第135話◆ 新しい名前

「ジュストさんですね。こちらが冒険者カードになります。なくすと再発行の手数料がかかるので気をつけてください」

「は、はい!!」


 コウヘイ君改めジュストが、冒険者ギルドの受付のお姉さんから、出来たての冒険者カードを受け取って、パタパタと尻尾を振りながらこちらに走ってきた。

「グランさん! 僕、冒険者になれましたよ!!」

 犬みたいで可愛い。いや、見た目だけなら犬の獣人だったわ。


 ガンダルヴァの村を出て、オーバロへ向かう街道沿いの町までアベルの転移魔法で戻ってきた。

 そこでまず、コウヘイ君の冒険者登録をする事にした。

 不幸中の幸いと言っていいのかわからないが、犬の獣人のような姿になった為、年齢はわかりにくくなり、指名手配の手配書の姿絵とは全くの別人になって、無事に冒険者登録をする事が出来た。


 その際、名前がコウヘイのままだと、この辺りでは珍しい名前の為、疑われても困るので、コウヘイ君は新しい名前を名乗る事になった。

 それが"ジュスト"という名前だ。異国の言葉で"公平"とか"正しい"という意味だ。

 コウヘイという名前は使えないが、少しでもコウヘイ君の存在を残そうと、ガンダルヴァの村を出る前の日に二人で考えた。

 今度こそ、彼が間違えませんように。そういう意味もある。


 そしてコウヘイ君は自動翻訳のスキルのおかげで、会話は出来て文字を読むことは出来るが、文字を書くことは出来ない。

 とりあえず、自分の名前と年齢くらいだけでも書けるようにと、ガンダルヴァの村にいるうちに少しだけ文字を教えておいた。

 おかげで冒険者ギルドの登録用紙も自分で書くことができた。


 冒険者登録の申請をしてコウヘイ君が初心者講習を受けている間、俺は冒険者ギルドのロビーで彼が戻って来るのをソワソワしながら待っていた。受験生の親はこういう気分なのだろうか。

 そして、初心者講習を終えて冒険者カードを受け取って、コウヘイ君はジュストになった。

 彼はこれから、ジュストとして生きて行くことになる。


 規定の年齢を超えていれば誰でも登録できる冒険者ギルドは、身元のはっきりしない者の受け皿になっている。会話もしくは明確な意思疎通が出来て、人間の法を守る意思があるのなら、人間以外の種族でも冒険者ギルドに登録する事ができる。

 しかし時々、以前のコウヘイ君のように、見た目の年齢で断られるケースもある。はっきりと身元を証明できる手段を持たない者が多いこの世界では、外見で判断される事も少なくない。

 人間以外の種族である事を示すはっきりとした身体的特徴がある場合は、年齢の追及は緩くなる場合が多いのだが、コウヘイ君の場合は見た目が完全に人間だった事もあって、規定の年齢に達していない人間だと判断されたのだろう。

 大きな町の冒険者ギルドなら、年齢やスキルを確認出来るスキル持ちが常駐していたり、魔道具があったりもするが、小さな町の冒険者ギルドだと登録の受け付けをした冒険者ギルドの職員次第になるので、以前のコウヘイ君の不運さには同情する。

 こういったケースの時は、大きな町の冒険者ギルドに行って再度登録申請する事を勧められるのだが、コウヘイ君は大きな町に辿り着く前に指名手配されてしまったらしい。


 エルフやドワーフのような見た目が人間に近い種族をはじめ、獣人のような人間よりも獣に近い姿の者でも、人間の法を理解し意思疎通の手段を持っているなら冒険者になる事ができる。むしろ、登録時の審査は人間より緩いくらいだ。

 獣人は身体能力に優れた種族が多い為、冒険者として人間社会に混ざって生活している者も少なくない。

 そういう背景もあって、獣人のような姿になったコウヘイ君は、今回あっさりと冒険者になる事ができたのだ。


 誰でも登録できるので、ランクの低いうちの冒険者カードは、身分証明書としての信用はほとんどない。コツコツと仕事をこなしてランクを上げれば、ランクに見合っただけの信用が得られる仕組みだ。

 冒険者という職業は、後ろ暗い事情のある者がやり直す事も可能なのだ。

 もちろん冒険者になっても、法を犯せばランクは下がるし信用も失う。あまりに素行が悪いと登録抹消もある。冒険者から登録抹消されてしまうと、再登録の審査は厳しく、再登録出来てもランクアップの審査は前回よりも厳しくなる。

 誰でも受け入れられて手軽に稼げる冒険者だが、そこからあぶれてしまうと、苦しい生活が待っている事になる。そうなると、底辺の生活を送るか、犯罪に手を染める生活になってしまう事が多くなる。


