第166話◆閑話:混ぜると危険

「ねえ、ドリアン君、ちょっとシランドルまで行ってきてくれない? うちの弟と一緒に」

「はい? それは別に構いませんが、何でこのタイミングで」

 上司の上司のそのまた上司の上司……とにかく、俺の立場からしたら相当上の立場の人物に、突然、個人的に呼び出されたかと思ったらこれである。




 実家が辺境伯と言え妾腹の四男とかいう、自身の身分なんて有って無いような俺が、普通に会話するような相手ではない人物が俺の目の前で胡散臭い笑みを浮かべている。

 目の前にいるのは身分の高い人物なのだが、学生時代の同期で何故か気に入られている。いや、体のいいパシリにされていると言った方が正しい。

 学生時代は家業を優先して、必要分の単位を確保した後は冒険者として活動をしていた為、ほとんど学園には通っていなかった。

 上位貴族の子息や令嬢にとって学園は人脈を作る場所だ。勉学など上位の貴族になればなるほど、専門課程を除けば学園に入る前にほぼ終わっている。

 かと言って貴族なら学園の卒業資格を取らない訳にはいかないので、籍を置いていただけだった。

 なのに、何故かこの人物に目を付けられ、当時から体のいいパシリにされている。


 俺の実家は東の国境を守る辺境伯だ。その為、国の東部及び東の隣国シランドルの情報収集は必須である。

 前辺境伯の四男の俺は、ガキの頃から諜報員として教育され、十二の年で冒険者ギルドに登録した後は、冒険者として各地を回りながら諜報活動をしていた。

 時には工作活動を行うこともあれば、優秀な人材がいれば貴族平民人種問わずスカウトしてくる事もあった。

 そういった活動が俺の仕事だったのだが、この人物の弟が家出をした事がきっかけで、爆弾級の問題児の面倒を見ることになった。

 それがアベルだ。


 家族内の揉め事で三男が家を出て冒険者になる事を、放置して終わりで済ます事の出来ない家系故と、この男の弟への溺愛ぶりもあって、諜報員兼冒険者として活動していた俺が、その問題児の見張りと護衛をする事になった。

 同じ妾腹同士、話を聞いた時は親近感を覚えたが、初対面から秒でそんなものはなくなった。


 あの腹黒が溺愛しているから、どんな可愛らしい坊ちゃんかと思ったよ。確かに顔だけは可愛らしかったが、中身は極悪だった。

 常識がない、いや知識として常識はあるのだろうが、それに沿う気が無い。生い立ち故か警戒心は強く、他人に興味がない、そして非常に自己中心的でわがままである。

 よくそんなので、冒険者になろうとしたなと思ったが、魔法の才能だけはズバ抜けており、それを生かした戦闘のセンスもあった。それがまた問題で、なまじ強いせいで他者に馴染まない、いや馴染もうとしない。己の行動で他人に迷惑がかかろうが全く気にしない。

 まぁ、ある意味冒険者に向いているのだろうが、周りとのトラブルは避けられない。それも力で解決する超問題児だった。

 懐かない猫どころか猛獣の子供のようで、最初の二年は非常に手を焼いて、何度も物理的な衝突があった。


 その猛獣の子供のようなアベルが目に見えて変わったのが、赤毛の平民の子供グランが現れてからだ。

 グランが王都のギルドに現れて、アベルがグランと口論している場面をよく見るようになった。他人に興味がなく、面倒臭くなると他人に沈黙の魔法をかけて、会話すらしない猛獣が他人と話しているのを見て驚いた。

 じきに奴らは共に行動する事が増え始め、ついにあの猛獣にも同世代の友達が出来て人間らしくなったと、親心のようなものを感じた事を覚えている。

 しかし、それは波乱の始まりでしかなかった。


 アベルの魔法の才能もおかしかったが、グランの持つスキルもその使い方もおかしかった。

 アベルもその事に気付いたのか、グランを問題児と見なし、まるで弟でも出来たかのように面倒を見ていた。俺から見ればどっちもどっちではあるが、微笑ましい光景だった。

 あのアベルが成長したもんだと感動し、アベルの兄への定期報告も明るい話が多くなってきた。


 が、それも束の間。気付いた時には二人揃って常識無視のやらかしオンパレード、全く嬉しくない相乗効果。そのせいで日々、後始末と根回しという名の隠蔽工作に追われる事になった。

