第157話◆言葉が出てこない
温泉ですっかりほかほかになった後、服を着て食堂へ行くと、執事風の制服を着た従業員さん達が、上品にセッティングされたテーブルの周りにスタンバイしていてびっくりした。
俺、めっちゃラフな私服だけどいいの? すごくお高そうなレストランみたいな空気だけど、ドレスコードとかあったりしない?
こういう時はお貴族様に確認するに限る。チラっとアベルを見ると、いつものローブではなくシャツにスラックスというラフな私服なのに、顔面補正だけでラフな私服でもドレスコードクリアしているように見えるので参考にならない。というか、その私服もお貴族様基準で、俺から見たらめちゃくちゃ高そうな服だ。
アベルを基準にしてはダメだ、ドリーに期待しよう。
ドリーをチラッと見ると、シャツを着崩して腕まくりまでしていて、そのへんのおっさんみたいなので少し安心した。
俺とジュストは平民のよく着てそうな私服だ。平民だからね!
「グラン何キョロキョロしてるの?」
テーブルに着いてお貴族様二人の服と自分の格好を見比べていると、背後からリヴィダスに声をかけられた。
「あ、いや、思ったより本格的というか高級レストランみたいだから、ドレスコードあったのかなぁって」
「あら、そんな事、気にしなくていいのよ。うちの宿はゆっくり休暇を楽しむ場所だから、楽な格好でいいし、マナーもそんなに気にしなくていいわ。楽にしてちょうだい」
そう言われて安心した。
今日の夕食はリヴィダスも一緒だ。
久しぶりに会ったのでゆっくり話もしたいし、バジリスク料理の話も詳しく聞きたい。
準備をしてくれているホテルの従業員さん達は男女問わず執事風の服で、シアモワ族の従業員さんはスラックスから尻尾がピロンって出ていて何だか可愛い。
女性の従業員も執事風の服というのもいいなぁ。ホテルの女性従業員はメイド系の制服の所が多いが、執事風も悪くないというか好きだ。よく考えたらメイド服は可愛いけれどスカートだから、執事服の方がズボンで機能面も良さそうだしなぁ。
いや、メイドさんはメイドさんで巨乳が更に巨乳に見えるのがいいんだよな。しかも猫耳で尻尾。しかし、執事服でも隠し切れてない巨乳も悪くない。
つまりどっちもいい。右から二番目の巨乳のお姉さんに給仕してもらいたい。
「グラン何ニヤニヤしてるの? 気持ち悪い」
隣に座っているアベルに、机の下で軽く足を蹴られた。
え? 顔に出てた!?
そんな話をしているうちに、給仕が小さなグラスを持ってきて、食前酒を注いだ。
独特の香りのする透明な酒だ。その香りから、かなり強い酒な気がする。
「これは、スレイプニルの乳から作った蒸留酒のニルヒよ。香りも味も少し癖があるわ。結構強いから一気に煽らない方がいいわよ」
ニルヒという酒を口にしてみると、リヴィダスの言う通りかなり癖の強い味がした。えぇと、ほんのり野性味のある乳? そして味も匂いもなかなか独特だが、その酒精の強さは半端ない。
いや、酒精自体はよくある強めの蒸留酒程度なのだが、なぜか妙にクラッとくる。これは、この一杯でやめておこう。
俺より酒に強いアベルも眉間に皺が寄っている。アベルは基本的に野性味溢れる香り系は苦手だしな。
そして、一気に煽らない方がいいと言われたのに、一気に煽ったのがドリーだ。それでも平気そうな顔をしているので、ゴリ……じゃないウワバミか!?
ジュストは未成年だからね、スレイプニルのヨーグルトを乳で溶かした飲み物を飲んでいた。
食前酒の後はいよいよバジリスク料理だ。
最初に出て来たのはバジリスクのテリーヌだ。中には小さく刻んだ野菜が入っていてカラフルだ。
俺が知っているバジリスクの肉の色は赤身というか赤紫っぽいのだが、出て来たテリーヌは白っぽい。
俺が知っているバジリスクとこの地方のバジリスクは種類が違うのか?
お行儀悪いと思いつつ、つい触って鑑定してしまった。
【バジリスクのテリーヌ】
レアリティ:S
品質:上
バジリスクの肉で作られたテリーヌ。
材料:バジリスクの肉、ニンジン、タマネギ、バター
白ワイン、コカトリスの卵、スレイプニルの乳他
あ、ニンジン入ってる。
チラッと隣を見ると、同じく鑑定をしたのかアベルが複雑な顔をしている。
これはバジリスクの肉には興味があるが、ニンジンが入っているから迷っている顔だ。
ニンジンほぼ原形を留めていないからいいじゃん!?