「せっかく冒険者登録したから、何か依頼をやってみるか?」

「はい!」

 今日は、ジュストの冒険者登録もあって、一日この町に滞在する予定だ。

 俺がジュストの冒険者登録に付き合っている間、アベルとドリーは暇つぶしにこの町周辺の魔物の討伐依頼に行っていて、暫く戻って来ないので、簡単な依頼をやるくらいの時間はある。


 この辺りもコウヘイ君の所業で、低ランクの魔物が多い。

 この現状を知ったジュストはしょんぼりしていたが、もうコウヘイ君はいない。今は冒険者達が増えてしまった低ランクの魔物をせっせと討伐している、多少時間はかかるだろうが、元の環境にもどるだろう。



「依頼の受け方は聞いてるよな?」

「掲示板に貼り出されている用紙を剥がして、カウンターに持って行くんですよね?」

「そうそう、じゃあ掲示板で出来そうな依頼を選んでくるんだ」

 最初のうちは、町の中の安全な依頼ばかりなので、生き物を殺すことの出来ないジュストでも、安心して依頼を受けることができる。

「はい!」

 返事をして小走りに掲示板に走って行くジュストは、何だか楽しそうだ。

 初めて冒険者ギルドで依頼を受けた時は、俺もワクワクしたしな。前世の記憶があったから、物語とかゲームの一シーンのようで、胸が高鳴ったのを覚えている。


 ジュストが掲示板を覗き込んでいる近くには、何だか小汚い冒険者がたむろしていた。

 社会的脱落者の受け皿になっている冒険者ギルドは、素行の悪い者も少なくない。悪さをするとペナルティや、ランクダウンの可能性があると言っても、くだらない悪さをする頭の悪い奴はいる。

 間の悪い事に、人の少ないこの時間、ギルドの職員はカウンターの奥で事務作業をしているようで、ロビーの方を見ていない。


 小汚い冒険者達が何やらヒソヒソ話しながらジュストに近づいて行っているのが見える。時々いるんだよなぁ、初心者に絡んでいびりたがる暇人。子供に絡んでカツアゲするにしても、低ランクの子供がそんなお金持っている訳ないのにな。

 とりあえず、ジュストに近付いている頭悪そうな冒険者に軽く威圧を飛ばしておいた。俺の存在に気づいたのか、こちらを振り向いて目が合ったので、ニッコリと微笑んでおいたらそそくさとどっかに行った。

 昼間っからこんなところでダベってないで仕事しろ。今なら討伐依頼いっぱいあって稼ぎ時だろ。


「決めました! これを持ってカウンターに行けばいいんですよね!」

「うんうん。カウンターに持って行ったら職員が手続きしてくれるよ」

『あの……それと』

 ジュストが日本語でこそりと話しかけてきた。

『どした?』

『掲示板に手配書があって……』

 あー、指名手配されているもんな。コウヘイ君がこの辺りから離れてから、まだそんなに時間が経っていないので、もう暫く指名手配の貼り紙がされているだろう。

『暫くしたら無くなるよ。もう、コーヘーは出没しないからな。このまま目撃情報が無かったらそのうち取り下げられるよ。気にしないで依頼受けに行って大丈夫だ。ここで待っているから、依頼を受けたら気をつけて行って来るんだぞ』

 Bランクの俺がジュストの初めての依頼を手伝うのは、邪魔になるだけだからな。成功を祈って応援するだけだ。

『はい!』


 ジュストが不安なのは指名手配されているのがバレることだけではないだろう。自分のやったことが犯罪だったと、わかりやすく貼り出されているのだ。チクチクと心に刺さるのだろう。

 依頼を受けたジュストが、冒険者ギルドから出て行くのを見送って、コーヘー君の手配書を一枚貰った。そこに描かれている似顔絵は、案外よく描けていてコウヘイ君にそっくりだ。

 彼がこの世界にいた証として、一枚くらい俺が持っていても問題ないだろう。俺の収納の中なら時間経過がないので、手配書は何年経っても劣化しない。

 時間が経てばコウヘイ君の顔は忘れられるだろうが、俺一人くらい彼の顔を覚えておいてもいいだろう?




 ジュストが依頼を受けて出て行った後、何してたって?

 やっぱ気になるから、手配書貰った後に隠密スキルでこっそりついて行ったよね。

 ほら、やっぱ先ほどのようなバカチンに絡まれてもいけないし、獣人だからって差別するアホもいるし、それにモフモフで小型の獣人は愛玩動物として連れ去る変態も時々いるからな。

 邪魔しないようにコソコソとついて行って、見守っていたよね。無事に初めての依頼を完了したのを確認して、冒険者ギルドに戻ってロビーの椅子で寝たふりしていたよ。


 ジュストが戻って来たのと同じくらいに、アベルとドリーも戻ってきたので、合流して宿に向かった。

 こうして、ジュストの冒険者デビューは無事果たされた。


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