第133話◆閑話:弟の反抗期が終わらない

 俺には二つ上の兄と六つ下の弟、更にその下に弟と妹がいる。

 上の兄とは同腹だが、他は別腹の兄弟だ。

 六つ下の弟は平民出身のめちゃくちゃ美人の女性魔導士に、うちのぼんくら親父が手を出して出来た子で、それ故に俺の実母からは特に目の仇にされていた。

 そのせいもあって、その弟はちょっと捻くれたのだが、俺にとってはとても可愛い弟である事には変わりない。

 めちゃくちゃ美人だった母親に似て、美しい顔立ちの弟の子供時代は、そりゃあもう天使かってくらい可愛かったよ。


 そんな天使のような弟が、俺の実母の仕打ちに耐えかね、家出をして冒険者になってしまったのが約八年前。

 今ではすっかり立派な魔導士に成長して、お兄ちゃんはとても誇らしいよ。


 その天使な弟が家出をする原因を作った馬鹿親父と実母は、兄弟を溺愛する俺達の兄の手によって病気療養の名目で僻地に追いやられ、王都の我が家は平和になった。なのに、弟はたまに顔を出すだけで、全くうちに戻って来ようとしない。お兄ちゃんはとても寂しいよ。 

 家出をしたあの日から、弟のながーい反抗期は今も続いている。


 それでも、この間まではたまに戻って来て一緒に食事をする事もあったんだ。

 それが最近では、それすらもぱったりなくなった。兄の話によると、冒険者仲間の家に入り浸っているそうだ。

 あの男か。


 うちの天使のような弟を誑かした、赤毛の平民の冒険者。


 何でも、すごく器用で多彩な才能を持つ男らしく、兄からも目を付けられている。

 兄が目を付けているので、その赤毛の冒険者と冒険者仲間の弟が監視役……のはずなのだが、王都から遠く離れたその男の家に住み込んで、さっぱりうちに帰って来なくなった。監視の枠を超えてない?

 ちょっと前に、何か用事があったのかちょいちょい戻って来ていたが、あまり構って貰えなかった。


 そんな弟が、暫くシランドル方面に旅に出ると言うので、一緒に行こうと言ったら、ものすごく嫌そうな顔で拒否された。

 魔導士の弟が快適に戦う為には、騎士である俺が前衛になるのが効率がいい。そう言ったら、冒険者仲間が一緒だから問題ないといわれた。

 仲間と言うのはあの赤毛の男らしい。


 ま た お 前 か ! !


 シランドルは最近魔物が増えたという噂がある。

 我が国とシランドルの間には大河が流れている為、シランドルの魔物がユーラティアに流れて来る心配はなさそうだが、魔物が増えたという場所に弟を行かせるのは不安だ。


 そう思っていたら、兄が学生時代の同期であるドリアングルムを、護衛と監視役を兼ねて弟達に同行させる事にしたらしい。

 ドリーではなく俺が行くのにと言ったら、騎士団の仕事をしろと言われた。解せぬ。

 まぁいい、国境を守る辺境伯の一族であるドリーの手前、シランドルから転移魔法で国境を飛び越えて帰って来ることはないだろう。

 かと言って、正規ルートで手続きをして国境を越えるのは手間がかかるので、そこまでして頻繁には戻って来ないと思っている。


 いい機会だから弟が入り浸っている、あの男の家に行ってみよう。

 ピエモンとか言うド田舎と聞いたが、近くの領地の転移魔法陣を使えば、一週間程度で往復できるはずだ。

 ちょっとだけ弟の生活環境を覗いて来よう。

 遠く離れた田舎は俺達の目が届かない。うちの弟が安全で快適に暮らせる環境かとても不安である。弟の身を守る為の魔道具をこっそり仕掛けて来よう。男所帯だと住まいの衛生面も気になるし、汚いようなら掃除をして帰ろう。騎士団寮の汚部屋の掃除にも慣れている部下を連れていって、ピカピカに掃除させよう。

 ついでに、遠見用の魔道具もこっそり弟の部屋に仕掛けて来よう。兄者も弟の様子は気になるはずだ。

 遠見の魔道具は稀少で高価な魔道具だが、うちの大切な弟の安全を確認する為なら、お兄ちゃんは出し惜しみしないよ。

 一応兄に許可を取りに行くと溜め息をついて、嫌われない程度でならと許しが出たので、弟が入り浸っているあの男の家に向かった。

 おそらく弟が部外者の進入禁止の結界を張っているだろうが、弟の魔力を無効にする魔道具は用意しておいた。家族の特権である。









「あれがあの男の屋敷だね」


 部下の騎士を四人ほど連れて、あの男の屋敷が見える場所まで来た。

 ピエモンという小さな田舎町から、離れた場所にある不便な場所だが、思ったより大きな家屋で敷地内やその周辺の手入れは行き届いている。敷地は広いようで、周りが木の柵でぐるりと囲まれていた。

 馬に乗って、門の方へと進むと敷地の中に馬車があり、馬が繋いであるのが遠目に見えた。

 そして、その周辺に小さな人影が見え隠れしている事に気づいた。

 留守中のはずだが、もしや留守番を雇っているのか? めんどくさいな。


 門の近くまで行くと小さな女の子が三人と、もう一人少年のような恰好をしているが十代半ばだと思われる少女が、敷地の中にいるのが見えた。その横には植物系の魔物がユラユラと揺れていた。

 この中に魔物使いがいるのか? この男の子のような恰好をしている子かな?

