第145話◆厄介事はお断り

 サッカルの町を出て更に東へ。

 かなりオーバロへと近づいて来た。この辺りは東というか北東へとオーバロ行きの街道は伸びている。だんだんと北上している為、少しずつ気温は下がってきている。

 季節は晩秋から冬になろうとしていた。

 道草食いすぎて予定より時間がかかってしまっている。そして、戻りたいけれど戻れない。お家帰って干し柿を吊して来たい。

 時々ドリーの買収を試みるが、今のとこ全敗である。


 街道沿いには所々、一時的に馬車を駐めて休憩出来る場所が設けられている。今はそこで一休み中だ。

 馬車を駐める事の出来るスペースと井戸があるだけなのだが、ちょっと休憩するにはちょうどいい。

 頑張って走ってくれているワンダーラプターとオストミムスに、肉と水を与えながら井戸の水で汚れを落としてやっていた。


 俺達の他にも数台の馬車が駐まっていた。そのうち一台はえらく大きな幌馬車である。中からは複数の人の気配がする。

 休憩所だというのに馬車の中に籠もりっぱなしなのも珍しいが、そういう人もたまにいる。気にしない気にしない。

 その馬車の御者と馬車の持ち主らしき男は何だかすごく胡散臭いし、護衛は野盗と間違えそうな雰囲気の者だ。


 いいか、俺はさっさと米を見つけてお家に帰って干し柿を作りたいんだ!!

 よその国に来てまで、厄介事はごめんだごめん!!

 やっかい事はごめんだから、うちのジュストを物色するような目で見るのはやめてくれないかな。

 なんだお前ら、ケモショタ好きの変態さんか? ぶちのめすぞ!?

 ジュストはもふもふだし、浄化魔法の練習ついでに日頃から念入りに手入れをしているから、毛並みもツヤッツヤのピッカピカなので仕方が無いが、あまりジロジロみているとブチ転がすぞ。


「グランあの馬車」

 アベルも怪しい馬車に気付いたようで、小声で話しかけてきた。

「ああ、おそらく積み荷は人……獣人だな」

「奴隷商のようだな。さっきからジュストの方を見ているな。冒険者のパーティーに手を出すほど愚かではないと思うが気をつけろ」

 ドリーも気付いてやって来た。

 他国の事なので、目の前にいる馬車があやしい奴隷商の可能性があっても、こちらに手を出さなければ、アベルもドリーも静観の構えのようだ。

 見た目の厳ついドリーと、高そうな装備で固めているアベルが一緒にいるので、ジュストが高ランクの冒険者パーティーの一員だという事は一目瞭然のはずだ。

 非合法の奴隷商人だとしても、そんなパーティーのメンバーに手を出すとは思えないが、欲に目がくらんだ変態は何をするかわからない。


 ユーラティアにもシランドルにも奴隷制度はある。

 しかし、どちらの国も奴隷の取り扱いについては厳しい法律があり、国が認めた奴隷商人しか奴隷の取り引きを行えない事になっている。

 そして国が認めた奴隷は、犯罪奴隷と借金奴隷しかない。また、人間以外の種族を奴隷にする事は法で制限されており、その為の手続きは非常に面倒臭いという話だ。

 奴隷という存在は、契約魔法で縛られており、主人には絶対服従となる。

 オーナーによっては奴隷を非人道的な扱いをする者もおり、そう言った理由で奴隷は犯罪者か借金が返せなかった者しかなれない事になっている。ちなみに刑期が終わる、または借金を返し終えれば奴隷からは解放される。

 奴隷のオーナーになるには厳しい審査があり、奴隷の扱いがあまりにも悪いオーナーは、奴隷を買う資格を剥奪される。

 奴隷とはいえ、多少の人権が守られているのだ。

 まぁ、それはほぼ表向きだけの話だけで、奴隷生活はかなり厳しいものだと言われている。


 そんな感じで奴隷制度には厳しい制限があるので、個人が正規ルートで奴隷を手に入れるのは中々ハードルが高い。

 しかし、そのハードルの高さから貴族や裕福な平民の間では、奴隷を多数所持する事がステータスと思っている者も存在する。

 その為、正規のルートではなく非合法のルートからも奴隷を手に入れようとする者もおり、そう言った者を相手に商売をしている非合法の奴隷商人が存在している。

 その者達は奴隷の入手ルートも非合法で、その殆どが拉致や誘拐、非合法賭博の借金などでもある。

 そういった非合法の奴隷の取り引きでは、労働力としての奴隷だけではなく、愛玩奴隷として美しい者や可愛らしい者の需要が非常に高い。そして、そういう奴隷を欲しがるのは十中八九変態である。


