第161話◆龍のきまぐれ

「ええ? 山の向こうの湖? それは、幻の湖クローロン湖ね。この村の辺りは、火山の外輪山なのは話したわよね」

「ああ、北の方に大きな火山があるんだよな?」

 ホテルに戻って食堂でディナーを待ちながら、俺が行っていた巨大天然温泉の話をしていた。


 やはり俺がいた温泉は、リヴィダスの示した温泉ではなかった。

 リヴィダスの言っていた温泉は、帰り道にアベルとリヴィダスと会った分かれ道を、彼らがいた方向へ進んだ先だったらしい。

 俺が進んだ道は、どうやら獣道だったようだ。だって、雪で道が埋もれてよくわからないから、ちょっと広いところが道だと思ったんだもん。

 そのまま獣道を突き進み、山の向こうまで爆進してしまったらしい。


「あの辺りは、北の火山ボル・フラウムの活動で出来た大規模なカルデラで、山を越えて内側にはいってしまうと、何万年も前から続いている火山活動の影響で、魔力が乱れていて迷いやすいのよ。クローロン湖は、遠くからは見えているのになかなか湖に辿り着く事ができなくて、地元では幻の湖って言われてるわ。アベルの作った怪しいマジックバッグの効果がなかったのも多分そのせいね」

 リヴィダスに怪しいと認定されてしまった、マジックバッグ。実際怪しいし、他に変な機能は付いてないよな!?

「なるほど、グランはそんなところまで行って温泉に入ってたんだ……」

「おう、めっちゃいい湯だったぞ」

 開き直ったら、アベルにため息をつかれた。もう開き直るしかないかなって。

「それで、サンダータイガー親子がいたって? その様子だと何事もなかったようだが」

 何事もなかったが、あったと言えばあったかもしれない。いや、帰りが遅くなったから送ってもらっただけかな?

 パパさんタイガー、思ったより良い虎だった。これ見よがしに目の前でイチャつかれたのは、独り身には辛かったけど。

「ああ、奥さんの養生だったのかな? 他にも動物が湯に浸かってたしな、野生動物の養生場所か何かかな?」

 とりあえず、龍の事は伏せておこう。説明面倒臭い。

「あの湖は昔から気まぐれな龍が住んでいて、極稀に姿を見せるのよね。雪のない季節なら山の頂から湖の全貌を見る事ができて、運が良かったら湖を泳ぐ龍の影が見えるのよ。湖に近づくのが困難な事で神秘性もあるから、湖の守り神として信仰の対象になっているけど龍だから、むやみに近づくと機嫌次第で攻撃されるかもしれないし、グランは無事に帰ってこれて良かったわね」

「へ、へぇ~」

 多分その龍っぽいの見ちゃったし、何事もなく帰って来られたし、もしかしてラッキーだったのかな?

 目を泳がせていると、隣の席のアベルに足を軽く蹴られ小さな声でささやかれた。

「変な加護が付いてるから後で確認しておきなよ」

 給仕さん達が近くでディナーの準備をしているので、俺にしか聞こえない声でこっそりと教えてくれた。

「へ? わ、わかった」

 へ、変な加護って何だ!? 加護だから悪い物じゃないよな? 気になるけど後でゆっくり見よう。

 それより今は飯だ飯!! スレイプニル料理だ!!


「あら、料理が来たみたいよ」

 ドアがノックされて、執事風の給仕さんが料理を運んで来た。昨日のバジリスク料理に引き続き、スレイプニル料理なんて珍しい料理だ。

 スレイプニルというのは八本足の馬だ。馬と言えば馬刺し! 馬刺しあるかな!?

 今世は肉も魚も生食文化はあまりないから馬刺しは流石にないかな。


「こ、これは……肉!!」

 いや、肉なんだけど。生肉……!!

