第144話◆究極のカクテル
目の前では、ウージとサッカルイタチの死闘が始まっていた。
やばい、早く仕留めないとサッカルイタチの毛皮が傷んでしまう。
ふわふわで手触りのよさそうなサッカルイタチに、今まさにウージが噛みつこうとしていた。
「噛みついたら毛皮に穴空くだろおおお!!」
妖精の祭りで貰ったすごくよく切れるミスリル製のロングソードを持ち出して、スッパリとウージの首を刎ねて、そのまま収納に放り込んだ。
少しだけ血しぶきがサッカルイタチにかかるが、これはあとでアベルに綺麗に浄化してもらおう。
そして次は、目の前のウージがいきなり消えて不思議な顔をしているサッカルイタチの口の中へ剣を突き刺し、後頭部へと貫いた。
サッカルイタチは結構大きいので、襟巻きというサイズでもない。頭部なら少々穴が空いても問題ない。
「グランさんがまともに戦ってるところ初めて見たかも。すごい、手際がいい」
え? 俺、普段そんなに戦っていなかったっけ? 言われてみたらほとんどアイテム拾いをしていた気がする。
「あれが、素材に目がくらんだ時のグランの動きだよ」
「うむ、素材が高級品になるほどグランの動きはよくなるからな」
それは、褒めているんだよな?
「グランは素材が絡むとすぐ暴走するからね。もしもの時は巻き込まれる前に逃げるんだよ」
いや、どちらかと言うと、アベルの纏め狩りに巻き込まれる回数の方が多い気がするけど?
「素材に目がくらんだグランは、一人で突出してでも突っ込んで行くから、ヒーラー泣かせなんだよな」
日頃一人で突っ込んで、筋肉でゴリ押すスタイルのドリーには言われたくない。
それにしても……。
「サッカルイタチの毛、めっちゃもっふもふだ」
倒したばかりの状態にも拘わらず、サッカルイタチの毛はとても手触りがいい。綺麗に浄化して加工したらどれだけ手触り良くなるんだ!?
「確かにこれは手触りがいいね。これは、貴族の間でも喜ばれそうだね。でもどうして、こんなに良質の毛皮があまり出回ってないんだろ?」
「ここら辺は冬も暖かいからな。毛皮の需要が殆どないからじゃないか? シランドルだと毛皮より織物の方が有名だしな。それに保温性だけなら付与で事足りるし、やはり貴族の間では獣の毛よりも絹の方が人気があるのだろうな」
ドリーの言葉で思い出したけれど、シランドルって良質な織物が有名だ。特に西部が有名なのだが、その辺りはアベルの転移魔法で飛び越えて来てしまった。帰りに少し寄り道したいな。
確か東の方は絹製品が有名だったな。というか、ドリーがすごく貴族っぽい事言っている。すっかり忘れていたけれどドリーも貴族なんだよな。
ジュストにも早めに貴族との接し方を教えておかないとなぁ。まぁ、その辺の事は現役お貴族様に任せよう。
この後もう少しウージを狩って、ついでにウージ狙いで現れたサッカルイタチも、美味しく狩らせていただいた。
今日はこのままサッカルに一泊して、明日東へ向けて出発だ。
「ねね、ウージのお酒――ウー酒だっけ? 昼に買ったやつちょっと飲んでみようよ」
その夜、宿屋でアベルが昼間に買ったウー酒の瓶を持ち出して来て、テーブルの上にドンと置いた。
「そういえば俺もウージの酒は甘そうなイメージがあって飲んだ事がないな」
ドリーは酒も料理もやや辛口の物が好きだ。
俺は前世のラム酒を知っているので、ウー酒の味は何となく想像できる。ウー酒も蒸留酒なのでおそらくラム酒に近いと予想している。
「じゃあ、簡単なつまみ用意するか。ジュストは未成年だから、酒はダメだな」
宿の部屋なので、野営用の調理器具を広げる訳にはいかないので、簡単なつまみだ。
そして、明日は移動をするからあまり飲み過ぎてはいけない。二日酔い状態でワンダーラプターに乗っての移動は辛い。
ラム酒と似たような感じなら、つまみにはドライフルーツがいいかなぁ。
お、アベルに転移魔法で種抜きして貰った干し葡萄があるじゃないか。干し葡萄はラムによく合う。
後はやっぱチーズとか燻製物かな。サラミ的な物はないから、いつもの生ハムだな。そうだ、帰ったらサラミを作ろう。
ナッツ系も合うんだよな。チョコレートも合うけれど、気付け用の甘くないチョコレートしかないな。帰ったらナッツ系いっぱい詰め込んだチョコレート菓子も作ろう。
帰ったら作る物リストがどんどん増えていく。ちゃんとメモしておかないと忘れてしまいそうだ。
というわけでおつまみは、干し葡萄とカリクスで購入した甘みの強いチーズと生ハムとナッツ系だ。
お酒を飲ませるわけにはいかないジュストには、レモネードを用意した。
ユーラティアやシランドルはお酒の年齢制限はないけれど、ニホンの感覚だと二十歳以下のお酒はダメだ。ニホン人はお酒にあまり強くない人が多いしね。
俺は十八歳だけれどユーラティア人だからセーフだセーフ!!
