第137話◆ ヒーラー様には足を向けて寝られない

「あのー、僕今更気づいたんですけど」

「ん? どした?」

 野営の準備をしていると、手伝ってくれていたジュストが、遠慮がちに口を開いた。


「このパーティーってヒーラー必要なんですか?」

 あ、そこ気づいちゃったか。


「ぶっちゃけ、俺も何もしてない。あのゴリラ二人が全部なぎ倒してる。ちなみにこの世界のゴリラは、筋肉の精霊のことな」

「あ、はい。やっぱりそうですよね。僕、完全に寄生ですよね?」

 ヒーラーや初心者が、パーティーメンバーに恵まれた時に必ず陥る心理だ。

 万年火力不足の俺もその心理はすごくよくわかる。敵に触る前に、敵が全て溶けている。すごくよくある。

「うーん、ヒーラーの仕事がないっていうのは、パーティーが安定しているって事だからな。逆に言うとヒーラーが忙しい時は、パーティーが危ない時だ。そういう時はヒーラーがいなければパーティーは壊滅する。ヒーラーっていうポジションは暇でいいんだ。暇なうちにメンバーの癖を覚えて、ここぞという時にカバー出来るようにしておくんだ」

 ヒーラーというポジションは、パーティーの生殺与奪を握っていると言っても過言ではない。

 戦闘の激しい場所において、パーティーの命を握っているのはヒーラーなのだ。

 ヒーラー様には本当に頭が上がらない。


「パーティーメンバーの癖ですか? ドリーさんなら一番初めに突っ込んで行くとか。アベルさんなら遠距離から攻撃するとか、グランさんなら……魔物の死体回収してるとか?」

 何も間違っていないのでぐうの音も出ない。

「うん、そうだな。今は格下の相手しかいないから、アベルもドリーも傷を負う事はないからな。しかし、傷を負ってしまうと引かなければならなくなる。そうすると、敵はそこをついて攻めてくる。だから、アタッカーが攻撃の手を止めなくてもいいように、ヒーラーがあらかじめ回復を飛ばせるようにしておくんだ。味方が傷を負ったのを見てから回復するより、敵が誰を狙っているかを見て回復の準備をしておくんだ。回復は守る為だけじゃなく、攻める為でもあるんだ」

 ヒーラーが信用出来れば、アタッカーは安心して攻撃が出来る。そうすれば攻撃の手数は増え、パーティーの殲滅力は上がる。

「なるほど」

「今はヒーラーの仕事がほとんどないから、今のうちに敵が誰を狙っているか見定める練習をしておくといいぞ。その為には、魔物の種類と特性も覚えないといけないから、ヒーラーは覚える事がたくさんあるぞぉ」

「は、はい! がんばります!」


 ヒーラーはアタッカーほど派手なポジションではない。むしろヒーラーが派手で目立つポジションになってはいけないのだ。

 ヒーラーの活躍が目立つということは、それだけパーティーが追い詰められている事になる。上手いヒーラーは平時、パーティーがそういう状況に陥るような回復の回し方をしない。故に仕事の出来るヒーラーほど、そのパーティーに回復が不要に見える事だってある。

 高ランクの狩り場で、負傷を気にすることもなく、疲れもあまり感じず楽に戦えるのは、ヒーラーが優れているからこそなのだ。

 そして、回復のキャパを超えそうな時に、あらかじめ引き時の提案をするのもヒーラーの仕事である。その為には周りを見る目を磨き、パーティーリーダーに意見するだけの実力を付けておかなければいけない。

 命は一つ、死ねば終わりなのだ。"まだ行ける"は命取りになる。攻撃に集中していると、気づかないうちに視界が狭くなる。アタッカーがそんな状態の時、冷静に戦況を見続けてストップを掛けるのもヒーラーの役目だ。

 

「けっして感情的にならず、メンバーより一歩引いた場所で、パーティー全体の状況を把握する練習を暇なうちにしておくんだ。そうだなぁ、テレビの画面で第三者としてドラマでも見てる気分で、常に枠の外から見てる感じかな? 俺はヒーラーじゃないから細かい事はわからないが、ヒーラーは絶対に冷静さを失ってはいけないと、知り合いのヒーラーがいつも言っていたな」