 一品目からいきなり生肉が出て来た。ぱっと見た感じカルパッチョ風だ。

「生肉なんて人間が食べても平気なのか?」

 ユーラティアでは生食文化が全くないので、いきなり出て来た生肉にはドリーも少し引いている。

「氷魔法で冷凍処理した物だから、生でも食べる事ができるのよ。これは野菜と一緒にスレイプニルの肉を、ニンニクと酸っぱいソースで和えたものよ。こっちの粉チーズをかけて食べてね」

 リヴィダスの説明を聞く限り、カルパッチョに近い料理のようだ。

「へぇ~。そういえばグランのところで、ランドタートルの生肉食べたよね。アレは生でも美味しかったし、特にお腹も壊さなかったな」

 アベルはランドタートルで生肉デビューしているし、俺がたまに魚を生で食べるので、少しは生食に耐性が付いたのかもしれない。

 しかしまだ手を付けず悩んでいる。しょうがないなぁ。


「おいしい! すごくおいしい! おいしい!」

 スレイプニルの肉を口に入れようとしたら、バジリスクに続き今回もジュストに先を越された。そして語彙力が残念な事になっているが、それほど美味しいのか。いや、馬肉は前世でも美味しかったからな。美味しいに決まっている。

 パクリとスレイプニルの肉を口の中へと入れた。

 ああ、馬肉だ! そして美味い。馬だけに美味い。ジュストの語彙力が残念な事になるのがわかる。美味い。

「美味い。美味いとしか言葉が出てこない」

「グランは前から生で魚とか食べてたけど、ジュストも生肉平気なのか。よし、俺も食べるぞ!!」

 アベルもスレイプニルの肉を口にする。しっかり野菜は避けて肉だけ摘まんでいるあたりアベルだ。


「んん……生肉なのに獣の匂いとか血の味とかしない。しかも焼いた肉より柔らかくて食べやすい。しかも脂身が蕩けて美味しいな」

 アベルは馬肉が気に入ったようだ。全然生臭さがないから、生魚よりもずっと食べやすいはずだ。

「むぅ、生肉がそんなに美味いのか」

 ドリーは生肉は初めてなのかな。肉を観察しながら口に運んでいる。

 冒険者をやっていたら、活動中に腹を壊すなど命取り過ぎるので、肉はもちろん魚も生では食べない。野営で肉を焼く時はかなり気合い入れて火を通すのが普通で、カチカチになるまで火を通す人もいる。ドリーも確かカチカチ系料理を作るタイプだったな。

「なるほど、確かに生臭さは全くないし美味いな」

 不思議そうな表情をしながら、もぐもぐとスレイプニルの肉を咀嚼している。これでドリーもついに生肉デビューだ。


 カルパッチョを食べ終わると、次は熱した石板が各自の前に置かれ、一口で食べられるくらいの大きさで角切りにされた肉を、給仕さんが石板の上に並べてハーブソルトを振ってくれた。

 熱い石板の上でスレイプニルの肉がジュウジュウと音を立てて焼けて、いい匂いがしてくる。

 火が通ったら、一緒に出て来たタレに漬けて食べる。俺は、肉は焼きすぎない程度が好みだ。

 柔らかいうちに回収して、タレを付けて食べる。間違いなく美味しい。馬肉と言ったら生というイメージがあるが、生で美味いのだから、焼いても美味いに決まっている。

 美味い、そして美味い。

 脂身は少なめの赤身なので、ぱっと見では歯ごたえがありそうに見えるが、そんな事はなかった。一緒に出てきた、少し甘辛いタレも濃厚な味のスレイプニルの肉と非常に相性がいい。米が欲しいぞ米が!!


 角切りにされた肉を食べ終わったら、次は別の部位を置いてこれもまたハーブソルトを振ってくれた。

 今度は脂身の多い肉で、サイズも大きい。

 表面に色がついたら、給仕さんが裏返してくれる。焼けるの見ているだけで、よだれが出そうだ。

 ところで、この石板は魔道具なのかな? こっそり鑑定してみたら、溶岩を加工して作られた魔道具だった。


「この石板の魔道具って、どこで買えるんだ?」

 自宅でも石板で肉を焼いてみたくなって聞いてみた。

「村の魔道具屋で買えるわよ。ボル・フラウムの火山活動で出来た溶岩の板よ。火属性と相性がいいから、板状の物以外にも中身が冷めないカップとか、お湯を沸かせるポットとかも売ってるわよ」

「お湯を沸かせるポットは便利だな。明日は買い物してまわろうかなぁ」

 この溶岩の石を買って帰れば、石焼き芋も出来そうだ。何も付与されていない溶岩だけ買えるなら、自分で色々作ってみるのもいいかもしれないなぁ。


 焼き肉の後は、スレイプニルのソーセージのはいったスープや、フライが出て来た。

 残念ながら生肉は最初だけで馬刺はなかった。

 馬刺はなかったが、氷魔法で処理されて生食ができるスレイプニルの肉を少し売って貰える事になったので、帰ったら馬刺だ馬刺!!

