第138話◆隠れてやる悪い事は楽しい
食事が済んだら、交代で見張りをしながら睡眠だ。アベルが結界を張っているので安全なのだが、何があるかわからないので見張りなしとはいかない。
コウヘイ君の頃に一人で行動していた時は、指名手配されてからずっと野宿だったようだが、冒険者ジュストになってパーティーでの野宿は今日が初めてだ。その為ジュストは、俺と一緒に見張り番をする事になった。
「いいかいジュスト、野営の見張りというのは、敵が現れてからメンバーに知らせるのでは遅いんだ。現れる前、こちらが余裕を持って戦闘に入れるうちに見つけて知らせなければ、意味が無いんだ」
「はい!」
「その為には、周りの気配を掴むスキルを鍛えなければならない。このスキルは野営以外でも使うから、日頃から近くに魔物はいないか、慣れてきたらどんな魔物の気配かまで探るようにするんだ。そうすれば気づいたら、察知系のスキルは成長している」
「は、はい!」
「スキルだけに頼らずに、周囲を見て違和感があったらその理由を考えるんだ。何か些細な異常でも気づいたら教えるんだぞ」
「わかりました!」
ジュストは素直でやる気もあって良い子だな!!
ジュストに察知スキルで周囲に注意を払うように指示を出して、自分も一応周囲の様子には気を配っておく。
日も暮れてすっかり暗くなったが、ユーラティアよりかなり南なので、この時期でも少し寒い程度で野宿はまだ出来る。もう少し北へ行ったらもう野宿はきついだろうなぁ。
アベルとドリーはテントの中で寝ている。
俺とジュストは焚き火を挟んで座って、とりとめのない話をしている。夜の見張り役は、一人だととても眠い。そして退屈である。
ジュスト二人で良かったよね。
「アベルとドリーは寝てるし、ちょっと悪い事しようか」
「ええ!? 悪い事って何するつもりですか!?」
少し退屈だし、退屈だと眠くなる。退屈しのぎにちょっとした料理だ。
アベルとドリーにバレるとうるさいので、ジュストと二人でこっそりとだ。
「ジャーン!!」
取り出したのはパタイモと、油の入った揚げ物用の鍋。
ジュストにはもう収納の事は教えてある。彼も俺と似たような収納スキルを持っているし、お互い元日本人なので、教えなくてもなんとなくバレそうな気がしたからだ。
「え? 料理ですか?」
「うん。アベルとドリーには内緒な? それと料理している間も周囲の気配に注意するのを忘れるな」
これは何か別の事をしながらも、周囲の気配を感じ取る練習だ。けっしてサボりではない。
「はい、わかりました! それで何を作るんですか? って、イモと油ってまさか……」
「そのまさかでーーす!!」
スライサーなんて便利な物はないので、包丁でパタイモを薄く切って、布で水分を取って熱した油の中へ。
揚がったら、よぉく油を切って塩を振って出来上がり。
包丁で切ったので少し厚みがあるポテトチップスだ。
「うわああああ!! ポテチだああああああ!!」
ジュストが目をキラキラさせてポテチをガン見している。うんうん、懐かしいもんな。
「しーーっ! あんま大きな声を出すとアベルとドリーが起きて来るぞ」
「あ、はい。すみません」
「そしてポテチと言えばこれだ」
ハチミツとレモン、そしてリンゴから作った酢を少し加えて、冷たい水を入れた物に、いつもの魔法の粉ことジュウソウを入れればレモネードの完成!!
「すごい! 炭酸水だ!」
「ポテチと言えばやっぱ炭酸だよなぁ」
「でも、こんなのこっそり食べて大丈夫なんです?」
「アベルにバレたらめんどくさいけど、バレなきゃ平気だよ」
「もう、バレてますよ」
ジュストがコテンとあざとく首を傾げながら、俺の後ろを指さした。
え? まさか、察知スキルで周囲の気配はちゃんと把握してるし?
「誰がめんどくさいって?」
「え? うおっ!? いつのまに!?」
振り返るとそりゃーもう、いい笑顔のアベルが立っていた。俺が気配に気づかないなんて、こいつわざわざ魔法で気配を消して来たな!?
