第131話◆閑話:一方その頃

「グランさん達、帰って来ませんね~」

「えーと、一週間っていいますと、もう過ぎてますわね」

「ですねぇ。あ、できました!!」

「あら、キルシェさんセンスありますわ」

「えへへ~、ウルちゃんの教え方が上手なんですよ~」

 ウルちゃんに教えて貰った水魔法で大きな水球を作って、畑の上空でパァンと弾けさせて、雨のように畑に降り注がせた。


 家主のグランさんが、コメを探す旅に出て一週間以上が過ぎた。

 週に一回くらいは、アベルさんの転移魔法で戻って来ると聞いていたけれど、グランさん達はまだ戻ってこない。何かあったのではないかと心配だ。

 グランさんが留守にしている間、家の掃除や畑の世話をする為に、一日おきくらいにグランさんの家に来ている。

 日頃たくさんお世話になっているので、こういう時こそお返しをするのだ。


 僕はずっと魔力の量が少なくて、普段の生活でちょっと生活魔法を使うだけが精一杯だったけれど、グランさんに教えてもらって、毎日寝る前に魔力を使い切ってから寝るようにしたら、ちょっとずつ魔力が増えて、今ではこんな風に農作業にも魔法を使っても平気になった。

 グランさんのおかげで、ちょっとしか入らなかった収納スキルも、少しずつ容量が増えている。

 グランさん凄い!!

 グランさんに教えて貰った特訓方法で、とーちゃんもねーちゃんも、魔力も収納スキルの容量も増えて、最近では仕入れや配送が凄く楽になった。


 グランさんが留守の間、グランさんの家のお世話をするようになって、ウルちゃん達三姉妹とラトさんとも仲良くなった。

 ラトさん達はアベルさんの遠い親戚の魔法使いさんらしくて、今はグランさんの家の留守番を任されているそうだ。

 グランさんの家に来た時に、掃除や畑の世話をしていたら、ウルちゃん達が魔法を教えてくれて、おかげで短い間に魔法が随分上達した。

 たった一週間ほどで、家の掃除も畑の水遣りも、魔法で出来るようになってしまった。

 えへへ~、グランさんが帰って来るまでにもっと練習して、いっぱい魔法を使えるようになってグランさんを驚かせるのだ。

 ウルちゃん達三姉妹は、僕よりずっと小さいのに、いっぱい魔法が使えてすごい。さすが、凄い魔導士のアベルさんの親戚だなぁ。


「あ、フローラちゃん。お野菜を収穫してくれたんですね、ありがとう」

 水魔法で水遣りをしていると、別の場所にある畑から、フローラちゃんが野菜を収穫して来てくれた。

 グランさんが留守の間、育ってしまった野菜は、畑を世話している人達で分けていいと言われている。

 フローラちゃんが、収穫した野菜をどっさりとくれたので、収納の中へしまっておいた。


 フローラちゃんは、ぱっと見植物の魔物っぽいけれど、三姉妹の次女ヴェルちゃんの使い魔らしい。

 フローラちゃんの見た目はちょっと迫力があって、最初はびっくりしたけれど、フローラちゃんは実はすごくかわいい女の子?だった。


「今日もグランさん達帰って来ないんですかねー?」

 フローラちゃんに話しかけると、フローラちゃんがユラユラと揺れた。

 フローラちゃんは喋れないけれど、話しかけるとユラユラ揺れて反応してくれる。最初はよくわからなかったけれど、だんだんフローラちゃんと意思疎通が出来るようになってきた。


 フローラちゃんはアベルさんの話をすると、恥ずかしそうにモジモジする。

 アベルさん、かっこいいもんね。グランさんも、アベルさんに負けないくらいカッコイイと僕は思うけど。

「フローラちゃんも、アベルさんに会いたいですよねぇ?」

 あ、モジモジしてる。フローラちゃんかわいい。

「キルシェはグランに会いたいんでしょ?」

「そうですねー。グランさん達が強いのは知ってますけど、遠くまで行ってると思うと、やっぱり心配ですねー」

「あー、グランの事だから絶対なにかやらかしてそうだよねー」

 ヴェルちゃんの言う通りそっちの意味でも心配だ。でもアベルさんがいるから大丈夫かな?


