第129話◆知らないという事を知らなかった不運
俺達は肉が好きだ。そして、魚も好きだ。アベルほどでないにしろ野菜より肉が好きだ。
生きる為の食事だが、どうせなら美味い方がいいし、食べる事は楽しみの一つだ。
そう、生きる為に肉を――他者の命を喰らっている。
人間は雑食だ。
どんなに殺生を否定しようが、生きる為には他者の命を食わなければならない。
だから、食事の前には必ず前世からの習慣であるアノ言葉を言う。
生きる為にその命を――いただきます。
「あーもう、最悪!! ドリーもだけど、レイヴンもホント頭の中まで、筋肉で出来てるんじゃない!?」
コウヘイ君を部屋に残して、台所で昼ごはんの支度をしていると、アベルがパタパタと足音をさせてやって来た。
ドリーとレイヴンに付き合わされて相当しごかれたのか、アベルはげっそりとした顔で置いてある椅子に腰を下ろした。
コウヘイ君と一緒に滞在させて貰っているお礼に、宿泊費替わりに食事を作っている。
「あの子とちゃんと会話できた?」
「ああ、一応な。呪いの事も伝えたよ。すぐには気持ちの整理も出来ないだろうし、ちょっと一人で考える時間をあげたよ」
「ふーん、次は俺も一緒に行くね。で、それは卵を焼いてるの? オムレツ? こっちが出来上がったやつ? 四角いオムレツ?」
今日のお昼ご飯にと作っている物にアベルが気付き。興味を示した。
「これは卵焼き。コカトリスの卵を溶いて焼いたんだ……あ、つまみ食いやめろ!!」
油断していたらアベルが、一口サイズに切ってある卵焼きを一つ摘んで、ぱっくりといきやがった。お行儀悪い!!
今作っているのは、甘い卵焼きだ。この後甘くない卵焼きも作る予定だ。醤油が残っていて良かった。
甘い卵焼きと甘くない卵焼き、俺はどちらも好きで甲乙つけがたいので、そういう時は両方作る。
丸いフライパンで焼いているので、一度フライパン一杯に溶き卵を広げた後、左右を内側に折ってクルクルと丸めて、四角い卵焼きにしている。
四角いフライパンも欲しくなったので、帰ったら作るリストに入れておこう。自分で作らなくても金物屋のポラール商会に頼めば、四角いフライパンあるかもしれないなぁ。むしろ、ポラール商会の取引先の金物職人さん紹介してもらって、自分の欲しい調理器具を作ってもらうのもありかもしれない。
そうなると四角いフライパンも欲しいし、ホットサンドメーカーみたいな物もほしいな。
うむ、欲しい物まとめておいて、帰ったら作成依頼できないか聞いてみよう。
「これほんのりした甘みがするけど、コカトリスの卵を焼いただけ?」
「うん、砂糖と塩で味付けて焼いただけだよ」
「なるほど、砂糖が入ってるんだ。デザートの甘さとは違うけど、このほんのりした甘みがいいね。延々食べれそう」
「あ、おい! つまみ食いやめろ!!」
油断していると、もう一個食べられた。お行儀悪い!!
アベルは甘い物好きだから、卵焼きは甘い派かなぁと予想はしていたけど、甘い卵焼きは気に入ったようだ。後で甘くないのと、食べ比べしてもらおう。
「もうすぐご飯になるから大人しく待ってろ!!」
「はーい」
アベルを台所から追い出して、甘くない卵焼きを焼いていたら今度はドリーがやって来て、つまみ食いをして行った。
この貴族ども行儀悪すぎでは!?
そんなに卵焼きが好きなら、卵焼きだらけにしてやんよ!!
