第165話◆閑話:フローラちゃんのお留守番
フローラちゃんは植物の妖精である。ご主人さまがフローラちゃんに付けてくれた名前は、フローラちゃんだ。
フローラちゃんはこの世に生まれてから一四年しか生きていない。人間にとっての一四年は長く、すでに大人と変わらぬ知性や身体能力を持っている物も少なくない。
しかしフローラちゃんは妖精である。妖精の時は長い。人間にとっては赤子から大人になるほどの歳月だとしても、妖精のフローラちゃんにとっては、生まれてさほど時が過ぎたという感覚はない。
つまり、フローラちゃんはまだ子供――幼子なのだ。
フローラちゃんは幼子なので難しい事はわからない。難しい事はわからないけれど、女神の血を引く三姉妹が自分の主であることは知っている。そしてその保護者の白い神獣様がすごく強い事も知っている。
その三姉妹と神獣様が出入りしている家の主人が優しいのも知っているし、一緒に住んでいるもう一人の人間が"いけめん"と言うことも知っている。
フローラちゃんは幼子だけど賢いのだ。
フローラちゃんは妖精なので、自分の感情に素直だ。だから好きな物は大好きだし、嫌いな物は大嫌いだ。
フローラちゃんの主の三姉妹や神獣様、フローラちゃんが住んでいる家の主人のグラン、グランと一緒にいるいけめんのアベル様、時々やって来るキルシェちゃん、フローラちゃんよりずっと長生きしているフクロウの妖精の毛玉ちゃん、みんなフローラちゃんと仲良くしてくれるので、フローラちゃんは彼らが大好きだ。
フローラちゃんは花の妖精だ。
大人になれば美しい花をたくさん咲かせて、綺麗な花でみんなの心を癒やす妖精になると、主に教えてもらった。
フローラちゃんは妖精だ。妖精の時間は長い。大人になるのはいつかわからない。いつかわからないけれど、早く大人になって、大好きな人達の心を癒やせるようになりたい。
フローラちゃんの最近のお気に入りは、キルシェちゃんが持ってくる"しょうせつ"と言う本だ。
フローラちゃんは勉強熱心なので、人間の言葉はわかるし文字だって読める。フローラちゃんは偉いのだ。
たくさんの文字と綺麗な絵が描いてあって面白い。書かれている内容は作り話だそうだけれど、フローラちゃんの知らない事ばかりで面白い。
描いてある絵がグランとアベル様に似ているので大好きだ。
フローラちゃんは生まれて間もない頃――人間の住んでいる町の近くに生える名前のない小さな花だった頃、町に住んでいる女の子が、生まれたばかりの妹に絵本を読んであげる練習だと言って、よくフローラちゃんの傍で絵本を声に出して読んでいた。
フローラちゃんはその子の読む絵本をいつも聞いていた。フローラちゃんはその話が大好きだった。
絵本は眠っているお姫様をいけめんの王子様が迎えに来て、真実の愛の口づけでお姫様が目を覚まして二人は末永く幸せに暮らすというお話だった。その絵本に出てくる王子様がアベル様に似ていた気がする。
その時のフローラちゃんは自分では動けなかったけれど、いつかフローラちゃんも素敵な王子様が迎えに来てくれるかもしれないと思って、その話を聞いていた。
やがて女の子は成長して、フローラちゃんのところに絵本を読みに来なくなり、フローラちゃんはいつの間にか自分で動き回れるようになっていた。
あれから何年も経って王子様はまだ現れないけれど、きっといつか王子様が迎えに来てくれると信じている。
今日は主様達も神獣様も朝から森へお出かけしているので、フローラちゃんだけでお留守番だ。
お家の警備と畑のお世話はフローラちゃんの大事なお仕事なのだ。
柵には神獣様とアベル様のつよ~い結界が張ってあるので、悪い奴は入って来られない。でも、悪い奴が家の周りをウロウロしていると、キルシェちゃんが遊びに来た時に困るので、家の周りに悪そうな奴がいたらやっつけないといけない。
フローラちゃんは仕事熱心なのだ。
季節はすっかり冬になったので、畑には冬の野菜が植えてある。
スピッチョ、これはアベル様は嫌いな濃い緑の葉っぱの野菜。グラン曰く、びたみんとてつぶんが多くて健康にいい野菜らしい。びたみんとてつぶんってなんだろう、フローラちゃんの知らない言葉だ。
グランはいろんな事を知っている。遠くの国の言葉だったり、知らない料理の話だったり、ちょっと抜けているところがあるけれど、グランは博識だ。
そのグランが健康にいいと言うのだから本当の事なのだろう。アベル様にはいつまでも元気でいて欲しいので、フローラちゃんががんばってスピッチョをいっぱい増やしておこうと思う。
フローラちゃんはけなげなのだ。
グランの家の畑は広くて、何も植えていない場所がたくさんある。
しかも今は冬なので、植えてある野菜の種類も少ない。春になればたくさん野菜や薬草を植えると、グランが言っていた。
春はまだ先だけど、一足早く春が旬の薬草を植えておいてあげよう。
この時期は葉っぱを落として茎だけになっているが、春になると緑の葉が繁り、白い穂のような花を付けるニュン草という薬草が、育てやすく増やしやすいので、ニュン草を植えておいてあげよう。
ニュン草は森にいっぱい生えている。ニュン草は強いので、摘んで来た茎を地面に刺しておけば簡単に増えていく。
今はニュン草を植える季節ではないが、フローラちゃんは土魔法が得意なので、フローラちゃんの魔法で何とかなるので問題ない。フローラちゃんは凄いのだ。
ニュン草は、スゥっとした爽やかな香りで、薬やお茶に使うとグランが言っていた。よくわからないけど、香油を作るのにたくさん使うと言っていたので、たくさん植えておいたらきっとグランが使うだろう。
フローラちゃんは気が利くので、柵に沿ってニュン草をずらりと植えておいた。きっと春にはニュン草が生け垣みたいになるはずだ。ニュン草は繁殖力も強いので年を追うごとにどんどん増えるはずだ。
グランはいつも言ってる、大は小を兼ねる。よくわからないけれど、グラン曰く、たくさんある事はいい事だという意味らしい。つまりニュン草がいっぱい増える事はいい事なのだ。グラン達が帰って来るまでにニュン草をいっぱい増やしておこう。
フローラちゃんは出来る女なのだ。
せっせとニュン草を植えていると、入り口の方で人間の気配がした。
フローラちゃんの知らない人間の匂いがするので、柵に絡まりながら入り口の方へ向かった。
黒い服を着た人間のおじさん達が、家の前をウロウロしている。これはどろぼうさんって言う人ではないだろうか?