「それより、畑の世話が終わったのなら、お茶の時間にしましょう? キルシェさんにお借りした本の続きが読みたいですわ」

「あ、この間の本でしたら、昨日アルジネに行ったら、新刊が出てたので買って来ましたよ」

 三姉妹の長女のウルちゃんは、お嬢様っぽい雰囲気に違わず紅茶が大好きだ。そして、以前アルジネに行った時に買って来た、ロマンス小説を見せたら、すっかりハマってしまったようだ。

「私も読みたいですぅ。キルシェさんの持って来る本はとても興味深いですぅ」

 三女のクルちゃんは、ジャンル問わず本が大好きらしい。

「アンタ達ホント文字の多い本読むの好きねぇ。私は絵の描いてある本の方が好きだわ」

 ヴェルちゃんは、綺麗な絵の描いてある本が好きだ。これもアルジネで買って来たやつだ。


 アルジネにコーヒーという飲み物を売っているお店があって、そこのお店では種類は少ないけれど本も売っている。

 お店のオーナーさんの趣味で、ロマンス小説や冒険譚のような本が多い。中にはカッコイイ男の人がいっぱい描いてある本もある。ヴェルちゃんはそういう本が好きっぽい。

 本はちょっと高いけれど、僕も本は好きなのでお小遣いの範囲内で買っている。

 最近グランさんのおかげでお店の景気も良くて、お小遣いも増えたのだ。

「フローラちゃんも一緒にお茶にしましょう」

 フローラちゃんに声をかけるとユラユラと揺れたので、一緒に家の中へと向かった。





「ねぇねぇ、キルシェの持って来たこの本の主人公グランに似てない? こっちのキザな男はアベルに似てるわね」

「ですです。何か似てるなーって思って、つい買ってしまったんです」

 アルジネで買って来た本を、リビングのソファーに座って広げながら、三姉妹と一緒に寛いでいる。

 ヴェルちゃんが見ているのは、カッコイイ男の人が主人公の冒険譚で、たくさん挿絵が入っている。主人公がグランさんにちょっと似ているので、つい気になって買ってしまったやつだ。

 フローラちゃんもその本が気に入ったらしく、ヴェルちゃんと一緒に読んでいる。


「フローラちゃんはアベルが大好きだもんね。あんな腹黒のどこがいいんだか。やっぱ顔?」

 ヴェルちゃんがそう言うと、フローラちゃんがちょっとスネたように、ペシペシとヴェルちゃんの肩を叩いた。

「ええ、あれは高貴っていうか、我が儘なだけでしょ?」

 すごい、あれで会話できるんだ。

「え? それがいい? ダメよ、あの手の男は女泣かせよ。かといって惚れられると執着してめんどくさいタイプよ」

「あー、わかりますぅ。ヤンデレってやつですよね。キルシェさんの持って来た本の登場人物にいましたよぉ」

「え? それがいいんですの? 愛ゆえの束縛? なるほどわかりませんわ」

 ウルちゃんも、普通にフローラちゃんと会話している。魔法使いすごいなぁ。


「キルシェはやっぱグランなの?」

「え?」

 突然話を振られてとても困る。というか、ヴェルちゃんはおませさんだ。

「コイバナってやつですよぉ」

「キルシェさんはグランさんの事どう思ってるんですの?」

「どっ、どうって!? 頼り甲斐のあるお兄さん?」

 クルちゃんとウルちゃんがグイグイくるので思わずのけぞってしまう。

「そうじゃなくて、男性として? キルシェくらいの歳だと恋人とかいる歳でしょ? それとも誰か恋人はいるの?」

「ぶはっ!」

 ヴェルちゃんの質問に思わず吹き出した。

「ゲホッ! ゲホッ! い、いませんよ!! グ、グランさんはかっこいいと思いますけど……、ほら、グランさんってモテそうだし、というか行く先々で無意識に男女問わず誑し込んでそうだし」

「あー、あれはアベルとは違う意味で女の敵よね。付き合うと振り回されるやつだわ」

 ヴェルちゃんが、うんうんと納得している。

「ロマンス小説なら、ヤンデレに好かれそうなタイプですわ」

「その後、刺されてそうですねぇ」

「あー、シングルマザーの女の人が押しかけて来て、子供押し付けられてそうなタイプ」

 この子達にロマンス小説を渡してしまったのは、間違いだったのかもしれない。


「ねぇねぇ、グラン達が何やってるか見てみない?」

「賛成ですぅ」

「それでしたら準備してきますわ」

 ウルちゃんが、何かを取りにリビングから出て行った。

 え? 見てみるってどういう事なんだろう? 魔法? そんな事できるの?