と、卵焼きの中に色々と入れて焼いてみた。ハムとか野菜を一緒に入れて焼くと、カラフルで見た目でも楽しめるんだよね。アベルの嫌いなスピッチョも一緒に巻いてやったぜ。
海苔が無いのが非常に悔やまれる。米のついでに見つからないかなぁ。今までおにぎりは作ったけど、海苔無しだった。海苔を使った完全体のおにぎりを作りたい。
そんな感じでついムキになって、卵焼きだらけの昼食になったが、中身を色々入れてみたのもあって好評だった。
ちなみに、アベルは甘い卵焼き派。ドリーとレイヴンは甘くない卵焼き派だった。
さて、次はコウヘイ君だ。
アベルが付いて来ようとしたが、食事中に知らない人がいるのは落ち着かないと思い、とりあえずコウヘイ君の食事が終わるまでアベルには待ってもらう事にした。
慣れない姿では、食事も大変だろうしね。食事が終わったら、アベルとドリーを交えて今後のお話だ。
『少しは落ち着いたかい?』
コウヘイ君のいる部屋に入り、ベッドの上に上半身を起こして座って、ボーっと窓の外を見ていた彼に声を掛けた。
ほんの数時間程度で、彼の身に降りかかった現実を向き合えるとは思えないが、この後コウヘイ君には知らないといけない現状と、決断をしなければならないこの先の事がある。
そして、俺はさっさと片付けて米探しに戻りたい。
『まぁ、とりあえず少し何か食うといい。ずっと寝てたから腹が減ってるだろ』
そう言って卵焼きの載った皿を差し出した。
寝起きならうどんとかの消化の良い物の方がいいかと思ったのだが、慣れない犬の口で汁物は難しいかと思い、一口サイズの卵焼きだ。
甘い派としょっぱい派、両方を考慮して両方用意した俺、超優しくない?
食べる前に、胃薬の替わりにヒーリングポーションの入った水飲んでおこうね?
『卵焼き?』
『ああ、コカトリスの卵だな。ちょっと尻尾が蛇でサイズはデカイけど、だいたい鶏だ』
そういえば、コカトリスって体は雄鶏なんだよね。雄鶏の体だけど雌もいて、卵を産むんだよね。ラミアとは別の意味で不思議な生き物である。
『コカトリスってゲームにも出て来る、石化攻撃してくるやつ?』
『そうそう。こっちのコカトリスも石化攻撃してくるよ。まだ会った事ない?』
『ないです。コカトリスの卵って食べれるんですか?』
『うん、だいたい鶏だからな、卵もだいたい鶏の卵だよ。まぁ食ってみろ』
箸を渡すとコウヘイ君は、おそるおそる卵焼きを口に運んだ。
直後、ボロボロと涙を流し始めた。
え!? 甘い方の出したけど、もしかしてしょっぱい派だった!? それとも砂糖と塩間違えて入れてめっちゃしょっぱかった!?
『た……卵焼きだぁ……』
そう言って、ガツガツと卵焼きを一皿ペロリと平らげた。
よかった、口に合わなかったわけじゃなかった。
というか、起きたばっかりなのに固形物こんなに食べて平気かな?
『こっちはしょっぱいのだけど食べる?』
『はい』
いきなりたくさん食べて大丈夫だろうかと思いつつ、物足りなさそうな顔に負けて、しょっぱい方を差し出すとそちらも綺麗に平らげてしまった。
そうとうお腹が空いていたようだ。
『ごちそうさまでした。ありがとうございます』
『うん、お腹空いてたら思考も鈍るからな。少しは元気になったか?』
『はい。でも僕はこれからどうなるんでしょう? 僕のやった事は悪い事だったんですよね?』
『そうだな。だが、君のいた世界とこちらの世界は全く違う、知らない事を間違えるのは当然だ。何も知らずこの世界に来てしまったのが君の不運で、知る事を怠ったのが君の罪だ』
不運ではあるが、彼に責任がないわけではない。どこかで、おかしいと薄々は気づいていたはずだから。
『君がこっちに来てからの話、聞かせてくれるかい?』
『……はい』
コウヘイ君は塾帰りの夜道、突然穴に嵌まるようにこちらの世界に落ちて来たそうだ。
最初は少し混乱したが、ゲームや小説が好きだった彼は、すぐにここが異世界だと理解して、自分が力を得た事と勇者である事に気付いたと言う。そこから彼の不幸な勘違いが始まった。
この世界にやって来た直後、辿り着いた山奥の村が肉食の魔物の被害に困っていると知り、手に入れた力で付近の魔物を倒して回ったら非常に感謝されて謝礼を貰った。
その後、その村の人の情報で山を下り近くの町へ向かった。その途中、魔物に襲われている馬車を助けて、そこで再び感謝され謝礼をもらった。更に、訪れた町で破落戸に絡まれている女の子を助けた事もあったそうだ。
そんな感じで、この世界に来た時に得た力で行く先々で出会った人を助け、そのたびに感謝され謝礼を貰っていたそうだ。
