第156話◆ゴール前のボーナスステージ
高い針葉樹に囲まれた山間部にあるシアモワ族の村は、村の人口より村を訪れる観光客の方が多く、村には小綺麗な宿屋が多い。
そしてタンネの村より更に北には大きな火山があり、タンネの村のある山はその火山の外輪山にあたる。標高がやや高い場所にある為、グローボより気温は低く雪も多い。
また火山が近い為、タンネの村は温泉が人気の観光地で、宿屋以外にも町の至る所に温泉を利用した施設がある。
そしてこのタンネの村、ちょうどこの時期は村を挙げての祭りの最中だそうだ。
村の中心部の広場には、きらびやかに飾られた大きな針葉樹が飾られていた。背の高いその針葉樹は、先端に行くほど葉の量が減り、遠目から見ると三角形のシルエットをしており、その頂点には金色に輝く魔石が飾ってある。
町で売られているカラフルな飾りを買って、その三角形の針葉樹に飾って、祭りの最終日にその針葉樹ごと燃やすらしい。
飾りと針葉樹を纏めて燃やす事により、今年一年の穢れを払う行事だとか何とか。
この針葉樹を燃やす祭り、実際に穢れを払うというか軽い精神浄化作用があるらしく、精神系の状態異常や軽度の呪いなら解除されるそうだ。
その為、魅了効果によって成立したカップルが居合わせた場合、高確率で破局すると言う。なんというかカップル炎上祭りか!? いいぞもっとやれ。
つまり、ここで破局しないカップルは真実の愛で結ばれた恋人同士だとかなんとか。くそ、末永くお爆発しろ。
この祭りの浄化効果は軽度の呪いなら解けるようだが、ジュストの呪いはかなりきつい呪いだから無理だろうなぁ。
気休めかもしれないが、祭りの最終日までのんびりして、針葉樹大炎上を見るのもいいかもしれないな。
村までは誘拐されたシアモワ族の子も一緒だった。
連れ去られたシアモワ族は二人だったようで、二人とも無事に戻って来られて、本人や家族、関係者からは非常に感謝された。
こうやって無事に家族と再会出来たのを見ると、がんばった甲斐があった。ドリーにはちょっと怒られたけれど結果良し。
建物を派手に壊したのはやり過ぎた感もあって説教は仕方なかったが、そっちで怒られたおかげで屋敷内の物を色々くすねて来たのは有耶無耶になった為、それはドリーとアベルの目のないところでジュストとこっそり山分けだ。
高そうなティーセットとか、美術品とかいっぱいあったよね。ついでに、地下にあったワインも全部貰ってきたし、屋敷に人の出入りが多かったのか食材も結構あって、案外いいお小遣いになりそうだ。
「貴方達のおかげで、連れ去られてた子もみんな帰って来たし、本当にありがとう。祭りもやってるし、温泉もあるし、ゆっくりしていってね。夕飯は、約束通りバジリスクのコース料理を用意するわ」
リヴィダスの実家が経営する、ホテル・シアメーゼに到着し、滞在中宿泊する部屋に案内された。
この世界に慣れていないジュストを一人部屋にするのは不安だったので、俺とジュストは同じ部屋にしようとしたら、アベルが俺を初めての地で野放しにするのは危険だとか失礼な事を言い出し、そしたらドリーが俺とアベルを一緒にしておくと何をやらかすかわからないと、こちらも失礼な事を言い出し、結局家族向けの大部屋に四人で泊まる事になった。
アベルもドリーも失礼だな。俺が一体何をしたと言うのだ。
案内された部屋は家族向けの大部屋で、部屋には温泉の湯が引かれている大きな風呂がついていた。寝室の他に食堂とリビングまである、とてもお高そうな部屋である。
ユーラティアもシランドルも、裕福な家庭や、少し高めの宿には風呂があるが、その給湯方法は水と火の魔石を使った魔道具によるものだ。
湧き出した水や湯を汲み上げる方式は珍しい。魔石で解決する為、わざわざ汲み上げる必要がないからだ。故に浄水や給水のシステムは前世ほど発達していない。
だが、温泉で有名な観光地だけあって、リヴィダスの実家のホテルは、案内された部屋が四階という高さであるにも関わらず、地面から湧き出した温泉の湯を使う事が出来た。
どういう仕組みなのかと思ったら、温泉が湧いている場所から宿の屋上に空間魔法で繋げて、各部屋まで湯を引いているというのだから驚きだ。他の宿もだいたい同じように、風呂には温泉の湯が引かれているそうだ。
そんな高等技術を使っているので、部屋に温泉のある宿は少し高いのだが、手軽な価格で楽しめる大衆浴場もあるらしい。
そして、山奥には天然の温泉もあるそうだ。村から近い場所に湧いている温泉は、観光地にもなっているらしいので、明日行ってみようかなぁ。
リヴィダスの実家は高級宿の部類で、部屋も広くて手入れが行き届いており、更に騎乗に使う動物用の温泉もある。
ワンダーラプターやオストミムス達はそこでゴシゴシと洗って、雪の中を走ってすっかり冷たくなってしまった体を温めている。
なんというか、温泉地すごいな!!
