第125話◆狩る者、狩られる者

「デカいのが近くにいるせいか、半端な魔物は様子を窺っているだけで出て来ないな」

「すごく強そうなのがいるね。人間の方は逃げながら戦ってるのかな?」

「っぽい。魔物の方が人間より格上のようだな。というか人間の方がかなり消耗してる。急いだほうが良さそうだ」



 獣道を駆け抜けながら、大きな魔物とコーヘー君らしき気配のする方へと進み、かなり森の奥まで踏み込んでいた。

 ドリーの言う通り、大型の捕食者がいる為か、周囲に魔物の気配はするが姿を現す者は少ない。

 時々出て来て行く手阻む者は、ドリーが片っ端から切り捨てて、俺がそれを回収している。

 帰ったら恐竜のステーキかな!?


 暫く進むと、なぎ倒された木、大きな足跡――大型の魔物が移動した痕跡が確認できるようになった。

 戦いの気配はもうすぐ近くにある。おそらく、魔物の方も俺達に気付いてるだろう。


「ん?」

「どうしたグラン?」


 一瞬何か大きな生き物が、身じろぎするような気配をそう遠くない場所で感じた。

 ただそれだけで、はっきりとした気配はない。完全に気配を消している大型の魔物が、近くにもう一匹いる可能性がある。


「もう一匹デカイのいるかも。一瞬だけ気配がした」

「こちらに気付いて気配を消しているならまずいな。知能も高くて、グランの察知スキルで拾えないとなると手ごわいぞ」

 そう遠くない距離で、気配を全く拾えない大型の魔物となると、今把握している魔物より更に上位の魔物の可能性がある。

「トレースしてみようか?」

「いやまだいい。下手に刺激して動き出されると面倒だ。潜んでいるなら、こちらが気づいてないと思わせておく方がいい。グラン、お前は周囲の把握に専念しろ、アベルは奇襲を回避できるように備えろ、出て来る魔物は俺が倒す」

「了解」



 飛び出してくる敵はドリーに任せて、俺は周囲の気配を探る事に専念する。

 さっき一瞬だけ感じた気配は、あれから全く感じない。動けば察知スキルで拾えるはずなので、気配を消して潜んでいるという事だ。

 気配を殺して潜んでいるという事は、何かを狙っているという事だ。

 何を狙っているのかはわからないが、狙っている物が射程に入れば姿を現すはずだ。


 ドリーを先頭に、アベル、俺の順で、大型の魔物が移動したと思われる痕跡を進んでいく。

 コーヘー君と思われる人間は、逃げながら戦っている様だ。その気配はかなり消耗してきているように感じる。

 そしてこの辺りは、先程チラリと巨大な魔物の気配を感じた辺りだ。おそらくこの近くにいる。

 すぐ先でバキバキと木の折れる音と、大型の生き物の足音がしている。前方の木々の隙間からチラリと鱗のようなものが見えた。

 木の陰に隠れながら近づいて、魔物の全容を捉えた。


 先程のアロサウルスと似たような二足歩行の肉食恐竜のような姿――アロサウルスより一回り大きく、ずんぐりとした体型で、真っ黒い鱗のいかにも肉食の恐竜といった姿だ。


「いるぞ。グラン、もう一つのでかい魔物の気配は?」

「ずっと気配を消していてわからない。だが、おそらくこの近くのはずだ」

 木の隙間からチラチラと見える魔物が進んでいる先の木の陰に、コーヘー君は隠れているようだ。

 魔物はコーヘー君の場所に気付いている。おそらくこちらの存在にも気づいているだろう。周囲を窺うようにゆっくりとした歩みで進んでいる。

 その魔物が狙いを決めたのか、コーヘー君の方へと大きく踏み出した。


「アベル! 今だトレースを使え!」

 ドリーの合図で、アベルが周囲に魔力を放った。

「あの魔物の進行方向、あの子供がいる辺りのすぐ後ろにでっかいのがいるよ!」

 アベルの声と同時に、トレースに反応した魔物が飛び出して来たのはすぐにドリーが切り捨てた。しかしまだ、他にも魔物がこちらに注意を向けている気配がする。

 しかし、飛び出して来た魔物をドリーが一瞬で屠ったので、格の違いを理解しているのか、すぐに襲い掛かって来そうな気配は感じられなくなった。


「子供は俺が行く!」

 コーヘー君の姿が見えないので、アベルのスナッチでこちらに引き寄せる事が出来ない。

「子供はグランに任せる。魔物は俺が始末する。アベル周りに注意しろ、いつでもグランを回収して離脱できる準備をしておけ」

「了解ー」


 アベルが使ったトレースに反応して、コーヘー君を狙っていた魔物もアベルの方に意識を切り替えていた。

 その横をすり抜けてコーヘー君の隠れていると思われる木の方へと走った。魔物の注意がアベルから俺の方へと移る。

「させねぇよ!!」

 ドリーが飛び出して、魔物の後ろ足に大剣を叩きつけた。その攻撃は、二足歩行の肉食恐竜の太い後ろ足の膝から下を切り飛ばした。

 なんつー破壊力。

 片足の膝から下を失って魔物がバランスを崩して、顔面から地面に倒れた瞬間、木の後ろから黒い姿の黒髪の小柄な少年が、右手に光に包まれている剣を握って飛び出して来た。

 

