第158話◆バジは食いたし、命は惜しし
スープが終わると、炭の入った鉢がそれぞれの前に置かれた。その上には金属の網が掛けてある。
給仕のおねーさんが、網の上にスライスされたバジリスクの肉を置いていく。
生のバジリスクの肉はほんのりとピンク色をした白身の肉だ。その肉にハーブソルトがパラパラと振られる。
あーもうこの時点で美味しそう。
両面を軽く炙って、酸味のある黒いタレを付けて食べる。少し歯ごたえがあるが、それがまた良い。
タレは魚を発酵させて作られた調味料らしい。刻んだネギ系の薬味とワサビがはいっている。
「ちょっとグラン何か喋ってよ」
「え? そんな事言われても美味すぎて言葉がでない」
アベルが隣から無茶振りをしてくる。そういうアベルも殆ど無言で食べている。
「わかる、美味しいしか言葉がない」
「バジリスクがこんなに美味いなんて知れると、毒抜きしてない野生のバジリスクを食べようとする者も出て来そうだな」
前世でそんなことわざあったよな。今世風に言い換えると"バジは食いたし、命は惜しし"と言った感じかな?
しかし、それくらい無茶をしそうな奴が出てもおかしくない程に美味い。天然物でも少しだけならいけるのではないかと、やってしまいかねない美味さだ。俺はやらないけど。
バジの肉なんてそのまま食べると、毒に全く耐性がない者なら一口でも致死量だ。
バジ肉の炭火焼きを食べている途中で出て来たのは、橙色のパテ状の物。
「これは?」
出て来た物をアベルが不思議そうに眺めながら聞いた。
ぱっと見、前世にあった明太子を大きくして平べったくしたような形をした物を、一センチくらいの厚さに切った物だ。
「バジリスクの肝臓よ。肝臓だけは養殖でも毒が残るの。それをサルサルラゴラという、マンドレイク系の魔物の根を摺り下ろした物に、三年以上漬けると毒が消えるのよ」
なんだかフグの内臓を食べる日本人のような、食に対する執念を感じる料理だな!?
そしてサルサルラゴラの根を摺り下ろした物――サルサルジャンは俺も興味のある食材だったので、サルサルラゴラはたくさん確保している。家に帰ったら色々漬けてみようと思っていた。
「へー……、うわ、塩辛い! でも美味しいな」
アベルがバジリスクの肝臓のサルサルジャン漬けをヒョイッと口に放り込んだ。
「お、おい、アベル!?」
それを見たドリーが慌て始める。
「鑑定したから大丈夫だって。ちゃんと毒はなかったよ」
アベルに続いて俺も、口に運ぶ。
あー、確かにこれはかなり塩辛い。米が欲しくなる。もしくは酒。
と、思っていたらスススっと酒が出て来た。
「これは、キビ系の穀物の蒸留酒よ」
透明な酒で、ものすごく香りが強い。
一口飲むと芳醇な香りが鼻の奥をくすぐる。口当たりはまろやかだが、非常に酒精が強い。
そしてまろやかな口当たりが、塩辛いバジリスクの肝臓のサルサルジャン漬けによく合う。
あぁ、これひたすら交互にいってダメになるやつだ。
「グランはこういうの好きそうだけど、この後まだ料理があるから飲み過ぎたらだめよ」
「お、おう。流石ドリーのパーティーの気配りお母さん」
「あ"ぁ"?」
ものすごくドスの利いた声が返って来た。
あれ? 心の中で言ったつもりが声に出ていた。やばい、ちょっと酔ってるかも。
「あ、次の料理が来ましたよ」
ジュストの声で全員の注意が料理へと向く。助かった。
「バジリスクの熟成肉のステーキでございます」
給仕のおねーさんが、茶色いソースのかかった分厚い肉の載った皿をススっと置いて、空いた皿や炭焼き用の鉢を手際よく下げていく。
「バジリスクの肉って弾力があるって言ってなかったか?」
「そうよ、だからこれもサルサルジャンに漬けて、半年以上寝かせるのよ」
俺の質問にリヴィダスが答える。ここでもサルサルジャンか。
フォークで押さえて、ナイフを下ろすとスっと肉に食い込んだ。炭火焼きの時は薄くても噛みごたえの有った肉が、今度は柔らかく、力を入れなくても簡単にナイフで切ることが出来た。
口の中に入れると適度の噛みごたえがあるにもかかわらず、体温で溶ける脂のように、すうと消えているのかと錯覚するほどに、自然と喉の奥へと肉が入っていく。
バジリスクの肉はやや癖があるあっさり系の味の肉だと思っていたのに、今度はサルサルジャンのせいなのか、熟成の結果なのか、その癖が凝縮されて濃厚な味になっている。
そしてかかっているソースが、肉の味によく合う。ドミグラスソース系のソースか? 肉と絡んで非常に美味しい。
くっそ、すごく勿体ない! 口の中に入れるとつい飲み込んでしまうのがもったいない! もっと味わいたいのに!!
