第141話◆塩を招く者
カニだーーーー!!
ドリーが最初に見つけたシオマネキに続き、付近にはワラワラとたくさんのシオマネキが潜んでいた。
小さい個体は手のひらサイズで、大きい個体は俺の腰くらいまである個体もいた。成人男性の頭部くらいの個体が多いかなぁ。鑑定すると、食用可のようだ。有毒や不味いという類いのワードはないから大丈夫そうだ。
サクサクトドメを刺して、収納に回収していく。小さいのは放置だ。根こそぎ獲るのはよくない。
時々泡を吐いてくるのに当たらないよう注意しなければならない。一回当たったくらいだと、当たった部分が少しバリバリして塩っぽくなるくらいだが、大量のシオマネキに囲まれて一斉に泡をかけられたら、昨日サルサルの家具屋で見かけた亜竜みたいに、塩の像になってしまうかもしれない。こわいこわい。
時々、水分を含んだ塩を吐き出して飛ばしてくるので、それに当たるとベタベタして気持ち悪いし、装備も汚れるので嫌だ。
まぁ、あまり大きくないし強くもないので、適当に集めたら帰ろう。
そして気づいた。
「塩を吐き出すなら、持って帰って家で飼ったら塩放題じゃないか……」
「カニの飼育方法なんてわかるの? そもそもグランの住んでいる所とこことでは環境全然違うでしょ、というか無計画に生き物を増やすのはスライムくらいにしときなよ」
ス、スライムはちゃんと計画的に増やして、日々の生活に役に立ってもらっているので、決して無計画ではない。
しかし、カニの飼育はスライムより難しそうだな。アベルの言う通り、ピエモンとサルサルでは気候が全く違うしなぁ。塩を吐き出すのも塩原に住んでいるからかもしれないし。カニが塩を吐くから塩原になったのか、塩原に住んでいるから塩を吐くカニになったのか、気になり始めたぞ。
「それに今出て来てるのは子供のカニっぽいけど、コイツらもっと大きくなるんでしょ?」
「確かに見かけるのは子供のシオマネキばかりだな。子供がこれだけたくさんいるって事はどこかに親もいそうだが」
ドリーが、人の頭よりも大きいシオマネキをわしづかみで捕まえながら言った。
「平均は人間の成人男性くらいのサイズだっけか?」
確かサルサルのギルドで見た資料にはそう書いてあった。つまり今俺達が狩っているのは、サイズ的に子供のシオマネキのようだ。
子供と言っても、前世の記憶にある大きめのカニか、それよりもデカイ。
「俺が以前来た時には、三メートル級のもいたな」
予想以上にでかかった。
というか、そんな巨大なカニが近くにいたら危険だ。一応周囲の気配は気にしているが、今のところそのような大きな魔物の気配はない。
更に周囲の気配に集中するが、それほど大きな魔物は発見出来なかった。
先日の恐竜の森にいた上位の魔物のように、完全に気配を消されている可能性もあるが……。
まさか地面の中に潜んでいるとかないよなぁ。地面の中や水中でじっとしている魔物の気配は、地上にいるものよりも拾い難い。
「んー? トレースしてみたら、地面の中に何かでっかいのいるよ? 寝てるみたいだけど」
アベルがしれっとした顔で言った。
「トレースなんて使うと、魔力に敏感な魔物がこっちに寄って来るだろぉ?」
予告してから使って欲しい。
「シオマネキがワラワラよってきたら狩りやすいかなって思って?」
そうやって、魔物をわざとリンクさせて纏めて狩ろうとするのは、アベルの悪い癖だ。今まで何度それで修羅場になった……ん?
「うん? 地面の中にデカイのいるって言った?」
「うん、グランの真下の辺り? トレースに反応して起きたみたいだから逃げた方がいいよ」
アベルが俺の足下を指さした。
アベルのトレースに反応して動き出したのか、塩に覆われた地面の下で何かが動き出した気配がした。
「そういうことは、早く言えよおおおおおおおおおお!!」
慌ててその場から離れると、俺がいた辺りの地面がボコリと盛り上がって、巨大なハサミが生えてきた。
「いいかジュスト、冒険者たる者足元にも常に気を配っておくのだ」
偉そうに言っているけれど、ドリーも盛り上がった地面の範囲内にいたよな?
「いいかいジュスト、魔法職はねいつもパーティーの後方から周りをよく見て無いといけないんだ」
いや、このカニを起こしたのアベルだろ。
「いいかジュスト。無駄な戦闘を避ける事も重要だ。いくら収納に入るからと言って、カニはもう十分獲った。そして大きすぎる個体は解体の手間もかかるし、適度な大きさを超えた物は味も落ちる。そして、塩だらけの巨大な魔物なんて相手にしたら、後で装備の手入れがめんどくさい。つまり、逃げよう」
地面の盛り上がり具合と生えてきたハサミのサイズを考えると、間違いなくクソデカシオマネキだ。
もうカニはいっぱい獲ったし、撤退だ撤退。無駄な戦闘を避けるのは、冒険者としての大切な心得の一つだ。
撤退の体制に入った直後に、塩に覆われた地面を割って巨大なカニが姿を現した。
「でけぇ……」
姿を現したのは、高さが三メートルを超えるシオマネキだ。足の長さまで入れると横幅はゆうに五メートルを超えていそうだ。そして、片方だけ大きなハサミは胴体よりも大きい。あんなので挟まれたら死ねる。挟まれなくてもあれで殴られただけでも死ねそうだ。
あんなのに、泡をぶちまけられたら、一発で塩になりそうだ。
食べられる箇所は多そうだけれど、デカすぎだな……俺の予想では子供のカニの方がおいしいはずだ。
「これが、細かいシオマネキの親かな?」
「いや、大きなハサミがあるのはオスだな」
アベルとドリーはなんで冷静に観察してるんだよ。そのカニはいらないから撤退だ撤退!!
