第164話◆俺は何もやってない!!

 笛と太鼓の演奏が始まり、民族衣装を着たシアモワ族達が松明を手に、たくさんのお守りで華やかに飾られた針葉樹を囲んだ。

 松明で針葉樹に火が点けられ、ぶわりと炎が下から上へと這うように上っていく。

 おそらく魔法がかかっているのだろう。大きな針葉樹は周囲を巻き込む事なく、あっさりと炎に包まれた。

 冷たい空気の中をヒラヒラと舞う火の粉が金色に見えて幻想的だ。


 舞っている火の粉が金色に見えているのかと思ったが、火の粉に混ざって燃えている木や周囲の人から、金色の靄が立ち上っているように見える。

 なるほど、浄化の効果か。

「へぇ、これはすごいね」

 アベルも気付いたようで、火の粉と一緒に空中に舞っている金色の靄を見上げていた。


 生きていれば誰しも負の感情を持つ。

 それは自身のものだったり、他人から向けられたものだったり様々だが、負の感情は呪いほど強い効果は現れずとも、じわじわと人の心を蝕み更なる負の感情を生み出す。それは穢れとも呼ばれ、蓄積すれば呪いのような症状が出てくる事もある。

 他人に強く批判されたり、理不尽な言葉を投げかけられたりすると、気分が沈み時には後まで引っ張る事があるのは、それが原因だ。

 聖属性の浄化はそう言った、負の蓄積物を浄化する事も出来る。おそらくこの浄化の効果もそうなのだろう。

 呪いは負の感情が魔力により増幅されたものなので、ジュストの呪いにも多少は効果があるはずだ。


 呪いがかかっているジュストの体からも、キラキラと金色の靄が上がっている。これで少し呪いが軽減されるといいな。

「手が……」

 ジュストが呟いて、自分の手をまじまじと見ている。

 ツメが鋭く細長く伸び、手の甲まで毛に覆われていたジュストの手が、手首の辺りまで人間の手に戻っていた。

「ちょっとした浄化効果だと思ってたのに、思ったより強力な浄化効果だね」

「毎年この祭りに来ると、呪いに飲まれずに済むかもしれないな」

 生きていれば知らず知らずに小さな命を奪う事があるだろう。ジュストの呪いは、本人の気付かぬうちに少しずつ進行していると思われる。

 それがこの祭りで少しでも回復するのなら、呪いが進行して獣になる事を防げるかもしれない。もしかすると、完全に人間に戻れなくとも、回数を重ねれば少しずつ人間に近い姿になっていくかもしれない。

「少し希望が見えたな」

 思わずわしゃわしゃとジュストの頭を撫でた。いつかジュストが元の姿に戻れる日が来るといいな。


 直後、ブワリと金色の靄が俺の手から上がって、ジュストの方に吸い込まれるように入っていった。

「うお? 何だ!?」

「え? え?」

 二人で驚いて、パッと離れた。

 ジュストからは相変わらずキラキラ、金色の浄化の靄が粉のように舞っている。

「あー、グランの加護消えてるよ」

「え?」

 アベルに言われてステータスを確認すると、温泉の龍神に貰った気まぐれな加護が消えていた。

 まぁ、どうせ残り時間は今日までっぽかったしなぁ。

「あっ!」

 ジュストが声を上げてローブの袖口を捲った。

 そこから見えたのは、肘の辺りまで人間の皮膚になっているジュストの腕だった。

 どういうこと? 俺の加護がジュストの方に行ったのかな? よくわかんないけどラッキー?

 顔は相変わらず犬のままだが、どうやら両腕は肘まで人間の腕に戻ったようだ。

 ジュストがローブの裾を捲って、足も確認しようとしたのでそれは全力で止めた。後で、お風呂で確認しようね?

