第134話◆旅立ちの前
コウヘイ君が目覚めて数日、まだ俺たちはガンダルヴァの村に滞在していた。キルシェ達には少し前に、途中で戻るのは無理そうだという手紙を送っておいたが、そろそろ届いているだろうか。
ラト達は何事もなく元気にしているのかな。空き巣とか入っていなければいいけれど。
コウヘイ君は暫く俺たちと一緒に行動をする事になったが、すぐに出発するという訳にもいかなかった。
こちらの世界の事は一緒に行動しながらおいおい教えるとして、とりあえずは旅が出来るくらいのコンディションにしなければならない。
そして何より、傷を負わせてしまったレイヴンに謝罪をしなければならない。
これは、俺が促して無理矢理だと意味が無い。コウヘイ君の自発的な謝罪で無ければ謝る意味がないし、レイヴンもその事に気づいて謝罪は受け入れないだろう。
と思っていたら、コウヘイ君は俺が何か言う前に、レイヴンに会いたいと自ら申し出てきた。
俺がつい大人げなく口走ってしまった話が心に引っかかっていたようだ。
見た目で敵と判断し自分が傷つけた相手が、自分に回復の場を提供してくれている事実にひどく動揺していたらしく、目覚めたその日に俺達と話した後、レイヴンの元へと謝罪にいった。
ほとんど傷の癒えたレイヴンは、豪快に笑ってコウヘイ君を許した。
ただ、レイヴンの手当をしたスノウは何か思うところがあったのか、コウヘイ君の為に薬は用意してくれたが、何だか見た目がものすごく怪しい物だった。
鑑定すると効果は確かなのだが、どう見ても蜘蛛とか蜥蜴とか蛇が原形をとどめたまま入っていて、匂いもすごいし味もやばそうだった。
コウヘイ君は、根は真面目な素直な子だ。
真面目で素直だから、勘違いの人助けをしようとして暴走した。レイヴンもそれに気づいてトドメを刺さなかったのかもしれない。
レイヴンが彼の事を"迷い子"と言った意味がわかる気がする。
確かに手遅れではあったけれど、生きているならゼロからやり直す事はできる。
まだ納得いっていない事や、受け入れられない事はたくさんあるだろう。だけれど彼が再出発する為に、俺はその背中を押せたらいいなと思っている。
こちらの世界に来て、ギフトとスキル頼りに強引な旅を続けていたコウヘイ君の体はボロボロで、ギフトを失ってしまった今は普通の少年とあまり変わりない。
今までの身体能力は、転移無双のギフトで底上げされていた物だったようだ。それを失った今、コウヘイ君は普通の少年にちょっと毛が生えた程度だ。
ギフトは失ってその恩恵を受けていた戦闘スキルの大半は消えてしまったが、ギフトがあるうちに使って成長したスキルは残っていた。
その中でも実戦レベルまで成長していたのは、片手剣のスキルと身体強化、光魔法と炎魔法のスキルだけだった。保護した時も手にしていた、光の剣を使った戦い方がメインで体はほとんど鍛えられておらず、身体強化のスキル頼りだったようだ。
身体強化スキルは魔力で身体を強化する為、肉体に負担がかかる。身体強化のスキルを十分に使う為には体を鍛えなければならない。
ドリーの地獄のような鍛錬も、身体強化スキルの効果を十分に生かす為の物である。
身体を鍛えないまま、身体強化で能力を上げすぎると、その反動で激しい筋肉痛に襲われる事になる。
コウヘイ君の場合、ギフトのおかげで体が頑丈になっていたようで、鍛えていない体でも身体強化スキルを使いこなせたと思われる。
しかし、ギフトを失った今、体を鍛えないと身体強化のスキルを使いこなす事は出来ない。
と言うわけで目が覚めた翌日、スノウ特製の体力回復のポーションを飲まされたコウヘイ君は、ドリーにしごかれている。
そして"殺さず"を貫く為には、剣のスキルより体術のスキルの方が向いているので、ひたすら素手での戦い方をたたき込まれている。
ねぇ、ドリーさん。コウヘイ君はヒーラーにするんじゃ無かったの!? それヒーラーではなくてモンクになってしまうのでは!?
モンクとは回復職でありながら、拳で戦う者の事である。
犬の獣人で拳で語るヒーラーか……うん、ありだな? というか結構格好いいな? 頑張れコウヘイ君!!
