第127話◆獣ですらない何か

 南の森でコーヘー君を保護してから三日経ち、彼はまだ目を覚まさない。

 かなり体力を消耗していた上に、栄養状態もあまり良くなかったようだ。

 俺達はコーヘー君が目覚めるのを待ちながら、レイヴンの家に滞在していた。


 コーヘー君を南の森で保護した後、俺達はガンダルヴァの集落に戻って来た。

 一度敵対して、その事がまだ解決していないにも関わらず、ガンダルヴァ達はコーヘー君の滞在を認めてくれた。

 族長のレイヴンが許可したので、他のガンダルヴァ達もそれに従ったのだ。

 レイヴン曰く「全ては理の元に収束する」だそうだ。


 レイヴンの言っている意味はよくわからないが、目を覚まして再び刃を向けるようなら、相応の対応をしなければならないと言う事はわかる。そして、その時は、俺達もレイヴンの味方に付く事になる。

 俺の勝手で連れて帰って来たのだから、最終的な落とし前は俺が付けるつもりだ。

 コーヘー君が話の通じる相手であることを祈るしかない。 



 コーヘー君を連れてガンダルヴァの集落に戻って三日。

 アベルとドリーもピンクのクソ鳥騒動の傷が癒えた直後に、俺に同行して南の森に行った為、少し無理をしていたようで、コーヘー君の目が覚めるのを待ちながら、レイヴンの家でのんびりとしていた。


 のんびりというか、南の森から帰って来た翌日には、ドリーの元気が有り余る程までに回復したようで、体が鈍るとか言って俺を鍛錬に巻き込むようになった。

 騎士団方式のしごきみたいな鍛錬やめて!? 最近スローライフ満喫してたせいで、自主的な鍛錬はサボり気味だったから、ドリーにしごかれるのめっちゃきついんだけど!?

 アベルも時々巻き込まれそうになるけど、さっさと逃げていく。ズルい。


 そして、まだ傷は残っているが案外元気なレイヴンも加わる事もあり、そうなると他のガンダルヴァ達も集まって来て、手合わせがはじまる。

 ドリーもガンダルヴァ達も体力あるし強いしで、それに付き合わされる俺はもうヘロヘロなんだけど!? というかレイヴンは怪我人のはずなのになんでそんな元気なの!? ドリーと意気投合して、俺を巻き込むのはやめて!! 


 ドリーはなんでガンダルヴァの長と互角に戦ってるの!? なんなの!? 熊なの!?

 ヒィヒィ言っていると、弛んでいると更にしごかれる事になる。もうやだこのゴリラな熊と鷲達。

 アベルは、俺達が鍛錬中はコーヘー君を見張っておくと言って、毎回ちゃっかり逃げてるので、本当にズルい。





「ふぇ……っくしゅんっ!」

 アベルが突然くしゃみをして、鼻の下を擦った。

 午前中いっぱいドリーに付き合わされた後、借りている部屋に戻って来てぐったりしているところだ。

 見張りも兼ねているので、俺達はコーヘー君と同じ部屋に寝泊まりをしている。


「アベル風邪ひいた?」

「何だろう妙に寒気もするし風邪でもひいたかな?」

 そう言ってアベルが両腕をさすっている。

「こんな暖かい場所で風邪をひくのは弛んでいる証拠だな。どうだアベル、一緒に鍛錬でもするか?」

「やだよ! ドリーの鍛錬って辺境伯の騎士団基準じゃないか!! それに俺はこの子供を見張る仕事があるしね!!」

 そう言ってアベルはコーヘー君の様子を見始めた。


「あれ? この子、ギフトが書き換わってるよ。罪禍の理だって。ギフトが反転して呪いになったのかな」

 コーヘー君の状態の確認をしていたアベルが、コーヘー君の変化に気付いた。

「あれだけ上位の魔物を殺したのなら、呪いを掛けられていてもおかしくないな」

 ドリーが難しい顔をして顎をさすっている。

 

 ギフトと呪いは表裏一体だとも言われている。

 先天的な才能だとか、祝福だとか言われているが、実のところギフトが何たるかは正確には解明されていない。

 時折そのギフトが、別のギフトに変化する者がいる。更なる才能に目覚め上位のギフトに進化する事もあれば、ギフトの代償とばかりに、ギフトのデメリットが強く押し出される事もある。

 ギフトのデメリットが強く表れる様子は、まるでギフトが反転して呪いに変わったように見えるので、ギフトの反転、呪い化などとも言われる。

 原因は不明だが、ギフトが消えて呪いのようになる為、祝福から見放された物がギフトを失うと言う者もいる。

 また強力な力を以て他者から無理やりギフトを反転させて、呪い化させられる事もある。

 そして呪い化したギフトは、通常の呪いと違って解呪はほぼ不可能である。


「ギフトが変化してスキルに変化はある?」

 コーヘー君のギフトは、明らかに"転移"を示すギフトだった。そのギフトの内容が、転移後の生活を支える為の物だったら、ギフトが消えた事でスキルも消えてしまうかもしれない。言語関係のスキルが消えると言葉が通じなくなってしまう。