 ダンジョン内での魔物のトレインなんて日常茶飯事で、トレインどころか、もはや底引き網である。

 トレインとは魔物を大量に引き連れて走り回る行為の事で、強力な魔物から逃げている時に、周囲の他の魔物も次々と反応してしまい、この状況に陥る事が多い。こうなると、周囲の魔物を巻き込んでトレインはどんどん規模を増し、その進路上にいた者が巻き込まれると非常に危険なので、非常時を除きトレインを引き起こすような事をしてはいけない。それは冒険者ギルドの規則にもある。

 なお、トレインの語源は子供向けの絵本に出てくる、箱が長く連なった乗り物だ。

 奴らの場合、魔物をかき集めて纏めて倒す為の行程で、よくこのトレイン行為をしていた。他人を巻き込まないように処理をしていると言っているが、冒険者の活動において絶対はない。何が起こるかわからないのがダンジョンであり、冒険者の活動なのだ。そして相手が魔物である以上、何か起これば命にも関わる。


 トレイン程度ならまだいいのだが、いやよくないな。奴らはダンジョンでの常識をことごとく粉砕していく。

 ん? 強すぎて対処できない魔物を隔離して小部屋に閉じ込めて来たから倒すの手伝えって? ははは、お前らもまだまだ未熟だな!!

 しょうがないな手伝ってやるか……ん? 閉じ込めた? どこに? は? ここって道だったよな? ダンジョン内の壁なんてどうやって変形させたんだ!? アベルの土魔法で岩壁を作って、グランの合成スキルでダンジョンの壁とくっつけただ?

 ふざけんな! そこら一帯の地形が変わっているじゃないか!! 何の為にダンジョンの地図が売られていると思うんだ!!

 ダンジョンだから放っておいても元に戻るって!? こんな大規模な岩壁を作り出してダンジョンとくっつけたら、すぐに元に戻るわけないだろ!! というか、その魔物のところ行くのにこの壁を壊すのか? は? 分解? ダンジョンの壁をぶち抜くんじゃねええええええ!!!

 ところでお前らが勝てない強い魔物って、どこから連れて来たんだ? え? ダンジョンのフロアボス?? そんな物どうやってここまで連れて来た!?

 他の冒険者に迷惑をかけていないだろうな? というか、巻き込んで怪我人を出したら賠償問題とか面倒臭いから、他人を巻き込むような事はやったらダメだ!!

 そもそも故意のトレイン行為は、冒険者ギルドの規則でも禁止されているだろう。報告されたら罰を受けるのはお前らだから、底引き網も禁止だ!! 禁止!!

 は? 目撃者は記憶を消したから大丈夫だあああ? 全然大丈夫じゃなああああああああい!!


 グランは俺が思っている以上の人材だった。レアなスキルと異常なまでの器用さと、子供とは思えない知識と発想、いずれ貴族や商人から目を付けられるだろう。

 グランは何の後ろ盾もない平民だ。金や権力のある者に絡まれると自衛には限界がある。その為にも、付け入る隙となるような行動をさせるわけにはいかない。

 グランはその辺が少し抜けているのか、時々やり過ぎる事がある。

 平民の間ならともかく、貴族が相手になるとそれは命取りになる。あの才能の塊に気付けば、枷を付けようとする者も出てくるはずだ。


 なんて心配をしていたら、グランのレアスキルを隠蔽する為、そのスキルの目撃者に、アベルが片っ端から一方的な契約魔法を掛けていたことが発覚した。

 気付いた時には、王都の冒険者ギルドで、俺のパーティー以外のグランと親しくしていた冒険者達が、軒並みアベルによって何らかの契約魔法を掛けられていた。

 いや、ホント、勘弁してくれ。

 この後、アベルの兄を巻き込んでめちゃくちゃ説教した。ついでに監督不行き届きで俺まで怒られた。

 ちなみにグランが時々友達が少ないとぼやいているが、だいたいの原因はこのアベルの契約魔法事件である。尚、グラン本人はその事を全く知らない。


 そんな問題児二人も、共に冒険者として活動しているうちに成長して、最近では随分と平和になった。

 平和になったと言っても、以前に比べてなだけで、あの二人を野放しにすると何かしらやらかして来るのは、今でも変わらない。大人になった分、隠蔽工作も巧妙になって、発覚した時の極悪さが増した。本人達の手で始末できる程度なら良いかと、見て見ぬふりをしているが気が気ではない。




 で、今回はその問題児二人がシランドルへ行くという。

 アベルの転移魔法で行けない場所のようで、おそらく半月以上はかかりそうだと言うことだ。

 ああ、わかる。あの問題児二人だけで半月も国外に行かせるなど、国際問題を引き起こしてもおかしくない。

 いや、アベルの転移魔法でちょいちょい国境飛び越えて戻って来そうだな。

 アベルの身分的にそれがバレると、それだけで完全に国際問題だ。転移魔法で国境を越えた事により、諜報員疑惑を掛けられ拘束なんかされたら、更に話がややこしくなる。

 奴ら絶対そこまで考えてないよなああああああ!?!?

 どうせ、グランがシランドルで何か欲しい物があるのだろう!? 絶対にピクニック気分だよなああああ!?


「じゃあ、五日に一回は書簡を速達でお願いね? 東の地方に行くみたいだから、最近増えている麻薬の密輸ルートも、それとなく調べて来て欲しいかな。シランドルの東の方で採れる種の薬草が原料なんだよね。ついでに一ヶ月くらいのんびり観光して来ていいよ」

 さりげなく仕事を増やされた気がするが、相手が相手だけに断るという選択肢はない。そして、遠回しに一ヶ月は戻って来るなという一言である。あの二人相手にどうやって時間を稼ぎしろってんだ。

 こうして、俺はアベルとグランに無理矢理同行する事になった。




 道中色々あったが、俺が懸念していた国際問題になりそうな事は起こらず、グランの飯は美味いし、いたって平和だった。

 コットリッチの件はすまなかったと思う。ジュストの件は正直シランドルでの出来事なので、ユーラティアには関係ないからまぁいい。むしろあの二人の子供時代を知っているので、癒やしすら感じる。


 目的地のオーバロ直前で、里帰りしていたはずのリヴィダスが持ち込んできた厄介事、ここでグランが本領を発揮してしまった。

 囮になると張り切っていたので囮役を任せた。

 グランに任せた時点で、ある程度の想定外の状況になるだろう事は予想していた。まぁ、グランの事だ、最終的には上手いことやるはずだ。


 奴隷商の捜査に時間がかかっていたのは、その奴隷商の後ろに領主とは別の貴族が絡んでいたからだ。

 グランが囮になった時点でその事を、まだ俺達は知らなかった。

 すでにグラン達が捕まった後だったが、その奴隷商絡みの貴族は男爵だし、俺自身も男爵の爵位を持っているから、多少手荒な事になっても問題ない。アベルを出すと面倒臭くなるので、俺が交渉の窓口になって、ユーラティアの貴族パーティーのメンバーを拉致するとは何事かと圧力を掛けた。

 領主が子爵だった為、そこまで強く出ることは出来なかったが、居場所がわかると言えばすぐに騎士隊を出してくれた。

 ここまでは良かった。


 到着してみると、屋敷の一部が切り取られているようになくなっていて、騎士隊が唖然としていた。

 グランを知っている者ならこの程度は想定内だ。ただ、この屋敷が貴族の屋敷だと言うのが、少しばかり後始末が面倒臭そうだった。まぁ奴隷商を捕まえたなら、屋敷破壊の後始末が面倒臭くなるのは謝罪してトントンだな。

