第140話◆塩の大地

 サルサルの町周辺の気候は一年を通して比較的温暖で、雨期と乾期に分かれている。

 町の南に広がる塩の平原は、雨期の一番雨の多い時期は水没し塩湖となり、雨の全く降らない乾期は塩の荒野となる。

 平原が水で覆われ湖となる時期の光景は、まるで大地が巨大な鏡になったような、非常に美しい光景らしい。

 そして今は雨期の終わり、乾期との切り替わり時期で、平原は湿地帯となっている。

 雨期の間、湖だった場所からは水が引き、白い塩に覆われた地面が姿を見せ始めている


 塩で埋め尽くされているサルサル塩原に生息できる生物は限られている。

 塩ばかりの地で生きていける者――そう、サルサル塩原に住む生物の九割以上は魔物である。

 植物と魚に至っては魔物しかいない。


 そんなに泥濘んでいる塩の大地とか、帰った後での装備の手入れを考えるとうんざりしてくるが、やはりカニの誘惑には勝てなかった。

 装備は帰ったらアベルに甘い物でも渡して、浄化魔法で綺麗にしてもらおう。むしろカニ料理で許してもらおう。

 シオマネキが食べられる魔物だといいなぁ。

 というわけで、さっさとカニを獲って帰ろう。できればいっぱい獲って帰ろう。ついでに何か面白そうな素材があったら獲って帰ろう。



 サルサルの町に一泊して、朝から町の南の塩原へとやって来た。今日は一日、この塩原を散策した後サルサルにもう一泊して、明日の朝オーバロへ向かって旅立つ予定だ。

 塩だらけの場所で、足元も岩塩がゴロゴロ転がっていそうで危険なので、ワンダーラプター達は宿屋でお留守番だ。

 サルサル塩原は遠くから見ると白く見えるが、近くまで来ると真っ白な塩ではなく、ほんのりとピンク色をした塩であることがわかる。


「うわ……、こんな塩だらけのとこに植物が生えてると思ったら、これがサルサルラゴラか、塩系のマンドレイク種は初めて見たな。冒険者ギルドで見た図鑑に載ってた通りちょっと臭いね」

 サルサル塩原に入って暫く進んだ所で、少しピンク味がかった白い葉っぱの植物が生えていた。それを鑑定しながらアベルが顔をしかめている。

 アベルが顔をしかめているその匂いは、俺の前世の記憶にも残っていた。思わずジュストと顔を見合わせたその匂いは、学校のプールの匂いである。

 サルサルの冒険者ギルドでみた図鑑によると、サルサルラゴラは匂いがきつくて目が痛くなる毒ガスを吐き出すと書いてあった。少量なら気持ち悪くなる程度だが、大量に吸い込むと危険らしい。それなんて塩素ガス。

 この周辺が少し臭いのはサルサルラゴラの吐き出したガスのせいだろう。

 このサルサルラゴラの根の部分はものすごくしょっぱくて、すりおろした物はサルサルジャンと言われ、食品を漬け込む為に使うらしい。

 昨日の夕食にもサルサルジャンで漬けた鶏肉が出て来たけれど、とても美味しかった。

 よぉし、サルサルラゴラをいっぱい持って帰って、色々漬けてみよう。


 サルサルラゴラが発していると思われる匂いが気になるので、アベルに風魔法で匂いを散らしてもらって、その後は、ジュストにマンドレイク種の採取のやり方を教える事にした。

「いいかいジュスト、マンドレイク種の魔物は根菜系の野菜のような姿をしている。マンドレイク種の魔物は地面から無理矢理抜くと、殆どの物が叫び声を上げて、その叫び声は精神攻撃の効果がある。恐慌状態や錯乱状態になったり、気絶したりするんだ。生命力や魔力抵抗が低い者は、この叫び声で命を落とす事があるから注意するんだ。いくら自分が平気だからと言っても、周りの人を巻き込まない為にも対策をしないで引き抜い……」


「ギョエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!」


 ジュストに説明をしていると、頭が痛くなるほどのくっそうるさい叫び声が聞こえてきた。

「いいかい? あれがダメな抜き方のお手本だ」

「は、はい」

 少し離れたところで、ドリーがサルサルラゴラを引き抜いているのが見えた。何やってんだあの熊。

 ドリーは魔力抵抗は低いはずだが、筋肉と根性でサルサルラゴラの叫び声を無効化しているのかもしれない。

 ジュストは魔力が多く抵抗力も高いようなので、サルサルラゴラの叫び声に思わず表情が歪んだが、精神的ダメージを受ける程ではなかったようだ。


「マンドレイク系の魔物を抜く時は耳栓を付けるか、叫ばないように睡眠系か麻痺系のポーションか魔法を使うんだ。沈黙系でも叫び声は回避出来るけど、マンドレイク系は毒も吐いてくるからね。抜いた後に毒を吐かれないように、睡眠か麻痺がおすすめだよ。じゃあ、睡眠系の魔法をかけてごらん?」

「はい!!」

 マンドレイク種の抜き方を教えると、ジュストは少し戸惑いながらも、初めてにしては手際よく無事にサルサルラゴラを引き抜いた。


「よし、上手いぞ。じゃあ、次はそのサルサルラゴラの根を付け根のちょっと下辺りで切り落とすんだ」

「え? それは僕の呪い大丈夫なんですか?」

 ジュストが不安そうな顔をするが、マンドレイク系は根を切っただけでは死なない。

「大丈夫だよ。マンドレイク系の魔物は、根と葉っぱの境目に魔石があって、これが残っている限り再生するんだ。だから必要な根の部分だけ切り取って、残りは元の場所に埋めておけば、そのうちまた根が生えてくる。こうすればたくさん採っても、採り尽くす事にはならないんだ」