そして、バジリスクのテリーヌ。毒表記が見えない。毒がある物は鑑定結果に、効果として毒と見えるはずだ。
それが全く見えないと言うことは、隠蔽されていない限り毒はないという事だ。
「ホントだバジリスクの肉なのに、毒はないみたい」
俺の鑑定はともかく、魔眼の一種であるアベルの鑑定で見抜けない物はほとんどない。その物に付与をする事が難しい食べ物ならなおさらだ。
「うふふ、それがシアモワ族秘伝の技術よ。安心して食べて大丈夫よ」
「毒も大丈夫そうだし、いただこうかな」
「アベル、待て。俺が先に食べる」
アベルがテリーヌに手を付けようとするのをドリーが止めた。
「ちゃんと鑑定したし、大丈夫だったよ」
「いやだが、お前に何かあったら兄貴……」
お貴族様二人が何か揉めているが、鑑定を見る限り安全でもお家の関係で色々あるのだろう。ここは平民の俺が一発……。
「あぁ、すごく美味しいです。お肉ですよねこれ?」
と思ったら、ジュストが先に食べていた。
俺もジュストに続いてテリーヌを口にする。
口の中にふわっとした甘みと、肉の味が広がる。甘みはバターとスレイプニルの乳とタマネギか? 独特の癖がある味がバジリスクの肉の味だろう。そしてそれがまた美味い。
ええと、これは……そう! フグに少し似ている! 前世の記憶にあるフグを濃縮して、肉にしたような味だ。肉なのでフグより少し脂の主張が強い。つまり美味い。
やばい、美味すぎて言葉が出てこない。
「グラン? 大丈夫?」
あまりの美味さに手が止まって無言になっていた俺を、隣の席からアベルが覗き込んだ。
「おい、グラン大丈夫か?」
ドリーまで神妙な顔になってこちらを見ている。
「すまん、美味すぎて時が止まった」
「もー、びっくりさせないでよ。俺も食べるからね」
「お、おう」
アベルとドリーもテリーヌを食べ始める。
その光景をリヴィダスがニコニコと見ている。これは、初めてバジリスク料理を食べる人の反応を楽しんでいるな?
「ん、これは美味しい。肉の味が濃厚なのかな、テリーヌなのにすごく肉っぽくて不思議」
「うむ、これは美味い。どういう原理で毒がなくなっているのか不思議だが、罪人も最後の晩餐でこんな美味いものを食っているのか」
バジリスクの肉を処刑に使うって随分闇が深い話だと思ったが、最後の晩餐がこれだけ美味いのならありなのか!?
「ところでどうやってバジリスクの毒を抜いてるんだい?」
俺もすごく気になっていた事をアベルが聞いた。秘伝とか言っていたから、教えてもらえなさそうだけれど。
「毒を抜いてるのじゃなくて、毒を作らせないのよ」
リヴィダスはあっさりと教えてくれたが、それでもその答えの意味がよくわからないのでダメ元で聞いてみた。
「毒を作らせない?」
「ええ。バジリスクの毒は後天性の物なの。だから、バジリスクが体内で毒を作らない方法で養殖するのよ」
「え? バジリスクの毒って後天性なの!?」
俺も初耳だったがアベルも知らなかったようだ。
「ええ、そうよ。バジリスクは食べた物の成分を、毒に変えてどんどん体内に溜め込んでいくの。だからバジリスクが毒として体に溜め込まない餌を与えて育てると、毒を持たないバジリスクが育つのよ」
随分とあっさり答えを教えてくれた。と言うことは、そのバジリスクが毒を溜め込まない餌を与えれば養殖出来て、バジリスク料理がいつでも食べられると言うことか!?
「その餌はシアモワ族の秘密というか、この土地限定だから他では多分無理じゃないかしら? バジリスクは殆どの物を体内で毒に変換して蓄積しちゃうのよね」
俺の考えを見透かしたように、リヴィダスが言った。
そんなぁー……。しかし、バジリスク料理はタンネの村で食べる事が出来るという事がわかったので、また来ようそうしよう。アベルにお願いして連れてきてもらおう。
「前菜が終わったら、次の料理が来るわよ」
リヴィダスが後ろに立っている給仕さんに目で合図すると、次の料理が運ばれてきた。
「二品目はバジリスクのテールスープよ」
目の前に置かれた皿には、白く濁ったスープにゴロゴロと肉の入ったスープが出て来た。
ネギっぽい薬味の野菜がこんもりとのっていて、カットされたレモンが添えられている。香辛料が多く使われているのか、ややスパイシーな香りがする。
寒い季節なので、香辛料たっぷりのスープは体が温まりそうだ。
「バジリスクの骨から取ったスープに、スレイプニルの乳を加えて、バジリスクの尻尾の肉を煮込んだ料理よ。バジリスクの肉は弾力が強くてそのままじゃ食べにくいの。だけどこのスープはトロトロになるまで煮込んであるわ。薬味もたくさん入っているから、暖まるわよ。好みでそっちの麺を入れて食べてね」
スープと一緒に白くて半透明な麺が皿にのって出て来た。
お行儀悪いと思いつつ気になって仕方ないので、つい鑑定してしまう。
【リュー】
レアリティ:E
品質:上
リュを挽いた粉から作られた麺
長米から作った麺かー、前世にあったフォーみたいな物か。
まずは麺を入れず、そのままスープを頂く。
薬味が多く入っているので、白っぽい見た目に反してかなりスパイシーな感じがする。うーん、これは前世の記憶にある山椒っぽい味の香辛料が混ざっているのがわかる。上にのっているネギみたいな野菜がシャキシャキして美味しい。上にかかっているのは七味っぽい香辛料だ
続いて、添えてあるレモンを搾ってみる。薬味の山椒と七味のとげとげしさがやわらいで、レモンの酸味で爽やかさが加わる。
更に添えられている麺を少しだけ加える。リュの持つ炭水化物系の甘みで、かなりふんわりとした味になる。なるほど、入れすぎると甘みが強くなってしまいそうだから、一気に入れない方がよさそうだな。
そして、肉。
やはり白っぽい肉だ。毒がないバジリスクの肉は赤紫ではなく、白身なのかな?
スプーンを入れるとホロリと崩れた。もうこの時点で美味しそう。やばい。絶対美味い奴。
口に入れると溶けるように消えて行く。こちらはかなりさっぱりした味で、スープが絡んで、口の中で蕩けた肉と混ざり合う。何これ、美味い。
美味いものを食べると無言になる。
全員無言で食べている。それをリヴィダスがニコニコと見ていた。
これで、まだ二品目なんだよなぁ。
最初からこんなに美味しくて、この後どんな美味い料理が出てくるんだ!?
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