 この屋敷の惨状の原因が、サンダータイガーの乱入と聞いて仕方ない、というか、無事で良かったと思う。

 サンダータイガー乱入で死者なしは良くやったと言いたいところだが、他国の貴族の屋敷をこの惨状にしてしまっているので、その国の貴族がいる前で労う事はできない。むしろ、この状況の詳しい事情聴取は、こちらでしておくポーズまでしないとならない。

 貴族にとって体裁は重要なのだ。グランには後で肉でも奢ってやるか。


 屋敷内の調査に入ろうとしたら、階段が全部無くなっている。戦闘行為があったのなら仕方ないか。

 倉庫に梯子くらいはあるだろうと思い倉庫に行けば、倉庫の中が妙に広々としていて物が少ない。埃の跡が残っているので、元々何かしらあったのはわかる。グランめ……。

 倉庫内を探る騎士達も困惑している。もちろん梯子は無かった。どうしてそんな物までお持ち帰りした!?


 地下倉庫に麻薬の原料になる薬草があったとグランが言うので、そちらに行けば確かに麻薬の原料の薬草があった。

 麻薬……麻薬……、何か大切な事を忘れている気がするが、それよりこの倉庫の状況だ。

 不自然なくらいその薬草以外の物が少ない。だから、埃の跡は消しておけっつーの!!


 更に、屋敷内の調査をすれば、大きな屋敷のわりに物が少ない。主に金属製品。

 そこ、壁に剣が掛けてあった跡が残っているぞ!! それに、貴族の屋敷に銀製の食器が全く無いのは不自然過ぎるぞ!! 食料庫に香辛料と砂糖のストックが全く無いのもおかしいだろ!?

 何をやっているのだお前は!! やるなとは言わないが、やるなら証拠を残すな!!

 どうすんだ! めちゃくちゃ怪しまれているぞ!!


 賊の屋敷から物を失敬するのは違法ではないが、限度ってもんがあるだろ!! 確かに相手は賊みたいなものだろうが、現時点では表面上は商人だし屋敷自体は貴族の物だ。調査前に現場を荒らすのは調査に来た騎士団の面子にも関わるだろう!!

 それにそんなに大量にくすねていると、高い収納スキルか、大容量のマジックバック持ちなのがバレるぞ!! しかもこれだと、どちらが賊かわからないじゃないか!!

 貴族の屋敷に強盗行為で押し入ったら偶然相手が奴隷商だっただけでは、と疑われたらどうすんだよ!! というか、すでに疑われているぞおおお!!

 そこのとこをすぐにでも詰めたいが、騎士団の前でグランの行為を明らかにして、やっかい事を増やすわけにはいかない。俺は何も気付いてない。何も気付いてない。

 そして、当の本人はヘラヘラと笑っているし、うさぎ耳がピョコピョコ跳ねるのがなんかイラッとくるし、時々語尾にウサァとか付いた妙なしゃべり方はなんだ!? 変なキノコでも食ったのか!? そういえばホホエミノダケを使った痕跡があるが、あれは麻薬ではないが要注意な稀少キノコだからな!?


 しかも、屋敷を砂に変えたスキルに興味を持たれてる。それは褒めてるんじゃない、探られているんだ!!

 ほらみろ! アベルが後ろで剣呑な空気を出し始めたぞ! やめろ! いいか、絶対に変な魔法とか使うなよ!! 他国の貴族に問答無用の契約魔法は国際問題だからな!? 記憶を消す系もやめろ!! どうせバレる!!


 危なくグランに強盗容疑がかかるところだったが、それは奴隷取引だけではなく、麻薬取引まで証拠を押さえる事が出来たのもあって、深い追及は回避された。

 どうやら背後に大規模な麻薬密売組織があり、これからその調査に入るとの事。ん? 麻薬!?


 思い出したら仕事が増えた。


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