何だよこれ! 勝手に飲み込むなんて、肉のくせに飲み物かよ!! ちくしょう!!
気付いたらステーキは全て腹の中に収まっていた。
くっそぉ、こんな飲み物のように柔らかいステーキ、これがプロの料理人か!?
あっさりめの味の肉かと思えば、調理方法で濃厚な味にもなる。バジリスク恐るべし。
「ねぇ、ドリー。これユーラティアでも……」
「やめろ。バジリスクの肉なんて警備上の問題が、山ほど出てくるからやめろ。転移魔法でここまで食いに来い。その許可と護衛は俺が全てなんとかする」
アベルとドリーが何か小難しい事を喋っているが、ようするにまた食べに来ようって話だよな?
それにしても、おかわりしたい美味さだった。
「だめよ、まだまだあるからね?」
リヴィダスに心を読まれていた。
「次はリゾットとグラタンよ。リゾットはスレイプニルの乳を使ったミルクリゾットよ」
そういえば、スレイプニルの乳もよく使われているな。乳ということはスレイプニルを飼っているということか? それともどこか別の所から仕入れているのか? どちらにせよ、スレイプニルがどこかで飼育されているということだよな。
「ふふ、グランは相変わらずわかりやすいわね。シランドルの北部では酪農が盛んで、スレイプニルを飼育している地域もあるのよ。もちろん食用のスレイプニルの肉もあるわよ」
また、心を読まれてしまった。
バジリスクにしろ、スレイプニルにしろAランクの魔物のはずなのに、食の為にそんな魔物を飼い慣らすとは、シランドル恐ろしい国!!
そして、リゾットとグラタン。
トロ~~~~~リ。目の前でリゾットの上にチーズをたっぷりかけてもらっている。ビローンと伸びるチーズ美味しそう。
チーズはカリクス産のチーズらしい。リゾットにチーズのトッピングも出来るというので、お願いした。
グラタンの上にもたっぷりチーズを削ってかけてもらった。こちらもカリクス産のチーズだ。
リゾットとグラタンも、美味しいという言葉しか出ないうちに、腹の中に消えて行った。
結構食べたはずなのだが、まだまだ食べられそうな気がしてしまう。
締めは魔タタビのソルベと、魔タタビを漬け込んだ白ワイン。
完熟魔タタビを使ったソルベは非常に甘かった。アベルが好きそうだなぁって思っていたら、持ち帰り用はないのかなんて聞いていた。
「ねぇねぇ、グラン。グランの家の庭に魔タタビ植えようよ」
言うと思った。
「魔タタビなんか植えたら、猫系の魔物が集まってくるだろ!! 結界があって中に入れなくても、家の周囲うろうろされるのは落ち着かないからやだよ。森の中で魔タタビが生えてるのは見た事あるから、旬の時期に採って来るから我慢しろ」
「えー」
不満そうな顔をしてもダメだダメだダメだ。猫系の魔物は肉食ばかりだから危ないだろお。キルシェ達が来た時に襲われたら困る。
しかし、魔タタビは甘くて美味しかったので、実が生る季節には集めに行こう。
アベルの魔タタビ計画を断って、ふとジュストを見ると、なんだかポワポワとして、目もトロンとなって眠そうだ。
え? もしかして犬なのに魔タタビで酔っ払った? いや、ソルベにウー酒が入っていたような味がしたな?
もしかしてそれで酔っ払った!? 日本人は酒にあまり強くないしありうる。
この世界では、酒を飲んでも構わない歳ではあるが、ジュストに酒を飲ませるのはもう少し先かな?
一方、ドリーとリヴィダスは飲み比べを始めてしまったようだ。
リヴィダスはかなりの酒豪である。今日の料理で出て来た酒を思い出すと、リヴィダスが酒に強いのも納得できる。
アレに付き合わされると、二日酔い待ったなしだ。明日は山の中にあると言う、天然の温泉を探しに行きたいし、適当に逃げよう。
それにしても、バジリスク料理美味かった。また食べたい。
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