 とりあえず、子供ばかりなので適当に言いくるめて中に入れてもらおう。そして、弟の部屋を物色……いや、ちゃんと危機管理が出来ているか確認して、遠見の魔道具を仕掛けて帰ろう。これは弟の安全を確認するための正当な行為だ。




 と思って、敷地の中にいる女の子達に話しかけたら、この子達人外レベルのとんでもちびっこ達だった。

 完全に油断していたとは言え、王都の騎士団所属の騎士――俺を含めて五人ほどが一瞬で、魔法で作り出された蔓植物に吊し上げられてしまった。


 俺は弟のように他人の能力を見抜く事ができるスキルは持っていない。

 だからこの子供達がどういうスキルの持ち主かわからないが、弟と同じく無詠唱での魔法の使用と無効化、おそらく弟と同じくらいの実力の持ち主かもしれない。いや、この歳でこれだけの魔法を使えるのなら、弟以上の人材かもしれない。

 気づいた時にはすっかり手遅れだった。


 しかも、なんかやばそうな妖精らしきフクロウがやって来て、呪い掛けられそうになるし。弟がくれた呪い耐性のあるペンダントを付けていなかったら呪われてたよ!!

 もう! なんなのこの家!!


 くそ! 悔しいけれど、これは俺が手の出せるレベルではない。

 諦めるしかないと、なんとか蔓から解放してもらい帰ろうとしたら、屋敷の向こうに見える森から、真っ白い髪をした白いローブの長身の男が現れた。


 目が合った瞬間、背筋が凍るような感覚になった。

 明らかに、格が違う。

 今まで騎士団として高ランクの魔物と戦った事があったが、その中のどの魔物よりも格上の存在であると本能的に理解した。

 人の姿をしているが、人であるかも怪しい。


 確かこの辺りは古の森の付近で、ソートレル子爵家がこの森の主と契約を結び、この辺りは魔物が少ないと聞いている。

 異常に強い幼い子供達、天才魔導士の弟が作った耐呪装備を一瞬で壊してしまう妖精、正体のわからない潜在能力が計り知れない男。相手が人でなければ、人間の定めた身分など通用しない。


 うちの弟君なんて場所に住んでるの!?

 というか、そんな者に留守番させているここの家主なんなの!?

 もうやだ、お家帰る!!


 うん、こんなとこに住んでいるならうちの天使な弟の身に、危険な事があるわけないな?

 女の子もいっぱいいるみたいだから、お家のお手入れも行き届いてそうだな?

 ていうか女の子と一緒に暮らしてるのか!? ちょっとそれは不味いのでは!? いや、さすがにあの年の子に手を出すようなロリコンじゃないかな。

 ていうか、これ兄者に報告した方がいいのかなぁ?


 急いで馬に乗ってあの男の家から離れながら後ろを振り返ると、白い男と目が合った。

 スゥっと細められた目に、得体のしれない恐怖を感じた。



 うん、兄者には余計な事言わないでおこ。

 ついでに、あの男の家に無理に手を出さないように言っておこう。









 帰って兄者には、詳細を伏せ留守番がいて、あの男の屋敷に入れなかった事だけを報告した。


「そっか、やっぱり入れなかったんだ。で、留守番もいたんだね」

 あの家に俺が入れなかった事も、留守番がいたことも、わかっていたような口ぶりだった。

「ああ。無理に行かない方が良さそうだよ。まぁ、あそこにいるうちは、エクシィは安全だと思うし」

「そうだね。最近エクシィが社交界に顔を出すようになったせいで、あの女がまたカッカッしてるからね。放っておいたら余計な事をしそうだし、もうちょっとエクシィには国から離れて貰ってて、その間に綺麗に掃除しておこうね」

「そうだね。まぁ、エクシィが元気ならそれでいいや」

「うんうん、冒険者になってからはうちにいるよりいきいきしてるからね。悔しいけど、僕達といるよりお友達といる方が楽しそうだからね。でもあんまり楽しそうだと、僕も一回くらいエクシィのお友達に会いに行ってみたくなるなぁ」



 家族である俺達より、冒険者仲間であるあの男の方がエクシィと仲が良いのは気に入らないけれど、友達がほとんどいなかったエクシィに、冒険者になってからは友達が順調に増えているみたいでお兄ちゃんは安心したよ。人間じゃない友達かもしれないけれど、それが弟の為になるのならそれでいいや。


 でも、うちの天使を誑かしたあの男には、やっぱり一回くらい文句を言っておきたい。

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