第149話◆合法ボーナスステージ
うーん、魔物の子供がいるのは屋敷の二階、俺達の場所からはかなり離れた位置だな。
二階にはやたら護衛っぽい気配が集中しているな。家主がいるのが二階ってことかなぁ。もしくは取り引き相手がすでに屋敷にいると言ったところか。
一階は殆ど強そうな気配はないな、一階には使用人が集中しているようだ。で、俺達がいる地下は見張りが三人、階段付近にいる。
後は屋敷の外。見回りしているのが数名。それほど数はいなさそうだ。
地下と一階は各個撃破楽そうだな。外は一旦放置かなぁ。
地下なので正確な時間はわからないが、俺達がこの屋敷に着いたのは夕方頃。あれから時間も経っているのでもう夜になっているはずだ。
ドリー達が乗り込んで来るのは早くても深夜だろう。遅くて明日の朝だ。
俺達が拉致されたのを確認して、ドリー達が町の治安部に行っているはずだ。
そして、ドリーが身分を明かして圧をかけつつ、奴隷商の摘発に協力する方向に話を持っていくという計画だ。
もしかしたら、かなり大規模な摘発になるかもしれないので、到着に時間がかかるかもしれないとは聞いている。
まぁ、この屋敷の大きさと警備の多さからして、結構金持ち――規模の大きい奴隷商っぽいしな。
治安部がすぐに動かない場合は、アベルが面倒くさがって蹂躙しに来る可能性もある。それは被害が半端ない事になりそうなので、もしもに備えて家主さんがスムーズに投降してくれるように、根回ししておいたほうがいいかもしれない。備えあれば憂いなし。
目標はドリー達が来るまで、獣人をここから運び出させない事と、奴隷契約を行うようなら阻止すること。できれば、ドリー達が来た時スムーズに奴隷商達を捕らえることが出来るように、お膳立てしておくこと。
ついでに、上の階でも適当に迷惑料を貰うのもいいなぁ。ボーナスステージかな!?
問題は、魔物の子供だなぁ。おとなしい系の魔物ならいいけど、感じからして肉食獣っぽいんだよなぁ。出来れば親に返したいけれど、難しいかもしれないな。
そんな事を考えながらジュストと一緒に部屋の中を物色しまくって、換金が楽そうな物はほぼ回収した。これは正当な迷惑料だ、けっして泥棒ではない。迷惑料おいしいです。
さて、そろそろ部屋から出るかと思っていたら、コツコツとこちらに近づいてくる足音がした。
見回りかな? それともジュストと話してた声が聞こえて様子でも見に来たのかな?
『ジュスト、隠密スキルは使えるようになったか?』
声が漏れて会話が聞かれてもいいように日本語で話しかけた。
『スキルはまだ低いですけど使えます』
ジュストも察して日本語で返してくる。俺達しかわからない言葉が使えるのは非常に便利である。
『じゃあ、入り口の横の壁に張り付いて気配消して、スリープの魔法をいつでも発動出来るようにしておくんだ』
『はい』
ジュストを扉の横に待機させ、俺は扉を開ければすぐ目に入る位置で仁王立ちして、見張りが部屋の前まで来るのを待った。
足音が俺達の部屋の前に来るのを待って、近くに立て掛けてあった梯子を倒して大きな音を立てた。
足音が部屋の前で止まり、チャリチャリと金属が触れる高い音が聞こえた。
入り口の扉の横で、気配を消して待機しているジュストに目配せをすると、ジュストが頷いた。俺の意図を理解してくれているようだ。
カチャカチャと鍵を開ける音がして扉が開き、人相の悪い男の姿が部屋に入ってきた。
男はすぐに、入り口の正面に仁王立ちしている俺に気付いて驚いた顔をしたが、言葉を発しようと口を開いた直後に床に崩れ落ちて、グーグーといびきをかき始めた。
『グッジョブ』
ジュストに向かって親指を立てると、ジュストも尻尾をパタパタさせながら親指を立てて応えてくれた。
寝ている男を部屋の中に引きずり込み、扉を閉めた。
部屋に転がっていた縄で男を縛り上げ、持っていた鍵の束を奪い取った。ついでに武器も没収しておこう。
縛っておいたが、目が覚めたら何かしらのスキルで縄を抜けて、部屋から出てくるかもしれないな。動きづらいように、ズボンのウエスト部分を分解しておくか。よし、これで立ち上がるとズボンがずり落ちるな。さすがに俺も鬼ではないので、下着の紐まで分解するのはやめておいた。
ちなみに、この世界の平民男性の下着はフンドシ系とか紐パン系が多い。俺は前世の知識でトランクスだよ。
まずは、見張りを一人無力化した。
地下には後二人、階段付近にいる見張りだ。二人なら苦労せず無力化できるだろう。
ただし、上の階には自由に動いている人の気配が多い。おそらく見張りや使用人だろう。見張りはともかく、使用人は事情を知らず雇われているだけの者もいそうだな。まぁ、どちらにせよこちらの身に危険がないようなら、無駄な戦闘はしないで無力化していこう。
『ジュスト、防音系の魔法は使えるか?』
『はい。夜にポテチ食べた日の翌日に、アベルさんに教えてもらいました』
おぉう。きっかけは気になるが、ジュストは着々と使える補助系の魔法の数を増やしているようだ。
『部屋を出て、通路を進んで曲がり角を曲がった先が上に上がる階段のようだ。そこに見張りが二人ほどいる。その見張りは俺がやるから、曲がりの辺りで消音の魔法をかけてくれ』
『わかりました。まだアベルさんみたいな広範囲には使えませんが、一応合格は貰っているのでやってみます』
ジュストは少ししょんぼりしたのか、耳が下向きになった。
アベルを基準にしてはいけない。というかアベルが合格と言うのなら、それはもう平均より上なんじゃないのかな!?