「ウルは魔法が得意なの。グランが装備作り直した時に付与を手伝って、こっちからこっそり覗き見出来るようにしといたのよ」

 ヴェルちゃんがどや顔をしているけれど、それは大丈夫なのだろうか。

「だいたいの場所もわかりますしねぇ。生存確認にもなりますよぉ」

 なるほど。グランさん達が強い冒険者だってわかっていても、やっぱり心配なので無事が確認できるのは便利だなぁ。


「持ってきましたわ」

 ウルちゃんがどこからともなく、洗面器を持って来た。

 それをリビングの机の上に置いて、その中に魔法で水を入れた。

「これでグランさん達の様子が見れるんですか?」

「見れますよぉ。グランがいつも身に着けている防具に付与がしてあるので、その防具の位置から見える物が、この水に映るんですよぉ」

「むぅ。結構遠いですわね。あまり長時間は映せそうにありませんわ」

 ウルちゃんたちは小さいのに、凄い魔法が使えるんだなぁ。

「でもいきなり映して入浴中とかだったらマズんじゃ?」

 勝手に覗き見するのは悪い気がするし、見たらマズイ場面だったらどうしようってなる。

「お風呂なら装備は外してるから大丈夫でしょ。ちょっと生存確認するだけだし、マズそうな場面だったら切ればいいのよ」

「それでは、繋ぎますわよ」


 ウルちゃんがそう言うと、洗面器の中の水に、この辺りでは見かけない木の茂る森が映し出された。


「どこかの森の中かしら? 南の方の森のようですわね」

「グランは元気そうね。誰かと話してるみたい」

 洗面器の中の水の水面に映った光景は、グランさんの肩のあたりからの視点だった。


「小さいコボルトさんですかねぇ?」

 グランさんが話しているは、小柄の犬の獣人のようだった。

 ウルちゃんの魔法は音は聞こえないようで、何を話しているのかわからない。


「地面に文字を書いてるみたいね。片方はこの辺りの言葉みたいだけど、もう片方は見たこと無い文字ね」

「コボルトの子供に文字を教えてるみたいですわ。でもグランが書いている文字は、わたくし達も知らない文字ですわ」

「どこか遠い国の文字ですかねぇ」


 グランさんは、コボルトっぽい犬の獣人の子供に文字を教えているようだ。

 コボルトは犬の獣人の中でも最も数の多い種族で、洞窟の中などの暗い場所で暮らしていて、あまり明るい場所には出てこない。

 洞窟の中で暮らしているので、鉱石にはとても詳しい種族だが、人間とはあまり交流がない為、人間の言葉が通じない事もある。

 しかし、知能は高いので人間の言葉を習得して、会話のできるコボルトも存在する。人間と会話のできるコボルトは、時々人間の町に鉱石や宝石を行商にやって来る。

 そういうコボルト達は大体友好的で、僕もコボルトと取り引きをした事がある。

 文字を教えていると言うことは、グランさんが書いている見たことのない文字は、コボルトの文字なのだろうか。

 グランさんは物知りだから、コボルトの言葉も知っていてもおかしくないよね?


「グランさん、コボルトの子供を拾ったのかな?」

「あー、グランならあり得るー」

 親からはぐれたコボルトを保護したなんて、グランさんならありえそうな話だ。もしかしたら帰ってくる時も一緒かもしれない。

 グランさんがワシワシとコボルトの子供の頭を撫でている。コボルトの顔は犬なので、その表情はよくわからないけれど、何だか楽しそうだ。


 ほのぼのとした様子でコボルトの子供に文字を教えている後ろから、鋭い目付きをした鷲頭の獣人がやってきた。水面越しでも、ものすごく強そうなオーラが出ているのがわかる。

「あら? レイヴンですわ」

「あらぁ? ということはガンダルヴァの所にいるのですねぇ」

「この強そうな人を知ってるのです?」

 すごく強そうな鷲の獣人と、三姉妹達は知り合いのようだ。ガンダルヴァってどっかで聞いたことあるような、ないような。

「レイヴンはラトの修行仲間よ。すごくお人好しだけど、ちょっと暑苦しいのよね」

「でも、時々南国の果物や香辛料を送って来てくれるんですよぉ」

「ガンダルヴァの村にいるという事は、南国のフルーツや香辛料のお土産が期待できそうですわ」

 水面に映った光景を覗き込みながら、三姉妹達がお土産の予想を始めた。


「あー、そろそろ限界ですわ」

 獣人達と話しているグランさんの様子を見ていたが、そろそろ時間のようだ。

 遠くの地でどうしてるのか心配だったけど、相変わらず元気に人誑しをしているようでホッとした。

「じゃあもう終わりですねぇ。でも元気そうでよかったですねぇ」

 プツンと途切れるように、水面に映っていた景色が消えて、洗面器の中の水はただの水になった。


 窓から外を見ると、空が少し赤くなっている。

「僕はそろそろ帰る時間なので、お暇しますね」

「あら、もう帰っちゃうの?」

「暗くなるのが早くなってきましたからねぇ。遅くなると魔物も増えますからねぇ」

「ですわね。それじゃあ、門までお見送り行きましょう」


 あまり遅くなっちゃうと、帰り道が真っ暗になるからね。

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