第148話◆もしもの時は派手に立ち回っていい権利
移動距離と馬車の揺れ具合、そして馬車から降ろされた時に見えた景色からして、どうやら町の外のようだ。
馬車から降ろされた後は地下にある部屋に連れて行かれ、俺とジュストは別々に大型獣用の檻の中に押し込まれて鍵を掛けられた。
なるほど、町の外なら獣人を何人も積んだ怪しい馬車が、町の検問にかかることはない。
それに町から出る時は、入るより緩い。平時は相当怪しくない限り、積み荷の検査などしない。
おとなしくドリー達が来るのを待つつもりだったが、馬車の中で少し不穏な話が聞こえて来た。
どうやら今夜、取り引き相手が屋敷に来るようだ。
引き渡される獣人が出てくると、相手によっては取り戻す事が困難になりそうだし、護衛の数が少なそうだったら、獣人さんたちを助けて脱出する方がいいかもしれないな。
おとなしく待っているつもりだったけれど、これは"もしもの時"に含まれるよなぁ?
しょうがないにゃあ。いや、ウサギだから、しょうがないウサァ?
『ジュスト、とりあえず脱出するぞ』
押し込められた部屋で、部屋の周囲に人の気配がないことを確認して、檻ごしにジュストに日本語で話しかけた。
スキルが封じられていても、長年冒険者をやっているので、周囲の気配くらいなら十分把握できる。
『え? ドリーさん達が助けに来るのを待つんじゃないんですか?』
ジュストはスキル封じの腕輪を付けられていた為、馬車の中にいる時に聞こえて来ていた会話の内容を知らない。
『誘拐犯達が、今夜奴隷の取り引きがあると言っていた。助けが来るのを待っていると、獣人が売られてしまうかもしれない』
それにしても、日本語を話せて良かったよね。ジュストがスキル封じの魔道具を付けられたら日本語しか喋れなくなる事を、途中まですっかり忘れていたよ。
『獣人さん達を逃がすのですか?』
『とりあえず、スキル封じの魔道具を壊してからだな。屋敷にどれくらい護衛がいるかわからないから、無理に逃して見つかれば捕まえようとするはずだから危険だ』
無理に逃がそうとして見つかって、負傷者や死者を出すわけにはいかない。
『じゃあどうするんですか?』
『各個撃破で人数を減らしていくかな。最悪、屋敷を分解スキルで壊して取り引きどころじゃなくする』
『ええ、それドリーさんに怒られませんか?』
『大丈夫だ、もしもの時は多少派手にやってもいいと言われてる』
屋敷分解は最終手段だ。デカそうな屋敷だし、そんなの分解するのは、しんどいから出来ればやりたくない。
『それは派手ってレベルでは……』
『うん? どした?』
ジュストが何かブツブツ言っている。
『いえ、何でもありません。ドリーさんごめんなさい、僕の筋肉量ではグランさんを止めるのは無理そうです』
小声でよく聞こえないので、気にしない事にしておこう。
とりあえず、スキル封じの魔道具を外さない事には身動きもままならないので、マジックバッグ化しているポケットの中から、アダマンタイトのショートソードを取り出した。
鉄の手錠なんて、アダマンタイトの剣の前では、包丁で野菜を切るより楽だ。
座った状態で、剣の先を上にして立てて足で挟み、そこに手錠の鎖を叩きつけると、あっさりと鎖が切れた。手が自由になったので次はスキル封じの腕輪もアダマンタイトの剣でつなぎ目を破壊して外す。
スキル封じ系の魔道具は結構いい値段だからな、継ぎ目を壊しただけなら後で修理出来るし、回収回収。
復活した収納スキルの中にぽいっと放り込む。
スキルが使えるようになったので、身体強化を発動して格子をねじ曲げ、檻の外にでた。後で分解して鉄くずにして再利用出来そうだし、この檻は収納で回収。もちろん鎖を切った手錠も回収。きっといつかそのうち再利用する。
そして、次はジュストの檻を開けて、ジュストの手錠とスキル封じの魔道具を分解した。これも回収。もちろんジュストの入っていた檻も回収しておく。
後で、ジュストと山分けだな。いいお小遣いになるぞ!! 奴隷商とかいう碌でもない奴の屋敷だろうし、金目の物を片っ端から貰って帰っても問題ないな? 迷惑料だと思えば貰ってもいいよな? それにこれは、証拠品の回収だな!!