『それじゃあ、隠密スキルで気配を消して曲がり角まで行くぞ。獣人達を助けるのは、安全を確保してからだ。最悪、屋敷全部分解しても、地下なら安全だからな』
何か危険な事になりそうなら、どうにもならなかったら屋敷分解作戦だ。少々派手にやってもいいと言われているし、屋敷を分解するくらいならセーフだろう。大きい屋敷のようなので全部は面倒臭いから、やっぱ半分くらいにしておこうかな。
いびきをかいて眠っている男を部屋に残し、扉には鍵を掛けて、気配を消して階段の方へと向かう。
途中の部屋の前を通り過ぎながら、捕まっている獣人の気配を探っておく。今のところ、命の危険があるほど弱っている者はいないようだ。
曲がり角から階段方面を確認すると、見張りの男二人がタバコをふかしながら雑談をしている。こちらにはまったく気付いていないようだ。不真面目な見張りで非常に助かる。
ジュストと視線でお互いの意思を確認して頷く。
ジュストが消音の魔法を発動するのを確認して、曲がり角から階段へと一気に走った。
見張りの男がこちらに気付いたがもう遅い。一人目の顎を狙って跳び蹴りをかまして、二人目はネイルチップに付与した電撃で仕留めた。
気を失っている男達を、収納から取り出した縄で縛り上げ、猿ぐつわを噛ました。こいつらもズボンのウエスト分解しておこう。ついでに靴紐も切っておくか。念には念を入れ、ジュストにスリープを掛けておいてもらった。
ジュスト君すっかり補助魔法を使いこなせるようになっていて、俺は安心したよ。
その二人を近くの部屋に放り込んで、鍵を掛けて階段から上の階へと向かった。
地下から抜け出し一階へ上がった俺達は、見張りや護衛に見つからないように屋敷の中を移動した。
見つかりそうな場合は、ジュストにスリープで眠らせてもらって、俺が縛り上げて適当な部屋に放り込んでおいた。
あれ? 俺、あんま戦ってなくない?
非戦闘員っぽい使用人も時々見かけるので、そちらも見つかりそうな場合は、傷つけないように眠って貰って縄で縛っておいた。
二階を目指して、一階を移動している時に俺達がいた地下とは別の地下に降りる階段を見つけたので、少し覗いてみることにした。
こちらはどうやら食料や薬品関係の倉庫のようで、閉じ込められている人の気配も、見張りや見回りの気配もなかったのだが。
『うお、こりゃすげえな』
『これは、薬の材料ですか?』
『だなー、俺が住んでる国だとあんま見ない物ばっかりだな。薬草には違いないのだがな』
地下に降りて、最初に入った部屋には薬草の類いが集められていた。
薬草は薬草なのだが、中毒性の高い薬草――つまり、麻薬になる薬草だ。
薬と毒は紙一重だ。使い方次第、分量次第で薬にも毒にもなる。安全な薬も使い方を間違えれば危険な物となるし、中毒性の高い麻薬も使い方によっては命を救う薬となる。
『これ、持って帰るつもりですか?』
ジュストがコテンと首を傾げた。すっかり逞しくなって、嬉しい限りだよ。
『いやいやいやいや、これはさすがに持って帰らないかな? いや、少しくらいなら持って帰ってもいいけど、これは麻薬の原料にもなる薬草だ。おそらくこの屋敷の主は、麻薬関係の商売もしているな。証拠品だから残しておく方がいい』
『麻薬の原料ですか。こっそり持って帰っても、あらぬ疑い掛けられたら面倒臭そうですね』
『だな。手順を踏んで加工すれば副作用のないポーションにもなるが、そんなことするくらいなら普通の材料使った方がいいしな。よって、これはいらないやつ』
うむうむ、ジュストは無事に必要な素材とそうでない素材の見分けをつけられるようになっているようだ。成長速くて嬉しいよ。
この怪しい薬草は後で、ドリーとアベルに丸投げしよう。俺は何も知らない。
ついでに地下にある他の部屋も物色。これは、調査だ。麻薬の原料を見つけてしまったからな。他にも違法な物がないか、冒険者として調査をしているだけだ。