 そういえば、ドリーのパーティーのヒーラーのおねーさん暫く会っていないな。元気にしてるかなぁ。

 ヒーラーのイメージ通りの、癒やし系の優しいおねーさんなんだけど、怒ると怖いんだよね。回復魔法の届かない場所まで突っ走っていったり、バフ掛けてくれている時についフラフラと走り出したりすると、優しい口調でものすごい圧のあるお説教が待っていたな。

 ああ、ダンジョンで罠をちゃんと確認しないで踏んで、うっかり罠発動させた日なんかもう……これはドリーがよくやるやつだ。

 遠距離から高火力攻撃ぶっぱして、魔物の注意がタンクから逸れてパーティーの後方まで魔物が突っ込んで来た時とか……これはだいたいアベルが原因。

 よく、説教されていたなぁ。俺は多分何もやらかしはしていない。ちょっとニトロラゴラの地雷原を駆け抜けて怒られた事があるくらいだ。

 時々怖いけれど世話好きの優しい人なんだよね。ドリーとアベルの暴走を止めてくれる、おねーさんというかお母さんみたいな人だったよね。

 リヴィダスさん元気にしてるかなぁ。


「グランとジュストは何話してるのー? ご飯まだー?」

 今日は野営になるので、ジュストと屋外での食事の準備をしている所にアベルがやって来た。

 いつもなら出来上がった物を収納から出して終わりなのだが、俺達と一緒に行動するようになってから初めての野営のジュストに、倒した魔物を食べる為の手順を教えていた。

 いつもより食事の準備に時間がかかっているので、アベルが痺れを切らして催促に来たようだ。


「ジュストにヒーラーの心得の話をしていた」

「ぷっ! それグランにされたくない話だよね」

 アベルが小さく吹き出した。失礼な奴だな。お前ほどヒーラー様に迷惑を掛けていないはずだ。


「いいかい、ジュスト。グランとドリーはヒーラー泣かせだ。奴らみたいな脳筋は、放っておくとどんどん暴走する。そうなる前に躾が大事だ。戻れと言ったら戻るように、待てと言ったら待つように躾ける事」

「躾けですか?」

 戻れと待てとか犬かよ!!

「回復や補助系の魔法で戦況を管理できる魔法職はパーティーで一番偉いんだ。俺も空間魔法で、暴走するゴリラ達を引き戻す事がよくあるからね。俺の場合は空間魔法で暴走するゴリラを引き戻せるけど、ジュストはそれが出来ないから、そうならないように躾けないといけないよ。回復の届かない場所に行ったり、余計な攻撃くらうような行動したり、脳筋達はすぐ暴走するからね」

「空間魔法すごいなぁ」

「うん、俺の事はもっと敬っていいよ」

 アベルの空間魔法には何度も救われているので反論できない。ヒーラーがいなくても少々無茶が出来るのは、アベルの空間魔法のおかげなのだ。


「このメンバーだと、ドリーは頑丈だからって多少の負傷気にしないで突っ込むから回復の手間がかかるし、グランはグランで予想外の行動する事多いし、どっちもヒーラー泣かせだよ」

「アベルだって、後方から高火力魔法撃って敵の注意をパーティーの後方に向ける事あるだろ」

「あれは、ヒーラー泣かせじゃなくてタンク泣かせなの!!」

 アベルはタンクに土下座するべき。

 タンクとは防御に特化して、敵のヘイトを背負うパーティーの壁役の事である。


「何だ、ヒーラーの話をしてるのか?」

 ドリーまでやって来た。出たよ、一番のヒーラー泣かせ。

「体を鍛えれば多少の負傷も気にならなくなる。その分ヒーラーの回復が遅れても耐えられる。回復の回数が減れば、それだけ手数に余裕が出来るからな。そしてヒーラーも体力勝負だ。パーティーのメンバーより先にくたばっていたら、ヒーラーの仕事は出来ない。つまり体力と筋肉だ。まぁ、時間はあるからな、旅をしながらしっかり鍛えてやる」

 ダメだコイツ、脳みそまで筋肉すぎる。

 確かに体が頑丈なら回復のお世話になる回数は減るし、身体強化スキルも元の体の強さが関係してくるから、冒険者にとって体を鍛える事は重要だ。

 だがドリーの鍛錬は、ゴリラ専用メニューなので凡人には辛い。あれに巻き込まれるのはまっぴらごめんだ。

 とりあえず巻き込まれそうな時は、一番鍛錬の必要なジュストを生贄に差し出して逃げよう。




 というわけで、今日は野営だ。

 次の町まで距離があって最初から野営の予定だったので、少し早めに移動をやめて、ジュストに魔物の解体方法を教えながら野営の準備に取りかかっていた。

 アベルの転移魔法で一旦町に帰って宿に泊まればいいのだが、今日はジュストの野営研修みたいなものだ。それに野宿なら宿代も浮くしね。

 ジュストの呪いは自分で殺さなければ進行しないようなので、すでに死んでいる物の解体作業なら出来る。最初はあまり大きくないウサギ系の魔物からだ。


 ちなみにジュストの簡易食料生成のスキルは、魔力の有る物を触媒にして食料を作り出せるというか、見た目的には触媒にした物を食料に変える感じなのだが、なんともよくわからない謎の肉が出来て、あまり美味しくないので封印する方向になった。

 保存食よりもひどい味なので、アベルもドリーもそれに賛成した。どうしても食料が無いときの最後の手段だ。食べる物があるのなら、無理して美味しくない物を食べる必要はない。


 あまり大きくないウサギ系と言っても、ジュストの記憶にあるウサギよりはかなり大きいだろう。大型犬くらいのサイズはある。

 ジュストは、初めての解体作業に四苦八苦しながらも何とか解体する事が出来た。

 慣れないうちは肉がボロボロになったり、内臓を傷つけて汚物が飛び出したりと大変だが、やっているうちに慣れて上手く解体出来るようになるだろう。

 自分で魔物や動物を倒すことが出来なくても、解体方法を知っておいても損は無い。知識は場所を取らないからね。

 それにアベルやドリーのように魔物を倒せても、解体を任せたくないタイプの人種もいる。

 アベルは解体自体が嫌いで、ここ数年魔物を解体している所を見たことが無い。多分出来る事は出来るだろうが、やらせない方が無難だと俺の勘が言っている。そしてドリーは解体が出来るし、やるけれど大雑把だ。ぶつ切りヤメロ。それは解体とは言わない。

 綺麗に解体すれば、取れる素材も傷が少なくて、買い取りの時に難癖付けられて買い叩かれずに済むからね。お金重要。


 血抜きして解体したウサギの魔物の肉を、野菜と一緒に串に刺して、それを焼く作業はジュストに任せた。

 その横で俺は、簡易コンロと深めのフライパンを取り出して、別の料理を作っている。

 せっかく長米っぽい穀物のリュとか、香辛料がいっぱいあるからね。


 香りの強いエリヤ油をたっぷりとフライパンに引いて、みじん切りにしたタマネギをじっくりと半透明になるまで炒め、途中で刻みニンニクをたっぷりと足して更に炒める。

 タマネギが飴色になったらリュを加えリュが半透明になるまで炒め、白ワインと水を足す。

 一煮立ちしたところで、ウサギの魔物の肉とキノコ類を入れて、一緒にバターとターメリックを入れて、ナッツソルトという木の実と岩塩を細かく砕いた調味料を振って、蓋をしてリュに火が通るまでコトコトと煮込む。

 最後に皿に取り分けて、パクチーの葉っぱを少々とレモンを添えればウサギ肉のパエリアもどきの完成だ。香辛料の産地のシランドルでもサフランは高価なので、そのかわりにターメリックを代用した。


 香辛料が高価なユーラティアでは、香辛料の代わりに、味の濃いナッツ系の食材と岩塩を混ぜ合わせた調味料が、家庭で自作されてよく使われている。

 ハーブソルトみたいな物だな。混ぜる木の実によってかなり香りも風味も変わるので、まさに家庭の味である。楽しくて俺も色々作ってみたよね。色々作りすぎて何が何やらわからない状態で、収納に投げ込んだままの物もある。


 そしてパクチーを見たアベルに、眉をひそめられるまでがセットだ。

 ちょっとだけならアクセントみたいなもんだから、まぁ食ってみろ。


 目が覚めた頃は犬の顔に慣れず、上手く食事が出来なかったジュストだったが、今ではずいぶん慣れて普通に食事が出来るようになっている。

 彼としては今の姿に慣れてしまうのは複雑な心境なのだろうが、ちょっとずつこの世界に馴染んで前向きに生きて欲しいなと思う。


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