「グランさん、何だかすごく悪人みたいな顔になってますけど、悪い事考えてませんか?」
お、ジュストの翻訳スキルが帰って来たようだ。こちらの言葉になっているな。
「え? ちょっと帰る前に、誘拐された迷惑料を貰おうかなって、考えてただけだよ? 迷惑料はジュストと俺で山分けだ」
「迷惑料が貰えるんですか? 貰いましょう!」
迷惑料と言えばジュストは納得したようだ。うむうむ、貰える物は貰う!! 冒険者として逞しく生きる為には多少の厚かましさは必要だ。
それにしても、翻訳スキルって不思議だよなぁ。
ガンダルヴァの村にいる頃に、翻訳スキルの検証を少しした事があるのだが、ジュストが意識しなければ、ジュストの言葉は相手にはその者が日常的に使用している言語で聞こえるようだ。
ジュスト曰く、相手の言葉が自動的に訳されると、相手の言葉と口の動きが違うので、違う言語で話しているのはわかるらしい。
そして、ジュストが意識すれば、ジュストの発した言葉は翻訳される事なく相手に聞かせる事もできる。
つまり、ジュストが日本語で相手と話したいと思えば相手には日本語で聞こえる。
なんとも便利なスキルである。語学が嫌いな俺には超うらやましい。ただし、動物の鳴き声は言語扱いではないようで、何を言っているのかわからないようだ。
ちなみに文字は、書かれてある文字の意味はわかるが、書けるのは日本語のみなので、俺達と行動するようになって以降ジュストはひたすら文字の勉強をしている。
今回は俺とペアでの行動だったので問題がなかったが、この先ジュストのスキルが制限される場面が合った時は困りそうだな。新しい言葉を覚えるのは大変かもしれないけれど、もしもの時の為に、こちらの言葉も話せるようにしておいた方がよさそうだ。
探索スキルと気配察知のスキルで周囲の気配を探ってみれば、思ったより大きな建物のようで、俺達以外にも人の気配が多い。弱っている獣人のような気配に、武装した人間の気配、あまり強そうではない気配も混ざっているのは家主とか使用人かな。
町の外に建てられた金持ちの別荘と言ったところかな。
んん? 更に、屋敷の中とその周辺の気配を探っていると、気になる気配を見つけた。
おそらく屋敷の二階あたりに、弱った魔物の気配がする。あまりサイズは大きくないが、質の良い魔力を感じるのでおそらく上位の魔物だ。獣らしき感じの気配なので、獣系の魔物の子供だと思われる。親から無理矢理離されて衰弱しているのかもしれない。危険の少ない魔物なら、親の元に返してやりたいところだな。
獣人といい獣の魔物の子といい、この奴隷商は獣系専門のようだな。
というか、上位の獣系の魔物は知能も高く、子供への愛情が深い種も少なくない。親が取り返しに来る可能性あるのに、気配遮断もせず屋敷に置いておくなんて恐ろしいことをするな。
屋敷の内部と周辺の気配を探りながら、脱出の準備をする。
髪の毛に耳がしっかり編み込まれている為、変装を解くには時間がかかりそうなので、あきらめて耳は着けっぱなしにして、今着ている服の上にいつもの装備を着けた。ジュストは元からいつものローブだったのでそのままだ。
「これから、どうしましょう?」
「見張りの数はそんなに多くないというか、屋敷が広くて散けているようだから、各個撃破でいけそうだなぁ。この屋敷に捕まっている獣人の数は、十人程度かな?」
俺達がいるのは地下のようで、他にもいくつか部屋があり、そのそれぞれに獣人が閉じ込められているようだ。
一つの部屋に纏めていないのは、獣人同士は相性があるので檻ごしにケンカをしない為だろう。
それに獣人は人間よりも身体能力が高い者も多く、スキルなしでも檻を破壊する可能性がある。そうなった時に纏めて脱走されないように、少数で分けて閉じ込めているのだろう。
まぁそのおかげで、この部屋には俺とジュストしかいないので、やりたい放題である。
「それで、グランさんは何やってるんですか……」
どういう順番で屋敷の人間を無力化するか考えながら、部屋の中を物色しているとジュストがポカンとした顔でこちらを見ていた。
「倉庫みたいだから、金目の物がないかなって? 迷惑料だよ迷惑料。ジュストも収納スキルがあるんだから、換金出来そうな物を貰って帰ったらいいぞぉ? あくどく稼いだ奴の金は勝手に使っていいって、俺の中の法律があるから大丈夫だ。お、ジュスト、樽系は収納に入れとくといいぞ。坂道で転がすとクソ強い」
「迷惑料ってこういう事だったんですか……どの辺が大丈夫なのかわかりませんが、樽はなるほどです。じゃあこの辺の樽は貰っちゃいますね。こっちの袋は何か粉が入ってますね?」
「あんま質は良くないけど小麦粉っぽいな。何かに使うかもしれないし貰ってこうか。貰える物貰ったら、見張りを各個撃破して脱出するか。見張りの無力化を優先で、獣人達は安全が確保出来てから解放しよう」
脱出する前にこの先の作戦を説明しながら、閉じ込められている部屋の物色を始めた。
見張りは部屋の前ではなく、一階に上がる階段の辺りに複数いて、時々見回っているだけのようだ。
「なんだかゲームで、町とかお城にあるタンスとか樽を調べてる時の気分ですね」
「あー、わかる。薬草とかコインとか入ってると嬉しいやつ」
「本棚には魔法の本が入ってたり、タンスには新しい装備が入ってたり、初めて行く場所を調べるのはわくわくしてました」
「わかるわかる。俺も超好きだった。でも、実際に勝手に人んち入ってそれやったら犯罪だからな? やるならこういう悪い奴の家だけにしような」
「それはさすがにわかってますよ!」
ジュストと顔を見合わせてクスクスと笑った。
俺にとっては記憶の彼方に押し込んでいた懐かしい記憶だ。俺だけの秘密だった前世の事を、一緒に話せる友人ができたのはとても嬉しい。
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