「なるほど!」

 納得したジュストは、すやすやと眠っているサルサルラゴラの根を切り取って、残った部分を地面に戻した。

「よく出来ました! じゃあ同じようにこの辺りのサルサルラゴラを回収しようか」

 ジュストが基本に忠実にサルサルラゴラを抜いているその向こうからは、時々うるさい奇声が聞こえて来ていた。


「いやー、悪い悪い。俺もサルサルラゴラを抜くの手伝おうかと思ったら、ちょいちょいスリープの魔法がかかってなくてな」

 ボリボリと頭をかきながら、ドリーが引き抜いたサルサルラゴラを手に戻ってきた。

 スリープをかけずに抜いていたのじゃなくて、失敗してたんかい!!

 ドリーは魔法が苦手なので仕方ないというか、そこは睡眠効果のあるポーションか魔道具使お?

「おう、それでサルサルラゴラの叫び声に巻き込まれて気絶した、細かい魔物を回収して来たぞ」

 と、ドリーが差し出したのはザリガニのような魔物や、魚の魔物だ。すでに絶命しているので鑑定してみると、食べられるようなので、ありがたく受け取った。

「マンドレイク系の叫び声も意外と使い道あるな」

「知らない人が近くにいたら迷惑がかかるから、ちゃんとスリープが効いてるか確認しような?」

「そこはしっかり、周囲に俺達以外いないことを確認しているから大丈夫だ」

 そっちじゃなくて、スリープが効いているかを確認しろ!!

 ともあれサルサルラゴラをたくさん収穫出来たので、次の料理で使ってみるかな。


 サルサルラゴラの群生地から更に奥に進むと、今度は白い犬のような魔物の群れが出て来た。

「ソルティドッグだって」

 この魔物にこの名前付けた奴は、俺の前世と同じ世界の記憶がある奴じゃないのか!?

 だいたいあっているけれど、違うそうじゃない。いや、こっちの方が正しいのか!?

 まさかこちらからあちらに、名称だけ輸出された説!? いやいや、ないない。

「確かスコール系の魔法を使うって、ギルドの資料には書いてありましたね。スコールって雨ってことですよね?」

「正解! ただの雨と言っても勢いが強ければ痛いし、塩分を含んだ攻撃は喰らった後放置すると、装備品が劣化するから後の手入れがめんどくさいからな」

 まぁ、俺以外みんな浄化魔法が使えるから、浄化魔法でぱぱってやって終わりっぽいけれど。

 魔法があまり得意でないドリーも手入れがめんどくさいのか、いつも付けている金属防具と大剣はマジックバッグの中にしまっているようだ。

「お、早速スコールがくるぞ!」

 ドリーがそう言った直後、ソルティドッグ達が遠吠えをして、バラバラと上から固形物混じりの雨が降り注いだ。

「痛っ!! 痛たたたたたたっ!!」

 ただの塩混じりの雨かと思っていたら。その塩の粒子が大きく、かなり痛い。

 雨というか雹じゃねーか!! 雨というか飴!? 塩分が混ざっているから塩飴かな!!

 固形物混じりの雨を避ける為、スコールの範囲外まで退避した。アベルだけは表情一つ変えず、傘の様にバリアを展開して雨を凌いでいる。俺達もその中に入れてくれよ!!

「ジュスト、こういう時にはいつでも防御魔法を展開出来るようしておかないとだめだよ。走って避けるなんて脳筋のやる事だからね? 光魔法でバリア張る方法は教えたよね?」

 うるせぇ。

「はい!!」

 アベルに言われてジュストが光魔法でバリアを作ったのが見えた。

 すっかりヒーラーらしい魔法を使いこなすようになって、俺もうれしいよ。次はもっと早く出して、そのバリアの中に俺も入れてくれ。


「そして、避ける必要がないなら、すぐに反撃もできる」

 アベルがパチンと指を鳴らすと、炎の矢がアベルの周りに現れて、ソルティドッグに向かって発射された。

 炎の矢に貫かれたソルティドッグの群れは、そのまま燃え上がり灰になった。

 あ、素材……ってまぁ毛皮と肉くらいしかなさそうだしいいか。犬系の魔物肉はジュストも食べにくいだろうしな。


 サルサル塩原は見渡す限りの塩の世界なので、火魔法で激しく引火する物がない。

 火魔法は攻撃として使いやすいが、燃える物の多い場所や閉所での使用は危険が伴う。

 それに火魔法を使うと素材も燃えちゃうからね。

 その為、攻撃向きの魔法にも関わらず火魔法を主力として使う者は案外少ない。

 そんな普段あまり使う機会が無い火魔法を、サルサル塩原に来てからアベルが楽しそうに連打している。

 火魔法派手で楽しそうね。別にうらやましくなんてないんだからね。



 ソルティドッグの群れに遭遇した場所から更に塩原の奥へ。

「おっ!? グラン、いたぞ!」

 ドリーが指さした方向を見ると、でっかい塩の塊の陰に人間の顔程の白いカニが見えた。

 片方のハサミだけが異様に大きい。サルサルの冒険者ギルドで見た資料によると、大きい方のハサミがある方が利き手らしい。


 探したよ! シオマネキ君!!

 さぁ、カニ漁の時間だ!!



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