 俺達の目の前に駐まっている馬車の中からは、複数の獣人の気配がしている。

 なんだか厄介事の気配がするので、中の獣人には申し訳ないが関わりたくない。

 関わりたくないから、うちのジュストの方をジロジロ見てんじゃねぇ、埋めるぞ。


 まぁ、外国で厄介事に巻き込まれる前にさっさと出発しよう。

 騎乗用の魔物で移動している俺達の方が馬車よりも移動スピードは速い。先に出発してしまえば追いつかれる事もない。

 次の町に入るときに検問の兵士に怪しい馬車の特徴を伝えておくかな。




 グローボの町――怪しい幌馬車を見かけた休憩所を出て、その日の夕方前に到着したのがこの町だ。

 ここから街道を北東に進めばオーバロである。

 またまっすぐ東へ進めば別の港町もあり、北西側には森が広がっている。

 街道の分かれ道であるこの町は、人口も出入りする人も多い大きな町である。

 町に入る時の検問所で、道中で見かけた怪しい幌馬車の特徴を伝えておいた。効果があるかはわからないが、何もしないよりはいいだろう。


 グローボの町は海が近い事もあって、食堂のメニューには魚料理が多い。

 すごく久しぶりに海に近い場所に来たので、ウッキウキだ。

 何を食べようかなぁ、王道にムニエルかなぁ、サルサル塩原の塩を使った魚の塩釜焼きもあるぞ! 魚だけではなくて貝もいっぱいあるな。

 この辺りでもリュは食されるようで、海産物とリュを使ったパエリアのような料理もある。何にするか迷うな。

 食堂のテーブルでメニュー表を広げて、うんうんと悩みまくっていた。


「あら? ドリー暫く冒険者休業じゃなかったの? ってアベルとグランも一緒なの?」

 聞き覚えのある声に顔を上げて声のした方を見ると、ユーラティアではあまり見ない露出の多いタイトな白いワンピースを着た、スレンダーな美女が立っていた。

 スカート部分には腰の辺りまでスリットが入っていて、なかなかの眼福……いや、目のやり場に困る。前世の記憶にあるロング丈のチャイナドレスに似た服装だ。

 すごく久しぶりに見る顔だったが、俺はその美人をよく知っていた。


「お、リヴィダスじゃねーか。そういや、実家に帰省するって言ってたな。こっちのほう出身だったのか。まぁ、一緒に飯でも食おうぜ」

 そう言ってドリーがスレンダー美女を、俺達と同じテーブルに誘った。

「じゃあ、お邪魔しようかしら」

 スレンダー美女――リヴィダスが椅子に腰を下ろしニッコリと微笑んだ。

「アベルは時々パーティー一緒になってたけど、グランは久しぶりね。突然王都から引っ越したって聞いてびっくりしちゃった」


 リヴィダスはドリーのパーティの凄腕ヒーラーだ。普段は明るくて優しくてお茶目なお姉さんだけれど、怒るとめちゃくちゃ怖い。絶対に怒らせてはいけない人だ。

 すぐに暴走するドリーとアベルの手綱を握って、やらかす前に止める事が出来る人物である。それでも何かやらかした日には、超笑顔なのにめちゃくちゃ迫力のあるお説教が待っている。あれは、やばい。マジでやばい。ヒーラー様を怒らせてはいけない。

 そして正面からの見た目は殆ど人間と変わらないが、実は猫系の獣人だ。

 よく見ると、ストロベリーブロンドのロングヘアーの隙間から、人間よりも少しだけ長くて先端が白くてふさふさした耳が見える。

 そして正面からは見えにくいが、タイトなデザインの白いローブの上からくっきりと見える魅惑のヒップラインのやや上から、白くて長い尻尾が生えていた。尻尾の先端が髪の毛と同じ色なのがチャームポイントだ。


「ああ、すまない。思いつきで引っ越したから、後で手紙を出そうと思ってすっかり忘れてた」

「そういうところ、グランらしいわね」

 俺らしいってどういうことだよ。

「ところで、こんなところであなた達に会えたのラッキーだったわ。ちょっと手を貸して欲しい事があるの、お願いできないかしら?」

 コテンと首を傾げる仕草はとても魅力的だが、ものすごく厄介事の気配がした。


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