第150話◆ロードアンドメイクレディ
サンダータイガーなんて子供のうちは可愛いが、大きくなるとかなり高い調教スキルの持ち主でも、手懐けるのは難しい魔物だ。
知能も高く非常に強い力を持っている。大人になればA+のランクの魔物だ。そんな魔物、普通の人間が扱える訳がない。
小さいうちはいいが、大きくなったらどうするつもりだ。
いや、そんなことよりサンダータイガーは、子が独り立ちするまでは母子の絆が非常に深い魔物だ。
そんな魔物の子を攫って来たのなら、もしかしなくても親が取り返しにくる可能性が高い。
下手したらこの屋敷にいる者皆殺しにされる。攫ってきた奴やそれを命令した奴だけならいいが、同じく攫われて来て閉じ込められている獣人達まで巻き込まれる可能性もある。
それにこんな町の近くで人間を大量虐殺すれば、親のサンダータイガーが討伐対象にされてしまう。
そして、もしサンダータイガーの子が取り引き相手の手に渡り町に連れて行かれると、親が町まで取り返しに行くかもしれないし、どこかに輸送するなら移動中の馬車が襲われる可能性もある。
サンダータイガーくらい上位の魔物だと、町に張られている魔物除けの結界は期待できない。そうなると、町での戦闘になり関係ない人が巻き込まれる危険もある上に、間違いなくサンダータイガーは害獣として討伐される。
人間の身勝手で子供を攫われた親に、それは不幸な話すぎる。
うん、子供を取り戻して親が近くにいるなら返そう。もし親がいなさそうなら……ラトかレイヴンに相談しようかな。
地下なので屋敷の外の気配までは拾いきれない為、親が近くまで来ているかどうかはここからではわからない。
『いいか、もしサンダータイガーの親が突っ込んで来るような事があれば、防御に徹するんだ。雷を使うから水系の防御魔法は危険だ。使うなら土系だ』
『わかりました』
『このマントを羽織っておくんだ』
ジュストの装備は水属性に強いワニ革なので、雷属性にはあまり強くない。もしもの時の為に、ニーズヘッグの鱗で強化してあるマントをジュストに渡した。
シランドルに来てからニーズヘッグ装備が大活躍だな。あまり嬉しくない場面でばかりだけど。
さて、のんびりしている時間はないかもしれないな。
派手にやっても構わないと許可は出ているし、少し強引にやっちまうか。
『うーん、残りの見張りや護衛はほぼ二階だなぁ。人数はそこまで多くないが武装しているから厄介だな』
ただの破落戸なら問題ないが、訓練された者となると少しめんどくさい。全員ではないと思うが、町の外の屋敷となると訓練された傭兵が混ざっていてもおかしくない。拾った気配の中には腕の立ちそうな者も数名いる。
地下から一階に戻り物陰から周囲の様子を窺いながら二階へ続く階段の方へと向かう。使用人の数は多くないようで姿は殆ど見えない。
時々見かける使用人と見張りはジュストのスリープと、俺の電撃グローブで気付かれる前に無力化して縄で縛って、適当な部屋に放り込んでいる。
二階へ上がる階段はもうすぐそこなのだが、二階で先ほどの女性の使用人が言っていた来客を接待しているのか、二階には人の気配が多い。
その中には腕の立ちそうな者の気配もある。
ぶっちゃけ、コソコソするのも飽きてきた。どっかでニトロラゴラ爆発させたら、そこに気を取られて二階が手薄にならないかな。
しかし、屋内で爆発物は危ないな。外で爆発させれば、安全だし注意も外に逸れるよな。よし、外に投げよう。
バーミリオンファンガスもあるけれど、これはさすがに火事になるとやばいからやめておこう。しかしこの、ラトに貰ったバーミリオンファンガスは、使い道にすごく困るな。
よーし、窓からニトロラゴラ投げちゃうぞー。
『ジュストこれはニトロラゴラという、マンドレイク系の魔物の根っこだ』
収納から取り出した、赤い根菜のような物――ニトロラゴラを二本取り出してジュストに見せた。ぱっと見、細長いニンジンにも見えるが、間違えると大変な事になる。
『すごく物騒な名前ですね』
『うむ、その名の通りちょっとした衝撃で、爆発するマンドレイクの亜種だ。取り扱いには気をつけるように』
呪いがある以上、ジュストがニトロラゴラの地雷原に近づくと呪いが進行する危険がある。後でしっかりニトロラゴラの危険性を教えておこう。
『そんな危ない物どうするつもりですか?』
『こうすんだよ』
近くの窓を開けて、手に持っていたニトロラゴラを外に放り投げた。
『え? ちょ、グランさんそれ大丈夫なんですか!?』
『大丈夫だ、これは作戦だから問題ない』
放り投げた二本のニトロラゴラは庭で爆発して、大きな爆発音が響いた。
爆風でビリビリと窓ガラスが震え、屋敷の内外から悲鳴が聞こえてきた。
『一旦隠れるぞ』
