第159話◆そうだ、温泉に行こう

「このクソ寒いのに雪山に行きたいとか、酔狂通り越して狂人だよね?」

「後始末も早々にグローボを離れたからな、方々に書簡を書かねばならん」

「温泉探しですかー? 楽しそうですねー? でも今日はリヴィダスさんと祭りのお手伝いしながら、雪の中での活動の訓練です」

 ひどい、みんな付き合い悪い。

 いいもんいいもん、一人で行くもん。


 バジリスク料理を堪能した翌日、せっかくなので天然の温泉を探しに行こうと言ったら、パーティーメンバー達のこの反応である。

 まぁ、貴族の二人が天然温泉に興味ないのは何となくわかる。ユーラティアは温泉文化ないし、貴族だから誰かと一緒に風呂に入るとかなさそうだし。

 しかし、日本人のジュストにまで振られるとは……十四歳だもんね、温泉でのんびりしたい歳でもないよね。いや、俺も十八歳だからたいしてかわらないけれど。

 というわけで、一人で天然温泉探しに行くことになった。


「グラン一人は心配だけど、寒すぎて雪の中とか行きたくないから、変な事しないで戻って来てね」

「破壊活動はやるにしてもほどほどにしてくれ。雪崩とか絶対起こすなよ?」

「グランさん、雪山では爆弾使ったらダメですよぉ?」

 アベルとドリーが相変わらず失礼だし、ジュストまで酷い。



 というわけで全員に振られたので一人でふらっとタンネの村を出て山の方へ。雪道なのでワンダーラプターは使わず自力での移動だ。

 リヴィダスに簡単な地図を描いて貰ったのだが、マジ簡単過ぎる地図だった。村と山と温泉しか書いてねぇし、道は直線が一本引いてあるだけだ。大丈夫なのか、この地図。

 現在の積雪量は五十センチ程度で、深い場所でもせいぜい一メートル程度だが、普通に歩くには厳しい積雪量だ。

 冒険者として積雪地帯へ行くこともあり、ダンジョンには雪原もあるので、雪の中でも行動できる装備は持っているのでそこは問題ない。

 前世のスキー板を小さくしたような板の形をした魔道具を、ブーツに取り付ければ、雪の中でも歩きやすい。重力操作の効果が付与してある魔道具で、雪の中でもズボッといかない。

 その魔道具を自分で少し改造して魔力を通せば雪の上をホバー状態で滑る事も出来るようにしてある。歩かなくいいので移動が楽になるが、魔力の加減をミスるとピューッと吹っ飛んで行ってしまうし、ホバー状態の時は魔力を常時消費するので、使いこなすには少々コツがいる。

 自分で改造した物だから問題なく使いこなせるし、俺は魔力は無駄に多いので、すいすいと雪の上を滑って進んでいる。


 リヴィダスの話では天然温泉は村から徒歩で一時間程度。観光で訪れる人も多い為、温泉の周囲は魔除けの結界が張ってあり、魔物も寄ってこないので比較的安全だと言っていた。

 徒歩で一時間なら俺の魔導スキー板君なら三十分もかからないと思ったのになぁ……リヴィダスの地図を頼りにかれこれ一時間以上、雪の積もった山の中を進んでいる。

 おかしいな、道間違えたかな? リヴィダスの地図によると村から温泉まで、一本の直線が引いてあるだけなのだが?

 その地図に従って道なりに進んでいるんだけど? と言うかいつの間にか下り坂だな。峠を越えたということか? 雪でよくわからないな? あれ? 地図に峠なんかあったけか? いや、道っぽいものは線が一本引いてあるだけだからわからないな。

 まぁ、迷子にならないように、来た道にはちゃんと目印の布を縛って来ているから大丈夫かー!!


 それにしても下り坂は楽だな。滑るだけなので魔力は減らないし、スピードもどんどん出るし、楽ちー!!

 ていうか、温泉どこ!?

 下り坂でスピード出て気持ちいいし、まっいっかー!!

 って? 道が途切れていないか!?

「うおおおおおおおおおおおおお!!」

 前方で道が途切れているのが見えて、慌てて体を直角に捻ってブレーキをかける。あぶねぇ……。

 途切れた道のギリギリで止まり、その先を見下ろした。


 それほど高くない崖の下には緑色の大きな湖が広がっており、その周囲は雪が解けて岩が見えている。水面からは白い湯気が上がっている。

 温泉だーーー!! でけーーーーー!!

 リヴィダスは少し大きな池くらいの規模と言っていたが、これは池というか湖だ。湯煙のせいもあって対岸は霞んでよく見えない。

 池にしてはかなり大きいけど、まぁ池と言ったら池……なのかなぁ?