バジリスクのフルコースという夕飯までまだ時間があるので、先に風呂だ! 温泉だ!!
日本の温泉を知っている俺とジュストは、わっくわくしながら風呂の準備をした。そしてサウナもある! すごい!!
温泉とサウナと言えば、前世の記憶にある日本風のものを想像していたのだが、部屋に付いていたのは風呂というかプールだった。
プールには浄化と保温が付与してあるので、いつでも綺麗な温かいお湯に浸かる事ができるようになっている。獣人の経営する宿なので、獣人でも気兼ねなく湯船に浸かる事ができる作りになっている。素晴らしい。
そしてプールサイドにビーチチェアみたいな椅子が並べられていて、温泉用のハーフパンツも用意されていた。
シャワールームは別にあるので体を洗う時はそちらを使うようになっている。もちろんサウナも別にある。
えぇ、この部屋めちゃくちゃ高そう。もしかして、お貴族様とかお金持ち様向け!?
いや、たしかにお貴族様二人いるけれど。一泊いくらするのか考えるのが怖くなってきたぞ!?
なんて事を考えた時が俺にもありました。
「あー……温泉最高」
「でっかいお風呂気持ちいいー……」
湯船に浸かって蕩けていると、そんなことどうでもよくなった。温泉最高。
若干ぬるめの湯温が半身浴にちょうどよく、プールの縁でジュストと並んで蕩けている。
うっすらと緑がかった湯で、プチプチと微量の泡が出ていて匂いも独特だ。若干白く濁っているのは石灰系沈殿物かなぁ。
わりとサラサラした湯で、湯から上がった後にも不快感はない。
「グランもジュストもそんなずっとお湯に浸かってると、のぼせちゃうよ? というかふやけちゃわない? ていうか、その匂いの中にずっと浸かっていられるってすごいね」
プールサイドの椅子の上で寛いでいるアベルが、ずっと湯船に浸かって蕩けている俺とジュストを見て呆れている。
確かに、これはアベルが苦手そうな匂いだな。あまりきつくはないが、湯に入っているとやはり匂いが鼻につく。
アベルは少しだけ湯に浸かった後は、ガウンを羽織って湯船の脇の椅子で寛いでいる。
すぐ横のテーブルにはいつの間にか、高そうなフルーツが山盛りにされた皿が置かれており、それを摘まみながらこれまた高そうなワインを飲んでいる。
え? 何? そこだけすごくお貴族様みたいな空間になってるけど? いや、お貴族様だったわ。
ドリーも湯船にはあまり浸からず、さっさとサウナに入ってそのまま籠もって出てこない。結構長い時間サウナに籠もってるけど大丈夫なのか!?
なんだかんだでここまで結構ハードな道のりだったし、グローボでは賊相手に大立ち回りもしたし、温泉に浸かって旅の疲れを精算しておきたい。
まぁ、あとはオーバロまで行って、米を見つけて帰るだけなんだけど。
旅のゴール直前でボーナスステージを満喫するのも悪くない。
祭りの最終日は明後日。それを見届けてその翌日、タンネの村を出発してオーバロへ向かう予定だ。
米探しの旅が終われば、ドリー達のパーティーも活動を再開するようで、この先は俺達と一緒にリヴィダスも行動する事になった。
ホテル・シアメーゼの常連客にオーバロの商人もいるそうで、もしかすると米の産地を知っているかもと、リヴィダスがその商人を紹介してくれるそうだ。
シアモワ族は猫系の獣人なので、食事は肉や魚が中心の為、村では穀物の栽培は行われていない。観光客向けにリュや小麦を使ったパンや麺は取り扱われているが、それは近隣の町から仕入れている物だそうだ。
オーバロの商会もその繋がりで、穀物を中心に取り扱っている商会らしいので、これは期待できそうだ。
穀物問屋と付き合いがあるなら、酒もあるのではと思ったら、そこはやはり猫。タンネの村の名物に魔タタビ酒なるものがあった。
タンネの村では魔タタビを使った酒が主流だ。ちなみにアベルが先ほどから飲んでいるのも、ワインに魔タタビを漬け込んだワインである。
前世のイメージだと魔タタビの実は苦そうなイメージだが、前世にあったマタタビとは違い、魔タタビの実は熟すと非常に甘くなるらしい。かなり甘いようで、魔タタビを漬け込んだワインをアベルがカパカパと飲んでいる。
あんな飲んで、この後のバジリスク料理大丈夫なのか!?
温泉に半分だけ浸かり蕩けていると、チリンチリンと呼び鈴が鳴った。
夕食の準備が間もなく完了するという合図だ。
俺的にはまだ浸かり足りないところだが、バジリスク料理はとても気になる。
のたのたと湯から出て、風呂の出口へ向かう。
のそのそとドリーがサウナから出て来た。めっちゃテカテカしてるけど、それ風呂入った意味ある!?
まぁ、とりあえずバジリスク料理だ!!
温泉ちゃん! また後で来るからね!!
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