 その直後――。


 背筋が凍るような気配が、黒髪の少年の背後から湧き上がった。

 その気配に気おされて、こちらに向いていた周囲の魔物の気配が怯えるように小さくなり、俺も足が止まりそうになった。

 それをなんとか堪え身体強化を最大まで発動して、少年の方へと走り腕を伸ばした。伸ばした腕は、飛び出して来た少年に届き、そのまま押し倒すように地面へ少年を押し付けた。


「生き延びたかったら、その剣をしまって大人しくしてろ」

「なんで邪魔をするの!?」

 突然飛び出して来て行動を阻んだ俺に、少年は少し抵抗したがそのまま力で抑え込んだ。

 その後ろを巨大な何かが通り過ぎて行った。


『君の話を聞きたい。死にたくなかったら大人しくしててくれ』

 少年にだけ聞こえるように、記憶の中から引っ張り出してきた言葉で囁いた。

 俺の方を見て目を見開いている少年と目があったので、無言で頷く。

 少年は少し身じろぎをして、剣を収めてそのまま大人しくなった。



「グラン! 撤退だ!」

 ドリーの声がして、少年と共にアベルの元に引き寄せられた。

 視線を魔物の方へ向けると、ドリーが片足を切り飛ばした魔物を、それより巨大な二足歩行の肉食恐竜が片足で押さえつけ、首の付け根から頭部を食いちぎったのが見えた。

 その肉食恐竜と目が合い、心臓を掴まれたような感覚に、格の差を一瞬で理解した。

「飛ぶよ!」

 アベルの声と共に、景色が一瞬で切り替わり、先程ケルピー達に送って貰った河原へと戻っていた。




「無事戻って来れたな」

 ドリーが息を吐く音を聞いて、自分も緊張の糸が解け、抱えていた少年の方を見ると、俺の腕の中で気を失っていた。

 見つけた時点でかなり消耗していた上に、魔法で作り出したと思われる剣を握っていた。

 魔法剣の類は攻撃力は高いが、魔力の消耗も激しい。あのまま魔法を使い続ければ、魔力枯渇で命に関わると思い、剣を納めるように言ったのだ。


「あのでっかいのの狙いが、俺達じゃなくて命拾いしたね」

 Sランク級の魔物の前でも飄々としているアベルでさえ顔色が悪い。

「ああ、あれだけの魔物が、完全に気配を消していたのは予想外だった」

 ドリーの表情も険しい。

 俺も今になってだらだらと汗が流れ始め、手も震えている。


 人間など捕食しても腹の足しにならないから、この少年も俺達も見逃されたのだろう。

 おそらく最初から狙いは、少年を追っていた大型の魔物だったと思われる。縄張り争いなのか捕食目的なのか、それでも狙いが俺達でなくて良かった。

 アベルのトレースに即座に反応して、こちらに来なかったのも運が良かった。

 いや、もしかすると、俺達くらいならどうとでもなると、敢えて放置して目的の大型の魔物を狙ったのかもしれない。

 強力で知能の高い魔物の棲む、高ランクの狩場の恐ろしさを改めて感じた。


「で、この子どうするの? やっぱあの指名手配の子だよね? 冒険者ギルドに突き出す?」

「うーん、とりあえず先に手当かなぁ。相当消耗してるし、ほっといたら命にかかわりそうだ」

 この少年、やはり手配書にあったコーヘーという少年だ。

 小柄で童顔で彫りの浅い顔立ちは、前世ではとても見慣れていた顔立ちだ。


「引き渡す前に手当するにしても、指名手配されてるから、町に連れて行くと、通報される可能性があるぞ。この顔だちはここら辺だと珍しいからな。かと言って、ガンダルヴァ達の村に連れて行ってもいいものか」

 ドリーの言うように、シランドル人の顔立ちは彫りが深いので、日本人顔で彫りの浅い顔は目立つ。そしてこの服装、どうみてもこの世界では見かけない服装と材質である。


「レイヴンは連れて来ても良いと言ってたけど、この少年が目を覚まして事情把握してないまま、ガンダルヴァに会うとめんどくさい事になりそうだなぁ」

 指名手配犯として、冒険者ギルドに引き渡すとしても、手当が先だ。それに話も聞きたい。

 どうするかは話を聞いた後に決めたいのだが、アベルとドリーが納得してくれるかなぁ。


「ところでその子、グランと同じだよ?」

「え?」

 アベルの言葉にドキリとする。

 同じってどういうことだ?

 アベルは俺の前世の事は知らないはずなのだが。


「職業に"勇者"って書いてある。それとグランと同じで、俺が詳細を見れないギフトがあるよ――"転移無双"だって」




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