第167話◆閑話:珍獣会議

「誰かと思うたら、白虎の婿殿か」

 暗い部屋の鏡の一つが光り黒く立派な虎が映し出された。鏡の向こうから唸り声が聞こえる。

「何ぞ? 白虎のにはすまぬ事をしたが、万事丸く収まったろ」

 再び低い唸り声が聞こえた。

「うむ。人の事情を知るには鳥より小さき獣の方が向いておる故、仕方なかったであろう? 白虎のが子育てで動けぬ故、ぬしに頼むしかなかったのだ。私もまさか、ぬしが巣を空けておる間に、白虎のが人の子に後れを取るとは思わなんだのだよ。して、やはり南の民か?」

 グルグルと言う唸り声が、途切れなく鏡の向こうから聞こえて来る。

「ふむ、相変わらず身勝手よの。道を開け理の外から人を呼び、どれだけの道理が歪んだ事やら。まぁ、完全なとばっちりだが、亀の翁には丁度良い薬になったようだがの」

 チラリと他の鏡を見れば、雪に囲まれ氷に閉ざされた湖が見えた。

「彼奴は己の眷属に人の住み処を襲わせて、それをやめさせる事を代償に信仰を集めておったからの。人の子に眷属を悉く殺されて力が削がれたようだの。まぁそのせいで細かい奴らの動きが活発になったが、じきに爺が隠居して世代が代われば落ち着くだろうよ、カカッ」

 老齢の巨大亀が冬の眠りに就いている湖の映る鏡から別の鏡に視線を移す。

 視線を移した先の鏡には、湯気の上がる湖を背景に、青緑の鱗を持つ龍が映っている。

「山の龍も来たか。何じゃぬしらまだ一緒におったのか? ふむ、酒の一つで懐柔されたとな? まぁ、仕方ないの。あの赤毛のは、あのままこちらに取り込みたかったのだがの、西のがすでに加護をやっておるようだったしの」


 バチンッ!


 火花が散って別の鏡に、うっすらと雪の粉がかかる森が映し出された。

「おお、西の来たか」

「五月蠅いぞレイヴン。それとグランはすでに私の加護の下にある」

 鏡の向こうに真っ白い鹿が映し出された。ちらりと龍を睨んだように見えるが、龍は素知らぬ顔をしている。

「まぁ良いではないか、一期一会の縁ぞ」

「どうせお前から絡んだであろう?」

「最終的に迷い子も理の中に入れたのだ、よいではないか」

「それで、あと何人いるのだ」

 白い鹿の言葉に黒虎がグルグルと唸った。

「あと二人、南の砂漠の国におるのか。まこと、理の外の者を呼ぶなど何を考えておるのやら。あの人の子は巻き込まれただけに、不運だったよの。まぁ、少し度が過ぎたのは仕置きもしたしの、後はなるようになるだけの事よ。ん? 呪いは亀の爺の掛けたものを、白虎のが手を加えただけじゃろ? 私は最後のきっかけを作っただけに過ぎぬよ。ほぉ? 白虎のは呪いを緩めたとの? では後は爺の呪いか? ならば、いつしか人に戻る日が来るやもしれぬな。ふむ、まぁ、教えてやる義理もないからの」

