第160話◆非リア同盟
リヴィダスの貰った地図を頼りに、山の中にあるという天然温泉にやって来た俺。聞いていたより遠くて、到着に時間はかかってしまったが、湖のように巨大な温泉を発見!!
魔物避けの結界が張ってあると聞いていたのだが、なぜかいる野生動物たちとのんびり湯に浸かっていた俺の目の前に、巨大なサンダータイガー夫婦とその子供二匹がナチュラルに温泉に浸かっている!! あ、旦那さんは黒虎なのね。でっかいし、黒くてかっこいいし、とっても強そうですね。
ていうか、どうする俺! 目の前にA+の魔物二匹……いや、片方がSかもしれない。そして俺は装備を外してパンイチ。どう考えても勝ち目ないし、温泉から少し離れれば雪が積もっているので、パンツ一枚で逃げるのも無理だ。
これって、実は超ピンチなのでは!?
ところで猫って水とか湯とか苦手じゃないの? そこ平気なの?
あ、炭酸泉って切り傷にもいいって言うから、もしかして奥さんの養生の為?
俺の正面、温泉の深いところにでっかい虎が二匹揃って肩から上出して浸かっている。子虎は浅い場所、つまり俺の近くで遊んでいる。
親の虎はまっすぐこちらを見ているが、今のところ殺意は感じない。大丈夫なのか? って、ものすごく居心地悪いんですけど?
え? ちょっと? 目の前で旦那さんが奥さんの湯に浸かっていない部分を、ペロペロと舐め始めたんだけど? あ、奥さんもお返しとばかりに旦那さんの頭を舐めてるけど? なにこれ? もしかして目の前でいちゃつかれてる?
ちょっと旦那さん? 勝ち誇った目でこっちを見るのやめてくれませんかね? え? 優越感? ちくしょう!!
ふと、視線を逸らせばその先で、お猿さん家族が仲良く並んでお互いの毛を繕っている。こっちも幸せ家族かよ。
一方カピバラっぽい奴らも家族で固まって温まっていて、とても幸せそうである。見ているだけでほっこりするなあああああ!!
もしかして俺だけお一人様?
ふと、生温かい視線を感じてそちらを見ると、俺と同じくお一人様の熊さんが、じっとりとこちらを見ていた。
やめろ、その同情に満ちた目というか、仲間を見つけたような目でこちらを見るな。
何か妙に居心地悪いから帰ろうかな。いや、せっかく時間かけてここまで来たんだし、それは悔しいな。
虎達も攻撃してくる気配はないから、多分こちらから手を出さなければ平気なのだろうが、目の前でいちゃこらされるのは俺に効く。
はー、もうやってらんねぇー!!
グラスに残っていたリュネ酒を煽って、小猿に貰ったビワを囓った。ビワの甘さすら、俺には甘酸っぱく感じる。お一人様は悔しいのぉ、悔しいのぉ。
それにしても不思議だな。魔物ではなくてただの獣だとしても、大型の熊は食物連鎖の上位のはずだ。それに対してカピバラのような小型の哺乳類は被捕食者だ。争うことなく、近い位置で湯に浸かっているなど、不思議な光景である。
更に、食物連鎖最上位のサンダータイガーまでいるのに、動物たちは気にすることなく寛いでいる。不思議すぎる。
まぁ、動物も魔物も温泉でのんびりしたい日もあるのだろう。
どのくらい時間が過ぎただろう、育児放棄していちゃこらしている虎夫婦の代わりに、俺が子虎達と遊んでいた。ベビーシッターじゃねーぞ、コラ。
温泉の縁に腰掛けて足だけ湯に浸し、リュネ酒を飲みながらつまみを摘まんでいる。そして、寒くなってきたら湯に浸かるというのを繰り返していた。ここは健康ランドか!?
その俺の横で虎の子が二匹、即席でこさえた猫じゃらしで遊んでいる。
平和だなー。
って、あんま遅くなって日が暮れると、帰り道で目印を見落として迷ったら困るし、このまま延々と酒を飲んで酔っ払ってしまうとまずい。そろそろ、帰るかなぁ。
「じゃあ俺そろそろ戻るから、お前らも達者でな」
「グルルルルル……」
立ち上がって湯から出ようとしたら、旦那さんが低く唸った。そして相変わらず奥さんとイチャついている。
奥さんとイチャつきながら前足でパチャパチャと水面を叩いた。
え? 座れって事? まだ帰るなって事? 何だ? 嫁さんとイチャつく為に俺に子供の面倒見とけってか? 可愛いからいいけどさ。
「もうちょとだけだぞ? あんま遅くなると、飯食いっぱぐれるから」
今日はスレイプニル料理だと聞いているので、食いはぐれるわけにはいかない。
仕方ないので再び子虎達と遊び始めて少しした頃、温泉の表面が急に波立って底から堆積物が巻き上がって、湯が白く濁った。
何があったのかと温泉を見渡せば、湖のように広い温泉の中央から噴水のように湯柱が上がり、湯煙が濃くなっている。間欠泉か何かか!?