 醤油を手に入れて、絶対馬刺を食べるんだ!!




 スレイプニルまみれの夕食に満足して食堂からリビングに戻った後、こっそりとステータスを覗いてみることにした。

 昨夜に引き続きドリーとリヴィダスは酒を飲み始めたので、食堂に残して来ている。


「ステータス・オープン」

 リビングのソファーに座って、アベルに生温い目で見られながらステータスを確認する。


名前:グラン

性別:男

年齢:18

職業:勇者

Lv:106

HP:961/961

MP:15850/15850

ST:850/850

攻撃:1170

防御:852

魔力:12700

魔力抵抗:2237

機動力:640

器用さ:19100

運:220

【ギフト/スキル】

▼器用貧乏

刀剣97/槍47/体術68/弓56/投擲40/盾68/身体強化89/隠密44/魔術40/変装45

▼クリエイトロード

採取69/耕作38/料理71/薬調合77/鍛冶39/細工66/木工40/裁縫40/美容32/調教46

分解72/合成62/付与63/強化38/美術30/魔道具作成48/飼育35

▼エクスプローラー

検索(MAX)/解体79/探索84/察知93/鑑定37/収納95/取引40/交渉48

▼転生開花

【称号】

オールラウンダー/スライムアルケミスト/無秩序の創/

【効果】

龍のきまぐれ(残り一日)


 おお、レベルが上がってる!! シランドルに来てからは強そうな敵とたくさん戦ったしな!!

 他にも色々上がってるな。刀剣が上がっているのは超嬉しい……ってそうじゃない。

 龍の気まぐれってなんだああああああ!?!?


「グラン、温泉で何やって来たの?」

 何もやってないよおおおおおおおお!!

「えぇと、温泉というか湖から龍っぽいのが生えて来たみたいな? 遠目で湯煙の中だったしよく見えなかったけど、温泉の主かなって思って、温泉入ったお礼にお供え物をして帰って来ただけだぞ?」

「またそういう……」

 そういうってどういうだよ! 勝手に風呂入って怒られたら嫌じゃん!?

「残り一日って見えるから、明日には消えるっぽいな。どういう効果かはわからないけど、アベルから見たら加護に見えるのか?」

 俺の鑑定では"龍のきまぐれ"という効果しか見えない。

「うん。細かい効果まではわからないけど、悪い効果じゃないよ。おそらくちょっとした浄化と回復系かな? その龍に会ってから体の調子良くなったとか、疲れが取れたとかない? ていうかその龍に何かされたりした?」

「ああ、温泉に入ったからかな? 長旅で体ガチガチだったのは随分軽くなったよ。龍は特に何もされてないかなぁ? 龍が現れた時に湯柱が上がって、飛んできた飛沫を被ったくらい?」

 龍は遠目に見ただけなので直接何かされた記憶はない。出現したときに間欠泉の飛沫がかかったくらいだが、温泉に入って以降随分疲れが取れて体が軽いな。帰りはパパタイガーに送ってもらった為、ほとんど体力を使う事なく戻って来たので全く疲労感がない。

「それだよそれ!」

 温泉の効果だと思っていたけれど、これが加護なのかなぁ? あー、そういえばママさんタイガーの傷跡が殆ど消えていたな。流石にあれは温泉だけの効果とは思えないから、言われてみたらあれは加護だったのかもしれない。


「浄化系と体力回復系と言うことは、解毒効果もあるってことだよな?」

 今なら天然バジリスク肉もいけるか!? いや、そんな命をかけたチャレンジはしないけど。

「変な物食べるのはやめなよ? さすがに天然のバジリスクの毒を無効に出来るほど、強い加護じゃないよ」

「お、おう」

 何故バレたし。

 折角もらった加護を何かに使わないと勿体ない気がするのだが、何をやっていいか思いつかないな。

 何かめちゃくちゃ疲れる事したい。


 思いつかなくて、ソファーの上で腹筋を始めてしまった。時間が勿体ないから、腹筋をしながら考えるんだ。

「グラン、何で腹筋なの?」

「なんか折角もらった加護が勿体なくて? 何か疲れる事してないと損した気分じゃん」

「発想がドリーさんみたいですねー」

 なっ!? ジュストの一言で精神的ダメージを受けた気がするぞ!?

 ドリーほどガッチガチな筋トレはしてないし、あんなに暑苦しくないぞ!!


 結局思いつかなくて、眠くなるまで筋トレをしていた。



 

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