「それで、あと二人はどうなのだ?」

「南の砂漠の国におるようじゃの。今のところ人の町から出てくる様子はないようだがの」


 白虎は獣の王。子を育てる事に忙しい白虎に代わり、婿の黒虎がその力の一部を使っている。

 獣の王故、大から小まで全ての獣を使役する事ができる。獣はどこにでもおり、王の目となり耳となる。人の気付かぬところから、人の情報を集めて王に届ける。


「大人しくしておるならよい。こちらからどうこうするのも面倒だしの。何かあれば赤いのに頼むかの」

「余計な災いを持ってくるな」

「ふむ、こちらから言わずとも、自ら渦中にすり寄ってくるのが"勇者"であろう」

 鏡の向こうで白い獣が苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。

「それに、ぬしばかり美味い思いをしてズルいではないか。のぉ、友ならちょっとくらい分けてくれてもいいだろう」

「それは私の決める事ではない」

「それも、そうよの。ところで西の、おぬし少し丸くなったのではないか?」

「なっ!?」

「食って飲んでばかりしておると、鹿が牛になるぞよ。ほれ、黒虎のも山の龍も言っておるぞ」




 大陸を東西に分ける大河より東――人間にはシランドルと呼ばれている。その国に住まう人間達の伝承の中で、聖獣もしくは神獣と呼ばれているのが我らだ。


 聖獣だの神獣だのと呼ばれているが、これと言って何かしているわけでもない。ただ、我らの縄張りで静かに暮らしているだけだ。

 時に縄張りを荒らされれば縄張りを守り、施しを受ければ、こちらも施しで返す。人が共存を望めば否定はしない、対立を望むのなら受けて立つ、ただそれだけの事だ。

 我らは自然の理の中に従って生きているだけである。

 ただそれだけの事なのだが、命短き者達は長く生きる我らの事を信仰の対象とし、祀り敬うようになった。こうした流れで信仰の対象となった者は、この国だけではなく、世界の各地に存在する。

 不思議な事に生き物達の信仰が集まれば、我らの力となる。

 中にはその力に溺れ、信仰を集め、力を得たいが為に下らぬ策を巡らせ自滅していった者も多くある。


 命の短い者達より信仰され、主だの守り神だの神獣だの言われる者の中でも、現在この国で特に力を持っているのが、南に住まう私と西の草原に住まう白い虎、東の火山性の湖に住まう青い龍、北の山の中に住まう黒い亀である。

 もっとも、我らの中で一番長寿である亀はつい先日、先に述べたようなしょうもない信仰集めを始め、自滅したようだが。


 我らのように突出した力を持ち神獣と呼ばれた者は、世代交代を繰り返しながらも、この国に以前は六ほどいた。現在残っている我ら以外の残りの二は、西の川を越え、または南の山を越え、他の地へと移っていった。

 西の川を越えて国を出ていったのが、鏡越しに見える白い鹿である。

 主など向かぬと言って己の地から離れたくせに、別の場所で森の主となっている酔狂な鹿である。

 残りの一は、私がいる場所から南へ下り山脈を越えた先の砂漠の国にいる。そう遠くはない距離だが、長いこと音沙汰がない。


 南の砂漠の国は、大昔より人の欲が渦巻き、きな臭い。

 最近また何やら余計なことをやらかしたようで、理の外の人間が迷い込む事になった。その数は三、うち一は途中で道を外れ、亀の爺の縄張りに落ちたようだった。

 その情報収集を白虎の婿殿に任せたら、婿殿の留守中に白虎がその人の子に斬られてしまったようだ。幸い命は取り留めて養生の為に龍の棲む湖に向かう途中、目を離した隙に子を攫われたらしい。

 うむ、子は元気だからの、親の目の届かぬとこに行くこともあるのだろう。いや、すまんかった。いや、この件は私の責ではないな。

 まぁ、赤いのが解決したようでよかったの。結果よしではないか、まぁそう怒るな。


 南の砂漠に行った黄色いのとは、しばらく音沙汰がない。黄色いのは天候を司る龍故、彼奴がおる地が不毛な地のわけがない。何をしておるのが気になるが、まぁ他の地の事は我らは知らぬ。

 南の砂漠は古来より混沌とした地だが、なにゆえそのような地に行ったのか。また南の人の国が何か余計な事をしようものなら、我らも降りかかる火の粉は払わねばならない。


 かの国は理の外より人を招いたようだが、過ぎたる力は身を滅ぼす。

 我らはそれに巻き込まれぬよう、我らの地を守るのみだ。


「のぉ、麒麟の。たまにで良いから赤いのを貸してくれんかの」

「物じゃあるまいし勝手な事を言うな。奴は我々と同じく、平穏に暮らしたいだけの人間だ。妙な事に巻き込んでやるな」

「そうよの、無駄な欲など出さず、己の身の程のうちで平穏に暮らすのがいいのよの」


 生き物とは欲深い者。その欲が己の身の程で収まるうちは良い。欲は知と力をもたらし、世を豊かにする。

 しかし、程が過ぎれば毒になり、身を滅ぼす。

 過ぎたるは及ばざるが如し――遙か昔に出会った人間が言っておった。


 だが、あの異国の飯には、我も少々欲が出てしまうの。


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