午前中はドリーにしごかれ、午後からはアベルにヒーラー向けの魔法と、その効率的な使い方を詰め込まれている。
アベルは回復魔法が苦手と言っても、人並みよりは上だからね。アベル基準の苦手だからね。
アベルは天才肌である。そしてその教え方も自分基準である。つまり、普通の人間が一度で複雑な事を理解出来ない事を、わかってくれない。自分基準でゴリゴリと詰め込んで来るので、ついて行く方はかなりしんどい。
俺もアベルに語学の勉強に付き合って貰った時は、器用貧乏のギフトがあってもヒィヒィ言ってたよ。
ガンバレ、コウヘイ君!!
ドリーとアベルにしごかれているコウヘイ君を尻目に、俺はコウヘイ君の装備を作っていた。
この世界で学ランは目立つ。思い入れはあるようだが、ずっと着ていると浄化の魔法で清潔に保っていても、そのうちくたびれてくる。
学ランはコウヘイ君に残っている、数少ない元の世界の痕跡だ。複雑な想いは有るだろうが、収納スキルがあるのだからしまっておくように言って、新しい服を用意してあげた。
町で買ってきた服を、ケルピーさんに貰ったワニの魔物の革を加工して縫い付けて、強化しておいた。裁縫系のスキルはあまり高くないけれど、それでもクリエイトロードと器用貧乏の恩恵で、なんとか見られる物に仕上がった。
体が出来上がっていないので、あまり重量のある装備ではない方がよいと思い、軽さと動きやすさを重視した装備だ。
コウヘイ君は、今はまだ成長途中で体も鍛えていなく、ニホン人という人種という事もあって、この周辺の国の人間と比べてかなり小柄だった。それは、犬の獣人のような姿になっても変わらない。
これから体を鍛えれば、身長も伸びて筋肉も付いて、急激に体格が変わるかもしれない。十代半ばはいきなり成長するときあるからね。
そう思い、装備は多少体型が変わっても着る事が出来る少しゆったり目のローブにした。ヒーラーだしローブの方がそれっぽいかなというのもあったし、ズボンよりローブの方が尻尾用の穴を空け易かったんだよ。
そしてふっさふさでもっふもふなので、うっかり虫がついて虫を殺して呪いが進行したらたまったものじゃないので、細かい虫が寄ってこない効果を付与した、ノミ取り首輪ならぬノミ取りペンダントも作っておいた。
ちなみにコウヘイ君はお金をあまり持っていないので、ヒーラーとして稼げるようになるまでの生活費は、ツケという事にしてある。
コウヘイ君はニホンの感覚だとまだ子供だし、暫くの間なら扶養しても俺的には問題ないのだが、こちらで十四と言えば未成年扱いの歳ではあっても、独り立ちを始める年齢でもあるので、ケジメという事もあって金銭面はキッチリする事になった。
その部分はコウヘイ君も納得してくれて、よくわからないけれど何だかやる気を出していた。
コウヘイ君の装備にワニ革を使う為に、ワニの魔物を解体したので、今日の夕飯はワニの肉を使う事にした。
ワニの肉は淡泊で臭みも少なくあまり癖が無い。つまり、調理方法にこだわらなくても食べやすい。
それはこの世界のワニも同じだ。ワニはワニでもワニの魔物なので、その肉には魔力はたっぷりと含まれている。
魔物の肉に美味しい物が多いのは、魔力が含まれているからなのかな、それとも魔力を持つ者は、魔力を含む物を食べるとより美味しく感じるのかな。
まぁそんなことは、美味しい物の前ではどうでもいい。
というわけで、今夜はケルピーさんに貰ったワニ肉でフライドチキンならぬフライドワニだ。
ボウルの中にミルクとニンニク、溶き卵を入れて混ぜ合わせる。その中に少し大きめに切ったワニの肉を入れて、しっかりと味を染みこませるように揉んで、しばらく放置。
今回は、太ももの付け根から背中の辺りの肉を使った。尻尾が一番食べやすいとかという記憶があったのだが、食べやすい部位ならステーキとかにした方がいいかなと、尻尾はそのうちステーキにする予定だ。
放置している間に、衣を用意しておく。衣は簡単。小麦粉に塩とこしょうを少々振って混ぜるだけだ。ちょっとだけアクセントにピリ辛風味の香辛料を混ぜておく。
ちょうど香辛料の産地にいるからね、ある物は使わないとね。
ちなみに、ガンダルヴァ達の料理はスパイシーな物が多い。さすがスパイスの産地。
暫く放置していた肉に衣をつけて、油で揚げれば完成!!
