第154話◆母は強し
サンダータイガー。
成体の強さのランクはA+以上。その名の通り、虎に似た姿をした雷属性の魔物である。
強烈な雷攻撃の他に、鋭く大きな牙、強靱な四肢と爪、人間にとって驚異となる武器を複数持ち合わせている。
また高い知能を持ち、自分の家族には非常に愛情が深く、自分や自分の家族を傷つける者には容赦がない。
まずい、非常にまずい。
親のサンダータイガーの傷はおそらくコーヘー君がやったものだ、そして姿は違えど目の前に本人がいる。
魔物は人間を姿形だけで判別しているかというと、おそらくそうとは限らない。匂いや魔力で判別している事の方が多いと思われる。
特に獣系はそうだろう。
バレてるかなぁ……バレてるよねぇ?
えぇと、どうしよう。
とりあえず、話せばわかってくれるかな!?
「えぇと、おひさしぶり?」
俺の事は覚えているかな? 話しかけてみるとママタイガーはジッとこちらを見た。
そして、短く吠えて弱い雷が飛んできた。
「うわっ! ごめんて! あのまま崩れたら子供も瓦礫の下敷きになってただろ? 仕方なかったんだよ、無事だったみたいだし結果良し?」
飛んできた雷をニーズヘッグのグローブで受け止めて言い訳開始。たぶんこちらの意図はわかってくれているのだろう、壁を破壊した時のような殺意の籠もった電撃ではない。きっと挨拶に違いない。随分攻撃的な挨拶だな、おい。
「子供はちゃんと返すよ。そうだ、そのスキル封じの首輪を外してもいいかな?」
親タイガーは警戒を解いていないが、俺に対しては殺気はないようだ。
しかし、外野が少し五月蠅い。
突然の巨大なサンダータイガーの登場と、屋敷の一部崩壊の騒ぎで、まだ動ける護衛達がワラワラと集まって来たのだ。
ママタイガーがそれを警戒して、低く唸り始める。
この屋敷の護衛は、家主の部屋にいた傭兵風の男以外は手練れと言った感じではない。その傭兵男は屋敷の壁を破壊したサンダータイガーの電撃攻撃で、こんがりしたまま砂に埋もれて完全に戦闘不能である。
屋敷の護衛達が己の力量をわきまえずサンダータイガーに手を出して戦闘になると、一瞬で皆殺しにされてしまいそうだ。
そんなことなったら俺はジュスト連れて逃げる。しかし、奴隷と麻薬売買の参考人皆殺しとか、ドリー達が来た時に怒られるのは俺だ。俺は悪くないのに、俺がドリーに怒られる予感しかしない。
幸い集まってきた者達は、巨大なサンダータイガーの成獣に気圧されて近寄ってこない。
俺は素早くジュストの方へ近寄って、サンダータイガーの子供の首に付いている、スキル封じの首輪を分解してジュストから子供を受け取る。
ぐったりはしているようだが、ちゃんと生きている。
「この子を連れてここから離れてくれないか? お前の子を攫った奴は、人間の法の元でキッチリ裁かれるようにする」
ダメ元で親のサンダータイガーの説得を試みる。
直後、空気が震えてサンダータイガーが吠えた。
「ジュスト耳を塞いで、意識をしっかり持て!」
ジュストに指示を出して、抱いている子供のサンダータイガーの耳を腕で隠した。咆吼がビリビリと空気を震えさせ、周囲にいた人間がバタバタと倒れた。
A+級の魔物の威圧だ。並の人間がその覇気に耐えられるわけがない。
間近でその威圧を浴びた俺も、体中に鳥肌が立つような感覚だったが、何とか持ちこたえた。ジュストも少しフラフラしているが、なんとか持ちこたえたようだ。
「おいい……子供の目の前でそんな威圧使うなよぉ」
ぐったりしていた子タイガーも、母親の放った威圧に巻き込まれて、俺の腕の中で目を見開いてプルプルしている。お母ちゃんおっかないな。
「とりあえず子供は返すよ。ここまでこの子を追ってきたんだろ、すまなかったな」
子供を返そうとするも、親虎は俺を無視して砂に埋もれて、意識を飛ばしている傭兵男の方へと近づいた。
「お、おい!!」
止めに入る間もなく、砂に埋もれている男を前足で踏みつけた。
ボキッという鈍い音がして、男の骨が砕けたのがわかった。砂から出ている男の右腕が潰されて、あらぬ方向へと曲がっている。
親虎の殺気の立ち方からして、あの男が子虎誘拐の実行犯なのかもしれない。
傭兵男の腕を潰した親虎が、主犯のおっさん二人の方に向きを変えてのしのしと歩いて行くのを見て色々諦めた。
「あのぉ、そいつら今回の誘拐やら麻薬取り引きやらの重要参考人なので殺さないで貰えるとありがたいんだけど……。たぶん、あそこに転がっているおっさん二人が主犯だけど、できれば死なない程度でお願いできないかな? 喋れる程度にとどめて貰えると嬉しいかな?」
おっさん達はジュストのスリープが非常によく効いているのか、それとも落下の衝撃で意識を飛ばしているのか、親虎の咆吼に当てられたのか、生きてはいるが砂に埋もれたままピクリともしない。
おっさん達が親虎の前足で砂ごとすくい上げられて、ポーンと投げ飛ばされるのが見えた。親虎によって砂から掘り出されたというか、投げ出されたおっさん達はぼろ雑巾のように地面に落ちて転がった。おっさん達を前足で弄ぶママさんタイガーは、そりゃあもう獲物で遊ぶ猫の如し。
全く鍛えていない人間なら、いろんな骨折れてそうだな……無理、俺には止められない。だって怒れるお母ちゃん怖いもん。
おっさん達を吹き飛ばして満足したのか、親虎がのしのしとこちらに戻って来てジュストの前に立った。
まずい。
「ちょっと待ってくれ!」
あわてて、母タイガーとジュストの間に割って入ろうとした。
やべぇ! とりあえず母タイガーの気を逸らして、怒り収めなければ!!