フローラちゃんはお留守番なのだ。知らない人をお家にいれたらいけないし、悪い人をやっつけないといけないのだ。
入り口の方に近づいて来たので、蔓を伸ばして威嚇したら刃物を出してきた。やっぱり悪い人だ。
刃物で切られると痛いので、甘い息を吐いた。
フローラちゃんは花の妖精なので、甘い花の香りがするのだ。その香りで生き物はリラックスして眠くなるのだ。
パタパタと黒いおじさん達が倒れたけれど、一人だけふらふらしながらまだ起きていて、刃物でこちらを切りつけて来た。
フローラちゃんの葉っぱがちょっとだけ切れて、茎にもちょっとだけ傷がついた。痛いなぁもう。
女の子に暴力を振るってはいけないって、グランがよく言っていたのに、このおじさんは酷い。
フローラちゃん、もう怒ったもんね。
蔓をいっぱい出して黒いおじさんの方に向けると、おじさんは後ずさりして何か魔法を使おうとした。
多分、火の魔法だ。フローラちゃんは火が苦手だ。どうしよう、困ったな。
困っていると、おじさんの後ろから白い羽の付いた細い棒が飛んで来て黒いおじさんに刺さって、黒いおじさんが倒れた。
おじさんの後ろから、お馬さんに乗った白いおじさん達がやって来て、黒いおじさん達に縄を掛けて捕まえてしまった。
「やぁ、騒がせてごめんね。悪いおじさん達がエク……アベルの周りをこそこそと嗅ぎ回っていたから、正義の味方のお兄さんがやっつけに来ただけだよ。悪いおじさん達は、正義の味方のお兄さんが連れて帰って、きつーいお仕置きしておくからね。アベル達には内緒にしておいてね」
アベル様にちょっと似ている白いおじさんがそう言った。
確かアベル様のおにいさんだとか言っていた人間だ。
アベル様にちょっと似ているけれど、アベル様のほうが格好いいし、いい匂いするし、爽やかだ。アベル様のおにいさんは、ちょっとおじさんの匂いがするし汗臭い。でも、悪いどろぼうさんをやっつけてくれたので、いい人かもしれない。
「あ、これお土産ね。お留守番のみんなで食べてね。じゃあアベルには俺達のことは内緒にしておいてね」
そういって、白いおじさんは箱に入ったお菓子をくれて、黒いおじさん達を馬に積んで戻っていった。
甘くていい匂いがするので、みんなで食べよう。ありがとう、白いおじさん。
白いおじさんが黒いおじさんを連れて帰った後暫くして、三姉妹が毛玉ちゃんと一緒に帰って来た。少し遅れてキルシェちゃんもやって来た。
「フローラちゃん、こんにちは。家の掃除していたら昔の絵本が出て来たから持ってきたんですよ。ほら、この絵本の王子様、アベルさんにちょっとだけ似てませんか? 昔の実話を元にした絵本でこの国では有名な話なんですよ。うちも子供の頃によくねーちゃんが読んでくれてたんですよね。後で一緒に読みましょうか」
キルシェちゃんの持っている絵本は、フローラちゃんの大好きな絵本だった。
「あら、フローラちゃんその箱は?」
「アベルがくれるチョコレートの箱に似てますねぇ。誰かに貰ったのですかぁ?」
「あらま、知らない人にお菓子を貰った事がラトにばれると怒られてしまいますわ。ばれる前に食べてしましょう」
「あ、じゃあ先にお茶にしますか」
「ホッホッホーッ!」
キルシェちゃんと三姉妹がパタパタとお茶の準備を始めた。
フローラちゃんは、このお家のみんなが大好きだ。
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