「そんな、でっかいの解体が面倒臭いし、もうカニはいっぱい獲ったから放置で撤退しよう」
「え? 要らないの」
アベルがきょとんとした顔で、シオマネキの胴体と足の間に炎の矢をぶつけているのが見えた。
「大きい方が可食部位も多いだろ?」
ドリーに至ってはいつの間にか、シオマネキの足をすでに一本もぎ取って抱えている。何なのこのゴリラ。
そのもいだ足をこっちに放り投げるのやめろ。
「ヒーラーの仕事には、ああいう脳筋のお守りもある。ハードルが高いが頑張れ」
頑張れと励ましても所詮は他人事である。
「ヒーラーの仕事って過酷すぎませんか……」
巨大シオマネキに一方的に攻撃をしている二人を見ている、ジュストの表情も引きつっている。
「ああ、ヒーラーの仕事は過酷だ。だから、俺達脳筋はヒーラーに感謝しなければならない」
あの筋肉ゴリラと魔力ゴリラの手綱を握れるようになることを期待しているぞ!!
と半ば呆れた顔で巨大シオマネキが、足をどんどんもぎ取られていく様子を眺めて手を合わせておいた。
「グランー終わったよー、回収よろしくー」
「戻ったらシオマネキ料理だな!!」
足とハサミをもぎ取られトドメを刺されたシオマネキの横で、ゴリラ二人がご機嫌で手を上げていた。
「そうだな戻ってカニ食べるかー、って今日はもうこれ以上カニはいらないからな!!」
筋肉ゴリラと魔力ゴリラが、まだ遊び足りない顔をしているので釘をさしておく。
朝から塩原に来ているのでお昼ご飯がまだだ。その事に気づくと何だか急にお腹が減ってきたな。転がっているシオマネキの胴体を回収したら帰ってご飯だご飯!!
それにしても、こんなでっかいのまで持ち帰るとなると、全て食べ尽くすまでどれだけかかるのか。もうカニで道楽しまくれそう。
足を全て取られて胴体だけになったシオマネキを回収しようと近づいた時、すぐ近くで大きな気配が動いた事に気づいた。
「離れろ!!」
アベルとドリーもその気配に気づいたようで、俺が声を出すとほぼ同時にシオマネキの死体から離れた。
俺達が離れた直後、シオマネキの死体の周囲からブクブクと大量の泡が湧き出して来た。白い地面からぶくぶくと湧き出して来た泡は、胴体だけのシオマネキの死体を飲み込むよう覆った。
そして泡が引いた後に残ったのは、巨大なカニの胴体の形をした岩塩だった。
今の泡、シオマネキの泡だよね? 同族にも効くの? それとも死んでいるから効いたの!? どっちにしても塩になる泡こわい。
というか、あの泡の湧いてきた地面の中に、もう一匹シオマネキがいるということだよね? あの泡の量からして、結構な大物だよね?
よし、帰るか!! カニいっぱい獲ったしな!!
あ、あのでかいカニの岩塩は回収したい。しかし、あの辺りに近づくとまた泡が湧いてきそうなので、アベルに目で訴えてみた。
少し呆れた顔をされたが察してくれて、シオマネキの胴体の形をした岩塩を空間魔法で引き寄せてくれた。
「でっかいのがいるみたいだけど、要らないの?」
アベルがこてんと首を傾げる。お前はカニを狩りたいのではなく、普段使う機会の少ない火魔法で遊びたいだけだろ!?
「もういっぱい獲ったから十分かな!? でっかいの出てくる前に撤退しよう」
シオマネキはあまり好戦的な魔物ではないようなので、こちらから刺激しなければ襲いかかって来ることはなさそうだ。
先ほどのでっかいのも、アベルがトレースを使うまでは地面の中で寝ていたみたいだしな。
もう一匹いるのも、上で暴れたせいで泡を吹いて牽制しただけなのかもしれない。その泡がすごく致命的な恐ろしい攻撃なのだが。
「ふむー。もう要らないのなら仕方ないな。足をへし折る時の感触が、なかなか良い手応えの魔物だったのだが」
何を言っているのだこの熊は?
「もういいかな!? 帰ってカニ食べよう、そうしよう!!」
熊が何だか物足りなさそうな顔をしているが、もう帰ってスーパーカニカニタイムだ!!
アベルに目配せすると景色が切り替わって、サルサルのすぐ近くまで戻ってきていた。
転移魔法で塩原を離れる直前、一瞬だけだが地面から巨大なハサミが生えてきたのが、見えた気がするんだ。先ほどアベル達が仕留めたシオマネキのハサミの倍くらいあった気がするんだ。
うん、気づかなかった事にしよう。こわいこわい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます