第136話◆腐っても続くから腐れ縁
街道を移動するにあたり、ジュスト用のワンダーラプターも購入しようと思ったのだが、ついこないだまで動物に騎乗する事なんてほとんどない別世界の平和な国で暮らしていた彼に、いきなりワンダーラプターに乗るのは無理そうだった。
というか、ワンダーラプターは自分より格下と認識した相手には、まともに従わないのだ。
ギフトを失ってしまい、普通の十四歳の少年よりちょっと戦闘向きのスキルが有るくらいのジュストは、ワンダーラプターに舐められまくって、餌だけ受け取ってツーンってそっぽを向かれてしまった。
もうちょっと強くなったら、拳で語ってどちらが格上かわからせれば、きっと友情が芽生えるから落ち込まないで。
というわけで初心者でも乗りやすく、なおかつ足の速いオストミムスという、首の長い二足歩行の下級亜竜種をジュスト用に購入した。竜種なので爬虫類っぽいが、その体型は前足のあるダチョウのようで、口も嘴状になっている
オストミムスは雑食性で温厚な性格で初心者でも扱い易い。戦闘能力は低いが、足の速さはワンダーラプター以上である。少し臆病なところがあるので、前線で一緒に戦うには向いていない。
ジュストのオストミムスは、彼の体型に合わせて小型の物を選んだ。最初は少し戸惑っていたが、少し練習をした後はなんとか乗れるようになった。
なおこの費用は、ジュスト君のお小遣い帳にマイナスとして付けられている。金銭の管理は、彼がこの世界で生きて行くケジメのような物なので、ヒーラーとして稼げるようになったら返済予定だ。
ジュストの冒険者登録も無事に終わって、騎乗用のオストミムスも購入して、さぁ米探しの旅を再開だ!!
「ジュスト、君さ、なんでドラゴン倒して、その死体放置したのおおおおおおお!!!」
アベルがガチギレしてるの久しぶりに見たなぁ。
っと、そんな暢気な事を言っている場合ではない。
俺達は現在進行形で、腐臭を撒き散らすドラゴンゾンビに追われている。
意気込んで町を出発したのだが、町を出て暫くしたところで突然小型のドラゴンゾンビが現れて目を疑った。
ドラゴンゾンビとは、その名の通り死んだ竜種系の魔物が、ゾンビ化した物である。ゾンビの出来る原理には色々あるが、このドラゴンゾンビは死して尚、生への執念とドラゴンの体に残った魔力が結合して、生命活動を終えた体を動かしているタイプだろう。
その強さは、生前の強さによって決まる。俺たちの前に現れたドラゴンゾンビは、小型の亜竜種がゾンビ化した物だろう。
街道沿いでドラゴンゾンビと戦うのは危険だ。小型と言っても亜竜種の中では小型というだけで、普通の魔物だと中型の部類だ。
そして、ドラゴンゾンビは己の体が腐敗して出来た、ガスをブレスとして吐き出す。とても臭い上に毒ガスである。元竜種なので魔法を使う事もある。倒したら倒したで、肉体が崩れて辺り一帯に腐肉をまき散らす。街道沿いで倒すと行き交う人々の迷惑になる。
人通りの多い場所で戦うには危険な魔物なので、街道から離れて戦いやすい場所へと誘導している。
そしてアベルがキレ散らかしているように、このドラゴンゾンビはどうやら、以前コウヘイ君が倒して放置した物だと思われる。
ゾンビ化してからずっとコウヘイ君を探していたのだろう。ジュストの姿を見るなり襲いかかってきた。
ジュストに確認したら、やはり竜種のような魔物も倒した事があったそうだ。自分では解体出来ないし、町にも入れないので放置して来たそうだ。
なんと、勿体ない。いや、魔物の死体の放置はこのようにゾンビ化する危険もあるから、絶対ダメ!
「ジュスト、竜っぽい魔物はどの部位も素材として非常に優秀だ、売っても高いぞ。次からは血の一滴も残さず回収するように。収納に余裕が無ければ他の安い素材は捨ててでも、ドラゴン系の魔物の素材は回収しておくんだ。それと、ドラゴン系の魔物の肉は美味しい、いいね?」
「はい! わかりました!!」
うむうむ、わからない事はこれから覚えていこう。それを教えるのが俺達大人の役目だ。
「グラン、そうじゃないでしょ!! 肉は美味しいけど死体は放置するとアンデッド化する時があるの!! ドラゴン系がアンデッド化すると危険だからちゃんと始末するの!! ドラゴンだけじゃなくて魔物も人間も死体は放置しちゃダメ!! いいね!?」
ちょっと不穏な単語が混ざっている気もしたが、アベルの言うことは正しい。死体の放置絶対ダメ!
「は、はい!!」
「ちょうどいい、ジュストの光魔法と聖魔法がどれくらい成長したか、試してみようじゃないか。火魔法は禁止だ」
ドリーがニヤニヤとアゴをさすっている。ええ? ギフトの補助もないのに、ドラゴンゾンビは早すぎない!?
ヒーラーの仕事は傷を癒やすだけではない。回復魔法は聖属性や光属性が使いやすく、それらの属性はアンデッド系に大きな効果がある。故にヒーラーは、アンデッド系の魔物に対してそこそこ強い。
アンデッドなら生きていないから、ジュストが倒しても大丈夫だしな。
レイヴン曰く、ジュストの呪いはジュスト自身が、生きている物の命を奪わなければ呪いは進行しないらしい。
魔物や精霊などの類でなければ植物はセーフだが、虫は小さくてもアウト。そして、強い力を持つ者ほど呪いの進行は早くなるらしい。ならば、細かい物なら多少は平気かと言うと、どんなに小さくても積もれば大きくなる。これからの長い人生、小さな命を知らず知らずに奪う事が何度もあるだろう。それが積み重なり呪いはジワジワと進行していくのだ。
「ドリーも暢気な事言ってないでちゃんと注意してよ!!」
「うむ、そうだな。アンデッド化すると腐って素材が減るからな。肉が食えなくなるし、皮も使えなくなる。次からは気をつけろ」
「そうじゃないだろ!! 二人ともジュストに甘過ぎだろ!!」
アベルさん、お言葉が乱れていますよ。
ドラゴンゾンビは執拗にジュストを狙っているので、ある意味誘導しやすい。そしてジュストの乗っているのはオストミムスなのでとても足が速い。ドスドスと走って追いかけてくるドラゴンゾンビに追いつかれる事はないので、速度を調整しつつ安全に戦える場所へと誘導している。
ドラゴンゾンビは翼が腐り落ちてしまっている事が多い為、空を飛ぶ個体はほとんどいない。
自然発生したアンデッドの動いている原理は生命活動ではなく、残留思念と体に残っている魔力、周囲から吸収した魔力で動いているので、大きな物ほど動きは遅い。魔力で動いているので、魔力が切れると自壊する。
余談だが、人工的に作り出されたアンデッドはこの限りではなく、めちゃくちゃ素早い物や、生きている物とほとんど変わらない見た目の物もいる。
このドラゴンゾンビは執拗にジュストを追っている事を考えると、コウヘイ君への怨念が本体の魔力や付近の魔力を集めてゾンビ化したのだろう。
冒険者ギルドで周辺の報告を確認した時に、ドラゴンゾンビの出現情報は無かったので、これまで人間に被害が出ていないようなのは幸いである。
コウヘイ君の後を追って移動していたのだろうが、足が遅い為にコウヘイ君を見失った辺りで彷徨っていたのかもなぁ。そして南部に行っていた彼は俺達と一緒に戻ってきた。コウヘイ君の魔力を感じ取って、吸い寄せられて来たのだろう。
見た目は変わっても魔力は変わらない。魔力は個人によって違う為、魔力をたどれば個を特定する事ができる。
「この辺りなら、他人を巻き込む事はないだろう」
街道から離れ、少し開けた場所でドリーがワンダーラプターの速度を緩めた。
「アンデッドの弱点はわかるかい?」
「はい! 光と聖と火ですね、あと銀にも弱い」
うむうむ、冒険者ギルドの初心者講習で教えてもらえる基本中の基本だ。ちゃんと大事なことを覚えていて偉いぞ!!
「じゃあ、俺達は手伝わないからね。ジュストがアレを倒すんだ。グラン、手伝ったらダメだよ」
「お、おう」
ドリーのしごきはいつも厳しいが、アベルも同様だった。
ガンダルヴァの村にいる間、戦闘面はこの二人に任せていたしなぁ。ジュストがどれくらいの強さなのか、実はよく知らない。
でも、冒険者登録したばかりの子にドラゴンゾンビソロは無茶過ぎない?
「一人で倒したら、それの取り分はお前のだからなー、がんばれよー」
ドリーの応援が何とも現金であるが、現状お金のないジュストにとってドラゴンゾンビの素材は、とても美味しい資金源だ。倒し終わったら、解体方法を教えるのは俺の仕事だな。ゾンビだから肉がないので、解体は楽な部類だ。
「燃やすと素材が無くなるから気をつけるんだ」
ドリーが火魔法は禁止と言っていたから火は使わないと思うけれど、一応釘を刺しておく。光魔法でも熱量次第では燃えちゃうからね。
「はい!」
アンデッド系は燃やしてしまうのが一番手っ取り早い処理だ。死体とか骨とかはよく燃える。
ただし、大型の物は残った肉の内部に腐敗ガスを溜め込んでいる可能性が高く、よく燃えたついでに爆発する奴もいる。
そして燃やしてしまうと、素材が残らないので稼ぎが無くなってしまう。ゾンビになっているとはいえ、ドラゴンゾンビならその骨は高く買い取ってもらえる。
じゃあどうやって倒すかっていうと、アンデッドの動力はその魔力や、取り憑いている思念、時には精霊や妖精の類いが取り憑いて動かしていることもある、それらを取り除けばアンデッド系は動かなくなる。もしくは、動けない程に粉々に粉砕してもよい。
何かが取り憑いて動いているタイプのアンデッドは、リビングデッドと呼ばれ、死体のくせに意思を持って動いていて、知能が有る個体もあり少々やっかいだ。自然発生するアンデッドのほとんどはリビングデッドだ。
一方魔力だけで動いているアンデッドには、意識などなくただ生への渇望、もしくは作り出した者からの命令で動いている。こちらは、知能がほとんどない為あまり複雑な動きをして来ない事が多い。死霊使いとかネクロマンサーと呼ばれる者が魔力で操っている類いのアンデッドはこちら側になる。
ちなみにこの魔力だけで動いているアンデッドは"物"という扱いらしく、俺の分解スキルで粉々に出来る物が多い。ただ、術者と魔力で繋がっているせいなのか、収納には納める事は出来なかった。
今目の前にいるのは、リビングデッドの方のゾンビだ。リビングデッド――つまり、生きている死体だ。
コウヘイ君に殺された後、生への執念と自分を殺した者への怨念で動いているのだ。
リビングデッドからそれを動かしている怨念を取り除くのは、光魔法や聖魔法で浄化するのがよい。稀に意思疎通が出来る個体なら、説得して成仏して貰う事もできるが、目の前にいるのは生への執着とコウヘイ君への怨念の塊なので説得は無理そうだ。
魔法の事はよくわからないが、肉体にしがみついている原理が闇や沌属性の魔力らしいので、その繋がりを弱点である光魔法や聖魔法で取っ払ってしまうらしい。
ジュストは勇者だった頃に光魔法と聖魔法を頻繁に使っていたらしく、そのスキルはギフトが消えた後でも残っていたので、それが今の彼の主力だ。
ジュストが乗っているオストミムスは臆病で、一緒に戦うには向かない。ジュストはオストミムスから降りて、一人でドラゴンゾンビの方へと向かっていった。
ジュストが小柄なので、小型なドラゴンゾンビが大きく見える。
「一人で行かせて大丈夫なのか?」
ハラハラとしながらジュストの後ろ姿を見守る。
「多分? ギフトによる強さは無くなったけど、それでも以前に戦って得た経験は残っているみたいだからね」
「うむ、ガンダルヴァの村にいるうちに鍛えたので、今は素手でもEランク相当の実力はあると思うぞ。まぁ、苦戦するようなら鍛え直しだな」
Eランクって、ドラゴンゾンビって小型でもDの上かCの下くらいだろおおおおお!!!
遠距離からチクチクと、魔法でドラゴンゾンビを攻撃しているジュストを、ハラハラとした気持ちで見守っている。
時々ドラゴンゾンビの攻撃がかすっているのも見える。体格差があるので、一発でも直撃すれば致命傷だ。それに持久戦になると、不死の魔物と、あまり鍛えていないジュストでは、ジュストの方が不利だ。
ランク差や経験を考えてもこれは無理なのでは。
ジリジリと押されているジュストを見ていると、そろそろ助けに入ってもいいのではないかとチラリとアベルを見た。
「ダメだよ。あの子は今までギフトの圧倒的な力に頼って、魔物を倒して来たんだ。そのギフトを失った後も、心のどこかに魔物は簡単に倒せる物だという思い上がりがある。ちゃんとそれを潰さないと生き残れないよ」
アベルの言うことはもっともである。強力なギフトを持っているアベルの言うことだからこそだ。
「ジリ貧の戦いになるだろうが、相性的に勝てない相手ではない。己の力量を再確認し、倒すことが出来れば自信にもなる。ギリギリまで手出しはするな」
「わかってるよ」
わかっているけれど、苦戦しているジュストを見ているのは心臓に悪い。
ドラゴンゾンビはタフなので、ジュストはかなりジリ貧な様子で、肩で息をしながら、攻撃をギリギリで交わして魔法でチクチクと戦っている。
あ、こけた!!
ドラゴンゾンビの魔法攻撃を避けそびれて、地面に転がったジュストを助けに行こうとしたら、ドリーに腕を掴まれて止められた。
「まだだ。ここで助けると、危なくなったら助けが来ると甘えが生まれる」
いやいや、そうは言っても格上の魔物と戦っているのだ、普通に考えて勝つのは難しい。
「相性的には格上だけど勝てる相手だからね。それに俺達もドリーの無茶振りに耐えたじゃん?」
そういえば、ドリーと知り合った頃、問答無用でオウルベアーの縄張りに放り込まれたな。アレは死ぬかと思った。
オウルベアーとはフクロウの頭にヒグマの体をした魔物で、Bランクでも弱い部類の魔物だが、腐ってもBランクである。そんな魔物の縄張りに当時Dランクだった俺は、ドリーに嵌められて放り込まれた。逃げ回りながらヒィヒィ言いながら倒したのを思い出した。
ドリーの無茶振りな特訓は、死なない程度の絶妙な匙加減なのだが、一歩間違えればマジで死ぬ。本当にやばいときは助けるとは思うけれど……助けるよね?
いざとなったら、アベルが転移魔法で引っ張るよね? 信じていいよね!?
こけたジュストを踏みつけようとしたドラゴンゾンビの足を、ジュストは立ち上がりギリギリで躱して光魔法で剣を作って切り飛ばした。
片足を失ったドラゴンゾンビはバランスを崩すが、アンデッドには痛覚がない。バランスを崩しながらも口を開けて腐敗したガスのブレスを吐こうしている。
あー、まずい。
魔法剣などの魔法で武器を作り出す類いの魔法は、威力は高いが魔力の消耗が非常に激しい。剣はすぐに消したがジリ貧状態で戦っているジュストには、この魔力の消耗はさらに追い詰められる可能性がある。
案の定、魔力を大きく消耗したジュストは、すでにフラフラしている。その正面では、ドラゴンゾンビが大きく口を開けて、ブレスを吐き出そうしていた。
「うわあああああああああああっ!!」
ジュストが声を上げて拳を振りかぶりながら、口を開けているドラゴンゾンビへと突っ込んでいった。
さすがにまずいだろ!!
動こうとしたが、ドリーが俺の腕を掴んで放さない。
「まぁ、見とけって」
ドラゴンゾンビへ向かって突っ込んでいくジュストの拳が光を纏い、その光る拳をドラゴンゾンビの口の中に叩きつけた。
パァァァァンッ!!
光が弾けて、ドラゴンゾンビの頭が吹き飛んだのが見えた。
それがとどめだったようで、ドラゴンゾンビの体がボロボロと崩れ始めた。そしてジュストも限界だったのか、その場に崩れ落ちるように倒れた。
「な? 筋肉は全てを解決するだろ?」
いやいや、ギリギリじゃねーか。
ドリーが俺の腕を放したので、倒れているジュストの回収へと走った。
この後、魔物の優先して回収する部位と解体方法を教えるつもりだったのに、ジュストにはもうそんな体力はなさそうだ。
というか、ドリーはジュストをゴリラヒーラーにするつもりか!?
「ドラゴンゾンビ倒しましたよ!!」
ジュストの所まで行くと意識はあるが、魔力も体力も使い切ってしまっているようだ。
「こ、これで、ちょっと僕のお金増えますよね?」
「ああ、増えるよ。後でデカイ魔物の解体方法を教えるからな、とりあえず休んどけ」
肉の部分が崩れて骨と魔石だけになったドラゴンゾンビを収納に回収した後、魔力枯渇で動けなくなってしまったジュストを背負って、オストミムスのところに戻った。
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