 徒歩で一時間というか、俺の魔導スキーちゃんで一時間だったな。

 くっそー、リヴィダスめ大雑把な地図を渡しやがって。俺のスキーで一時間って事は、徒歩だと二時間以上かかる場所じゃねーか。

 村からかなり離れているし、雪の中の移動に慣れていない人がここまで観光で来るのは大変そうだな。まさに秘湯だ。


 道が途切れて崖になっているがそれほど高くはないので、身体強化を発動して飛び降りた。

 温泉に近づくと雪が解けて岩が剥き出しになっているので、スキーを外して近づく。

 近づいて手袋を外し、手を入れて湯の温度を確認する。雪の中を移動していた為に指先が冷えきっており熱く感じるが、火傷をするほどの熱さではない。

 プチプチと泡が出ているので炭酸泉のようだ。炭酸泉って切り傷に効果あるんだっけ?

 そして、観光に訪れる者もいると言う話だったが周囲に人の姿は見えず、貸し切り状態のようだ。

 念のため周囲の気配を確認するが、魔物の気配はするものの、あまり強そうな魔物でもなく、殺気立っている気配も感じない。

 魔除けの結界が張ってあるって言っていたしな。もし何か突っ込んで来たら、収納から武器取り出して対処すればいいか。


 ここまで来る間に体も冷えたし、貸し切り状態の天然温泉を満喫するかー!! ひゃっはーー!!

 今は貸し切りだけれど、後から人が来たらいけないので素っ裸にはならず、ホテルから持ってきた入浴用のハーフパンツを穿いて、着ていた服や装備は収納に突っ込んで温泉の中へ。

 いい感じに座りやすい岩もあるし、お湯の温度もちょうどいい。


 はー、屋外の温泉最高。


 ちらちらと雪が舞っているのもよい。

 そして、温泉と言ったらやっぱアレをやりたいよなぁ。

 収納から小さめの木製の桶を取り出して湯に浮かべる。そのうえにロックグラスを置いて、リュネ酒を注いだ。

 とっくりとおちょこもないし、ササ酒もないのは残念だが、気持ちの問題だ。

 風呂で酒を飲むのは体に悪そうだが、俺はまだ若い。若さの勢いで問題ない。

 はー、至福。


「ウキッ?」

「ん?」

 鳴き声がしたのでそちらを振り返ると、少し離れたところでお猿さんの家族が湯に浸かっていた。

 すっかりだらけていて、周囲の気配を見落としていた。いかんいかん。

 というか、魔除けの結界は張ってあるのに動物は入ってくるのかー。ん? 向こうにはなんだかとぼけた顔した巨大な茶色いハムスターというか、えーと前世の記憶にあるアイツ。そう、カピバラ! カピバラみたいなやつも家族で湯に浸かっている。可愛いな、おい。

 流石天然巨大温泉!!

 って? え? かなり離れているけど、あっちに熊っぽい生き物が温泉に浸かっているけど!? うへ、目が合った!! あ、無視された。

 襲ってこないならまあいいか。

 動物だから魔除けの結界に引っかからないのかな? というか結界の気配がしないんだけど、巧妙に隠してあるのかな?

 でも、こんなに野生動物紛れ込んでくる温泉って、戦闘能力ない人には少し危険なのでは? ま、いいかー、野生動物だって温泉に入りたいよね。


「ウッキッキッキッキーッ!」

 少し離れたところにいた猿の家族のところから小猿がこちらにやって来た。

「ウキ?」

 なんかビワみたいな物を差し出して来たので、お礼にイチジクを渡した。

「ウキッキー!」

「おう、ありがとう」

 鑑定すると普通のビワだった。

 なんだろう、ものすごく平和だな。

 ああ、こういうのだよ。俺が憧れていたほのぼのスローライフ。自宅ではないけれど、こういうのんびりしたのに憧れていたんだよ。

 最近ずっとバタバタしていたから、癒やされるわぁ。やっぱ、のんびり平和が一番いいな!!







 なんて思っていたのに、どうして? 何で? ここ魔物避けの結界が張ってあるんでしょ? あ、高ランクには無意味?

 いやいやいやいや、おかしいでしょ!?



 なんで、俺の目の前でサンダータイガーさん一家が温泉に入ってるんですかーーーーーー!?!?!?



 絶対放電すんなよ! 絶対だぞ!! パンイチ状態なのに、湯の中で放電されたら感電死待ったなし!!!

 どうして、こうなった!?





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る