「ユニークスキルは今のところ残ってる。戦闘関係はかなり消えたね。おそらくギフトの影響があったスキルかな、魔法系が少しと武器は片手剣だけ残ってる。そのせいで職業が"旅人"に変わったね」

 確かに翻訳スキルにしろ、食料召喚にしろ、収納にしろ旅をするのに向いたスキルだよなぁ。

 そこに職業が変わってしまったという事は、戦闘系のスキルの適性が下がってしまったということだろう。旅をする為には戦闘スキルも必要なので、おそらく戦闘スキルの適性は多少残っているだろうが、勇者の下位互換と言ったところか。


「転移無双が反転したギフトが罪禍の理か……。転移の意味はわからんが、無双――比類がない程優れた者。それが反転して罪禍の理か。優れた力で引き起こした禍とその罪の理、つまり、その力で道理を超えて奪った命の代償という事か。この少年が殺した魔物かその仲間からの呪いかもしれないな」

 魔物の中には死ぬ時に、自分を倒した相手に呪いをかける者も存在する。呪いを掛けられた側の方が格上なら、呪いに掛からなかったり、掛かっても発動しなかったりする。

 知能が高く情が深い魔物は、仲間や家族を奪った相手に復讐をする事も少なくない。上位の魔物を殺しまくっていたのならば、そういう相手に遭遇していてもおかしくない。


「呪いの内容はみれる?」

「うーん、見れるけどかなり抽象的だよ。"汝、獣ですら非ず"だってさ。これ確実に何かの魔物にかけられた呪いだよね」

「獣すら狩りは生きる為、守る為の行為だしな。それ以下ということか」

 気になって、コーヘー君にかけてある毛布をめくってみた。


「うっ」

「うわ……」

「これは」

 服から見えるコーヘー君の肌に、うっすらと獣の毛のような体毛が生え始めていた。


 手遅れ――今になって、レイヴンの言っていた言葉の意味を理解した。







「うぬ、やはり出て来たか。これは以前に掛けられた呪いだの。今まではこやつ自身の強さで無効化しておったが、弱った隙に呪いがギフトを徐々に浸食して、遂に反転したのだろうよ。この呪い、こやつが奪った命の数に比例して強くなるようだの。つまり、殺せば殺すほどこやつは獣になる」

 コーヘー君の異変を感じたのか、レイヴンが部屋にやって来て、彼の姿を見てそう言った。

 レイヴンはコーヘーくんが呪われていた事に、最初から気付いていたようだ。


 コーヘー君の体は、人の形を保ちつつも獣のような姿へと徐々に変化している。

「この獣化は、今まで殺して来た魔物の数だけ進行するという事か?」

「そうだな、その数を考えればおそらく獣に近い姿になる事だろう。そして、この後もこのまま殺し続ければ、姿だけではなく人格も獣となり最終的にその呪いの言葉通り、獣ですらないナニカになってしまうだろうよ」

 俺の質問にレイヴンが頷いた。

「ギフトが反転した呪いなら解呪はほぼ不可能だな。このまま、獣になるしかないという事か」


 手遅れ――このまま彼が獣になり、更に獣ですらないナニカになって、理性も何もなく生き物を襲うような物になれば、俺は彼を始末しなければいけない。それが、無責任に助けた俺の責任だ。


 無差別に魔物を狩り過ぎた結果、自分が魔物や獣以下の存在となり、逆に狩られる方となる。何とも皮肉な呪いである。

 この呪いをかけた者の強い恨みと執念、そして知能の高さを感じた。


「万が一、呪いの主が呪いを解くような事があれば、元にもどれるやもしれぬがな。難しい事よの。主は自分を殺した者、自分の家族や友人を殺した者を許せるか?」

「無理だな」

 もちろん即答だ。

「それにもしかすると、こやつに殺された者が命と引き換えに掛けた呪いかもしれぬな。ギフトを反転させるほどの呪いだ、そう簡単には解けないだろう。どちらにせよ呪いを解くのはほぼ不可能だの」

「そうか」

「だがまだ人の心があるうちに進行が止まれば、それ以上進行させぬ事は出来る。命を奪わなければよいことだからの。目が覚めたらどう生きるか選ばせてやるとよい」


 それはとても残酷な選択である。

 人の心を持ったまま獣の姿で暮らし、心まで獣になる事に怯えて生きるか、せめて心だけでも人であるうちに死を選ぶか。

 自分のやった事の結末とは言え、まだ十代半ばにも達していなさそうな少年には、厳しすぎる二択だ。


 レイヴンと話しているうちにコーヘー君の体はどんどん変化していき、体型は二足歩行の人間の形をしているが、その表面は黒い体毛に覆われ、頭部は黒い犬のような顔に変化していった。

 変化は深夜まで続き、最終的にぱっと見は犬の獣人のような姿になったところで、コーヘー君の変化は止まった。




 そして翌朝、ついにコーヘー君が目を覚ました。

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