誤魔化す事も忘れない。

「は、はい」

 ジュストも少し引きつった顔をしているが、ナマコは美味しいんだぞおおお。


 近くに海苔を干している家もあったので、そちらでは出来たばかりの海苔を分けてもらった。

 こちらはお金より物々交換がいいと言われたので、肉と交換してもらった。

 この村の海苔は、やや縦長の四角形に整えられて乾燥させた物だった。前世で馴染みのあった海苔に比べて、ややパリパリしていて少し薄い。この辺は加工技術の差なのかもしれないな。

 少し端っこをちぎって口に入れると、やや塩味が強いが海苔の味だ。


 うへへ、米が手に入ったらおにぎりを作るんだ。あー、イッヒ焼いて海苔で巻いて醤油をつけて食べるのもいいな。

 スライスチーズに海苔を挟むだけで酒のつまみになるし、肉や野菜に巻いて揚げ物にしてもいい。

 海苔さんマジ優秀。

「何それ? 真っ黒いけど食べ物だよね?」

 またしてもユーラティアでは見かけない食べ物に、アベルが興味津々である。海苔は乾燥済みの物でヌメっていないし、見た目も黒いだけなので、今度はあまり変な顔はしていない。

「お、それは俺も知ってるぞ。ノリっていう海藻だよな、ここいらの名産品だよな。パリパリしてて酒のつまみにもなるが、口の中に張り付くんだよなぁ。それにノリを食べ過ぎると後で――」

「そうだなー! 海苔は消化されにくいからなああああ!! 火を通してない海苔は一部の民族しか消化出来ないって聞いたことあるな!!」

 ドリーはノリを知っているようだったが、その続きは嫌な予感がしたので、ドリーの話をぶった切った。


 オーバロ手前のこの小さな漁村、目の前が遠浅の海の為、海苔や貝類の名産地で、素潜り漁も盛んだそうだ。

 港の近くに漁業ギルドがあるらしいので、そちらにいけば今日水揚げされた海産物が集まっているだろうとの事なので、見に行ってみる事にした。

 加工されて他の町に出荷される予定の物も、一度この漁業ギルドに集められるらしいので、そこに行けば色々買えそうだ。


 ギルドに行けば、丁度小型のクラーケンが水揚げされていた。小型と言っても三メートルくらいある。

 クラーケンは巨大なイカの魔物である。沿岸部に現れることはまずないが、大きな個体は百メートルを超えると言われ、海を行く船にとっては大変脅威となる魔物である。

 クラーケンの幼生も上がっているようで、一メートル足らずの可愛いクラーケンが籠の中でウネウネしている。

 折角だから買って帰ろうかなぁ。

 生食は少し怖いから、フライにしようかな。小さいのなら、米と醤油が見つかったらイカ飯にしてもいいかなぁ。イカスミパスタもいいな?

「グランって海産物好きだよねえ」

 クラーケンを選んでいると、アベルも籠の中を覗き込んだ。

「だって俺の住んでるとこ山だし、海産物は手に入り難いしなぁ」

 籠の中でウネウネしているクラーケンの子供の中でも、活きの良さそうのを選んで掴み上げながらアベルの方を向いた。


 ブシュッ!!


「うわっ!!」

「あ、ごめん」

 少し強く掴みすぎたのか、クラーケンがアベルに向かって墨を吐いた。

 クラーケンを人に向けてはいけない。




 オーバロまで半日ほどの距離にある小さな村の為、この村で宿泊する者は少なく、大きな宿はなかった。宿は漁業と兼業の民宿があるだけだったので、その民宿で今日は一泊する事に。

 旦那さんと息子さんが漁師らくし、夕食は新鮮な魚料理だった。

 もうそれだけで、この村で一泊して正解だったよね。


 食事の後は台所を借りて、ホロトゥとクラーケンを捌いて収納に入れておいた。

 米と醤油を手に入れたら、一緒に美味しく召し上がるんだ。








 そして、その夜――。


「イカだーーー!!」


 村人の騒ぐ声で目が覚めた。

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