肉か!? 酒か!!? 魔タタビか!?
「グランさん、止めないでください。これは僕のけじめですから!」
頭をフル回転させて、どうにか母タイガーを懐柔する事を考えながら、一人と一匹の間に割り込もうとした俺を、ジュスト本人が拒んだ。
ジュストも目の前のサンダータイガーが、以前自分が傷つけた個体だと気付いていた。
殺気をむき出しのサンダータイガーを前に、ジュストは怯む事なく背すじを伸ばして立っていた。
サンダータイガーがジュストの前で口を大きく開き牙を剥きだしにする。
しかしそれでもジュストは、怯む事なくまっすぐとサンダータイガーを見つめる。
「僕が貴方を斬りました。この世界の事を何も知らずに、知ろうとせずに。ちゃんと、覚えてます。町から離れた草原でシカを狩っていたところを、僕が一方的に斬りました。グランさんに教えて貰ったから、今ならわかります、それは必要なかった事だと。貴方達の生活を乱してごめんなさい」
コウヘイ君のやった事は、一言で間違っているとは言えない。
攻撃性の高い魔物を見れば、人間が駆除に動くのは当たり前である。また、素材の為に魔物を狩るのも当たり前だ。魔物もまたそれに抗い、そして人間を食料とする魔物もいる。魔物と人間の間で殺し合いが起こるのは決して間違った事ではなく、謝る必要はないことなのだ。人と魔物の関係もまた弱肉強食であり、自然の理の中なのだ。
ただ、やり過ぎてしまった。そして彼はすでにその代償を身に受けている。
そしてその弱肉強食の中にあっても、人間と同様に感情を持つ魔物も多くいる。
弱肉強食とそれぞれの感情が複雑に絡み合って、人間も魔物もそれ以外の種族もこの世界に生きている。
それをすべてひっくるめて、自然の理なのだ。
サンダータイガーがジュストの目の前で吠え、ジュストの毛とローブがブワリと揺れた。
親虎はクルリと俺の方へ向きを変え、俺が抱いていた子虎の首を咥えてひょいと持ち上げた。
そしてそのまま俺達に背を向けて、この場から立ち去る様子を見せた。
……がその前に、地面に溜まっている砂を後ろ足で思いっきり蹴ってジュストにかけた。
「うわっ!」
ジュストが砂まみれになりながら悲鳴を上げた。
随分生温い仕返しで済ませてくれるようだ。
俺がセコイ方法で横槍を入れる必要もなく、ジュストは己の力だけでサンダータイガーの怒りを鎮めた。というか、物で誤魔化そうとした俺より、正面からぶつかっていったジュストの方が勇者っぽくないか!?
「ありがとう、達者でな。そういえば、もう一匹子供いなかったか? 連れて来てるのか?」
気になった事を口にしてみると、親虎はこちらをチラリと振り返り、帰ろうとしていた方向へと視線を戻した。
今日は新月。
星の明かりしかない真っ暗な夜。親虎の視線の先は夜の闇である。
その真っ黒な闇の中、更に黒い何かが揺らめいた気がする。
「あ、旦那さんもいたのね……。そう、お子さんは旦那さんと一緒なんだ。うん、お幸せに」
闇の中に、気付いてはいけない気配を感じた気がする。
うん、子供がいるって事は旦那さんもいるよね?
俺やコウヘイ君が会った時は、旦那さんはどっか出張中だったのかな?
ねぇ、旦那さん怒ってない? 大丈夫?
もしかして俺がポーションを使わなくても大丈夫だったりした? いらないお世話だった?
というか、すごく強そうな旦那さんだけど、もしかして誘拐犯一味皆殺しにするつもりだったとか?
まぁいっか! とても強そうで素敵な旦那さんだね!!
サンダータイガーが暗闇に消えて行って暫くした後、まるで地鳴りのような咆吼が聞こえて来た。
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