ロックグラスに氷の魔石で大きな氷を入れて、まずはロックで。
「うわ、ウージって砂糖の原料って聞いてたから、甘い酒かと思ったら結構苦み強いね。香りはすごくフルーティなのに不思議」
「確かに香りと味のギャップがあるな」
ウー酒は樽で熟成させた物のようで、ほんのりとした柔らかい香りがした。味はそれに反して、蒸留酒独特の苦みが強い。
そして酒精はめちゃくちゃ強い。喉の奥がカーッと熱くなる感じが堪らない。つまり、美味しい。しかし、いっきに飲むとすぐに潰れて明日辛いやつだ。
これはラトが好きそうだな。
「苦みがあるから、ドライフルーツと一緒に口に入れるとちょうどいいや」
「カリクスで買ってきたチーズと合わせても悪くないな」
甘口の方が好きなアベルは、干し葡萄と一緒にウー酒をちびちびと飲んでいる。一方ドリーは辛口好きなので、チーズと一緒にガバっと煽っている。
「結構強いし、苦みも強いな。もっと甘い物でも合いそうだな」
ふと思い出して、旅立つ前に作ったとある保存食を収納から取り出した。
「それは?」
「干したイポメア」
黄色くて細長い干し芋にアベルが興味津々だ。
芋を干しただけで見た目はあまり良くない平民の保存食だが、甘くて美味しい。
それを火の魔石を使った簡易コンロを取り出して少しだけ炙る。
「ほら、食ってみろ」
「俺もそれ欲しいな」
「それ干し芋ですよね? 僕も欲しいです」
アベルに干しイポメアを渡すと、ドリーも興味を示した。ジュストは元ニホン人だから干し芋は知っているかー。
「好きなだけ自分で炙って食べてくれ」
皿にドンと干しイポメアを盛って、テーブルの上に置いた。
俺も自分の干しイポメアを炙ろう。チーズを載せても美味い。
「この間の焼きイポメアも甘かったけど、干したイポメアもすごく甘いね。あ、俺もチーズ載せよ」
「干しイポメアはそのままでも甘いけど、炙ると更に甘みが増すんだ。ウー酒が辛口だからこれくらい甘くてもちょうどいいな」
干しイポメアとウー酒の苦みがちょうどいい。飲み過ぎそうでやばいなこれは。
「チーズを載せると、チーズの塩味も加わって酒がすすむな」
ドリーがぐいっと、グラスに残っているウー酒を飲み干した。
「あんまり飲み過ぎると、明日に響くからほどほどにしとけよー」
「おう、わかってる」
そうだ、ラム酒と言えば……。
ふと思い出して、収納から妖精に貰った酒に柑橘類を漬け込んだ物を取り出した。
「何々? 何作るの?」
アベルが目をキラキラさせながら覗き込んできた。
「究極のカクテル」
確か前世ではそんな風にも言われていたカクテルに似せた物だ。
「何それ、仰々しい」
「究極とは大きく出たな」
大げさな事を言ったのでドリーも興味を示した。
ロックグラスを氷で満たし、グラス半分ほどウー酒を注ぐ。そのウー酒の半分ほど妖精の酒を加え、レモンを取り出して絞る。
それをクルリとマドラーでかき混ぜて完成。
本当はシェーカーがあればいいのだが、あいにくそんな物はない。
自分のとアベルとドリーのも作ってそれぞれの前に置いた。
「明日に響くといけないから、今日はコレを飲んだら終わりにしよう」
こいつらはほっとくと、つまみがあれば延々飲んでいそうだし。寝酒にはちょうどいいカクテルのはずだ。
俺達ばかり飲んでいるとジュストに申し訳ないので、ジュストにはイチジクとミルクにハチミツを加えてミキサーにかけた、イチジクのジュースを作った。レモンの果汁を少しだけ加えると、甘さの中にほどよい爽やかさが加わる。
「ほう、コレが究極のカクテルか」
「ん、これは辛口だけど、レモンと柑橘系のお酒が入ってるから、すごい爽やかな感じするね。これで甘みが強かったら、どんどん飲めそう」
「シロップを足すと飲みやすくなるけど、それだと飲み過ぎるだろ?」
「そうだね、これで甘みがあるとハムとかチーズと一緒に延々いっちゃいそう」
「なるほど、これは辛みと酸味がちょうどいいな。酸味があるから塩気の強いつまみが進むな」
あー、サルサルで買った岩塩のグラスを使っても良かったかもなぁ。いや、今回は基本に忠実にだな?
「いいなぁ、僕もはやく大人になって一緒にお酒飲みたい」
ジュストはイチジクのジュースをちびちびと飲みながら、生ハムを摘まんでいる。
「そうだな、ジュストが大人になったら一緒に飲もうな」
他愛のない会話とはいえ、ジュストが将来に希望を持っているのが嬉しかった。
うんうん、このまま立派に成長してくれるといいな。
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