「グランが貰った加護が、ジュストの呪いを浄化したのかな? 俺が見た感じ、グランの浄化ってグランにしか効果が無さそうだったのに、グラン何かやった?」

「何もやってないよ!!」

 何がどうしてこうなったのかわからないが、ジュストの呪いが軽減されたのだから結果良しだ。

 疑わしそうな目で俺を見ながらアベルも首を捻っているが、アベルにわからない事が俺にわかる訳がない。

 ジュストの尻尾がせわしなくパタパタと揺れている。

「良かったな」

「はい!」

 完全に人間に戻れた訳ではないが、希望が見えて良かった。

 すっかり日が落ちて暗くなった空を照らす炎と、舞い上がる金色の靄を不思議な気持ちで眺めていた。



「ところでグラン」

 木がほぼ燃え尽きた頃、ドリーが顎をさすりながら不思議な顔をして俺の名を呼んだ。

「何?」

「加護って何だ?」

 あっ! そういえば昨夜ドリーはリヴィダスと酒を飲んでいたから、加護の話は知らないんだった。



 ちなみに、ジュストは肘から先と足首から先、胸からお腹周りにかけてが人間に戻っていたようだ。頭部と首回り、背中と脚と尻尾はまだ呪いが残ったままだった。

 そしてその夜、大急ぎでジュストの装備を作り直した。ブーツとグローブを直すついでに、ローブもバジリスクの鱗を使って毒耐性を強化しておいた。

 付与はジュストと一緒にやった。まだまだ慣れないようだが、これから自分で装備を弄っているうちに、どんどん上手くなっていくだろう。付与に慣れれば、小物を作って小遣い稼ぎ出来るしな。






 そして翌朝、今までのメンバーにリヴィダスを加えてオーバロに向かって出発だ。

「うふふ、ジュストが専業ヒーラーをやってくれるなら、私も攻撃に加われるわね」

 リヴィダスが乗っているのは、ディサルパクスという、二足歩行の肉食の亜竜種だ。

 体型はワンダーラプターに近いのだが、少しずんぐりしていて首の周りの皮膚が大きな襟巻きのようになっている。前世にいたエリマキトカゲを大きくしたような見た目の魔物だ。

 走り方もちょっとアホっぽい顔も大体エリマキトカゲなのだが、肉食の魔物らしく鋭い牙と爪を持っていて、ワンダーラプター程ではないが好戦的な騎乗用の魔物である。


 そして、ニコニコとしているリヴィダスの手には、非常に物騒な武器が握られている。

 三十センチ程の柄には太い鎖が付いており、その鎖の先には前世の記憶にあるコンペートーという砂糖菓子を大きくしたような、トゲトゲの鉄の塊がぶら下がっている。

 モーニングスターという鈍器である。

 リヴィダスのメイン武器はモーニングスターだ。遠心力を利用して攻撃するこの武器は、非力な女性でも恐ろしい火力を叩き出す事ができる。いや、モーニングスターなんていう重量のある武器を扱う事が出来る時点で、非力とは言わないな。

 聖と光属性の魔法が得意なリヴィダスは、ドリーのパーティーではヒーラーとして活躍していたが、その実態はモーニングスターを使いこなす撲殺系ヒーラーで、彼女の火力はおそらく俺より高い。

 遠心力を利用してあの激重鉄球をぶつけられたら、弱い魔物なんて一瞬でミンチ、むしろ生半可な金属の装甲は意味が無い。鉄球がぶつかった時の衝撃だけでも恐ろしい威力があるのだ。

 もちろん鉄球と柄を繋ぐ太い鎖で、相手を締め上げる事もできる。あれで首を絞められたら、窒息する前に首の骨が折れるんじゃないかな!?

 モーニングスターこわっ!

 ちなみに職業は聖戦士らしい。

 いやホント、モーニングスターがすっごくよく似合いますね!

 逆らわんとこ。

 ヒェッ! リヴィダスがこっちを睨んでいる。思っただけで口は出してないはずなんだが!?


 これから先、ジュストのヒーラーとしての立ち回りは、リヴィダスが教え込む事になる。リヴィダスはヒーラー歴長いからね。

 リヴィダスはヒーラーとしての腕は凄くいいし、基本的に優しいけど、時々凄くおっかないんだよね。

 ジュストはこれからも癒やし系ヒーラー枠のままでいてほしい。


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