第142話◆シンプルに美味しい
塩原からサルサルの町付近の街道まで、アベルの転移魔法で戻ってきたので、そのまま少し街道から離れた場所に移動した。街道や町の目の前で料理すると、飯テロになるからね。
一度自宅に帰れるなら手の込んだ料理も出来るが、ドリーの手前それは難しいので、今回は屋外でシンプルな料理だ。
街道から少し外れた人気の無い場所で、野営用の料理道具を広げた。
収納からレンガを二列に取り出して積み上げて、間に木炭を設置してレンガに金属の網を乗せる。
ユーラティアでは木炭より薪を使う事が多いのだが、前世の記憶もあり料理の時は木炭を使う事が多い。
屋外で料理する時は以前作った、着火用の布が大活躍だ。
火をおこして準備している間に、投擲用の細めのスロウナイフをジュストに渡して、念入りに浄化をするようにお願いした。カニの身をほぐす用のナイフがないので、小型のスロウナイフで代用だ。
人の頭大のシオマネキを二杯。
このサイズなら四人でも二杯で足りるよね? 足りなかったらもう一匹ばらせばいいか。
塩の中で暮らしていたので塩まみれである。見ているだけで口の中が塩辛くなる。これは、アベルに頼んで水魔法とタワシで綺麗に塩を洗い流してもらった。タワシでカニ洗っているイケメンは、なかなかシュールで面白かったよ。
綺麗に塩を洗い流し終わったカニは、胴体から足を切り離し、それを関節のとこで切っておく。足の先端の爪は鋭くて危険なので、爪の部分は取り除いておいた方がいいだろう。関節で分けてバラバラになった足は、縦方向に切って網の上で焼く。ハサミになっている爪だけは、そのまま網の上にゴロンと置いた。
ハサミは外側向かって広げると、パリンと爪が抜けて爪の中の身がポロリと取れるのだ。
さぁ、シンプルで美味しい焼きカニこと、焼きシオマネキだあああああああ!!
足の部分は楽だが、問題は胴体だ。
分厚い殻をパチンパチンと簡単に切れるハサミなんてないので、魔物解体用のナイフで強引にバラしていく。
まずは胴体を前後に半分に割る。この時シオマネキの内臓――カニミソがこぼれないように注意しなければならない。
背中側の殻の方へと集めておいて、お腹側の殻は縦にぶつ切りにしてしまう。
小さめのカニなら、このままほじくって食べればいいのだが、少し大きいので半分に割った殻を更に、足の生えていた部分の関節を目安に四つに切ってしまおう。そして、これも網の上に置いて焼く。
一匹目だけですでに網の上から溢れているので、二匹目は捌くだけ捌いて焼くのは網が空いてからだな。
さて、次はカニミソだ。
カニミソは、前世の記憶ではカニによって、食に向いている物とそうでない物でかなり差があった。シオマネキはどうかなぁ。
取り合えず焼いて、味見をしてみて考えよう。
しまった、ササ酒全部飲んだんだった。味付けはどうしようかな。
うーん、白ワインに胡椒、刻みニンニクを入れて、チーズかなぁ。ちょうど、カリクスでチーズたくさん買ってきたしな。少しだけカニの身も入れておこうか。
とりあえずコレで焼いてみよう。最後に刻んだパセリをパラリと振っておこう。
「シオマネキって焼いただけなのに、普通に美味しいね。食べにくいのが難点だけど」
「塩の中で暮らしていたせいか、身がほんのり塩味なのがちょうどいいな」
焼き上がったシオマネキの足の身を、アベルとドリーがほくほくと食べている。
シオマネキの身自体はたぶん甘みがあるのだろう。それと同時に塩の中で暮らしていたせいなのか、何も調味料を使っていないのに、ほどよい塩の味がする。つまり美味しい。そして、レモンをかけても美味しかった。醤油も欲しくなるが、醤油は残り少ないので我慢だ。
「レモン汁をかけても美味いぞ」
「あ、レモン欲しいです」
ジュストもシオマネキの足から身をせっせと剥がして食べている。やはりそこは日本人でカニを食べた経験があるのだろう、アベル達より綺麗に身を剥がしている。
そして胴体。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
わかる、カニを食べているとだんだん無言になる。
全員、スロウナイフでせっせと身をほじくっている。
「くっ、シオマネキは美味しいけれど、この食べにくいのは何とかならないの? ねぇ、胴体あげるから足と交換しよ?」
シオマネキの身をほぐしているうちに、汚れてしまった手に浄化魔法をかけながらアベルがブツブツ言っている。
そして、食べにくい部位を俺に押しつけるな。
「それよりこれ食ってみろ。それとカニの部位は交換しねぇ」
網の隅っこでグツグツしていたカニミソをグルリとかき混ぜて、大きめのスプーンで掬い、火で炙って香ばしくなったパンの上に載せてアベルに渡した。
ニンニクとチーズでの味付けなので、パンに合うはずだ。
「これは?」
「シオマネキの内臓。ニンニクとチーズで味付けてしてあるから、生臭さとかはないはずだ」
先ほど少し味見した時は、あまり生臭さはなかった。ただ、塩の中に住んでいたからか、かなり塩味が強く濃い味だった。
そのまま食べるより、何かに添えて食べるのがちょうどいい。
米がないのでパンだパン!! 米が手に入ったらカニパーティーをやらないとな!!