薬草のあった部屋以外に食料庫とワインクーラーがあり、多くはないが食材とワインが貯蔵されていた。わりかし質の高いワインも混ざっていたので、おそらくこの屋敷で取り引き相手を接待しているのだろう。せっかくなので高そうなワインだけ失敬しておいた。
『こっちの世界は胡椒が高級品なんでしたっけ?』
『うん。胡椒に限らず香辛料の類いは大体高いな。あと砂糖も高い』
『これ、胡椒ですよね?』
ジュストが見つけたのは、まだ挽いていない状態の乾燥させた黒い胡椒の実が入った袋だった。さすが香辛料の名産地シランドル。
『貰ってかえるかー、あとで山分けだな。ドリーには絶対内緒だぞ』
違法な奴隷の売買に、麻薬の原料、表向きは商人のようだがどう見ても賊の類いだ。よって、俺の中では迷惑料をくすねてもいい奴らだ。違法ではないが、ドリーにバレると面倒臭そうだからこっそりだ。
『なんか、僕らの方が泥棒みたいな気が』
『大丈夫だ。基本的に賊が違法に手に入れた物は、元の持ち主に戻すのは難しい。賊が捕まった時にその地域を管理する領主が没収する事になるが、賊を捕まえたのが冒険者なら、その時に賊の持ち物を貰っても別に違法ではない。違法な奴隷取り引きに、麻薬、これはもう賊でいい』
賊のアジトを制圧した場合、制圧した者が戦利品を持ち帰るのは何の問題もない。
時々、元の持ち主が貴族や金持ち商人だったりする高級品も混ざっている事もあり、そういう物は後のトラブルがめんどくさいので、俺は避けるようにしている。消耗品の類いならだいたい大丈夫だ。
ただ、そういう場合に後腐れ無く持ち帰れる物は、家具だとか装備品だとか、かさばる物の事が多いので収納スキルやマジックバッグがないと、大して持って帰る事ができない。
というわけで、この胡椒は貰って帰る。これは、賊のアジトに潜入した冒険者の正当な権利である。まだ制圧していないけれど、これから制圧する予定なので問題ない。ついでにあっちにある香辛料も貰って帰ろう。これは、突然拉致された分の迷惑料だ、問題ない。
この辺の匙加減は、冒険者をやっているうちにジュストも覚えていくだろう。
『ん? まずい、誰か来る』
階段を下りてくる人の気配を感じて、ジュストと共に気配を消して物陰に隠れた。
下りてきたのは女性二人のようだ。幸いな事に俺達のいる部屋ではなく、隣のワインが保存されている部屋に入ったっぽいな。
何か話しているようなので、身体強化のスキルで聴力を上げて、その話を盗み聞きしてみた。
「こんな時間にお客様とかやめてほしいよねー」
「でも、それだから給料がいいのだし仕方ないわよね」
「そうよねー、町の外だから怖いけれど敷地内は安全だしね。それにやっぱり給料いいしねぇ」
「あれ? おかしいわね、ここにあったワインがないわ」
あ、やべ。さっき、高そうなワインは貰っちゃった。
「こっちのでいいんじゃない?」
「でもそっちのはあまりいいワインじゃ……」
「大丈夫よ、今日のお客様はいつもの魔物好きの変態成金おやじよ。どうせ味なんかわかってないんだから」
「あー、だから今日は上の階の警備が厳重なのね」
「そうそう、ちらっと見たけどでっかい猫みたいな魔物の子供だったわ。白黒のトラ猫みたいでモコモコしてて可愛かったわよ」
ん?
「へー、でも魔物だからでっかくなるんでしょ?」
「たぶんねー。なんとかタイガーっていうすごく強い魔物の子供らしいわよ」
んん??
「ええー? そんなの屋敷の中にいて大丈夫なの?」
「魔物にはスキル封じの魔道具が付けてあるみたいだから大丈夫よ。でも上の階にはあまり近寄らない方が良さそうね」
パタンと扉の閉まる音がして、二つの足音が遠ざかっていく。
俺は気配察知のスキルを発動して屋敷内の気配に集中した。
上の階から感じる、弱っている魔物の子供の気配。大きさは少し大きな犬ほどで、属性は雷。
そして俺はそれと同じ種の魔物の気配を知っている。
魔物の子供ってサンダータイガーじゃねーか!!
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