「これだけ匂い出てたら気づかない訳ないでしょ!! 寝てたら何かいい匂いするから、ハイド使ってこっそり見に来たらこれだよ。ちゃんと匂いが周囲に広がらないようにバリア系の魔法も使わないとダメだよ。匂いで魔物が寄ってくるかもしれないからね」
そう言ってアベルが指パッチンをした。たぶん、周囲に匂いが広がらないように障壁系の魔法を使ったのだろう。
うむ、これは魔法が使えない俺には出来ない事なので悔しいが、アベルが正しい。
「ドリーは起きてないだろうなぁ? あんま量ないぞ」
「大丈夫、ドリーは寝てるから。起きてこないようにスリープもかけたし、テントには防音魔法もかけてあるから絶対バレないよ。あ、俺もそのシュワシュワレモネードが欲しい。エールかワインがいいけどこの後見張りもあるしなぁ」
ドリーまで起きてきたら追加で揚げなくては足りなくなる。というか、アベル念入りすぎ。これでもしバレたら、間違いなくアベルはドリーに説教されそうだなぁ。
「このポテチってやつさ、芋を揚げて塩を振っただけなのに癖になるよねぇ」
ポテチは以前から時々作っていて、アベルが気に入っているおやつの一つだ。
「飲み物と交互に延々食べちゃいますね」
「夜に食べるポテチは罪の味だなぁ」
夜遅くに揚げ物は胃にも脂肪にも良くないと思いつつ、やはり美味しい。
「ドリーに内緒っていうのが、またいいよね。最近あの熊の筋トレに付き合わされてばっかりだったし」
「確かに。でも絶対ドリーにバレないようにしないと……ん?」
あ、やばい。ドリーが起きた気配がする。話し声がうるさかったか!?
「グラン、どうしたの?」
「まずい、多分ドリーが起きた。急いで片付けろ!!」
「え? まじで? 見張りの交代の時間まで起きないようにスリープかけてきたのに? あの熊、魔法抵抗力低いはずなのに、食べ物の気配に敏感すぎでしょ!?」
「いいから、早く片付けろ! アベルは浄化で匂い消せ! ジュストは食器をとりあえず収納にしまうんだ! 俺は鍋をしまう!!」
急いで片付けていると、テントの入り口が開いて中からのっそりとドリーが出て来るの見えた。その姿、まるで物陰から出てくる巨大熊のようだ。
「なんだアベル、起きていたのか?」
「うん。交代の時間よりも早く目が覚めちゃってね」
ドリーがのそのそとこちらにやって来て、見張りの交代時間になっていないのに起きているアベルに声をかけた。
「で、何をコソコソ食ってたんだ?」
バレてるーーーー!!
「小腹が減ったから芋を食ってただけだよ」
嘘は言っていない。嘘は。うっかり嘘発見魔道具を使われていたらバレるからな。
「なるほど、嘘は言ってないようだな。で、アベルはどうして俺にスリープをかけた? ん?」
やっぱり嘘発見機を使ってた。というか、アベルはスリープかけたのバレたのか、ご愁傷様だ。
「ドリーの見張りの番は最後だからね、俺達の話し声で起こしちゃわないように気を遣ったんだよ」
アベルの開き直りっぷりがすがすがしい。
「俺だけ仲間外れなんて、悲しいなぁ。そう思わないかグラン?」
く、その言い方はズルい。
「わかったよ、追加のポテチを作るからちょっと待ってろ」
「お、わりぃな。じゃあ待ってる間に腹筋でもするか?」
「ちょ!? なんで俺まで!?」
あー……アベルがローブの襟を掴まれて連れて行かれた。やっぱスリープかけたのはまずかったな。ご愁傷様。
「グランさん、僕も手伝いますよ」
「お、じゃあ包丁で芋の皮剥ける?」
「ピーラーでしか剥いた事がないですね」
「包丁しかないからなぁ。どうせ、冒険者をやるなら料理もする事になるし、今のうちに包丁で皮剥きを覚えとくか」
「はい!」
浄化があるとはいえ、今のジュストの手だと料理し辛いだろうなぁ。料理用の手袋を作っておくか。ついでにピーラーも作ってもいいなぁ。ピーラー便利だし。
米探しが終わったら作りたい調理器具リストに追加しておこう。
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