「お!? 美味そうだな、俺にもそれをくれ!」
ドリーもカニミソに興味を示したようだ。もちろん全員分用意している。
「ドリーのもちゃんとあるぞ。ジュストはカニミソは食べられそう?」
「カニミソってもっと黒っぽい色かと思ってました。食べられると思います」
カニミソ見た目が結構グロテスクだからなぁ。アベルが食べ物の見た目で食わず嫌いする傾向があるので、カニミソの色が汚い色にならないように、白ワインとチーズを入れたのだ。
塩原に住んでいたからなのかはわからないが、シオマネキのカニミソは白に近い灰色だったので、チーズを入れるとやや黄色味のあるカレーのような色になって、見た目はあまり悪くない。
「内臓って言うからもっと苦いとか生臭いと思ったけど、全然そんなことないね。ちょっと塩辛いけど、パンに塗るなら全然ありだな」
「ふむ、チーズのせいかワインが欲しくなるな」
あー、確かに塩味が強いから酒が欲しくなるなこれは。
「明太子が塗ってあるパンを思いだ……あっ」
ジュスト君! それアウトー!!
「メンタイコ? 何それ? ジュストが住んでいた地方の食材?」
やばい、アベルが釣れた。
俺もうっかりが多いが、これからこの世界で暮らして行く以上、うっかりには気をつけなければならない。そしてポロリしてしまった時に、何食わぬ顔でごまかす事も出来るようにならなければならない。
ガンダルヴァの村にいる頃に釘は刺していたのだが、うっかりポロリしてしまったようだ。
「は、はい! 僕が住んでいた国にあった食材ですね。魚の卵かな?」
うむ、うまく誤魔化せたかな?
「グランはメンタイコって知ってる?」
こっちに振るのかよ!
「名前は知ってるくらいだなぁ、魚の卵巣だっけ?」
「そっかー。聞いた事のない食材だったから、どこの地方の食材かわかればジュストの国がどこかわかったかもしれないのにね、残念」
あぶねぇ。うっかりした事を口にすると、アベルが時々こういう風にきわどい事聞いてくるからな。さすが鋭い。
しかし明太子か。タラの卵巣だっけ? それっぽい魚がいたら作って見てもいいな。
パスタにしても美味いし、米もあれば明太子おむすびができる。辛子明太子にしたら無限に米が食べられそう。
「ところでグラン。シオマネキを使った料理は他にないのか?」
「あーそれそれ! 焼いただけでも美味しいから、他にどんな料理あるか気になるー」
ドリーとアベルはそんなにシオマネキが気に入ったのか!?
カニ美味しいもんね。しかもシオマネキは、味付けなしでもほんのり塩味もして美味しかったし。
「うーん、カニクリームコロッケ? カニグラタンもあるな。卵でとじても美味いし、米と一緒に煮込んでも美味いな。スープにしてもいいし、わりと色々できるなぁ」
鍋はユーラティアにはない文化なので、鍋というと藪から蛇でそうだし、生食も美味そうだけれど、そっちはいつものように引かれそうだ。
「それって屋外じゃ作れないよねぇ?」
「うーん、できればちゃんとした台所で作りたいなぁ」
「ぬぅ……、転移で戻るのはダメだぞ」
「ちぇー、一旦グランの家に戻ればいっぱいシオマネキ料理が食べれそうなのにー」
俺も家の事は気になるから戻りたいけれど、やっぱドリーは難しい顔をしてるなぁ。
食い物で釣れるなら楽なんだけどなぁ。
「ええい、ダメだダメだダメだ!! 帰るならちゃんと手続きをしてだ!!」
「えー、ちょっと帰ってご飯を食べて来るだけだよ? グランの家だったらもっと本格的な料理出来るよね?」
「そうだな!! 家でならシオマネキフルコースも出来るな!! 家に戻れば、氷菓子や生ハムもあるし、畑には新鮮な野菜もあるぞ!!」
もう少し押せば、陥落しそうな気もする。
家にはラト達がいるけれど、ドリーとジュストくらいなら適当に誤魔化してしまえばいいだろう。
「そんな飯に俺が釣られると思うか!! シオマネキフルコースは正式に帰国後、グランの家へ行くことにする」
おいいいいいい、めんどくさい事になったぞ!!!
俺達が、帰るだの帰らないだので揉めている間、ジュストはせっせとパンにカニミソを塗ってもくもくと食べていた。
食べ盛りの歳だからね。
このメンツの中で、食いっぱぐれずにいられそうで安心したよ。
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