……なのだが、せっかくスパイスの産地にいるので、揚がった肉にスパイスをまぶして、味を変えてみる。
ピリ辛トウガラシ系とかカレー系とか。
コリアンダーとクミン多めで、ターメリックはそれの半分くらい、それに唐辛子系の粉を加えればだいたいカレーっぽい。
「ぬう、ついに旅立つか。もっとゆっくりしておってもよかろうに」
バリバリとフライドワニを食べながら、レイヴンが残念そうな顔をしている。鷲頭なので表情はよくわからないが、多分これは残念そうな顔だ。
コウヘイ君にやられた傷はすっかり癒え、ボロボロだった翼も元通りである。
短期間であの傷が全快するとは、さすがスノウの回復魔法と特製ポーション。そしてガンダルヴァの体が強靱なのだろう。
「目的地の辺りが本格的に冬になる前にそこまで行きたいしな」
オーバロは今いる辺りよりもかなり北で、おそらくピエモン周辺と似たような気候だと思っている。雪が積もる季節になる前に目的地までたどり着きたい。
コウヘイ君の体力も回復して来たので、明日には出発する予定だとレイヴンに伝えたのだ。よって今日がレイヴン達の最後の夕飯だ。
大きな皿の上に山盛りに積み上げたフライドワニを、俺、レイヴン、アベル、ドリー、コウヘイ君で囲んで食べている。
ガンダルヴァ達の食事も、ラミア達と同様床に座るスタイルだ。
もちろん食事のバランスを考えて、パンとサラダとスープも用意してあるぞ。
「レイヴンさん」
コウヘイ君が一旦食事の手を止めて、レイブンをまっすぐと見た。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。そして、居場所を提供してくれてありがとうございました」
床に額をつけるように、コウヘイ君が頭を下げた。床に正座で座っているので、ドゲザというやつだ。
俺やコウヘイ君のいた国での最上級の謝罪である。相手に向かって地に頭を付けて、首の後ろを見せる事になるので、そのまま首を落とされても構わないという意味も含まれている。コウヘイ君がそれを知ってやっているのかはわからないが、彼なりの精一杯の謝罪なのはわかる。
「よいよい、頭を上げよ。済んでしまった事や一度謝罪をした事を、何度も謝る必要はない。だが、感謝だけは受け取るぞ。主が苦しむのはこれまでより、この先だ。命の重みを知り、見事やり直してみせよ」
「はい!」
レイヴンの言うように、コウヘイ君が辛いのはこの先だろう。ガンダルヴァの村では姿で差別される事はない。人間の中には獣人に忌避感を持つ者もいる。そういう人間に会うたびに、コウヘイ君は自分が人間の姿では無い事を痛感する事になるのだ。
彼は、人間でも獣人でも獣でもないナニカとして、生きて行かなければならないのだ。
「それよりこれこの間のワニだよね? カラアゲに似てるけど、味付けはこの地方のスパイス? いつものカラアゲもいいけど、今日の味付けもいいね。ワニ美味しいし、ワニいっぱい狩って行く?」
食い物の事になると貪欲になるアベルもいつか、魔物に変な呪い貰うのじゃなかろうかと思えてくる。
「ワニ肉いっぱいあるから、追加で狩らなくても暫く持つからな?」
俺も調子乗って素材欲しさに魔物乱獲することもあるから、やり過ぎないように気をつけよう。何事もほどほどにだ。
「うむ、これは揚げ物だが肉はあっさりしているから、どんどんいけるな」
ぬお、油断していたらドリーがすごい勢いでフライドワニを食っている。
「ちょっとドリー食べ過ぎ。一人で全部食べるのやめてよ!」
「コウヘイ君も遠慮してると食いっぱぐれるから、遠慮せずに食べるんだ。俺たちと来るならこの二人に、メシを取られないように気をつけるんだ」
「グランひどくない? 俺は基本的に等価交換だよ。肉の代わりに野菜をあげるからね?」
全然等価じゃねえ!! というか野菜嫌いだから他人の皿に入れているだけだろう。
「なるほど、では今度から俺の野菜をやるから、肉と交換だな」
ドリーまで参戦してきた。嫌いな食べ物を他人に押しつけるとか子供か!!
こうしてガンダルヴァの村での最後の夕食の時間は過ぎていった。
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