第146話◆そんな餌に俺が
「もちろんただとは言わないわ。依頼料も払うし、私の故郷にある温泉に招待するわ」
温泉だと!?
ユーラティアではあまり温泉に浸かるという習慣はないが、シランドル――特に火山地帯が近い場所に暮らす獣人の間では、温泉は定着しており観光地になっている場所もある。
リヴィダスの故郷に温泉があるだと!?
いやいや、俺は早く米を見つけて家に帰って干し柿を作りたいのだ。
厄介事はできれば避けたいけれど、温泉。
「更に!! 今なら追加で、人間の町では絶対味わう事ができない、バジリスク料理をご馳走するわ!!」
「バ、バジリスク料理だと!?」
バジリスクは蛇王とも呼ばれる魔物で、八本の足を持つトカゲのような姿の亜竜種である。
トカゲなのに何故か蛇の王と呼ばれている。一説ではバジリスクの強さを恐れた蛇が、命惜しさにバジリスクを蛇の王様に担ぎ上げたとか何とか。
そんなトカゲのような見た目の蛇王バジリスクだが、その目は強力な石化効果を持つ魔眼で、その上全身毒だらけで、触れただけでも毒を貰ってしまうという非常に厄介な魔物だ。全身毒だらけのバジリスクの肉は、もちろん毒が含まれており、普通の人間なら即死級である。むしろ肉には毒が凝縮されている。そして内臓には更に毒が凝縮されており、どちらも生半可な毒耐性では即死級の毒薬の素材である。
以前、この毒を浄化すれば食べる事ができるかと試した事があるのだが、浄化の影響でめちゃくちゃ食感が悪くなって諦めた。
そんなバジリスクが食べられるだと!? どんな味か興味あるし、それ以上にあの毒の塊の素材を、どうやって食べられるように調理するのか気になる。
「バジリスクなんて食べられるの!? 食べたら死にそうなんだけど!?」
「バジリスクの肉は美味いと聞いた事はあるが、食べればほぼ確実に死に至る故、バジリスクの肉を使った料理は、身分の高い者の処刑に使う"最後の晩餐"と言われているはずだが?」
バジリスクの肉の毒は強力で、高い耐毒効果が付与された装備を付けていても、それを貫通する可能性が高い。その上即効性という非常に恐ろしい毒である。
バジリスクの肉レベルの毒となると、俺が以前アベルに渡した耐状態異常のネックレスでも防げるか怪しいな。
余談だが、バジリスクの毒の解毒剤は、バジリスクの血から作ることができる。
「ふふ、そこはシアモワ族の門外不出の技術よ。この辺りの地方ではシアモワ族のバジリスク料理はとても有名よ」
「シランドルの東部の事は疎いから、そんな料理があったなんて知らなかった」
「俺も初めて聞いたな」
外国の料理に詳しそうな貴族二人も知らない料理らしい。
「だって調理法はシアモワ族しか知らないし、鮮度が重要だから他の地域じゃ食べられないもの。それに、周辺のお金持ち達がこぞって食べに来るから、それだけで無くなっちゃうもの。どう? グラン、食べたくない? 今ならシアモワ族の里の温泉にも招待するわよ。グランそういうの好きでしょ? この時期お祭りもやってるのよ?」
く、この猫獣人、俺の好みをよく把握してやがる。しかし、妙に対価が良いと言う事は、絶対に面倒臭い。
「とりあえず、話だけは聞こうか」
これは別に温泉とバジリスク料理に目がくらんだ訳ではない。知り合いの美女が困っているなら、紳士な俺としては見過ごす訳にはいかないからだ。けっしてバジリスク料理が気になるわけではない。
アベルの視線がものすごく生温いが、これは困っている知り合いを見捨てるわけにはいかない。
そう、俺は勇者だ。困った人を助けるのは勇者の仕事だ。けっして、バジリスク料理と温泉に釣られたわけではない。
話を聞くと断りづらくなるだろうなと予想はしていたが、やはり非常に断りづらい内容だった。
リヴィダスの話によると、最近このグローボ周辺の獣人集落では、若くて見た目の良い獣人が拉致される事件が相次いでいるそうだ。逃げ出して来た被害者によれば、非合法の奴隷商が犯人らしい。
リヴィダスの故郷は火山に近く温泉があり、なおかつシアモワ族伝統のバジリスク料理が人気の観光地だと言う。そのリヴィダスの故郷でも拉致事件が発生しており、ちょうど里帰りして来たリヴィダスは、その話を聞いて、連れ去られたシアモワ族を探してグローボまで来ていたらしい。
被害者が遠くに売られてしまうと助け出すのが困難になる為、それまでに被害者を助け出したいとのこと。
リヴィダスの実家は老舗の宿屋で、常連客にこの地方の領主がおり、今回の拉致事件の解決に協力的で、すでに動いているそうだ。
しかし、逃げ出して来た者の証言で、犯人の目星は付いていても、証言だけで証拠がなく、連れ去られた獣人がどこにいるかもわからない。
領主が捜査しているとの事だが、証拠も獣人も見つからないまま、時間だけ過ぎていてかなり焦っているようだ。せめて拉致被害者の場所だけでもわかれば、そこから捜査ができるだろうとリヴィダスは自ら囮になって、被害者の居場所を突き止めようとしていたところで、偶然俺達を見つけたそうだ。
その、非合法の奴隷商の拠点があるのがこのグローボだと言う。
「あー、その怪しい馬車なら途中で見かけたぞ」
途中の休憩所でうちのジュストをジロジロ見ていた不審者を思い出した。
「もしかしたらさっきの馬車、グローボに来たのなら検問で止められてるんじゃない?」
俺達が町に入る時に積み荷が怪しい馬車がこちらに向かっていると、町の入り口の兵士に伝えたので、そのまま町に来たのならアベルの言う通り検問で捕まっていそうだなぁ。
「いいや、あの手の奴はそのまま町には入らず、日が落ちてから外で別の馬車に積み荷を入れ替えてから、門を通るはずだ。おそらく検問の兵士に買収されてる奴がいるはずだ」
さすが辺境伯関係者というか、不正な人や物の出入りについて詳しいな。
「じゃあ、今から外まで探しに行って、現場押さえてボコっちゃう? ってもう暗くなってるな、間に合わなさそう」
この季節、日が落ちるのは早い。先ほどまでは明るかったと思ったのに、すでに外は暗くなっていた。
「少し遅かったようだな。さて、どうしたものか。リヴィダス、本命の奴隷商の本拠地はわかってるのか?」
「ええ、わかっているけど、そこには連れ去られた人達はいなかったようなの。すでに、一度領主様の調査が入ってるからかなり警戒されてるし、港町が近いからそこから船で外国に売られたらどうしようもなくなるの。だから私が囮になって探すのがいいかなって思ってたのよね。そんな時ちょうどあなた達を見かけたのよ」
なるほど、リヴィダスはヒーラーなので攻撃手段に乏しい。魔法封じの魔道具を着けられたら魔法すら使えなくなる、協力者なしでの囮作戦は成功率が低すぎるし危険すぎる。協力者がいないと成功率はかなり低そうだ。
それに一度調査が入っているなら、警戒して今捕らえている獣人を売りさばく時期を早めそうだ。リヴィダスの言う通り、時間がかかれば連れ戻すのが不可能になる。
「それだったら、僕が囮になりましょうか?」
「えっ!?」
突然名乗り出たのはジュストだった。
「今日の昼にいた変なおじさん達、ずっと僕の事見ていたし、僕なら囮になれますよね?」
あの変質者達はジュストの事をかなり見ていたしな。うっかり町で一人になったところを見つかると、間違いなく連れ去られそうだ。
「ダメだダメだダメだ! ジュストが囮になるなら俺が囮になる」
「は? グラン人間でしょ、何言ってるの?」
アベルが呆れた顔をしている。だが、ジュストを囮にするなんてダメだ。危ない。獣人を集めている変態達だ、こんなもふもふつやつやの子供の獣人に、何をするかわかったもんじゃない。
「若くて見た目がいいなら俺でも当てはまるだろ?」
「見た目の良さなら俺も負けないけど?」
わかっている事だけれど、本人に言われるとなんかこうイラッと来るな。いや、そうじゃなくて。
「あなた達、何ナルシストみたいな事言ってるのよ。ターゲットは獣人よ。あなた達どう見ても人間じゃない」
リヴィダスがめちゃくちゃ呆れた顔をしている。しかし俺には秘策がある。
「一度も使った事が無いけど、俺には変装スキルがある。変装スキルで獣人に化けてやろうじゃないか」
ぜええええええええええったい使う事がないと思っていたスキルが、こんなところで役に立つ事になるとは、ホント人生何があるかわからない。
ありがとうレオン、ありがとうカラスの妖精さん。
そしてその夜、せっせと夜遅くまで獣人変装セットを作ることになった。ついでに潜入するに当たって、服に色々仕掛けをしていたら、興が乗りすぎてアベルにものすごく生暖かい目で見られた。
グレートボアの頭の中身をくりぬいて被って、猪の獣人にしようとしたら、獣臭いし見た目が麗しいの条件に合わないと却下された。
何でだ! 猪君かわいいだろ!?
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