湯柱はどんどん大きくなり、しぶきは俺達のいる方まで飛んできた。時々小さな固形物も混ざっているので、子虎達に当たらないように二匹纏めて抱え込んだ。
近くにいた動物達もその様子をざわめきながら見ている。親虎も吹き上がる湯柱をジッと見ていた。
親虎が動かないと言うことは、危険な物ではないのだろう。
湯柱が収まると、その後にゆらゆらと揺れる長細い影が湯煙の中に見えた。
「蛇? いや龍か?」
龍とは竜種の中でも蛇状でなおかつ翼を持たない物の事を言う。
龍の殆どは、竜種の中でも上位の個体が多く、人間より遙かに長寿で、身体能力も知能も人間より遙かに高い。
そのような存在である龍は、住んでいる地域で守り神として崇められる存在となっている事が多い。
「温泉の主か、守り神か?」
「ガウゥ」
俺の独り言を肯定するように黒虎が唸った。
「温泉に入れて貰ったし、なんかお礼のお供え物しておいたほうがいい?」
「ガウガウ」
たぶん肯定だろう。
収納から少し大きめの木の桶を出して、サッカルで買った未開封のウー酒を甁ごと乗せ、一緒に果物や肉を載せて温泉の中央の方へと桶を押した。
桶は何かに引っ張られるように不自然な動きで、湖の中央の方へと引き寄せられ湯煙の中へと消えていった。
暫くすると立ち上っていた湯煙は薄れ、湖の中央に見えていたひょろ長い龍のような影はいつの間にか消えていた。
なんというか、不思議な場面に立ち会ってしまったというか、神秘的な光景だった。
そんな光景を目にした余韻に浸っていたが、ひんやりした空気で我に返った。
「悪ぃ、マジでそろそろ戻らないといけない時間だわ」
これ以上引き留められても、付き合っていると日没までに村に帰れなくなる。
湯から上がり、体を拭いて服を着て装備を付けていると、視界が暗くなった。振り返ると俺のすぐ後ろから、黒虎がこちらを見下ろしている。
黒虎は不意に地面に伏せて、太くて長い尻尾でペチペチと俺の足を叩いた。
「???」
「グルルル」
「え? 乗れって事?」
「ガフゥ」
マジかよ!? 送ってくれるのかな? 送って貰えるのはありがたいが村までは流石にやばい。
「ありがとう、途中まででいいよ」
「フヌッ!」
黒虎の背中に乗せて貰って温泉から離れる直前、母虎が立ち上がりその体が見えた。
先日、賊の屋敷で会った時ははっきりと残っていたコウヘイ君に斬られて付いた傷跡が、すっかり薄くなっている。
え? 温泉パワー? 炭酸泉って切り傷に効くとは聞いた事があったけれど、すげえな!! さすが龍神様の住んでる温泉!!
そういえば、俺も長旅でガチガチだった体がすっかり軽くなったな。この温泉に来るまでの道のりも結構ハードだったけれど、その疲れもすっかりないや。ありがとう! 龍神様!!
こんだけ効果があれば、こんな山奥でも観光で訪れる人もいるわな。
パパさんタイガーの背に乗って来る途中に通った峠を越え、村の近くまで送って貰った。パパさんにお礼と別れを言って、送ってくれたお礼に、恐竜の南の森で拾って来た肉を渡しておいた。
ありがとう、末永くお幸せに!!
道中の木には迷わないように布を結んで来ていたので、それを頼りに村の方へと戻る。
「あ、グランいた!」
俺が来た方とは別の道からアベルとリヴィダスがひょっこりと姿を見せた。アベルが来た方向には俺が目印を付けたのとは別の道があった。
ここって分かれ道だったのか。雪のせいで見落としていたようだ。
「グランどこ行ってたの? 温泉まで行ってもいないし心配したのよ?」
「え? 温泉に行ってたけど? ていうかさ、リヴィダスの地図大雑把すぎだろぉ。徒歩だと一時間どころか二時間くらいかかりそうな距離だったぞ」
「ええ? 温泉ならこのすぐ先だけど? 貴方どこまで行ってたの?」
「え?」
リヴィダスがコテンと首を傾げた。
「ホント、どこまで行ってたのさ? 中々帰ってこないから、マジックバッグの位置確認機能で探してもついさっきまで反応なくて、すごく心配して探しに来たのに」
「ええ? でっかい温泉に浸かってただけだよ?」
相変わらず俺のマジックバッグにはストーカー機能が付いている。そろそろその機能を外して欲しいのだが、迷子防止と言ってずっとそのままだ。失礼な話である。
まぁ、実際迷子になった時に重宝しそうだから、非常時以外使わない約束でそのままにしてある。
って、今回は非常時なのか!? 温泉に入ってただけだけれど!? てかストーカー機能が反応しなかったってどういう事?
「でっかい温泉って、貴方もしかして山の向こうまで行ったの?」
「山の向こう? うん、峠なら越えた気がする」
「はーーーー……、グランを甘くみていたわ。でも、無事でよかったわ」
「ホント、グランはどこまで行ってもグランだよね。ドリーとジュストもグランを探しに行っているから、グラン達を村まで連れて戻ったらドリー達も迎えに行ってくるよ」
何だか状況がよくわからないが、とりあえずリヴィダスの言っていた温泉とは違う温泉に、行ってしまったのは何となく察した。
いや、でもあの地図はやっぱおかしいだろ!?
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