うん、なんかもう聞いているだけで物語のようにトントン拍子で、勘違いしそうな出来事が続いているよね。ある意味すごく不運な話だ。
魔物は人を襲う、人を襲う魔物は倒さねばならない。そして自分にはその力があり、自分は勇者である。自分はその為に、この世界に呼ばれたのだ。
勇者は魔物を倒して人々を助けないといけない。魔物は悪であり、勇者は正義である。
重なった偶然からの勘違いで、コウヘイ君の暴走が始まった。
自分は魔物を倒す為にこの世界に来たのだと信じたまま、彼はひたすら魔物を倒し続けた。
魔物を倒せば自分は強くなるし、スキルは使えば成長する。俺と同じようにステータスを可視化するスキルを持っていたのも不運だったのだろう。
ゲーム感覚で、ひたすら魔物を倒していたそうだ。
強い魔物ほど自分の成長は早くなるし、強い魔物を倒す事は人の為になる。そう思って、強い魔物を中心に倒していたという。
途中の町で冒険者登録をしようとしたら、十二歳以上に見えないと拒否されて、年齢を証明するすべを持たない彼は冒険者登録を諦めた。
日本人の童顔な顔立ちが、彼を更に不運の方向へと導いた。この辺の国の人間の顔立ちと比較すると、かなり幼く見える。
冒険者ギルドに登録出来ていたら、低ランクのうちに受ける講習で、魔物を狩る時のルールを教えて貰えるはずだった。
しかしその機会を得られないまま、コウヘイ君の勘違いの旅路は続いた。
時々、知り合った人に冒険者ギルドを通さないで魔物の討伐を頼まれる事もあった。その中に性質の悪い商人や貴族もいて報酬を踏み倒されたとかで、それは力でねじ伏せて報酬を貰ったそうだ。
もう、やばい香りしかしないよね。あ、その性質の悪い商人と貴族、どこの奴か後で一応教えて? こっそりアベルとドリーにチクっておくからね。
そんな感じで、魔物を倒しながら旅をしていたのだが、ある日立ち寄った町で兵士に囲まれて、無理やり連れて行かれそうになった。
以前に報酬を踏み倒そうとした貴族を力でねじ伏せていたので、その事で追われているのかと思い兵士を蹴散らして逃げたが、その後から町に入ると兵士や冒険者に追われるようになり、町には寄らなくなったという。
多分ここらでもう、討伐法違反で指名手配されていたんだな。
自分が追われているのは、トラブルがあった貴族のせいだと思い、町に立ち寄る事をやめ、自分の使命を果たす事に集中する事にした。
魔王のいるという島国を目指していたが、町に入れない為この国から船には乗れないので、陸続きである南の国を目指す事にし、その途中でレイヴン達の森に入ったらしい。
そこで猿の群れに襲われ、この森もまた人を襲う魔物の森だと思い込み魔物を狩っていると、レイヴンが現れた。鷲の頭をしたレイヴンを魔物達のボスと思い、戦いを挑んで返り討ちにされたそうだ。
レイヴンがとどめを刺さなかったので、近づいて来た時に反撃してそのまま南の国を目指して、南の森へ入り今に至る。
ちなみに、魔力を含んだ物質を触媒にして食料や水を作り出せる"簡易食料召喚"のスキルのおかげで、町に入れなくても食べる物には困らなかったらしい。
その簡易食料召喚で作った食料というのが、なんとも微妙な味でゴムでも噛んでいるような、肉っぽい何かだった。水は可もなく不可もなくただの水だった。
こんな物ばっかり食ってたら、ただの卵焼きで涙を流すのもわかる。
聞けば聞くほど、勘違いする要素だらけでそれは不運だったとしか言いようがないが、やはり冷静に周りの状況を確認しないで、思い込みで突っ走ってしまったのが彼の責任だ。
厨二病の真っ最中の年頃だしな。
しかし、彼のやった事は厨二病で片付ける事の出来る話ではない。
『もう、だいたい君は自分の勘違いに気付いているな?』
『はい』
『じゃあ君はどうしたい? 元の姿に戻る事も、元の世界に戻る事も出来ない。この世界で君はこれから先ずっとその姿で、獣に、獣以下のナニカになる事に怯えながら生きる事になる』
もし俺が彼を助けに行かなければ、彼は人間のままで死ぬことが出来ていたかもしれないな。
それはこの姿で、人間でない者に変化していく自分に怯えながら生きるよりは、楽だったのかもしれない。
俺のくだらない同情の結末である。
いいや、彼が生きた方が良かったのか、そうでない方が良かったのかを決めるのは、俺ではなく彼自身だ、
彼がこの先どうするかも彼自身が決める事だ。そして彼の罪を裁くのも部外者の俺ではない。
『君が人間であるうちは、君がこれからどう生きるか選ぶ事ができる』
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