ニトロラゴラを投げる為に開けた窓を閉めて、近くの部屋の中にジュストと共に身を隠した。
階段をバタバタと下りる足音が複数聞こえ、部屋の前の廊下を人が通り過ぎて行くのを、ジュストと二人で部屋の中でやりすごした。
『ジュストはここで待っていてもいいぞ』
『え?』
『ここから先はおそらく人と戦う事になる。今までみたいに一方的に無力化するだけでは済まない。そうなると、残酷な事が起こるかもしれない。日本で暮らしていたジュストにはキツイ事も起こる。無理ならここで待っておけ』
ジュストはコウヘイ君の頃にたくさんの魔物を殺したが、人は殺した事はないと言っていた。上の階では家主の護衛との戦闘は回避できないだろう。
俺も対人は苦手というか、会話が出来る相手との命のやり取りは苦手である。しかし身を守る為にはそうも言っていられない時もある。
ぶっちゃけ、上の階にいるサンダータイガーの子を見捨てて脱出しても問題ない。麻薬の材料があれだけたくさん保管されていて、獣人が捕まっているので、証拠は十分すぎる。わざわざ俺達が無意味に引っかき回す必要はない。
サンダータイガーの子供だって明日の朝、アベルとドリーが来た時点で保護されるだろう。その後、親の元に返すことが出来るかまではわからない。
もしかするとあのサンダータイガーの子供は不幸な結果になるかもしれないが、わざわざ、危険な事に首を突っ込む必要はないのだ。
しかし、俺的にはできればあの子供は親の元に返してやりたい。俺のわがままである。
『行きます。連れて行ってください。アベルさんとドリーさんに聞きました。冒険者である以上、いつか人と戦う事もあると。僕は、直接戦う事は出来ないかもしれませんが、だからといって何も見ない訳にはいかないですから。僕はこの世界で冒険者になる事を選びました。だから、僕はちゃんとこの世界で生きていけるようになりたい』
『わかった。だが、人間との戦いは魔物との戦いより危険だ。魔物に比べ動きは複雑だし、そして何より卑怯な手段を使う。ジュストは、自分の身を守る事を最優先しろ』
『はい!』
ものすごくジュストの頭をワシャワシャと撫でたい衝動に駆られたが、十四歳と言ったらもう半分は大人だ。頭なんて撫でるとうざがられそうだから我慢した。
『じゃあ行くぞ』
左手にガントレットと一体型のクロスボウを装着して、上部のストッカーに麻痺毒を塗ってある矢を入れ、装填用のレバーを引くとガチャリと音がする。
廊下の外にはもう人の気配はなく、二階の人数が減って、屋敷の外をうろうろしている気配が多い。
『はい! 魔物の子供、お母さんに返してあげられるといいですね』
ジュストはこの先、両親と再会できる可能性はほぼないだろう。親と無理矢理離されてしまった魔物の子に思うところがあるのかもしれない。
ぽんぽんとジュストの頭の上に手を載せた。
『サンダータイガーの子供は、ちゃんと親に返してやろうな』
その為には獣人や魔物の子供を売買する奴らを張り倒さないとなあ!!
結構大きな音を出したので、スリープで寝ている奴らの中に目を覚ました奴もいるかもなぁ。縄で拘束はしてあるが、抜け出して来たら面倒臭くなるから、急ぐか。
ジュストと共に階段を駆け上がり、階段を分解スキルで崩して簡単に上れなくしておいた。これで多少時間稼ぎは出来るだろうし、戦闘能力のない使用人は上って来る事はないだろう。
上にいる使用人? その気になったら飛び降りればいいんじゃないかな?
二階には家主と来客らしき気配と使用人は数名、そして見張りと護衛らしき気配が少数。サンダータイガーの子供は家主らしき人物のいる部屋のようだな。そして、その近くに手練れの護衛らしき気配を感じる。めんどくせぇなぁ。
周囲の気配に気を配りつつ、二階へ上がってまずやったことは、すぐ近くにあった三階へ上がる階段の分解。これで上から人が下りてくるには時間がかかるし、逃げる事も出来なくなる。
屋敷は三階建てで屋内の大きな階段はここだけのようだ。隅っこの方に使用人用の階段だろうか、小さな階段があるようなのでそちらに行く廊下も分解をして、穴を開けておいた。
もう一つ階段があるが、これは家主がいる部屋の近くだな。逃げるとしたらこの階段か、この階段どうにか潰しておきたいな。
っと、ここで下が騒がしくなった。こそこそしていたが、ついに気付かれたようだ。
まぁ、階段が無くなっていたら気付くわな。
廊下の正面に見回りの破落戸の姿を確認して、俺は左手のクロスボウから麻痺毒の塗ってある矢を放った。
コソコソする時間は終わりだ。ここからは遠慮なくいかせて貰うよ。
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